提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

33 / 53
033 ある日の青年

 守矢神社での早朝。日課であるランニングを終え、境内にて待つ早苗からタオルを受け取った青年は、汗を拭きながら呼吸を整えた。

 夏は終わる。だが、暑さが突然なくなるわけではない。残暑となって、徐々に徐々に気温が下がり、いつの間にか熱が失われていくのだ。

 

「ねえ、カミツレさん」

「ん……どうしたの?」

 

 思いつめた様子の早苗。しかし、それを振り払うようにかぶりを振ると、早苗はとびっきりの笑顔を見せてくれた。

 

「やっぱり私、カミツレさんの前では“いい女の子”でいたいんです」

 

 その発言の意図が、わからないのはなぜだろう。

 なぜ、自分はわからないフリなどしているのだろう。

 

 何も言葉を返すことができないまま、青年は早苗と共に神社へ戻るのであった。

 

 

 

 

 

 青年の朝は早い。朝5時に起床し、運動を実施した後に6時に朝食。支度を整えた後に、早苗に見送られて鎮守府へと向かうのだ。

 鎮守府に到着したならば、門番の美鈴と一言二言交わした後に執務室へ。

 

「おはよう」

「おはよう、提督」

 

 長門に迎えられ、青年は執務室にて報告を受ける。艦娘の健康状態に異常なし、周辺海域の警戒も問題なし。

 異変こそあったが、こうして再び無事に鎮守府が機能していることを確かめた後に、青年は口を開く。

 

「じゃあ、今日も仕事を始めようか」

 

 時刻は朝の7時。青年の朝は早い――。

 

 

 

 

 

「そういえば、異変の時に合流した艦娘の皆のことを知っておかないとね」

「そうだな、まずはそこから始めよう」

 

 異変の際に入手したカードは全部で19枚である。

 特Ⅰ型駆逐艦より、二番艦『白雪』、三番艦『初雪』、四番艦『深雪』。

 長良型軽巡洋艦より、一番艦『長良』。

 妙高型重巡洋艦より、三番艦『足柄』。

 龍驤型航空母艦より、『龍驤』。

 祥鳳型航空母艦より、一番艦『祥鳳』。また、

 

「朝方、妖怪の山より使者がカードを届けに来た。妖怪の山での戦闘の際に、救援が到着するまでの間に倒した深海棲艦から入手したらしい」

 

 睦月型駆逐艦より、一番艦『睦月』、二番艦『如月』、三番艦『弥生』、四番艦『卯月』、九番艦『菊月』、十一番艦『望月』。そして、

 

 姫海棠はたてから、白露型駆逐艦五番艦の『春雨』。

 射命丸文から、陽炎型駆逐艦九番艦の『天津風』。

 メディスン・メランコリーから、球磨型軽巡洋艦四番艦の『大井』。

 風見幽香から、長門型戦艦二番艦の『陸奥』。

 小野塚小町から、高雄型重巡洋艦二番艦の『愛宕』。

 四季映姫・ヤマザナドゥから、加賀型航空母艦の『加賀』。

 

 実に多くの仲間が増えたものである。しかしそれでいて未だに艦娘寮に余裕があるのだから、諏訪子の先見の明は大したものだ。

 

「多いね……僕に指揮が執れるのかな?」

「それをできるようにするのが、この長門の仕事だ。既に各艦娘には一通り仕事を振ってある。提督は心配せず、学んでくれればいい」

「長門が全部指揮したほうが早いような気がしてきた……けどそれはダメなんだよね?」

「うむ。いくら上に立った経験があるとは言え、私もたかが艦娘の一人。知識はあれど、その運用については提督が判断するのが望ましいからな」

「戦う人と指揮する人は違うってこと、かな?」

「それで正しい。だが、私に指揮ができない理由としてはもう一つ。我々が軍艦ではなく艦娘であるからだ」

「ああ……人型だから、既存の知識じゃ今まで通りにはいかないと……」

「良く気づいたな。そういった意味では、ある意味素人である提督の方が柔軟な指揮ができると言えよう。だから、私が教えるのはあくまで基本や鉄則まで」

 

 戦術・戦略的な基本事項、艦隊運用から人員の管理に至るまでを、青年は長門や他の艦より学ぶ。長門曰く、それらを踏まえて、幻想郷における艦娘の戦い方を模索してほしいというのだ。

 青年は軍人でもなければ管理職に立ったこともない。やはりこの道は険しいのだと知るも、むしろ負けん気さえ湧き出るかのよう。かつて、ここまでやる気に満ち溢れたことはない。

 

「そういえば長門、姉妹艦の陸奥とは話したのかな?」

「あれは私の自慢の妹でな。会って、久しぶりに説教をされてしまったよ」

「説教? どうして?」

「まあ、過去のことで色々とな。それより続けよう」

 

 かくして、午前中はひたすらに長門から指南を受けたのであった。

 

 

 

 

 

「ねえ司令官、如月とぉ……イイコトしない?」

「お昼ご飯を一緒に? もちろんいいよ」

「あ、ずるい! 夕立も提督と一緒に食べるっぽい!」

「わ、私も一緒に食べたいです!」

「あの、私もご一緒してもよろしいですか?」

「ははは、嬉しいよ。みんなで一緒に食べようか」

 

 お昼時。食堂へ向かえば、主に駆逐艦たちが角砂糖に群がるように青年に近づいてきた。自身は別に甘いわけでも旨みがあるわけでもないのだが、こうして自身と仲良くしてくれようとしてくれることは素直に嬉しい。

 新しく着任した子にも、自身を理解してくれようとしているのか、隙あらば話しかけられるのだ。お互いに理解しようとする姿勢が共有できていること、これほど幸せなことがあるだろうか。

 

「ぱんぱかぱ~ん! 提督ぅ~、今日も皆にモテモテね」

「あはは、そんなにからかわないでよ」

「提督、今日は私、足柄特製のカツカレーよ! 後で味の感想聞かせてほしいわ!」

「お、それは楽しみだね」

 

 料理を受け取り、テーブルにつく青年。ふと視線をやると、近くには加賀と赤城が座っていた。

 冗談のように盛られたカレーと共に。それはまさにマウンテン。

 

「赤城も多いけど……加賀さんはそれ以上に多いなんて」

「私の顔に、何かついていて? 」

「あ、ご飯粒」

「――――ッ! これは……油断しただけよ」

「加賀しゃんもぐもぐ、食事といえど慢心はいけませんもぐもぐ。常に日常の中で気を張ってこそもぐもぐ――ふぅ。一航戦の誇りは保たれるのです」

「赤城さん、その……ご飯粒が頬に沢山……」

 

 今日も鎮守府は平和である。

 

 

 

 

 

 午後も同じく、長門より教えを受ける。

 この教育は、基本だけとはいえおよそ二か月を目安としている。無論、青年の理解度次第では短縮されることもあれば延長されることもある。

 長門の教え方のミソは、とにかくみっちりと詰め込むことにある。青年は勿論大変なのだが、教える長門も大変だろう。だが、艦娘のためを思えば苦には思っていられない。自分の一分一秒が、今後艦隊を左右することになるのだから。

 

「ふむ……頭の回転は悪くないし、筋もいい。私は教え方にはそれほど自信はないが、なかなかよく呑み込めていると思う」

「そう……かな?」

「ああ。ひょっとすると、教育期間の短縮もできるかもしれ――」

「テートクー!」

 

 と、その時、執務室に突然飛び込んできたのは金剛……型の四姉妹。扉を開いた金剛はそのまま、机に座る青年に勢いよく飛びつく。

 ――寸前で、長門が金剛を受け止めた。顔面を、腕一本のアイアンクローで。

 

「フガ、長門! 後生デス! テートクと話させてくだサイ! 食堂では駆逐艦に囲まれてるからお話できないのデス!」

「今は教育中だ。この艦隊にとって、提督の教育はいわば急務。深海棲艦だけではなく、いつまた幻想郷で異変が起きるとも限らないんだぞ」

「そんなのワタシが解決しマス! テートクもワタシと話したいですよネ!」

「えっ……うーん。話すのは嬉しいけど、今はお仕事優先かな……って」

 

 瞬間、この世の終わりが来たかのような表情の金剛。みるみるうちに元気がなくなり、そのままおばあちゃんになってしまいそうである。

 

「お姉様、先程も言ったではありませんか。提督もこれから忙しくなるのですから、邪魔をしてはいけないと」

「uh――、仕方ありまセン。テートクとTea timeを一緒したかったノニ……」

 

 ショボンと、落ち込む金剛。その表情を見れば今すぐにでも勉強を中断して金剛たちと話したい衝動に駆られるのだが、自分も今はこれが仕事である。割り切らねばなるまい。

 トボトボと、執務室の扉へ重い足取りで向かう金剛。残る三人もそれについていくのかと思いきや……榛名はその場から動こうとしなかった。

 

「提督。私は貴方にお礼を言わなければなりません」

「ん……僕、何かしたかな?」

「私たちをもう一度引き合わせてくれた……のは森近さんですが、私たちを受け入れてくれたのは他ならない提督です。私たちを……受け止めてくれてありがとうございます」

 

 ほんわかとした笑みを送る榛名。それに倣って、比叡が照れながら、霧島も真面目そうに頭を下げる。

 

「金剛お姉様はああ見えて繊細なんです。提督に受け入れてもらえて嬉しいのに、それをどう表現していいのかわからないんですよ」

「……そうなの?」

「ですから、ちゃんと優しく接してあげてください」

 

 と、諭すようにニッコリ微笑む榛名。

 妹たちから一様にそう思われているとは、金剛も中々愛されている。金剛型の長姉の人望を垣間見た瞬間、だろうか。

 そんな時。部屋を出て行った金剛を尻目に、霧島がメガネをクイっと持ち上げた。

 

「ところで長門さん、提督の教育は順調ですか?」

「ああ、提督も地頭は悪くない。嘆くべきは、詰め込むことしかできない我が身の教え方の悪さだな」

「フフ……比叡お姉様、出番ですね」

「はいっ!」

 

 メガネを光らせて口角を上げる霧島と、元気よく返事をする比叡。

 何が始まるのかと思えば、比叡は小動物のようなそそくさとした動きで青年の傍の椅子に座り、長門を押しのけた。

 

「えっ? あ、あの?」

「私に任せてください! 私、実は練習戦艦ですから!」

 

 主に教育に携わる艦種、練習艦。比叡のその教え方は、長門の数倍は上手だったと言える。ちなみに、比叡は登録上は練習戦艦のまま沈んでいる。

 その日の予定を大幅に早く終えた青年は、喜色満面の金剛とゆっくりお茶をすることができたのであった。

 

 

 

 

 

 夜の19時。日も沈んだ頃に、青年はようやく守矢神社へと到着する。神社では、いつものように早苗が出迎えてくれた。

 

「茅野です、ただいま帰りました」

「おかえりなさいカミツレさん。お風呂にしますか? ご飯にしますか?」

「諏訪子さんも神奈子さんも待たせてるよね? ご飯にしよう」

 

 いつも通りに縁側で食事をとり。

 

「ねー早苗ー、ワサビとって」

「あの……何にでもワサビをつけるのはやめませんか?」

「お、カミツレも早苗を食べるのか。あ、間違えたワサビだ」

「とんでもない間違いですねそれ」

 

 食事を終えれば、風呂へ。

 

「あ、バスタオル忘れた」

「カミツレ君、バスタオルここに置いとくよ?」

「あ、助かります諏訪子さん。おかげで、裸でウロウロしなくて済みました」

「あ、やっぱバスタオル持っていくから」

「待ってください!」

 

 そして、縁側で談笑した後に、自身の布団へと。

 

「カミツレさん、もう寝ますか?」

「うん、また明日も早くから勉強しないといけないから」

「今のカミツレさん、なんだかすごく生き生きしてます」

「さなちゃんがそう言うなら、間違いないんだろうね」

「うふふ、やっぱりカミツレさんは格好いいですよ」

「ははは、お世辞はいいから」

「頑張って下さいね。おやすみなさい。また明日、いい日を過ごしましょう」

「うん、おやすみ。また明日」

 

 大変ではあるが充実したこの日々。外の世界で、虐待を受け続けていた日々に比べればまるで天国のよう。

 何のために生まれて、何のために生きて、何のために死ぬのか。誰しも一度考えたことはあるだろう。その問は未だ終わることはないし、おそらく今後も問い続けるだろう。

 だが、

 

(これも答え、なのかもしれない。多分一つじゃないんだ)

 

 生きているという実感は、痛みじゃなくとも感じられるらしい。

 

 

 

 

 

 




着任
睦月型駆逐艦一番艦『睦月』
睦月型駆逐艦二番艦『如月』
睦月型駆逐艦三番艦『弥生』
睦月型駆逐艦四番艦『卯月』
睦月型駆逐艦九番艦『菊月』
睦月型駆逐艦十一番艦『望月』
陽炎型駆逐艦九番艦『天津風』
高雄型重巡洋艦二番艦『愛宕』
加賀型航空母艦『加賀』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。