空符『空母機動部隊』
――空母『赤城』
軽巡『夕張』
駆逐『吹雪』『叢雲』
狂喜『長門先生の遠足引率』
――戦艦『長門』
駆逐『朧』『曙』『漣』『潮』
『発、空母赤城。宛、戦艦長門。第一次航空攻撃完了、敵艦隊ハ空母ナシ、残存戦力ニ重巡一、軽巡二、駆逐三ヲ認ム』
『艦隊旗艦長門ヨリ赤城ヘ。見事ナリ、帰投後ニ秘蔵ノ菓子ヲクレテヤル。引キ続キ我ノ艦隊後方ニテ索敵ヲ密トシ、第二次攻撃ヲ敢行スベシ』
『約束! 長門サン、約束デスヨ!』
赤城からの報告を受け、長門は無線から手を離す。背後に追従する駆逐艦たちの表情を伺うが、流石は海軍の誇る水雷戦隊。肝が据わっているのか、怖気づいている様子はない。
「朧、怖くはないのか? 敵の方が数は多いぞ。増援が来ないとも限らないし」
「数くらいどうってことありません。そもそも私たち、敵より味方の方が少ないのが常だったじゃないですか」
「ハハハ、それもそうだな」
「それに、長門さんがいてくれるんです。敵には空母も戦艦もいません。有利なのはこちらの方ですよ」
「嬉しいことを言ってくれる。その期待に応えねばなるまいな」
駆逐艦に頼りにされていることに胸の熱さを感じながら、長門は水平線の彼方へと視線を戻す。
(赤城は先制攻撃で駆逐三隻を撃沈……。流石、初代一航戦というべきか)
現在、長門が位置するのは鎮守府近海の北西方面。確保した制海権を踏み越えない範囲に位置し、警戒を行っているところである。赤城の艦隊はその後方、鎮守府の存在する諏訪湖から流れる川が海に流出する地点にて、ひっきりなしに航空機の離発艦を行っている。
鎮守府残存戦力に対し、倍以上の数の敵が鎮守府の北西には確認された。しかし半数が艦隊から分離し、現在向かってきているのが赤城の確認した戦力。
残る半数も気になるものの、長門はひとまず目前に迫る脅威に対峙する。
ふと思い返せば、青年と出会って早くも一週間を迎えようとしている。だがこの一週間は、自分にとって忘れられない一週間となるだろう。
(着任した時は、なんと情けない御仁かと思ったがなあ……)
青年を初めて目にしたときのことは忘れようがない。覚悟という意味で締まりのない瞳、他者の視線を気にするだけの物腰、挙句の果てには周囲に押し負けて追い詰められた過去。なんと情けない人物だろうか、と。
果たしてこんな者に、誇りとまで呼ばれた我が身を預けることはできるのか、自身を指揮する信用に足りるのか、破壊をもたらす力を扱う覚悟があるのか。
だが、接してみてわかる。その記憶故に人との距離を測りかねていること、その経験故に優しさを知っていること、その過去故に気骨を太くしたこと。
そしてそれは、ちょっとしたことで壊れてしまいそうなほどに脆い精神力が支えていることを――悟らざるを得なかった。
「赤城が数を減らしてくれた。これより我が艦隊は、残存戦力の掃討を行う」
「残存の掃討って言っても、私たちより多いじゃないですかヤダー」
「そう言うな。頼りがいのある駆逐隊が護衛についてくれる。そう思うだけで私としては百人力だ。重巡は任せてもらおうか」
「フ……フン、どうせ駆逐艦を狙うんでしょ?」
「……ちょろちょろしてると気になってしまうんだよ」
それに気づいたのは最近のことである。
『長門って、優先的に駆逐艦を狙うんだねえ』
しかも、青年に指摘されてのこと。
戦艦としては最も警戒すべきは水面下の魚雷であるが、無意識にそれを恐れて接近する駆逐艦を狙ってしまっているのだろう。はたまた別に理由があるのかもしれないが。
水平線上に敵艦隊を視認する。それを駆逐艦に伝え、長門は艤装を稼働させた。
整備に異常なし。天候は晴天なり。心身ともにこれ以上なく健常である。
(心配症な提督よ、不安は捨てろ。この長門、二度は沈まんさ)
自信に満ち溢れる笑みを浮かべ、長門は声を張り上げた。
「よし! 艦隊、この長門に続け!」
鎮守府の門番の任を一時的に解かれ、美鈴は守矢神社へ向かっていた。守矢神社へ向かうと言っても直線的に向かったわけではなく、一度紅魔館を経由して。
門番の任を解かれたとは言っても、クビになったわけではない。仮にクビになったとしても、また紅魔館に戻ればいいだけの話である。
(そう、戻れば……。……ちゃんと戻れますよね? あれ、門番なしでも紅魔館は運営できてるってことは、私って必要かな?)
鎮守府の門番を離れたのは理由あってのことである。繰り返すが、理由あってのこと。決して仲間外れにされたなどと思ってはいない。
その理由は、少し前にさかのぼる。
『おう美鈴! 俺と龍田は鎮守府に残留だってよ!』
『仕方ないわ天龍ちゃん、私たちは旧式なんだから~』
『何言ってんだ、世界水準軽く超えてんだぜ! それに、残留って鎮守府防衛を任されたってことだろ? たった二隻に任せるって、つまり俺たち頼りにされてるってことじゃねえか!』
『はいはい天龍ちゃん賢いわねーその通りよー』
『つーわけで美鈴、長門の指示を伝えるぜ! ここは俺たちに任せて先に行け!』
『美鈴ちゃん、私たちが鎮守府にいるから、今のうちに紅魔館にこのことを伝えてきてくれるぅ? 増援もー、いると嬉しいわぁ』
『増援つっても、海の方じゃないぜ! “守矢神社の防衛”だ! 妖怪の山方面はどうも……深海化した連中もいるみたいだし』
『怪我しないようにね、美鈴ちゃん?』
(お二人共キャラクターが濃ゆいですね……。まあ、でも)
隣を共に行く咲夜を見れば、ひとまず自分の役目は果たせたと言ってもいいだろう。
「わざわざ連絡助かったわ、美鈴」
「いえいえ。咲夜さんこそ、忙しいのに来てもらって……」
「正直な所あなたに丸投げするつもり満々だったけれど、そういうわけにもいかないのよ」
「苦笑せざるを得ない言葉ですが……そう言いますと?」
「紅魔館で起きた深海化の異変の時、守矢神社は妖怪の山に援軍を求めたのよ。そして天狗と河童がそれぞれ参戦。守矢神社はその借りを返すために、守矢神社に対して借りがある私たちを援軍として呼んだ、と考えるべきでしょうね」
「ちょっと待ってください、まだ神社には何も連絡がいってないはずです」
「これを指示した人物の手腕、と見るべきかしら。私たちとしても手を抜くわけにはいかないから、なかなかどうして頭が回るじゃない。カミツレ?」
「いいえ。戦艦長門です」
青年からの話を聞く限りでは、長門という艦娘は外の世界で広く知られて“いた”名前であるらしい。海軍の中でも有数の立場、誉れ高き栄光をその身体に背負っていたそうだ。
軍を代表する者が乗艦し、長門のみならず艦隊全体の指揮を執る。その影響もあって『長門』という艦娘が形を成しているというなら、少なくとも長門は、寝て起きて身体を動かしてご飯を食べるのが楽しみの自分より、余程賢いのだろう。
(我々では、そういうのはお嬢様が考えることですからねえ)
ひとまず、守矢神社としては妖怪の山と紅魔館との間に抱える貸し借りはこれで帳消しとなる。だが貸し借りが消えても、レミリアのことである。守矢神社との関係は続けるのだろう。自分という門番を差し出して。
(慣れたからいいんですよ? ご飯も美味しいですし、皆さん優しいですし)
門番の仕事中に眠っていれば怒られるのは、どこに行っても同じである。
それはそうと、守矢神社と鎮守府は同一の勢力と考えていいのだろうか。それともそれぞれ独立していると考えた方がいいのだろうか。
咲夜の話では、紅魔館に届けられた魚は“守矢神社”からのものであるとのことである。それを考えると同一の勢力と考えてよさそうであるが――。
(両方を知る私としては、複雑な気持ちですねえ)
その気持ちはおそらく、独立していると考えているからこそ。
だが、そこで結ばれる、見えない確かな繋がりというものは、当人同士たちでしかわかりえないことなのだろう。それを知るつもりは美鈴にはないが……。
(いや、あるいはそれを知ることができれば――?)
守矢神社と鎮守府とを繋ぐ何かしらの理由こそが。
レミリアの渇きを満たすモノであるのかもしれない。
守矢神社に到着し、二柱が境内でのんびりと日なたぼっこしているのを見つける。
「おお、遅かったな。来ると思っていた」
「実はですね神奈子さん、妖怪の山の北西に――あれ?」
「気づかないとでも思ったの? 怪しい気配は感じてるし、天狗たちから救援要請も来てるから、君たちを代わりに戦わせようと待ってたの」
あるいは、長門という艦娘はここまで予想していたのだろうか。仮に青年に話を通さず、柱にも知らせず指示を出したとなれば身勝手なものであるが、事態がこうなることを予測していたのだとすれば――
「手のひらの上、ってわけね」
「どうせカミツレ君の指示じゃないんだろけどね。カミツレ君がそこまで考えられるんだったら、神奈子おばさんが感激して泣いちゃうよ」
「私が泣くんかい。あとお姉さんと呼べ諏訪子おばさん」
「何、また諏訪大戦する? ん?」
「あ? 上等だ、相撲とるか?」
呆れにも似た溜息を吐いた咲夜が、美鈴を見つめる。
「じゃ、行きましょうか美鈴」
「頑張ってねー。私たちはここでお日様に当たって二日酔いを治すから」
「うう……はい」
あまりにも青年との扱いの差が酷いなあ、などと思いつつ美鈴はトボトボと歩き出す。
そんな時であった。
「か、神奈子様諏訪子様、ただいま帰りました! 超特急で飛んできましたよ!」
「ありゃ、早苗? カミツレ君と一緒にいたんじゃないの?」
「へ? わ、私は鳳翔さん伝いに、カミツレさんに神社に戻るように言われたんですが」
戸惑う両者。美鈴も傍から聞いていて、何かがおかしいとは気づいていた。何がおかしいのかまでは、残念ながら自身の頭ではわからない。
「えっと、カミツレさんからお二人にお願いです。妖怪の山北西に現れた深海棲艦に対応して欲しいとのことです」
「カミツレが……そう言ったんだね?」
「はい、間違いないですよ!」
「読みが外れたね神奈子……。カミツレ君は私たちを頼らないと思ってたよ」
「全くだ。ここに戦力を割く必要がないのはある意味正しいがな」
やれやれ、とそれぞれ表情を歪める神々。だが、それにしては嬉しそうに見えるのは地震の気のせいなのだろうか。
「さて、天狗たちにお礼を返しにいきますか」
「天狗たちが紅魔館の残党狩りにかけた時間は?」
「大体20分かな」
「我々は10分で終わらせるぞ」
転々と話がもつれたが、頼もしい人物たちが味方に加わることを知り、美鈴は一つ息をつく。だが、安心したのも束の間、美鈴はやはり同様の疑問を抱くことになる。
時を操る咲夜に奇跡を操る早苗、言わずもがな存在そのものが天変地異クラスの神奈子と諏訪子が、妖怪の山の深海棲艦征伐に向かうのだ。
(あれ、これ私って必要かな?)
かくして、戦場である北西へと、一行は移動を始める。
「比叡さーん、その、あのね!」
「比叡、その……」
「私は本当に気にしていませんから! さあ、行きましょう!」
魔法の森を流れる小さな川を移動する艦隊の中で、白露と時雨がおずおずと話しかけるのだが、比叡が笑いながら流しているのを見て、青年は一つ息をつく。
偶然にも、人里の外に連れてきた白露と時雨は、戦艦比叡の最期に関わる艦であった。青葉のように何らかのしがらみが残っているならどうしたものかと考えていたが、どうやらその心配は杞憂に終わったらしい。
そんな姿をのんびりと見ている青年はというと、
「おいカミツレ、体調は大丈夫か? 私もホントは魔法の森なんざ飛びたくないが、早く抜けるためだ。我慢して欲しいんだぜ」
「ああうん、さっきの薬が効いたみたいだから、森の影響はもうなさそう」
魔理沙の箒に、一緒になって跨っていた。ただ、好きで箒に乗っているわけではない。魔法の森に入った途端に気分が悪くなったために、仕方なくである。魔法の森は人間には悪影響を及ぼすとのことだが、艦娘に影響がないだけでも青年としてはありがたい。
ただ、箒に跨るというのは存外に辛いものがある。主に股間的な意味で。
とはいえ、事態が事態である。青年も状況を把握するのに必死であった。
(鎮守府近海は交戦中。援軍の艦隊が到着するまでは耐えられる。気になるのは妖怪の山か。さなちゃんに伝言を頼んだけど、神奈子さんたちは動いてくれるかな?)
妖怪の山方面が最も戦力を割きにくいのである。陸地を移動するとなると艦娘では時間もかかるため、神社の神の人に対応してもらうのが最も望ましい。
自分の言葉で動いてくれるのだろうか。あるいは、自分という存在を、確かなものとして見てもらえているのだろうか。
連絡手段がない、という点が一番不安なのだが。
(あ、そういえば長門に妖怪の山方面の対応のこと伝えてなかった。さなちゃんは無線持ってないし、今からでも伝えとこうか)
と、長門に向けて連絡を取ろうと思ったその時である。
「――ッ! 危ねえ!」
「おわっ!」
魔理沙が急旋回したため、青年は振り落とされないように箒をしっかりと掴む。瞬間、髪を撫でて空を割き、すれ違ったのは――巨大な砲弾。
心の底から精神が冷えた時に、遅れて聞こえてきたのはとてつもない轟音。空気すら震え、腹の底がひっくり返りそうなほどの。
そして、遠くに見える、かの者の正体を青年は目にする。
「駆逐艦と……、戦……艦?」
深海化したレミリアやフランドールを目にした時のような恐怖。
あれが普通の深海棲艦ではない、というのは青年にだってわかる。肌の白い、美しい人型の女性というところまではいい。
その背後に控える、女性の数倍の体格を持ち屈強な四足で立つ怪物が問題である。威圧的で不気味で、筋骨隆々とした骨格。それ単独で深海棲艦なのかとも思ったが、違う。あれは彼女の艤装なのだ。
(名前を付けるなら――戦艦棲姫)
戦艦の中でも、とびきりの脅威となる存在だろう。
「魔理沙ちゃん、高度を下げて森の中に紛れて」
「なんだあいつ、とんでもねえ化物ってことは私にもわかるぜ?」
「わからない。ただ、艦娘じゃない生身の人間があの攻撃を受けたら、間違いなく死ぬと思う。艦娘……装甲の厚い戦艦でも危ういかも」
魔理沙は舌打ちしつつも、素直に言うことを聞いてくれた。森の中へ入った時に、霧島から通信が入る。
『敵ノ詳細ヲ求ム。水偵ハ発艦準備中』
『戦艦一、赤ノ駆逐一。魔法ノ森ヲ流レル川伝イニ移動ヲ確認』
『了解。旗艦金剛ハ迎撃ヲ望ムトノコト』
その電文を受け取って、青年は金剛の艦隊に目を向ける。そこには、必死に手を振って笑顔を向けてくれる金剛の姿があった。
戦艦と思しき謎の敵は脅威には違いない。しかし、戦艦が列するのはこちらとて同じ。否、こちらには戦艦が四人もいるのだ。心配することはないだろう。
『金剛ヨリ愛スル提督ヘ。敵艦隊見ユ、全艦砲塔指向中』
『愛ハ兎モ角、交戦ヲ許可スル』
『照準ヨシ』
最も攻撃力を活かせる単縦陣で進む金剛たち。その中で、金剛型四人の主砲が、一斉に火を吹いた。
魔法の森の木々が揺れる。爆音が耳をつんざいてくれる。木の隙間を縫うようにして放たれた砲弾は一度空に抜け、放物線を描いて敵艦隊の付近へと着弾した。
『全艦初弾夾叉。比叡、榛名、霧島ヘ。帰投後オ仕置キノ用意アリ』
「初弾で照準バッチリ合わせたってことじゃん。十分すごいと思うんだけど……」
外したことに対して、金剛が悔しそうな顔をしていた。青年からも見えたが、砲弾は全て敵戦艦の周りを取り囲むように綺麗に着弾。水しぶきが盛大に跳ね上がり、敵の姿が見えなくなるほどであった。
が、水しぶきを破って現れた駆逐艦が、その赤い瞳を光らせる。
毒符『憂鬱の毒』
赤い駆逐ハ級の放った弾幕が、森中に放射状にばら撒かれた。直線的な小さな弾幕が進路上の草を押しつぶし、頭ほどの大きさの弾幕が木々を薙ぎ倒していく。
そのほとんどが森に阻まれて減衰し、到達したとしても金剛たち戦艦の装甲を貫くには至らない。
しかし、
『正体不明ノ攻撃。艦隊ニ被害ナシ』
「カミツレ、あんまり吸い込むな! ようやくわかったぜ、これはメディスンの毒だ!」
どす黒い紫色の煙が漂い、森を包んでいく。艦娘たちは平気であるようだが、青年や魔理沙はそうもいかない。
仕方なく、魔理沙の判断によりその場を離れることになるのだが――
「――アマイワヨ」
どこからか、声が聞こえた気がした。底冷えする、心臓を握られているような悪寒を伴う声。
そして、その発生源はというと――
「塵ト化シナサイ」
今しがた“極太の光線”を艦隊に向けて放った、戦艦のものであった。