提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

23 / 53
前話時点→満潮改二キター!(歓喜
現在→秋冬イベントがレイテ分割とかマ?(震え


023 いつかの温度

 世の中というものは存外上手く出来ている。誰かにツキが回ればその分誰かが損をするし、仮に損をしたとしても、次に回ってくるのは幸運だ。

 自分が苦しい思いをしている分、他の人が幸せになる。そんな思いを抱けるものなら、皆喜んで幸せの順番待ちをするだろう。

 しかし、現実はそう単純じゃない。ひたすら幸運に浸り続ける者もいれば、不運に苛まれ続ける者もいる。ずっと何もない毎日を過ごす者だって存在する。

 

 もし仮に。そんな状況をそれぞれの日常として受け入れたなら。自分はこれでいいのだ、自分にはこれが当たり前なのだと刷り込まれてしまったなら。

 あるいは、今を変えてみせようという精神すら持ち合わせられなくなったなら。

 

 それはある種、万人いずれにとっても幸せであるのかもしれない。

 たとえ、それが麻痺と気づこうと。

 

 

 

 

 

 慧音の家に到着した青年は、和室に通された。木や畳から香る素材の香りが穏やかな気持ちにさせ、青年にひとまずのやすらぎを与えてくれた。

 

「部屋はここを使ってくれ、好きに使ってくれて構わない」

「はい、ありがとうございます」

「気にするな、生徒の恩人だからな。無下にした方が罰当たりというものさ。私は夕餉の用意をするとしよう」

 

 慧音は小さく笑みをこぼし、障子を閉めて部屋を後にした。残された青年は、守矢神社とは違う他人の家ということもあり落ち着かず、正座してひたすら固まっている。

 

(ここがあの女のハウスか……。あ、そういえば――)

 

 咲夜が届けているであろう高速修復材。青年が気にかかったことの一つに、艦娘をカードのままで置いてきてしまったことがある。

 カードから人型へ実体化させるのは青年にしかできない。重巡四人がそろそろ完治しているはずだが、他の被害を受けた艦はカードのままである。あれでは浴場に入ることはできない。

 

(……まずい。急いで神社に戻らないと――!)

 

 

 

「慧音、こんばんは。お邪魔するよ」

 

 

 と、拳を握り立ち上がった青年と、障子を開けて現れた女性との視線が交差する。

 白い長髪に真紅の瞳。赤い大きなリボンと毛先をまとめる小さなリボンを身に付け、指貫袴をサスペンダーで吊っている。寂しさと威圧とがその雰囲気から感じられ、青年はゆっくりと拳を下ろして相対した。

 

「……えっと、お前誰?」

「あ、茅野守連といいます……」

「あ、ああ。私は藤原妹紅だ……」

 

 お互いに気まずい態度が目に見えており、それ故に言葉を発することがためらわれる。

 が、青年も状況が状況である。一刻も早く神社に戻らねば、艦娘が苦しむ時間がそれだけ増えてしまう。

 

「すいません、僕はこれで失礼します!」

「うわ、なんだお前いきなり! 慧音来てくれ、慧音!」

 

 少し急ぐようにして、青年は妹紅と名乗った女性の肩を押しのけて通る。が、妹紅は突然のことに驚いたのかその腕を掴み、慧音の名を呼んだ。

 更に、肩の関節を締められる青年。為すすべもなく、床に組み伏せられる。

 

「さてはお前泥棒だな? 何を盗んだんだ!」

「え、ど、どいて! 神社に行かないと!」

「神社? 博麗神社は人を使って泥棒稼業に手を染めるほど困窮してたのか……。いや、それより盗んだものを出せ!」

「だから、泥棒じゃないって!」

「泥棒は皆そう言うんだ。出さないなら身ぐるみ剥がさせてもらうぞ!」

 

 組み伏せられた青年の背中に、妹紅が馬乗りになる。片手で腕を締め上げたまま、妹紅は青年の身体に手を這わせた。

 

「軽いな。本当に男かお前?」

「正真正銘男だよ! どいてったら!」

 

 しかし、妹紅はその手を止めない。

 

「ここもない、ここにもない、か。となるといよいよ服の中を……」

「え、ちょっと、そこは……ぁんっ」

「なんだその反応は、生娘でもあるまいに。んん? 肌が柔らかいなお前。気持ちいいからもうちょっとだけ」

「ん……んんっ!」

「なんだその目は、泥棒のくせに」

「絶対に……冤罪になんて負けない!」

「そう言う奴は大抵すぐに負けるな。……んん? おいお前、ちょっと服を脱がすぞ」

「服!? 何する気だよこの痴女!」

 

 服の下を見られたくない一心で青年は抵抗するも、自由になる隙を与えられないまま服を脱がされる――直前で、障子が開いた。

 

「なんだ妹紅。慌てるなんて珍しいな。一体どうし……」

「ああ慧音、泥棒を捕まえたぞ。なかなか肌が柔らかい奴で――」

 

 

「何をしている妹紅! 私の客人だぞ!」

 

 

 鬼のような形相で妹紅をどかせ、青年を起こす慧音。「大丈夫か、すまなかったな」と声をかけられるも、青年としては服の下を見られなかったことに一安心。

 が、どうやらすぐさま帰るというわけにもいかなくなったようで、青年は一人溜息をつくのであった。

 

 

 

 

 

「それで、妹紅は結局何がしたかったんだ?」

「カミツレとやらが私を見てすぐに逃げようとしたから、泥棒だと思って捕まえた」

「捕まえたのはいい。だが、その後の行動は泥棒にすべきことではないな。泥棒の肌を堪能してどうする。私はお前がカミツレを襲ったのだとばかり思っていたぞ。服まで脱がせようとするし」

「いや、肌はともかく私の好みじゃない」

「そういう話じゃないのはわかっているな?」

「……だからさっきから謝ってるって」

「そもそも妹紅はいつもだな――」

「わかった、わかったから食事中はやめよう、な?」

 

 慧音が夕飯を用意し、一番広いのが青年の部屋であったために青年の部屋で三人で夕食をとる次第となった。

 慧音の用意した夕食が非常に美味であったために、それを褒めちぎりながら青年は徐々に機嫌を直していく。

 

「上白沢さん、神社に戻ってもいいですか?」

「慧音でいい。今からは少し難しいな。妖怪共が活動を始めるだろうし、満月だから私は今日この家から出るわけには行かない。妹紅は……」

「慧音と一緒にいるよ」

「と、いうわけだ。事情は知らない。送ってやりたいのは山々だが、生憎と……な」

「……いえ、無理を言いました。忘れてください」

 

 満月が何を示しているのかは青年の知るところではないが、あくまで厚意で泊めてもらっている以上、無理は言えない。妹紅という女性ならば交渉すれば何とかなるかもしれないが、青年はその思考に至らなかった。

 

「神社に戻りたいほど私の家が嫌なのか……」

「ああ、いえ、そうではなく……」

「カミツレ、私が悪かった。私も慧音に恥はかかせたくない」

「……わかりました。今日は泊まらせていただきますから」

 

 といったところで、妹紅の泥棒認定セクハラ事件は幕を閉じた。青年とて、第一印象を拭いきれない妹紅はともかくとして、慧音に迷惑をかけたいわけではないのだから。

 

 

 

 

 

 食事を終え、しばし歓談と洒落込む三人。

 

「外の世界から。そんで今日は神社を追い出されて、ねえ」

「艦娘たちを大事にすることだな。カミツレにとっては幻想郷で小さくない影響力を持つ力だ」

「……そう、ですよねやっぱり」

「なんだ不安か? そうだな……今回の失態もある。いざという時はこの藤原妹紅、不死鳥のごとくお前を助けることを約束してやる」

「ありがとう……ございます。お二人も、何かあれば守矢神社に来てください。微力ながら、僕に手伝えることがあれば必ず」

「それは本心か?」

「え? え、ええ」

 

 慧音がお茶を淹れつつ、青年の瞳を見る。それは、酷く訝しんでいながら、どこか悲しそうな眼差し。

いつか見た覚えのある視線。誰だったかは覚えていないが、それは自身の身をとても案じていたことだけは覚えている。

 

「強がらなくていい。幻想郷に来て間もない。そして、夜となりつつある今、私には貴兄の歴史が見えつつある」

「過去が……見える?」

「神社の暮らしは楽しいか?」

「ええ……とても」

「大事にするといい。それでも尚癒されなければ、本当に私のところに来て構わない。存分に甘えるといいさ」

「…………」

 

 その言葉で、青年は思い出した。

 いつの日だったか、早苗と出会うよりほんの少し前の、当時少年だった青年が守矢神社へ遊びに行った時のことだ。神社の木陰で一人泣き、死ぬことすら考えていた頃。

 

 

 

『いつも来てくれているのに、願いを叶えられなくてすまない』

 

 

 

『辛い時はここへ来ていい。うんと泣くがいいさ』

 

 

 

 泣き疲れて眠った青年の夢の中に、それはそれは美しい女神が現れたのだ。その時の女神は今の慧音と全く同じ表情をしていた。それから少し経って、早苗と出会ったのである。

 神社での記憶は早苗との出来事の方がインパクトが大きいため、出会ってからの出来事しかほとんど覚えていない。それでも、確かにそのような不思議な経験があったのはうっすらとだが覚えている。

 

「どうした、泣きそうか?」

「ああいえ……そういうわけではありません」

「そうか、強がらなくていいからな。うちの生徒にも君とよく似てひねくれた子がいるよ。ふふふ、君ほどひどくはないが」

「お褒めに預かり光栄です」

「全く、呆れた奴だ。慧音、お茶のおかわりがほしい」

「はいはい」

「では、僕も頂きます」

「ふふふ、構わないよ」

 

 記憶違いではなかったと信じよう。そして、今はこの安らぎの空間を享受しよう。守矢神社以外でも、自身は受け入れられる場所があるらしいのだから。

 

 

 

 

 

 少し経った頃。風呂を借りてから布団を敷き、就寝の準備は整った。そんな時、妹紅が部屋にやってきて、壁に寄りかかりながら話す。

 

「カミツレ、ちょっといいか」

「なんです、妹紅さん」

「ここの隣の部屋が慧音の部屋なんだが……何があっても、何が聞こえても絶対に覗いたらいけない。それだけ頭に入れておいてくれ」

「えっと? 何かあるんですか?」

「まあ……お前は気にしないでくれ」

「あー……はい。わかりました」

 

 そして、妹紅は一つ頷いてから部屋から去っていく。青年は閉じた障子をしばらく見つめてから、布団の中へもぞもぞと導かれる。

 

(あの二人、やけに仲がいいと思ったらそういう……)

 

 これ以上聞いてくれるなと言わんばかりに、妹紅は語ることを渋っていた。加えて、何が聞こえても気にするなという忠告。

 青年も人の恋愛事情にまで口を出すつもりはない。そういう人がいることは知っているし、別にそれを悪いとは言わない。

 だが、何も客人が来ている時にしなくてもいいのではないか、とは考えてしまう。

 

 冗談はさておき。

 

(人に話したくないことなら……聞く必要はないよね)

 

 誰に向けて思った言葉かはわからないが、青年は瞼を閉じる。

 一晩を安全に過ごさせてくれる、出会って数時間に満たない人物。感じる恩義は小さくないものであるし、何より慧音も妹紅も優しい。

 だが、わきまえる部分はわきまえねばならない。踏み入ってはならない場所というのは、誰でも持っているのだから。

 

(明日は早めに出よう)

 

 今日も今日とて、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 かと思われた。

 

「――っ、――――!」

「――――」

 

(……なんだろう、苦しそう――?)

 

 寝入って数時間も経った頃。隣の部屋、慧音のいる部屋からうめき声のような、唸るような声と怒鳴るような声が聞こえた。少なくともそれだけで、就寝前に考えていたような甘い関係ではないことぐらいわかる。

 

「――ろ、やめろ、なんだこれは」

「しっかり――ろ! おい!」

 

 どうやら声の主は慧音であるらしい。そして、怒鳴るというより心配するような声は妹紅。

 一体何が起きているのか。自分の知らないところで何が起きているのだろうか。

 布団を抜け出して様子を確かめに行きたい衝動に駆られる。だが、妹紅との約束があるのだ。何があっても覗いてはいけない、と。

 聞こえる声はほとんど筒抜けといってもいい。昔ながらの日本の家、と表現できる慧音の家では、壁に音漏れの処理など施されてはいない。

 

 

「カミツレ……死に……」

「しっかりしろ慧音! いつもの満月よりおかしいぞ!」

「艦娘……そうか、これが……」

「慧音! おい、慧音!」

 

 今までの慧音の発言。何も聞かされてはいないが、青年の読みとしては、恐らく慧音には過去の記憶、歴史が見えるのかもしれない。そしてそれは、艦娘に対してのみの限定的な能力であるカミツレより優れたもの。

 だが、強調された満月という言葉。これらを複合すれば、慧音は満月の日にのみ、何らかの能力が働いて歴史を見ることができるのではないか、と青年は考えるのだ。

 

 しかし、辛そうな声を出す慧音に何もできないというのは少々歯がゆくもあった。だが、どうしても青年には動く勇気は湧いてこない。

 出会って一日とはいえ、まるで鶴の恩返しのように、覗いてしまえば関係が壊れてしまうような気がして。

 

「……くそ」

 

 自身でも珍しい感情の吐露。無力な自身に苛立ち、眉を寄せるも何が変わるわけではない。

 だから今自分にできることは、全てを聞かなかったことにするという、現実逃避にも似た慧音を見捨てるという選択しかなかった。

 

 

 

 

 

 翌朝。早朝に目が覚めた、というよりは眠れずに一夜を過ごした青年だが、朝食をとる頃にはひとまず体調を落ち着けていた。

 

「昨日はよく眠れたか?」

「ええ、気が付いたら朝でした。安心して眠れましたから」

「ふふ、そうか。すまなかったな」

 

 とはいえ、目の下の隈は隠しきれていなかったのだが。情けないことに、慧音にもなけなしの気遣いは気づかれていたらしい。

 

 

 

 

 

 そして、町へ。昨日別れた場所へ移動し、守矢神社からの迎えを待つことにする。

 

「いや、なかなか楽しかったよ。良かったらまた遊びに来てくれ」

「こちらこそ、お世話になりました。見ず知らずの男にここまでして頂けるなんて、思ってもいませんでしたから」

「生徒の礼さ。良かったら、今度来るときは外の世界の話を、寺子屋の子供たちに聞かせてやってほしい。皆喜ぶだろう」

「……僕に話せることはあまりないですけどね」

 

 わずかに逡巡した後に、肯定的に青年は答えた。それを聞き、慧音も顔を綻ばせる。

 

「お節介ついでに、カミツレ。君が今疑問に思っていることを一つだけ、何でもいいから自由に質問していいぞ。完璧な回答を用意しよう」

「言葉の意図がわかりませんが、仮に僕が不躾な質問をしたらどうするつもりです?」

「まあ……答えてやらんこともないが、賢そうな君ならその後どうなるかわかるだろう?」

 

 慧音の瞳が僅かに刃物のごとき鋭さを持ったような気がして、青年は苦笑する。元よりそのような質問をするつもりはもちろんないが。

 というより、慧音は恐らく、青年が慧音の能力について感づいていると認識した上で話しているのだろう。隠すつもりはないらしい。

 

「でしたら、“幻想郷に現れた海の歴史”について、お願いします」

「あー……いや、すまない。あの海は例外なんだ。どうやら幻想郷の理から外れているようで、私にはあの海のことはわからない」

「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」

「それでいいのか? 不十分な解答しかできなかったんだ。もう一つぐらい構わないぞ?」

「十分です。後は自分でどうにかしてみます」

 

 怪訝そうな慧音ではあったが、青年としてもそれ以外は特に聞きたいことはない。自身らでさえ、海について現状で集まっている情報が少ないのだ。

 たとえ歴史がわからずとも、幻想郷の理から離れているという事実。それだけで、一つ真実に近づけたというものだろう。

 

 慧音の隣に立つ妹紅は腰に手を当て、朝日を見てぼんやりとしていた。何を思っているかは自身の知るところではないが、ポケットから出したものを、妹紅に無理矢理握らせる。

 

「ん? おいカミツレ、何のつもりだ。私はそんな安い女じゃないぞ」

「何の話ですか……。これ、宿代です。後で慧音さんに渡しておいてください」

「慧音はいらんと言ったんだろう? やめておけ」

「そうはいきません。お世話になったのは事実ですから」

「……仕方ない奴だ。わかった、渡しておく」

 

 ギロリとにらみつけるようなその視線にたじたじであったが、妹紅が受け取ったのを見て、青年も安堵の息をつく。

 

 やがて、咲夜がやってきた。三人が集まっているところを見て少しばかり目を見開いて驚いていたようだが、一つ息をついて眉尻を下げる。

 

「あら、どうやら世話になったみたいね」

「何、気にすることはない。それより咲夜、君が迎えに来たということは」

「ええ、今守矢神社にお世話になっているのよ」

「ふむ、合点がいったよ」

「私も色々と聞きたいけれど、また今度にするわ、慧音。妹紅も」

「ああ、気を付けて帰るといい」

 

 慧音と咲夜が互いに視線を交わしたまま言葉を交わす。それだけで良かったのか、慧音と妹紅はそれから青年に対して微笑みかけ、去って行った。

 

「さて、帰るわよ」

「お金、必ず返します。返した時は……また借りますから」

「ええ、そうして頂戴」

 

 咲夜が柔らかな表情になり、守矢神社へと向かって歩き出す。

 青年もまた、去りゆく慧音と妹紅の背中を一度振り返ってから、咲夜の後を追った。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。