夕暮れ時、青年は霧の湖に到着した。辺りはうっすらと霧が立ち込めている中、呼吸を整えつつ、茂みに潜んで周囲を見渡す。
古鷹と加古には、移動中に夕張から経緯を説明させている。霧の湖で敵艦隊と思しき部隊を発見したとの連絡を受けたため、艦娘たちは湖の入口にて待機中である。
『夕張、状況報告ヲ求ム』
『敵戦力ハ24。内、駆逐艦18、重雷裝艦1、軽巡洋艦2、重巡洋艦1。湖ニテ警戒航行中。以降、重巡ハ“リ級”ト呼称ス』
『赤イ個体ノ姿ハ?』
『確認出来ズ。現在霧ニヨリ、敵艦隊ハ此方ヲ未発見ト思ワレル』
気づかれていないならば、やはり先制攻撃だろうか。ただ、数の上での戦力差は厳しい。こちらは駆逐艦5、軽巡3、重巡3であり、駆逐艦の数では負けている。敵艦隊の接近を許してしまえば、重巡洋艦といえども被害は免れない。
重巡洋艦の砲撃ならばどの敵艦の装甲も貫徹可能だろう。だが、数の差を押し返すとなればそう簡単にはいかない。
と、考えていた。
魔符『ミルキーウェイ』
「おらおらああああああああああああッ!」
魔理沙が上空に現れ、弾幕を放つまでは。
箒に乗って空を飛ぶ魔理沙。敵艦隊の中央と思われる場所の上空にて停止したかと思えば、その地点から下方へ向けて大小2種類の星形の弾幕を放射状に展開する。
遠くから聞こえる爆音、水柱の音。敵艦隊が主砲を発砲している音が聞こえるも、魔理沙は狙いをつけさせまいとしているのか、箒で自由自在に空を飛びまわっているのが見える。
一方、青年。突如現れたのが魔理沙であり、何とか合流できたかと一瞬安心する。だが、突然攻撃を行うとは露にも思っておらず、魔理沙の弾幕の流れ弾を走り回って避けていた。
「ちょちょちょちょちょあぶッ、洒落にならないって!」
『正体不明機ニヨル攻撃飛来。反撃ノ許可ヲ乞フ』
「そっちも!? ええっと、『反撃ハ許可シナイ。駆逐艦ヲ前ヘ、巡洋艦部隊ハ遠距離砲撃ニテ対処セヨ』 さなちゃんに魔理沙ちゃんを止めてもらえれば何とか……」
『了解』との電文の後、艦娘たちが全速航行するのを目にする。しかし青年は安心する間もなく、魔理沙の弾幕をどうにか避けようと必死になって走る。
「魔理沙ちゃーん! 聞こえる!?」
「うおおおおおおおおおおおォッ!」
「あ、やっぱり届かないか」
と、呆れた時、目の前に魔理沙の弾幕が迫る。足が止まり、右にも左にも動かない。体中に緊張が走り、ただ目前に迫る弾幕に対して腕を交差させ、どうにか頭を守ろうとした瞬間――。
弾幕が頭の真横を掠めて通過したのを感じると同時に、誰かに両肩を掴まれている感覚を覚えた。
「危なかったわね、大丈夫かしら?」
「あ、えっと、博麗神社に来た……」
両肩を掴み、青年が弾幕に当たらないようにしていたのは咲夜であった。いつの間にか背後に立っていたのも疑問であるが、ほぼ確実に当たると思っていた弾幕を、どうやって避けさせたのだろうか。
「自己紹介がまだだったわ。十六夜咲夜、紅魔館のメイド長をしているの。巻き込む……というより、手伝ってもらってごめんなさいね」
「茅野守連です。いえ、僕らにも全く関係がないとは言えませんので」
そう話す咲夜の表情は思わしくない。自身の職場が謎の変貌を遂げたとなれば、その気持ちも察するに易いものであるが。
「ここに来るまでにも何体か倒してきたわ。倒したら妖精とか妖怪に変化したのだけれど、あなたは何か知っているのかしら?」
「……原理は僕にもわかりません。ただ、今知っていることはお話しておこうと思います。お互いの安全のためにも」
疑問を投げかけられ、青年も答えないわけにはいかない。ひとまず深海棲艦のことについてざっと説明し、自身が艦娘と呼ばれる幽霊、艦魂を操る能力を持つことを話す。
説明を受けた咲夜は顎に手をあて、何かを悩むような素振りを見せてから青年に向き直った。
「想像していた以上に厄介ごとのようね。艦娘と深海棲艦、無関係と見ることはできないからここに来た、ということ?」
「はい。もちろん、紅魔館という所の皆さんのことも心配です」
話しながら、青年は無線を動かし、夕張との連絡を取る。
『夕張、状況報告』
『現在駆逐艦ガ強行、巡洋艦部隊ガ砲撃中。駆逐艦10体、軽巡洋艦1体ヲ撃沈』
『被害ハ?』
『現在被弾ナシ。敵全体ニ弾幕ノ被害甚大、混乱ヲ確認! 早苗ハ正体不明機ト接触』
夕張からの報告に、青年は安心しつつ戦場を覗く。駆逐艦、特に叢雲の動きのキレは見ていて感嘆するほどであり、深海棲艦の主砲をものともせずにかわし、魚雷を撒きつつ進んでいる。
重巡洋艦組の姿を見れば、砲撃を非常に正確に行っており、その表情に曇りなし。青葉、古鷹共に集中した顔であり、戦いにその関係のこじれを持ち込んでいるようには見えない。
「色々と聞きたいことがあるけれど、とりあえず一つ。あなたは戦わないのかしら?」
「えっと、的や囮ぐらいなら……」
「……わかったわ。呆れたけれど、私はあなたの護衛をすることにしましょうか。あの子達を指揮するのがあなたなら、あなたに倒れられても困るのだし」
咲夜はため息を一つ吐き、青年の手を取る。急に手を取られた青年は何事かと思い手を振り払おうとするも、次の瞬間には別の場所に立っていた。驚く間もなく、瞬きをするとさらに別の場所、湖近くの小高い丘に出る。
「あの、これは一体……」
「ここなら安全に、しかも湖がよく見えるでしょう? 私が妖怪たちが襲ってこないか周囲を見ておくから、あなたは艦娘さんたちを見ておきなさい」
「……ありがとうございます」
背を見せる咲夜は、ナイフを手に周囲を見渡すように立った。自身も心の中で整理がつかないはずだろうが、その気遣いに青年は感謝する。
そして、青年もまた自身の中で思考を整理させながら、艦娘の状況を知ろうとするのであった。
霧が薄くかかる湖にて、艦隊のほぼ中央。艦隊全員を見渡し、異常がないか、被弾していないかを確認しながら、夕張は砲を放つ。
夕張は青年の下に来てまだ二日目。しかしながら、青年のその思慮深さについて、夕張は一定の評価を下していた。
優しく責任感のある人物、なれど若く、感情によって心動かされる部分もある。それを含めて、“なかなかどうして悪くはない”。
「夕張、重巡から砲撃がくるぜ!」
「狙いは私たち巡洋艦組ね、回避運動!」
たった数日で何を理解したんだ、と天龍には笑われるかもしれない。だが、言葉に出さない部分があれども、その思いやりは十分に夕張も感じている。
「重巡の皆さんは敵重巡をまずお願いします! もうすぐ駆逐艦の子たちが魚雷を放ちますので、被雷したところを一挙に砲撃してください!」
例えば、自身がこの艦隊に来た時、好みや嗜好、今後の希望を聞いてきたこと。それは自分だけではなく、他の艦娘も同様である。
記憶を知ることができること。そして、その戦争という記憶にかかわらず、個としての自身を認識し、その希望を聞く。
夕張も無論、青年の記憶を覗き見ることができた。その過去と、今の性格とを照らし合わせれば、青年を上官に持つ夕張としてはその答えは一つだけ。
『機械いじりをさせてもらえるなら、あとは提督のお好きなように』、と。
戦況は急展開を迎えていた。魔理沙の弾幕により開戦したこの戦いは、敵に大きな損害と混乱を与えた状態から始まった。弱音など吐いてはいられない。
駆逐艦たちが敵艦に激突するかのような勢いで接近する。中でも叢雲は、過去に自身が助けようとした古鷹と戦場を共にしているためか、非常に戦意に満ち溢れていた。
重巡リ級、および軽巡ホ級に対して魚雷を放ち、離脱しながら中破状態にある雷巡チ級に対して制圧射撃。
轟音、そして水柱。チ級は天龍及び龍田の砲撃とも合わせて撃沈し、軽巡ホ級は大破、重巡リ級は中破状態へと損害を与える。残る駆逐艦は8体となり、流れは完全に味方にある。
「今です、全艦突撃してください!」
最初こそ魔理沙の弾幕には四苦八苦したものの、早苗の説得によりどうにか被害なく切り抜けることができた。魔理沙の弾幕が駆逐艦をおよそ半分にまで減らしたのは、大戦果といっても過言ではない。
駆逐艦が魚雷を放射状に放ち、周囲にいる敵駆逐艦へ向けて手当たり次第に主砲を撃ち込む。その素早い動きで敵を攪乱し、時には砲弾をスレスレで回避しながら主砲を撃ち返す。
天龍と龍田は装甲によって駆逐艦級の砲撃を阻みつつ、力押しで近接戦にもつれ込ませた。
そして、古鷹。大破状態となりながらも攻撃を必死に回避する軽巡ホ級であったが、正確な狙いにより一撃のもとにホ級は撃沈される。
青葉は重巡リ級に攻撃を行いつつ、互いに異なる方向へ進む反抗戦に持ち込む。重巡リ級は青葉との砲戦に気を取られていたためか、加古の接近には気づかない。
やがて、加古が至近距離にまで接近する。リ級が砲を向けるも加古はそれを蹴り飛ばし、その胸元へめがけて主砲を発射。リ級は砲弾の衝撃でその体を吹き飛ばされ、水面に落ちると同時に大きな水柱を上げる。
それを合図に――戦いは終結した。
開戦時には圧倒的不利であったにもかかわらず、大きな被弾のないまま戦局は幕となる。湖にはポツポツと少女のような少年のような小さな子供たちが浮き上がっており、電を始めとして救助活動が始まっていた。
戦闘が無事に終了したことは何よりである。夕張自身感じていたが、赤い気配を纏う敵がいなければやはりこの艦隊は強い。練度も高い水準を維持しており、艦隊運動など見事なものである。
夕張も救助活動に入る。それと同時に青年に対して戦闘終了の報告を行おうと思い、電文を打とうとした。
その時、である。
『提督ヘ。戦闘終了。ナレド戦闘ノ可否ヲ問フ』
『一段落シタト思ッタノニ。勝算ハ?』
『艦娘ダケデモ7割。但シ被害ハ甚大』
『撤退モ可能ダカラネ? 交戦ヲ許可スル』
霧のかかる湖。その中で、まるで霧を割って進むようにその敵は現れた。
格闘家のごとき独特の構え。赤い気配を纏う――重巡リ級が。
霧が晴れた遠く先、赤い重巡リ級の背後にそびえるは紅い館。夕日に照らされているもその赤さが夕焼け色に染まることはなく、荘厳にして厳然。
その紅い館を背負うかのように現れた重巡リ級は、構えを解かぬまま動き始めた。重巡洋艦であるにもかかわらず駆逐艦のように素早く、最も近くにいた叢雲へと肉薄する。
瞬間、轟音。音のした方向を見れば、古鷹である。その砲撃は赤いリ級の側頭部を捉え、リ級はその場にて体勢を崩す。
叢雲は怯まない。リ級に対して魚雷を発射し、主砲を放ちつつ後退。しかし、主砲はリ級の装甲によって弾かれ、ダメージには至っていない。
だが、魚雷は到達する。水中を泳ぎ、足元からどのような艦であろうと水底へ引きずり込むことのできる、駆逐艦が持つ強力な兵器の一つ――。
いかに赤い気配を纏う個体だろうと、その魚雷から逃れることは既に不可能だろう。既に足元まで迫っており、どう避けようとも直撃は避けられない。
懸念を抱いていた夕張も、想像以上に早くケリがついたと安心していた。古鷹と叢雲による目覚しい判断力に続いて、ジリジリと体力を削ればいいと。
だが、この幻想郷において、そのような楽観的な思考は通用しなかった。
赤いリ級はその場で水を強く踏みつける。魚雷の炸裂どころではなく、まるで小さな火山が噴火したかのように水柱が上がり、その中で魚雷の爆発音が同時に響いた。
降り注ぐ飛沫に髪が濡れながらも、夕張は水柱が晴れた先に見える赤い影に戦慄していた。全くの無傷であり、既に姿勢は格闘術の構えに戻っている重巡リ級。
こみ上げる恐怖を押し込みながら、夕張はその口元に笑みを浮かべる。ここまで戦意が高揚しながら戦いに臨むのはいつ以来だろうか、と。
「全艦複縦陣、一度後退します。距離を取って様子を見ましょう」
青年には申し訳ないと思っている。どのように戦っても、被害は免れないと既に直感しているのだから。怪我をしたと聞けば、きっと泣きそうな顔をしてしまうだろう。
だが、夕張もまた青年のために戦おうと決めたのだ。そしてそれは、少なくとも先ほど合流して間もない重巡以外の艦娘ほぼ全員が思っていること。
青年へと連絡を取った後、夕張は赤い重巡リ級を見据えて呟いた。
「さあ。色々試してみても、いいかしら?」
様子を見ていた青年は、あんぐりと口を開けたまま閉じようとしなかった。否、閉じることなどできなかった。
(何だあの動き。魚雷を……衝撃波で誘爆させた?)
夕張からはやれるところまでやる、との電文が入っていた。仮に大きな怪我、それこそ吹雪よりも酷い状態になれば、青年が駆けつけてカードに戻して撤退するだけで艦娘の命は保護できる。
だが、できる限り無理などさせたくはない。それこそ、今すぐ全員をカードに戻して撤退したいぐらいである。しかし、それを艦娘も望んでいないのは青年も知っている。
「美鈴……」
「え……咲夜さん、どうかされましたか?」
ふと、青年は背後で咲夜が悩ましげな表情で遠目に見える重巡リ級を眺めていることに気づいた。周辺を警戒するといっていた本人だが、思う所でもあったのだろうか。
「教えてもらえないかしら。美鈴は……あの深海棲艦とやらは絶対に元の姿に戻るの?」
「申し訳ないんですが、確証はありません。今のところ本物の深海棲艦以外は元に戻る例を見ましたが、無傷で戻るという保証も……」
「あの深海棲艦、私の仕事仲間なのよ」
「……ですが、野放しにしておくことは」
「わかってるわ」と呟き、咲夜はそっぽを向いた。その拳は強く握りしめられており、悔しさを表に出すまいとこらえていることは誰の目から見てもわかる。
その態度を青年も批判することはできない。自分に当たられても困るのは確かだが、気持ちが全く分からないわけではないのだから。
例えば早苗が、神奈子が、諏訪子が深海棲艦になったら。艦娘が深海棲艦になったら。戦いたくはないし、傷つけたくないのは当たり前である。
「艦娘さんたちと連絡が取れるみたいだから先に話しておくわ。美鈴の能力は“気を使う程度の能力”。気配りではなくて、気迫とか気合の方」
「なら、先ほどの魚雷を吹き飛ばしたのも」
「おそらくは能力と格闘術の併用によるものよ。近接戦はやめた方がいいわね。艦娘さんたちがどのぐらい強いのかはわからないけれど、美鈴は対人接近戦、弾幕勝負にこだわらない場合恐ろしいほど強いわよ」
それを聞き、青年は「ふ、む」と視線を戦場へ戻す。現在青年の艦隊は駆逐艦と軽巡洋艦が半数以上を占めており、接近戦重視の艦隊である。
加えて、あまり考えたくないことであったのだが、深海棲艦は艦種が強力になるにつれて人型に近くなっている。赤い重巡リ級は人型に近く、そして格闘術を使う人物が深海棲艦化している。
深海棲艦化した敵は、深海棲艦化前の素体となった人物の弾幕を使うことはわかっている。能力全てを使うことが可能になるとすれば、おそらく彼女は――。
『敵リ級ハ接近戦偏重、注意セヨ』
『了解。無線封鎖シマス』
だが、懸念事項はまだ残っていた。先ほどから上空で待機していたはずの、早苗と魔理沙の姿が見当たらない。
その姿を探す。そして、見つけた先は霧の湖の端、紅魔館という建物のすぐ傍の水辺。
艦娘たちが対峙している重巡リ級とはまた別に、深海棲艦がもう2体存在していた。2人はそちらを倒すべく戦闘を繰り広げており、その戦闘音は離れた位置にいる自分のところにまで聞こえている。
「パチュリー様と小悪魔も、ね。もう紅魔館は……」
「諦めないでください」
「随分と勝手なことを言うものね。戻る保証もない上に、魔法使いが敵に回っているのよ。真っ向から弾幕勝負を挑むなんて、それこそ霊夢じゃないと荷が重いわ」
そう言って、さらに落ち込む表情を見せる咲夜。魔法使い、なら魔理沙と同じかと考える。確かに、深海棲艦に向かって放った弾幕は強力であったという以外に評価しようがない。
「でも、やっぱり大丈夫ですよ」
「……なら、その根拠を聞かせてもらおうかしら?」
咲夜が目つきを鋭くし、青年に向き直る。
魔法使いならば侮ることはできない。仮に魔理沙を敵に回していたらと考えれば、背筋も凍る。だが、青年がその根拠のまるでないような発言は、一つの信頼が支えていた。
「だって、あの子たちは理不尽な戦いにも真っ直ぐ向き合ったんですから」
水上にて槍を構えた龍田は、赤い重巡リ級を薄目で捉えていた。
前衛に駆逐艦、その背後に軽巡洋艦。その後衛に重巡洋艦が控えているが、この陣形は崩れることを前提として組まれていた。無論、単純に崩れるわけではないが。
リ級に動きはない。両陣営とも一度射程外に出た状態であり、にらみ合いが続いている。その間、龍田は青年のことを思い返していた。
第一印象は頼りがいのない男、であった。今でも正直頼りがいがあるかと尋ねられれば首を捻らざるを得ないが、その心遣いだけは理解している。
常に艦娘、もしくは守矢神社のことを考え、自分のことは後回し。その体も、誇りさえも投げ出し、常に守ろうと、自身らのために奮闘する提督。
どこか抜けているというのに青年自身が持つ目的に関しては計算高く、そのためには過去さえも笑い話にしようとするような提督。
博麗神社で萃香と魔理沙を相手に土下座していたことは記憶に新しい。あれはその場にいた早苗と天龍も驚いており、青年の名誉のためにも他の者には他言しないことを話し合って決めていた。
龍田が青年に従う理由など、それで充分。姉妹艦たる天龍を悪く扱うようであれば制裁を考えていたものの、むしろ天龍自身が楽しそうに過ごしているのを見ればそんな気も起きない。
流石にスカートの中を見られたときは慌てはしたが。
認めなければならないだろう。提督は提督たるに相応しい人物であると。知識と経験など、艦娘が知っていることを教えればよい。あとは本人が勝手に学んでいくのだから。
「提督より入電、目標の重巡リ級は接近戦に強いからやめておけとのこと。……提督に話せば怒られますから、無線は切りました」
「うふふ。あらぁ、提督は私たちに喧嘩を売っているのかしらぁ?」
「多分、深海棲艦化する前の人が接近戦に強いとかじゃない?」
「早苗さんはあの小さな魔女さんを連れてどこかへ行ってしまったようだしぃ、私たちでどうにかしないといけないわねぇ」
「ふふっ、龍田。あなたこんな状況でも笑うのね。泣きそうな天龍とは大違いだわ」
「あんだとっ!?」
「天龍ちゃんは私の陰に隠れていてもいいのよ~?」
「へへっ龍田、冗談はよしてくれよ。え、じょ、冗談だよな?」
夕張、天龍とともに、龍田は微笑みながら槍を鳴らす。余裕そうな口上を述べてはいるものの、視線を重巡リ級から離すことはない。
砲撃戦を行おうにも、味方の重巡洋艦は3人。リ級が見せた重巡にあるまじき動きをもってすれば、単発単発の砲弾を命中させることは難しいだろう。現に、視認の難しい魚雷でさえ封じることがわかっているのだから。
「夕張さん、もう決まったわね~?」
「はい、この艦隊なら方法は一つしかありません」
「おう、行くか?」
軽巡の3人が顔を合わせ、頷く。近くでそれを見ていた重巡3人は少しだけ苦笑しているも、何も口には出さない。
駆逐艦、軽巡洋艦の多い艦隊。水雷戦隊の目的は、後方で砲撃を行う艦の前面に出て前線を形成し、懐まで潜り込むこと。
すなわち、艦隊が取った選択肢とは――
「駆逐艦は左右に展開して包囲戦、全巡洋艦――前へ!」
接近戦を得意とするという目標の赤い重巡リ級に対し、自身らの華とも呼べる接近戦を挑むこと、である。
駆逐艦が速力を上げ、重巡リ級の砲撃をかわしながら左右に展開した。その左右に展開した中央を、軽巡洋艦が全速で突っ切っていく。
龍田は砲撃を行いつつ、槍を両手で握る。恐怖など微塵もない。自身より強力な艦種だろうと関係はない。
鬼のように接近戦に特化した自分たちを相手に接近戦を挑んでくることを、それこそ楽しいとすら感じていたのだから。
重巡3人から同時に砲撃が放たれた。しかし、一発は回避、一発は目を疑うような反射神経をもって砲弾を叩き落とされ、最後は装甲に阻まれる。
「あはっ」
だが、龍田は急加速。その勢いを殺すことなく、装甲で砲撃を阻んだ結果、煙を上げているリ級の腹部へ向けて槍を突き出す。
リ級はその槍を腕で弾き、それと同時に龍田の懐へと飛び込んだ。リ級の掌底が龍田の鳩尾を捉えるかと思ったその瞬間――。
龍田の右膝が、リ級の顎に目がけて放たれた。鈍い音と共に、リ級は頭部と思しき部位を押さえながら一度飛びのいて距離を取る。
が、その隙を見逃すほど艦隊は甘くない。夕張の至近距離の射撃と、天龍による刀の追い打ちがリ級を襲う。
更に距離を取るリ級。駆逐艦の砲撃は全て弾かれてはいるものの、意識を逸らす等のほど良い牽制となっている。赤いリ級は確かに強敵だが、その分反応が良すぎるのか、装甲で受けるにしても全てその方向を向いてしまう。
艦隊は追撃を行う。重巡洋艦による接近しながらの砲撃と、夕張の近接射撃。そして、その砲火の中へと龍田は天龍を伴って突撃する。
しかし、リ級も被弾してばかりではなかった。魚雷を叩き潰したように水面を踏みつけ、水柱で姿をくらましたかと思うと、その中から輝きを放つ。
華符『芳華絢爛』
まるで花開くように、全方位に弾幕が放たれる。弾幕の一つ一つこそ小さなものの、その密度は避ける隙間が見えないほど。
「駆逐艦は退避しなさぁい?」
龍田の指示により駆逐艦はリ級から離れ、弾幕の隙間をかいくぐって回避を始める。万が一命中しても、距離による威力減衰により装甲が阻むため怪我はない。
そして、リ級の目の前に展開していた巡洋艦組。リ級の弾幕に対し、あらかじめ立てていた対策とは、
「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫なんですか?」
「ね、ねえ加古、私たち沈まないよね?」
「当たり前だろ! 沈むならあたしが引っ張り上げてやるっての!」
重巡組が前に出て、その装甲にモノを言わせて盾となることであった。
「おー、すげえな。本当に弾いてら」
「流れ弾には注意してねぇ、天龍ちゃん?」
駆逐艦より軽巡洋艦の方が装甲は厚く、重巡洋艦はさらにその上をいく。それは深海棲艦に限らず、艦娘の艤装においても同様であった。
弾幕は確かに密度こそ高いものの、小さいものであれば一発一発は大した威力ではない。油断していると装甲を貫通することもあるが、現状において重巡洋艦の装甲を貫通することはないと見込んだのだ。
青年に具申していれば、確実に却下されただろう。艦娘思いのあの提督である。おそらく、艦隊をそのように運用することはダメだ、との一点張り。
しかし、これも戦闘における役割の一つなのだ。大きな艦が目標となれば、相対的に他の艦には攻撃が向かわず、安全となる。装甲で阻めるような攻撃ならば尚更のこと。
その辺りをまだ割り切れていない、と龍田は感じる。艦娘に必要以上に情をかけては、いずれ来るであろう別れが辛くなるだけであるというのに。
だが、それも青年らしいのかもしれない。少なくとも、龍田が気に入ったのは青年のそういう部分であるのだから。
「天龍ちゃん、行くわよ?」
「おうよっ!」
弾幕が止み、再び軽巡が前に出る。駆逐も既に牽制の主砲を放てる位置についており、包囲は盤石。
重巡の一斉射撃と共に、龍田は槍を構えて突撃する。隣には天龍。重巡の砲撃は一発が直撃弾となり、その装甲を削っていく。
迫る。なおも迫る。目的は無論、重巡リ級の懐。
だが、龍田が今にもその槍を振り下ろそうとした時、信じがたい出来事が。
「――クソッ、背水ノ陣ダ!」
一瞬、赤い重巡リ級が人の姿を取っているように見えた。それどころか、言葉を話すなど聞いていない。
しかし、脳内は既に興奮してやまない状態。龍田は天龍と共に、接近するのをやめることなく軽口を返す。
「あんた一人で『陣』なのか?」
「四面楚歌がお似合いよ~」
その間に、赤いリ級から接近される。その鋭い踏み込みは艦娘の瞳をもってしても捉えきることはできず、天龍がその腹部へと肘鉄を受けた。
「かはっ!」と苦悶の表情を浮かべる天龍。そこへさらに追撃を加えようとする重巡リ級。しかし、むざむざと見過ごすわけにはいかない。龍田は天龍を攻撃されたという怒りも込めて、リ級へと槍を突き出す。
が、リ級は槍を脚で弾き、龍田へと向き直ることなく、さらに天龍の胸元へ踏み込みと同時に掌底を放つ。天龍は吹き飛ばされ、離れた位置にて全身を水に打ち付けた。
そこへ、重巡リ級は容赦なく攻撃を継続する。
彩符『極彩颱風』
リ級の周りを取り巻くような弾幕。しかしそこから不規則に分散し、全方位を覆っていく。まるで台風のごとく周囲を食い散らかすかのように広がるものの、その弾幕にさえ美しさが感じられた。
だが見惚れている暇などない。体勢を立て直すどころか未だに立ち上がりかけの天龍を庇うべく、龍田は槍をリ級に投擲して天龍の元へ急ぐ。
驚愕に染まる天龍の顔。しかしそんなものを気にすることなく、龍田は天龍を抱きしめた。
背後の装甲にかかる負荷。重巡洋艦より装甲が薄くとも、曲がりなりにも軽巡洋艦。その装甲は駆逐艦よりは厚い。
が、全てを装甲で受けきれるわけもなく、装甲を貫徹して弾幕が背中に、機関に命中し、龍田は痛みに耐えながらうめき声を漏らした。
――やがて、轟音が鳴り響く。せめて天龍だけは守り抜こうと、龍田は必死に天龍を抱きしめる。
そんな時、他ならぬ天龍に背中をポンポンと叩かれ、顔を上げた。目の前には、心配した様子を見せながらも笑顔を浮かべる天龍の顔。
「もう……終わったぜ」
「そ、う……。良かったわぁ、天龍ちゃんが無事で」
「当たり前だろ。お前は、世界水準軽く超えてる俺の妹なんだから」
天龍は龍田を抱えて立ち上がる。被弾によるダメージにより少しふらつくものの、天龍が支えることにより龍田は自分の足で立ちあがった。
重巡リ級のいた場所には、腰まで届く赤い髪の女性が浮かぶ。緑と白で彩られた民族風の衣装を纏い、精悍な顔つきを苦しそうに歪め、その手には龍田が先ほど投擲した槍が握られていた。
「青葉の砲撃が決まったんだ。見事に顔面を捉えて、そのまま動かなくなったのさ。まあ、多対一じゃないと絶対に勝てなかったよ」
何にせよ、被害がこれ以上拡大する可能性はなくなったためひとまず安心である。と思いながら、龍田は自身の状態を確認した。
背後、機関が損傷したため、速度は落ちるだろう。魚雷発射管も被弾しており、既に魚雷は打てない。何より、自身が何か所も怪我を負っていた。
「中破してるが、まだ戦うのか?」
「提督は嫌がるでしょうねぇ。でも、私はまだ戦えるから戦うわ~」
「ったく、そういうところは俺とそっくりだな」
そう話しながら、龍田は天龍と共に倒れている女性の元へ行く。気絶しているようなその様子に申し訳なさを感じながらも、手にしっかり握られていた自身の槍を回収しようとした。
その時である。
「紅魔館には一歩たりとも入れさせません!」
跳ね起きるように女性が目を覚まして立ち上がり、龍田に向けて拳を放った。龍田は油断していたものの、頬を掠らせるようにその拳をかわす。そうして女性は、再び崩れ落ちるように水面へと体を沈めた。
「私がッ――わた、しが……」
執念か、と龍田は肝を冷やす。頬は掠めた拳によって出血しており、天龍が慌ててハンカチで拭き取っていた。
その執念が深海棲艦化に影響によるものなのか、はたまたこの女性自身の意思によるものなのか。天龍に礼を言いながらも龍田はため息をつく。
「守りたいものがあるのは、貴女だけと思わないことね」
湖のほとりへ向かい、青年は艦娘たちと合流する。咲夜も一緒について来ており、艦娘たちを一目見て驚きはするものの、状況が状況なだけにそれを口には出さなかった。
「みんな、お疲れ様。終わったばかりで悪いけど、もう一度戦って欲しい」
「少し離れた位置で音がしていましたが、そちらですか?」
「ああ、今さなちゃんと魔理沙ちゃんが戦ってる」
「道理で、早苗さんからの支援がなかったんですね」
艦隊全体を見回すと、龍田が中破状態になっていた。見るに痛々しく、その負傷は勝利との代償と考えたとしても決して安いとは考えられなかった。
「龍田、その怪我は……」
「あら、どこかおかしいところがあるかしらぁ?」
「……当たり前だろ。折角用意した無線は夕張に切られるし、重巡の皆が盾になるし、接近戦はダメだって言ったのに接近戦を挑むし。しかもそれで怪我までしてるんだ、心配しないわけがない」
「うふふ、優しいのねぇ。でもねぇ提督、覚えておくといいわ~。あなたのその気遣いは時に人を傷つけるのよ。身体だけじゃあなくて、ね?」
「それでも――」
「お叱りはぁ、全部終わってからにしましょう?」
そう言って、龍田は傷ついた姿ながらも笑顔を浮かべ、ポケットから一枚のカードを取り出し、それを自身に渡してきた。渋々ながらも、青年はそれを受け取る。
「新人ちゃんが来たみたいよ~」
咲夜が女性の介抱に回るのを傍目に見てから、艦隊全体を見回す。吹雪に続いて龍田も負傷してしまった今、戦力が増えることを望まないわけがない。
「はーいっ! 衣笠さんの登場よ! 青葉ともども、よろしくね!」
現れたのは青葉型重巡洋艦の2番艦、衣笠であった。銀色の髪をツインテールにまとめ、両手にはゴツゴツとした大きな主砲を持つ彼女。ハーフパンツの青葉とは異なり、女性らしくスカートを着用していた。
これで重巡洋艦が4人。戦力的にも、かなり安定してきたと言えるだろう。
「衣笠、よろしく頼むよ」
「うん、任せておいて!」
姉妹艦ということで青葉とどこか似通った部分があるのだろうか。その快活さに関しては、出会ったばかりの青葉のようである。
「あ、青葉!? また会えるなんて!」
「衣笠、久しぶりですね!」
「それに古鷹も加古も! うわぁ~、みんな懐かしい!」
青葉を見つけた途端、目を輝かせて抱きつく衣笠。その状態で古鷹と加古に声を掛け、笑顔を振りまく。衣笠にも、青葉のことを任せてもいいのだろう。艦娘に、姉妹艦にだけわかることもあるかもしれないのだから。
「よし、夕張。早速さなちゃんと魔理沙ちゃんの支援に行こう」
「はい! あ、それと……先ほどの女性、重巡リ級と化していた際に言葉を話していたのですが……」
「……わかった、頭に留めとく」
強く頷く夕張。深海棲艦が言葉を介するということ、それ自体は青年にとっても大きな疑問にはなるが、考える時間は今ではないだろう。紅魔館で起きているこの異常事態を先にどうにかしなければ、安息は得られない。
女性の様子を見ていた咲夜が、息をついておもむろに立ち上がる。
「怪我はないようね。これでひとまず安心したわ」
「あの、紅魔館というところの全員が深海棲艦化しているんですよね?」
「ええ、それがどうしたの?」
「僕らは今、咲夜さんの同僚の方を倒すことになりました。今後もおそらく、僕らが本当に危険にならない限りはこれが続くと思いますが……」
「……そんな事。本来なら……確かに私が戦うべきでしょうね。でも、私には……できなかったのよ。紅魔館の皆を攻撃するなんて」
「僕らを恨みますか?」
「全く不快に思わないというわけではない、かしら。でもね、必要なことだって、私にはできないことを代わりにしてくれているというのはわかっているわ。それでいて貴方たちを敵のように思うなんて……できないわよ」
歯噛みし、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く咲夜。
咲夜という人物について、青年はあまり知らない。だが、今咲夜が抱えているであろう行き場のない沸々とした感情は、誰よりも理解できる。
「咲夜さん、はメイド長ですよね? となると、当然仕える主人、吸血鬼の女の子でしたか? その人を相手にすることにためらわないんですか?」
「……勿論、ためらうわよ。でもね、」
少しの間、目を伏せる咲夜。その睫毛が震えているにも関わらず、冷静な表情を見せる彼女が面を上げた時、その顔には覚悟が宿っていた。
「主をお諌めするのも、私の役目ですもの」
着任
青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』