自分は、この場でこの選択を取るべきではなかったのだろうか、と後悔しても遅い。
凍りつく博麗神社の客間。萃香から漂う怒りのようなモノは、青年にだって感じ取れる。その雰囲気に早苗も、天龍と龍田も警戒するのだが――。
一瞬見せた鬼の表情はどこへ行ったのか。瞬きをすれば、萃香はどこか楽しんでいるかのような表情に変わり、白い八重歯を覗かせた。
「ほーう、提督ってなんだい?」
「……大まかに言えば、軍艦を指揮する者のことです」
「なら、やっぱりあんたらは海に関係あるんじゃないか? 海が現れて、すぐにそれと関連する能力を持つ人間が現れるなんて都合が良すぎる」
「……本当に偶然が重なったとしか」
「海、あんたらが現れたこと、霊夢がいなくなったこと、関係性は?」
「身の潔白を証明するためにも霊夢さんは僕らが探します。これは紫さんにもできないことです。だから、守矢神社の味方になってくれませんか?」
「ふうん……?」
品定めでもするように、そして早苗に対しても同様にジロジロと見る萃香。しばしの間考え込むように腕を組んでいたが、やがて萃香は顔を上げて神社の外へ顔を向ける。
「魔理沙、いるんだろう?」
「……ああ」
突然、障子をゆっくりと開けて現れたのは一人の少女。黒と白の服に先の尖った黒の帽子。ウェーブがかった金髪が部屋に入る風とともに揺れ、少女であるにも関わらずどこか悲しみを含むその表情には不思議な魅力があった。
部屋を見渡し、萃香を視界に収める少女。一度目を伏せたかと思うと、心臓を貫かれるかのような鋭い視線が青年と早苗に向けられた。
「そこの四人の神社が妖怪の山にあるんだとさ。ちょっと山に向かって力比べしてきてくれないかい?」
「なっ――!? ど、どういうことですか!」
「あんたらの実力がわからないのに、そんな交渉に乗れるわけがないよ。もし弱いなら、力づくで言うこと聞かせる方がてっとり早い」
「……こちらには紫さんもいます」
「他力本願だねえ。あんまり情けないと、私が手を出しちゃうよ?」
「守矢神社の味方にはなってもらえないんですか?」
「私は霊夢の味方だ」
想定していない展開に、青年は歯噛みする。戦闘を起こすことなど、ましてや鬼を相手取ることなど全く考えていなかった。
妖怪の山に災いを持ち込むために、この場に来たわけではない。この少女二人に高圧的に接するつもりもないし、力で物事を解決する気もない。
紫の抱え込む謎を解明しに来ただけであるというのに、どうしてこのようなことになってしまったのだろう。日頃の行いが悪かったのだろうか。
「そこの子達は皆やる気満々みたいだけど?」
天龍と龍田は既に剣と槍をそれぞれ構え、薄目で萃香と魔理沙に相対していた。早苗は未だ座ったままであるが、その握った拳には力が入り、細かく震えていることがわかる。
「なあ提督。コイツさっきから弱いなら力ずくで言うこと聞かせるとか言ってたけどよぉ、こっちが力で言うこと聞かせればいいんじゃないか?」
「やめてくれ。分が悪いのはわかってるはずだ」
「勝てはしないけど、負けることもないわよ~?」
「龍田も落ち着いて」
自分のせいだ。
他人と腰を据えて話したこともないというのに、人の生命に関わることに首を突っ込んで。甘えているだけでは嫌だからと功を急いて格好つけて。挙句の果てに、恩を仇で返そうとしているこの始末。
自分はもしかして、大変な仕事を預かってしまったのではないか。と、今更になって気がついた。
どうするか、この場をどう収めるかを考えていると、ポツンと立っていた魔理沙が障子を閉めて部屋の中にちょこんと座る。
ゆっくりと、顔を上げる魔理沙。そして早苗に一度視線を送ったかと思えば、やがてそれは青年にも向けられた。
「なあ……アンタ」
「茅野守連です。お嬢さんは?」
「霧雨魔理沙だ。魔理沙でいいぜ」
「じゃあ魔理沙ちゃん、何が聞きたい?」
唐突なちゃん付けに魔理沙は不快感を覚えたのか、露骨に嫌そうな顔をした。が、ひとつ息をつくと、帽子のつばを下げ、顔を隠すようにして言葉が投げかけられる。
「霊夢の奴が海と何かしら関係あるっていうのは……多分間違いないと思うんだぜ。悔しいけど、私じゃ海の上を飛べないから手も足も出ない」
「それは……何か根拠が?」
「調べた結果だよ。霊夢を捜してるけど、一向に見つからない。幻想郷のほとんどを飛び回ったんだ。海だけまだ調べてない」
「……それで?」
「アンタなら。アンタたちなら……海を調べられるのか?」
顔を上げ、目尻に涙を浮かべて訴えかけるように声を絞り出す魔理沙。その様子に、その場にいた萃香以外は全員がドキリと胸を鳴らす。
早苗がハンカチを取り出し、魔理沙の涙を拭き取ろうとする。しかし魔理沙は触られることを嫌がったのか、ハンカチだけ受け取って涙を拭く。でも流石に鼻を噛んでいるのまで見ると逆に早苗が可愛そうである。
霊夢を探した、と語る魔理沙は、おそらく萃香が先ほど話していた捜索チームの一人。強さも折り紙つきと言えるのかもしれない。
萃香の同意が得られずとも、魔理沙の同意が得られればあるいは、と考えるのだが、仮に海を捜索するとしても、霊夢という少女が見つかる保証はない。
「調べるだけ調べてみるつもりです。ただ、どのぐらい海が広いのか、どのような怪物がいるのかは見当がつきません。それと、本当に霊夢さんが海と関係しているのかも――」
「あれだけ調べたのに霊夢がいないんだぜ! 霊夢はきっと海にいる! 海で独りになったから、私たちが助けに来るのを待ってるんだぜ!」
「……落ち着いてください」
錯乱しているのか、涙目で悲鳴を上げる魔理沙。
萃香の話が本当なら、霊夢がいなくなったのは6日前から11日前までの間。およそ一週間ほど行方不明ともなれば、心配する気持ちは青年としてもわからないでもない。
しかし、今自分に何がしてあげられるというのだろう。
「霊夢、どこに行っちまったんだぜ……霊夢、霊夢ぅ……」
「心当たりのある場所は全て調べたんですね?」
「当たり前なんだぜ! 伊達に霊夢の親友はやってない!」
「霊夢さんが嫌がるようなことをした覚えは?」
「しない! 絶対だ! 嫌がってるならあいつはすぐ口に出すし、それでも聞かないなら手を出してくるんだぜ!? 第一――私は霊夢のことが大好きなんだよ!」
それまで溜まっていた鬱憤を吐き出すかのように、魔理沙は叫ぶ。
よくよく見れば、魔理沙はあちこち汚れていた。スカート部分はいくつかほつれた場所が有り、靴も泥だらけ。手には生傷、顔は涙の跡。髪には葉っぱが引っかかっており、その髪すらもボサボサである。
気持ちを落ち着けてこそ気づけることもある。おそらく魔理沙は、それこそ草の根をかき分けるように探したのだろう。
親友と呼ぶまでの人物。ならば、調べた場所は山のようにあるはずだ。それでも見つからないとなれば、抱える不安は想像するに難しいほどだろう。
ボロボロの状態の魔理沙を汚らしいなどとは微塵も思わない。それは魔理沙が霊夢のことを心配したが故の結果であり、思いの強さであるのだ。
それほどまでに思われる、慕われ好かれる霊夢とは一体どのような人物なのだろうか、と青年は大きな興味を抱く。
同時に、青年は気づかれない程度に早苗に視線を送る。
中学校を卒業後、青年は早苗の前から姿を消した。お互いに友人として認識していたにも関わらず、一週間どころではなく6年間も。
早苗はどのような気持ちだったのだろうか。恨んでいただろうか、それとも待っていてくれたのだろうか、はたまた忘れていたのだろうか。
最初に出会った時に気付かれることがなかったのは、久しぶりだったからということもあるだろう。だから、早苗がどう思っていたかはわからない。
そうして初めて、神奈子や諏訪子はどのように青年のことを知らされていたのだろうか、そしてそれにどう思っていたのだろうかと疑問を抱く。
自分は守矢神社にとって何なのか。否、守矢神社にとって何“だった”のか。早苗の口からはっきりと聞かされたことはない。
自分は早苗にとってどういう人物であるのか聞かねばならないだろう。決して自惚れなどではなく、むしろ恐怖すら感じながら。
だが、それは今するべきことではない。
魔理沙をかつての早苗と同じような立場にさせてはいけない。魔理沙には、待ち人を待つのではなく、自分から追わせよう。
自身と早苗のことなど、それが解決してからでも決して遅くはない。事態が収束して落ち着いたとき、青年自身の口から話せばいい。
「魔理沙ちゃん」
「……魔理沙でいい」
「魔理沙ちゃん、とりあえず霊夢さんは僕らも探す。できることはするし、海の方は任せて欲しい」
「……1ヶ月以内に探し出せるのか? 紫はそれ以上の場合次の博麗の巫女の育成に着手しないといけないって言ってたんだぜ」
「……1ヶ月、か」
再び紫という言葉が場に出る。
博麗の巫女が世襲制でないと仮定するならば、おそらく才覚のある者が就くものなのだろう。そして、“紫が”育成をするということ。
紫と博麗神社には、少なくとも浅くない縁があるとみて間違いない。
紫が何を考えているのか、青年にはある程度予想はついてきた。しかし、紫を信じるかどうかはまた別の問題である。
「今、海の方の状況は決して優勢とは言えない。怪物がどこに現れるかは不明で、戦力も十分とは言えないんだ。だから幻想郷の実力者の協力が必要になる」
「で、それを私にやらせようっていうのか?」
「少し違うかな」
萃香の方を一瞬だけ見る。しかしその一瞬で視線を向けたことに感づかれたようで、萃香もまた青年の方を見る。
青年はその視線に応えるように、胸を張って口を開いた。
「幻想郷の皆さんには、少しの間沿岸の警備をお願いしたいんです。上空ならば怪物の攻撃が届くことはありません。そこから一方的に弾幕で攻撃してもらえれば、攻撃がはじかれることもありますが、決して被害は出ません」
「じゃあ、あんたらは何をする? 察する限り、事実上海の上で自在に戦えるのはそいつらだけみたいだが」
「沿岸の警備を任せられるなら“遠征”を行い、霊夢さん捜索と兼ねて近海の調査に乗り出します」
「……なんだと?」
青年が艦隊を運営する上で考えていたこと。それは、襲いかかってくる怪物を受動的に攻撃するのではなく、艦娘が能動的に海上を徘徊・警備することで沿岸部までの海域を安全地帯とすることであった。
近海が安全となるなら製塩の護衛をわざわざ付ける必要もなくなり、他の作業も行えるようになる。
加えて、更に艦隊を出せば海のその向こうを調べることができる。その向こうまでの海域を安全地帯としたならばさらにその向こうへ。
要約すれば、目的は“制海権の確保”。
現状では艦娘の人数が足りない。広い幻想郷の海をカバーするには人数も速度も足りないし、維持もできない。
しかし、現状を補うだけなら、空中機動力に優れる者が沿岸の警備に当たればどうだろうか。艦娘は安心して海の向こうへ進めるし、霊夢の搜索も可能となる。
「“今の”紫さんを信用するのは少し不安になりました。だから万が一に備え、守矢神社は守矢神社で独自に友好を築くことにします」
「海の情報を事実独占する立場か。スキマ妖怪を出し抜くには現状ではもってこいだな」
「出し抜くまでは考えていません。ただ僕らは自分たちの幻想郷での立場を安定させたいだけです。もちろん、霊夢さんの捜索は真面目にさせてもらいます」
その場に正座し、姿勢を正す青年。萃香と魔理沙をそれぞれ一瞥、ひとつ瞬きをした後に、両手をついてその頭を畳へと擦り付けるように下げた。
「だから、どうかあの場所を壊さないでください。僕は守矢神社に来ることができて、本当に幸せなんです」
目の前に映るのはくたびれた無数の畳の目。シン、と静まる空気が耳に痛みを感じさせ、息が詰まる様な空間を形成する。
そんな状況でも、青年の心は落ち着いていた。自分の頭一つで大切な場所を守れるなら、いくらでも下げてやるとでも言うように。
「土下座までして頼み込むことなのか?」
「土下座で済むなら、この安い頭ぐらいいくらでも下げる」
「……頭を上げるんだぜ」
魔理沙からの声に、青年は目線を下げたままゆっくりと頭を上げた。天龍、早苗は目を見開いて驚いており、龍田も薄目のまま青年を見つめている。
情けないと思われているだろうか。だが、それでも構わない。家族という地位を与えられた場所を守るためならば、と青年は口を開く。
「答えを……聞きたい」
「……萃香が言ってたのは、単純に性格が伴わない奴と約束をしたくないってことなんだ。霊夢がいなくてイライラしてたのもある」
「望むに見合うだけの実力が伴っているかわかりませんが、努力はします」
「紫の奴が認めるだけの神社なんだろ? それに、男が頭一つ下げてるんだ。なら――」
「私は」とまで魔理沙が口にしたところで、障子が勢いよく開く。
現れたのはこれまた少女。セミロングの銀髪に青と白を基調としたエプロンドレス。生真面目そうな雰囲気をまとっている人物のその表情は、決して穏やかとは言えないものであった。
「魔理沙! ここにいたの!?」
「咲夜、どうしたんだぜ? そんなに慌てて――」
「大変なのよ! 紅魔館が、お嬢様が!」
酷く狼狽した様子の咲夜と呼ばれる少女。魔理沙がそれを落ち着かせようとするも、それどころではないのか魔理沙の両方を掴んですがるように揺さぶる。
「しっかり話してくれ! 一体何があったんだぜ!? レミリアがどうした!」
「お嬢様が――紅魔館の皆が、海の怪物みたいな姿に――――っ!」
瞬間、青年の表情は凍りつく。
「チビども! 非常呼集だ!」
「先ほどの電文で準備万端です! いつでも出撃できます!」
早苗に抱えられ、鎮守府へとんぼ返りした青年。最高速での飛行に多少酔いを感じながら天龍と龍田を実体化させると、怒鳴り声のような号令が神社内に響き渡った。
当然である。“深海棲艦”が幻想郷の内陸部にまで侵入しているともなれば、それを撃退することが自身らの信用につながるのだから。
(まあ……放っておけないだけなんだけど)
深海魚のような姿、どこか軍艦と似た特性を持つ怪物。それらをまとめて“深海棲艦”と呼ぶことに決めた。
その中でも駆逐艦、軽巡洋艦と様々なタイプがあるために、ある程度似通った個体ごとに名前を当てはめる。そうすることで、敵戦力の把握がより一層簡単になるのだ。これは青年であっても、実際に戦う艦娘であっても同じこと。
まさか、海洋調査員としての知恵がここで生きるとは想像もしなかったが。
「待ってたよ、盟友」
「にとりさん、来てたんだ?」
「随分な物言いだね。折角便利なモノを持ってきてやったっていうのに」
「仕事が早くて助かるよ」
拝殿から現れたのはにとりと夕張。二人共何かをいじくりまわしていたのか、あちこちに油による汚れが付いていた。
にとりは技術屋、夕張は兵装実験軽巡洋艦。夕張は機械いじりが好きな一面があったらしく、今では意気投合して艦娘の艤装のメンテナンスをしている。
「じゃあ、確かに渡したよ」
「……何これ?」
「無線電信機さ! 受け取った電文は自動音声で読み上げてくれるよ! 入力は携帯電話のキーを使ってね!」
「あ、あれ……? 普通の無線機頼んでたはずなのに……」
そうして、逆パカ状態の片割れの携帯と、黒いカチューシャのような物を渡してくるにとり。青年はそれを受け取ると、困惑しながらも装着して付け心地を確認した。
艦娘が戦っている状況をある程度把握したい。その思いでにとりに通話できる無線機を作ってもらうように頼んだのだが――。
「ごめん、集積回路の部分がどうしても復元できなかったんだ。でも、艦娘は皆電文が打てるみたいだから、お兄さん許して!」
「そっか……ごめんね、無理を言って」
「ちなみに自動音声はゆっくりボイスさ」
「え、遅いの?」
「違うけどそういうことにしといて」
試しにと、電へ電文を打ってみる。
『好キナ食ベ物ハ何カナ』
『ナスハ嫌イナノデス』
まったりとしたやる気のなさそうな声がカチューシャ型のヘッドホンから流れてきた。読み上げ音声はともかく、こんなものでもあるだけありがたいと思い、青年はにとりへと感謝の旨を伝えるのであった。
守矢神社本殿の一室にて、早苗、神奈子、諏訪子と共に青年は座っていた。神奈子と諏訪子はどこかピリピリしており、傍から見ても何かに警戒しているような雰囲気が感じられる。
「あの、お二方ともどうされたんですか?」
「いやね、何か変な気が空気中に漂ってるのさ。結界は張り直したから心配ないけど、あまりいい気分にはなれないね」
「空気が汚れてるみたいなんだよね。理由がわからないけど」
若干緊張した面持ちの2柱。早苗も若干ながら何かに違和感を覚えているような様子だが、青年には何も感じられない。
いつまでも話を進めないわけにも行かないだろうと思い、青年は博麗神社で得た情報について簡単に説明する。
「結界の管理者の行方不明か……なるほど、それは私たちも困る。信仰が得られないから幻想郷に来たというのに元通り、では生きていけないからな」
「その霊夢って子がいる可能性があるのが海ってことなんだね」
「紫さんが示した期限は1ヶ月、それ以降は次期巫女の育成に入らないといけないということらしいです」
「ふうん……。ならカミツレ、アンタはあのスキマ妖怪をどう見る?」
唐突に質問をする神奈子。このタイミングでその質問となれば、おそらく神奈子も青年と同様の疑問を抱いているのだろう。
「正直、僕を引き止めたのは利用している部分があると思っています。いくら戦力になりそうとは言え、見ず知らずの人間を手厚く歓迎することはなかなか考えられません」
「“霊夢とやらを捜索するため”だけに幻想郷に残された可能性、というのもちゃんと考えてるみたいだね」
「気づいたときにちゃぶ台を叩いてしまうぐらいには」
「それはちょっと見てみたかったな」と、神奈子は口角を上げる。
『紫様はあなた方を害するつもりは一切なく、敵ではありません。むしろ、何かあれば必ずあなた方の助けになるでしょう』
藍の言葉を信用するのであれば、紫は味方であるように伺える。しかし、敵ではないと言っているだけで、味方であるとは一言も言っていない。
ただ利用している可能性は否めないし、霊夢を捜索する手段としての価値のためだけに残された、優遇されたと考えても反論は考えつかないのだ。
霊夢を捜索する、という紫の意思の下で働くなら助けになる。だがもしも歯向かうなら、紫の意思に背くならば、それは見放されるのと同義なのかもしれない。
思い違いならそれでいいが、確たる証拠もないために青年は揺れる。
「で、この空気について何かわかるかい?」
「妖怪の山の麓にある紅魔館という洋館とその周辺で、生物が深海棲艦に変化するという異常事態が発生しているそうです。僕にはわかりませんが、おそらくそれかと」
博麗神社に現れた人物は十六夜咲夜。今異常が起きている紅魔館でメイド長を務める人物であり、異常を発見した最初の人間。
博麗霊夢の捜索チームの1人であり、今日も捜索をしていたのだという。昼時に昼食を仕込みに戻った時は何もおかしな点はなかったが、搜索から帰って紅魔館に戻るとほとんどの人物が深海棲艦と化していたらしい。
紅魔館の近くに、霧の湖と呼ばれる湖がある。深海棲艦となった者たちはそこに集まっており、自我が強い者は陸上ですら活動しているという。
「ただの不思議な現象なら見逃すべきだが、深海棲艦が現れた以上、艦娘を擁する我々としては無視できないだろうな」
「僕もそう思います。ただ、気になることが一つ」
「人間、妖怪、妖精の深海棲艦化、か」
「原因がわからない以上、僕らに飛び火してくる可能性も考えられなくはないです。それに、深海棲艦になった人たちを、攻撃した後に考えられる可能性……」
あるいはこれが深海棲艦による侵攻なのか。もしくは原因は別のところにあるのか。情報が少なすぎるために、迂闊に手出しもできない。
そう、思っていたのに。
「んじゃ、早苗と一緒にさっさと叩いてきな。諏訪子はお留守番だけど、私も後で向かうから」
「…………は?」
「責任は私が持つ。今はこの事態を一刻も早く収束させることの方が大事だ。ボヤボヤしてると、同盟を結んだ山にまで被害が出るんだ」
「ほ、本気で言ってるんですか?」
「冗談では言えんさ」
仕方ない、とでも思っているのか諏訪子がため息をつく。既に2柱の間で意思を共有しているのかは知らないが、その様子からを見ると二言は出てこないだろう。
万が一自らも深海棲艦のようになってしまったら。倒すというのは殺すということ。自身も殺されてしまうのだろうか。
あるいは、自身が早苗を殺すことになってしまうのだろうか。神奈子を、諏訪子を。艦娘を殺すことに――。
「……後悔、しませんね?」
「多少の無茶は覚悟の上。今までが上手くいきすぎた。神を侮らないことだ」
「……では、諏訪湖から流れる川のルートで向かいます」
青年は苦々しく思いながらも強く頷き、早苗と共に立ち上がる。不安は拭いきれていないものの、考えすぎていても何もできない。
神奈子のような度胸の強さは自分に足りないところだな、とも思うが、強気になりすぎて誰かを失うことは最も避けねばならないだろう。
だが、自分が未熟であることなど、自分自身が一番よく知っている。
「あまり一人で悩まないでくださいね?」
「……ありがとう、さなちゃん」
まるで心の中を見透かしているかのような早苗の言葉に青年は一瞬固まるも、その気遣いに心が安らぐのを感じて言葉を漏らす。
もしかしたら、この戦いの後には、結果として業が生まれてしまうのかもしれない。恨まれ、憎まれ、疎まれて、突き放される。
(責任は……僕にある)
望むところだ。生まれてこのかた、負の感情ばかり押し付けられてきたのだ。今更悪口の千や二千程度で怯むほど臆病ではない。この叩きのめされた精神に、まだ叩くところがあるなら叩いてみせろ。
いざとなったら自分の首ぐらい差し出してやるさ、と。
拝殿を出て、整列する艦娘たちの前にて、青年は頭の中を整理しながら作戦を伝達する。
「場所は紅魔館! 目的は周辺水域に居座る深海棲艦の撃滅! 皆の健闘を祈る!」
「提督よぉ、大事な戦いなんだ。作戦名ぐらいつけてくれよ」
「え、あ……じゃ、じゃあ、『紅魔館の人たち救出作戦』でどうか――」
「聞いたかオメーら! 『紅号作戦』が発令された! 艦隊抜錨! オレの旗に続け!」
『はーい!』
こうして締まりのないまま、戦いは幕を開けたのである。
さて、次回以降は皆様お待ちかねの“東方VS艦これ”でございます。
自分もウンウン唸りながら書いておりますので、遅れてもどうか許してクレメンス。