幻想郷初となる、深海棲艦に対する攻勢作戦、『霊一号作戦』。概要を大まかに述べるならば、戦力の集中投入による制海権の拡大である。博麗霊夢の捜索は、その副次的な効果によるところが大きい。
場合によっては幻想郷の対海上戦力を一挙に失ってしまう可能性のあるこの作戦。にもかかわらず、指揮を執るのが幻想郷に来て一ヶ月の若者だというのだからおかしな話だ。知らない人が耳にすれば、八雲紫は気でも触れたかと誰しも考えるだろう。
だが、この青年は無理矢理に強制されてこの作戦を打ち立てたわけでも、自分しかいないからと悲観して指揮を執っているわけでもない。
好きなのだ、この生活が。
守りたいのだ、この安らぎを。
だから青年は、“平和な幻想郷”を望む。
あくまで艦娘にできることは、海上の航行と深海棲艦との交戦である。海上、それもだだっ広い海域を細かく捜索するとなれば、相応の労を要する。しかも捜索したとして、行方不明になってから一ヶ月が経とうという時期に、博麗霊夢が今更海面でバタバタしているなど考えられないだろう。
博麗霊夢は『空を飛ぶ程度の能力』を有する。幻想郷に現れた海の上では飛行できないというのは周知の事実だが、博麗霊夢の能力ならばこれを無効化できる可能性があるのではないだろうか、と誰もが考えた。八雲紫が干渉できない為に、その可能性そのものは低いのだが、“霊夢なら”やってくれる、と誰もが期待する。
しかし、一ヶ月も不眠不休で空を飛び続けられるはずがない。霊夢が海にいる可能性があるとすれば、海上に人が休めるだけの上陸可能かつ食料を確保できる『島』があるか、霊夢が『深海化』しているかのどちらかである。
願わくば、博麗霊夢が無事に見つかることを祈ろう。誰も、『幻想郷の英雄』と事を構えたくはない。
場所は鎮守府執務室。青年が地図を見ながら作戦内容について振り返っていたところ、自身の護衛として傍に控えている早苗が落ち着かない様子で口を開く。
「カミツレさん、その……」
「ん?」
「いえ、この作戦なんですが……どうしてそこまで霊夢さんに固執するのかと思って」
「これで霊夢さんが見つかったら、艦娘の皆の株が上がる。あの子達が幻想郷で暮らしていくために必要なことだよ」
隣に立つ早苗に見向きもせず、考えながら答える。その態度に少しばかりムッとした表情を浮かべ、早苗は青年に体を寄せながら同様に地図を見た。
「あの……近いよ?」
「作戦についてもう一度教えてください!」
「ああ、うん。今回の作戦だけど――」
本作戦の最終的な目的は博麗霊夢の発見である。
現在編成中の艦隊は6つであり、このうち一個艦隊は紅魔館近傍の『霧の湖』、一個艦隊は鎮守府近海にて哨戒を行っている。諏訪湖へと通づる水路を塞ぐこの二個艦隊はいわば、鎮守府防衛のための艦隊といえる。
残る4個艦隊が、本作戦の要となる威力偵察艦隊。水上打撃を付帯任務とする第一艦隊を全艦隊の先頭に、予備水雷戦力として後方に控える第四艦隊。その二個艦隊を頂点とし、さらに菱形を形成するように左右に展開するのが、作戦を支える第二艦隊・第三艦隊の空母機動部隊である。
基本的には第二・第三艦隊の空母機動部隊の航空機、及び随伴艦の水上偵察機による大規模広域航空偵察に主眼が置かれ、四個艦隊が主軸となって制海権外へと進撃する。航空偵察に主眼を置くため、艦隊総旗艦は第二艦隊旗艦の赤城が勤めていた。
しかし、艦娘を全て作戦に運用してしまうと、鎮守府そのものには艦娘が一人もいなくなる。そこでその穴を埋めるために、陸上では飛行可能なことから深海棲艦に対して有利に戦える魔理沙、咲夜、鈴仙、妖夢、萃香を鎮守府近辺に配置。早苗を青年直近の護衛として、本拠地の守りを固めたのである。
作戦の終了条件は、艦娘に一人でも大破者が出ること、残りの弾薬が3割を切ること、博麗霊夢の発見。いずれか一つでも条件にあてはまる、もしくは大破せずとも大規模な被害や予想しない万が一の事態が発生した場合も、作戦続行の是非は問うことになるだろう。
『艦隊旗艦赤城ヨリ提督ヘ。敵艦隊発見、航空攻撃ノ許可ヲ乞フ』
「これで6度目か。『許可スル』」
当然ながら、道中は深海棲艦とも会敵する。そのほとんどが、自艦隊の空母5隻から編成された攻撃隊によって沈むのだが、一度だけ敵の空母とも交戦した。もっとも、その空母も1隻と随伴艦だけであったため、5隻の前では形無しであったが。
『戦闘終了――ナラズ。偵察ノ間ヲ抜ケ、敵水雷戦隊接近中』
『第一艦隊前進、コレヲ迎撃セヨ。敵航空機ノ索敵ヲ行イツツ、艦戦ハ第一艦隊直掩ニ回セ。第四艦隊ハ第一艦隊後方ニテ待機』
『了解』
そして、仮に艦隊に接近してくる艦隊がいたとしても、金剛型から編成される高速打撃部隊が、艦隊前面を過剰とも言っていい戦力でカバーする。陣形の穴は、第四艦隊がそれを補助すればいい。
我ながら中々いい出来なんじゃないか、とも思うのだが、この日のために長門をはじめとする艦娘から教育を受けてきたのだ。これで結果を残せなくては情けないにも程があるだろう。どのような結末になろうと、決して自身のみに賞賛が送られるべきではない。
『敵艦隊撃滅、我ガ艦隊勝利』
「良かった……『被害状況送レ』」
『第一艦隊ノ深雪小破、サレド士気旺盛。其他異常ナシ』
『残弾』
『五割弱ヲ消費。博麗霊夢ハ確認セズ。想定以上ノ制海権拡大ヲ完了ナレド、現戦力ニヨル維持ハ困難』
「そっか……。いや、『進撃セヨ』」
『御意』
予想以上に深海棲艦の抵抗が激しい。今回だけで霊夢を見つけられるとは思っていないが、何か手がかりぐらいは掴みたいところである。
見つけられなかったとしても、今回手に入れた制海権は鎮守府近海から少し手の届く範囲で維持をする予定だ。それが様々な面で鎮守府の利になることは勿論であるし、今回もカードを多く回収しているらしい。人数的な不安も少しは解消されるだろう。
「カミツレさん、いっぱしの提督さんみたいですね」
「まだまだ。何かするたびに自分の至らなさにガッカリしてるよ」
「そんなことありません! でも、一つ聞いていいですか? どうして今回、鎮守府から艦娘さんを全員出撃させてしまったんでしょう? 近海と紅魔館にはいるそうですが、私たちだけで戦いきれなかったら……」
「ああ、それはね――」
確かめたい事があるんだよ、と。
主張する鼓動を押さえ込みながら、青年は艦隊からの続報を待った。
総旗艦を務める赤城は緊張していた。潮風と共に鼻を抜ける鉄の香りや、自身の手足である艦載機の風を切る音が懐かしさをもたらし、肩を並べた戦友に護衛されているにも関わらず、である。
緊張している理由を言い当てるのはそう難しいことではない。幻想郷の命運がかかっている、一大作戦の旗艦を任されているためだ。
己の力量などわかっている。これでもかつて、世界の頂点に立った機動部隊の一員だ。行動の一挙手一投足が戦闘に甚大な影響を与え、味方からは歓喜の敬意が、敵からは畏怖の憎悪が送られる。
だから、空母は強く在らねばならない。
だがあえて言おう。自分は強い。大戦初期から実働航空部隊を駆り、あらゆる空をくぐり抜け、磨き抜かれたこの心身。まこと一本の刀の如く鍛え上げられたこの誇りは、何人たりとも侵せるものではない。
艦隊に赤城あり。艦隊に一航戦あり。それは等号で、勝利が決定された戦いを示す。
この身を大飯食らいと笑わば笑え。だがその分、昔も今も血反吐を吐いて己を高みへ登らせた。誰よりも努力と信念を重ねて、空の支配者を目指したのだ。
ゼロに描かれた赤の線は不敗神話の証。
この赤は、そう簡単に堕ちないぞ。
帰還した艦載機を着艦させながら、赤城は無線で各艦隊と連絡を取る。
『総旗艦赤城ヨリ各艦隊旗艦ヘ。状況報告送レ』
『第一艦隊金剛。水偵ニヨル索敵中、変化ハ見ラレズ』
『第三艦隊鳳翔。先ノ戦闘以降音沙汰ナシ』
『第四艦隊夕張。艦隊後方警戒中、異常ナシ』
「ふむ……」
計6度にもなる接敵を凌いだが、その対処は文字通り余裕である。空母5隻、それでなくとも合わせて43隻の大艦隊が強行偵察しているのだ。真正面から挑もうにも高速戦艦4隻、脇腹を突いたとしても大型戦艦と重巡多数、雷巡を擁する護衛艦隊が迎え撃つ。
そもそも広域航空偵察をしている最中だ。敵はまず、空母の猛攻をどのように凌ぐかを考えねばなるまい。
敵艦隊の接近は断続的に発生する。いずれも小規模な艦隊であり、倒しにかかって来ているようには見えない。この艦隊と戦うのであれば潜水艦によってじわじわ攻撃していくか、大量の航空機による攻撃を行わなければならないが、空母も今出てきたのは1隻のみ。
考えなしに小規模艦隊が突っ込んできているのか、それとも大規模な艦隊が控えているのか……。
「加賀さん、どう思いますか?」
「赤城さんとまた一緒に戦うことができて嬉しいわ」
「ええと、その、私も嬉しいですがそうではなく」
「第一・第四艦隊は対潜哨戒、第二・第三艦隊は第三警戒航行序列による航空戦力運用中ね。仮に……もし深海棲艦に指揮官がいるなら、先程の近接戦闘でこちらの空母の数は知られてしまったかもしれないわ」
「潜水艦も未だに発見できず、ですか。提督がどう思っているかはわかりませんが、私はもっと反撃があるものだと思っていました。拍子抜けです」
「深海棲艦は思ったほど数がいないのかしら」
「……どうでしょうか。鎮守府近海への侵入は少なからずありますし、少なくとも継戦できるだけの数はいるかと思いますが」
「あるいはこちらの様子を伺っているだけ、と?」
この作戦を立案したのは青年である。素人が考えたにしては中々どうして良くできたものだと感心するも、一方で穴がある。
制海権外の情報が全くない事。地形、敵の数など含め、あらゆる情報が不足している。無論、それを強引に押し通すための4個艦隊ではあるのだが、現場としては非常に気が滅入る。せめて日頃から制海圏外の情報を積極的に収集していたならば、取っ掛りもあったのだが。
深海棲艦の動向も掴みどころがない。行動を予測できれば対策の立てようがあるが、残念ながら理解するには程遠そうである。そもそも人の言葉を理解できるのだろうか。
(半日経ちましたか……随分鎮守府から離れてしまいました。ひとまず進撃を続けるとして、一度提督に相談してみましょう)
と、無線を介して青年と連絡を取ろうとした時、鳳翔からの連絡が入る。
『敵機確認11時ノ方角。数20、戦闘機ノミ』
「戦闘機のみ……? 『各空母、戦闘機発艦用意。敵空母ノ可能性アリ。戦闘機発艦後、攻撃隊発艦ヲ用意セヨ』」
これで7度目の襲撃か、と思いながら、
『赤城ヨリ提督ヘ。敵航空隊ト会敵、交戦許可ヲ』
『許可スル』
ひとまず、会話はそれだけに留めた。
『鳳翔ヨリ赤城ヘ緊急入電! 敵戦闘機隊後方ニ新タナ航空隊。戦闘機100、敵攻撃隊100。我ノ航空隊反転中!』
「えっ…………えっ!? なっ――」
「赤城さん、指示を!」
『全艦対空戦闘用意! 空母ハ全戦闘機ヲ速ヤカニ発艦! 全戦艦及ビ重巡洋艦ハ三式弾装填!』
『装填完了ネー!』
『発艦用意ヨシ!』
『対空戦闘始メ! 第一・第四艦隊ハ輪形陣ヘ転換!』
可能性として考えてはいた。しかし、どこかで起きないで欲しいと思っていたこの事態。
そう。敵空母群による、大規模な航空攻撃である。
赤城は素早く指示を飛ばすも、心はまだ冷静さを欠いてはいない。全空母の戦闘機隊が連弩の如く次々と発艦していく中、正確かつ早急に全艦隊の状況を掌握する。
艦隊の三式弾が一斉に火を噴いた。戦艦6隻、重巡7隻による三式弾は空中で花火のように炸裂し、敵の航空隊をまるで盾で受け止めるかのごとく撃墜する。
次弾が発射。もう一度空中で盾が形成されたのを遠目に見届けると、金剛から入電。
『第一艦隊、戦闘機10、雷撃機及ビ爆撃機10撃墜』
「思ったより少ないですね……仕方ありません。我々空母の本領発揮といきましょうか」
「赤城さん。こちらの艦戦は全部合わせて125機、偵察中の機体を除けばおよそ100機です。それに……」
「それに……?」
「深海棲艦の航空隊の練度は、今までの経験からすればはるかに未熟。機体性能も差があります。戦闘機数は同等ですが、油断さえなければ」
「多少の被害は止むなしですね……仕方ありません。加賀さん、勝ちますよ」
これだけの数を飛ばしてくるとなれば、敵にはどの程度の空母がいるのだろうか。自身らと同じかそれ以上の数がいると見て違いないだろう。
そして――
航空戦が始まる。
「敵機が集団で移動している戦闘機を見かけたら、対空火器で撃ち落とすか散開させてください! あとは我々の間合いに持ち込みます!」
「高度を下げてくる敵機は必ず落とせ! 魚雷も爆弾も寄せ付けるな!」
航空線を指揮する赤城の声に応えるように、長門が三式弾を連射した。
上空を埋め尽くすかのような敵の航空隊の中へ、自軍の戦闘機隊が突入していく。孤立している敵機から順に巴戦に持ち込み、追い回し、その抜群の機動力によって次々と撃墜する。
――はずだった。
「くっ――、堕とせないなんて!」
練度不十分と見ていた敵の練度は同等に高く、性能不十分と見ていた性能は渡り合うには十分。
油断はない。自身らに落ち度もないというのに――
(……強いですね。私や加賀さんでも1対3で手一杯なんて)
敵の攻撃隊は、撃墜を恐れることなく真っ直ぐに突き進んでくる。爆弾を、魚雷を投下するために最適なルートを取り、是が非でも攻撃するという鬼気迫る信念が伝わってこようというもの。
「皆さん、あの提督の笑顔が見たいでしょう! その程度で提督が守れますか!」
良くも悪くも、この艦隊は青年が中心である。青年は艦娘が大好きだし、艦娘だって青年が大好きだ。
『帰ってきて、また僕に笑った顔を見せて欲しい』とのたまった彼の演説。なるほど結構なことではないか。それが青年の望みというのならば、いくらでも笑顔を見せつけてやろう。
だがそれ以上に、艦娘が望んでいるのは青年の笑顔。我ら軍艦など被弾することが当たり前であるというのに、それに顔をしかめてくれるのがあの青年。
故に、艦娘に被弾は許されない。そして、傷つかないだけで得られる笑顔を受け取ることに満足してはいけない。
成果を持ち帰ろう。
博麗霊夢を発見してやるのだ。“提督”としての青年の初陣であるこの作戦を完遂させてみせるのだ。
そうして得られた笑顔にこそ、艦娘は価値を感じるのだから。
だから、やり遂げたその暁には。
『流石は僕の自慢の艦隊だ』と、どうか胸を張ってくれないだろうか。
赤城のかけた発破により艦隊が踏ん張り始めた。
これなら乗り切れると勢いづいたその時に。
――一本の電文が、赤城の元に届く。
『提督ヨリ赤城ヘ。鎮守府近傍ノ内陸部ニ敵機動部隊見ユ。数12。貴艦隊ハ作戦ヲ継続セヨ。繰リ返ス、貴艦隊ハ作戦ヲ継続セヨ』
肝を冷やした赤城。
世界に音が感じられない。視界に色を読み取れない。
胸がグルグルと息苦しくなり、生暖かい吐息が肌をくすぐったその直後。
「敵機直上――赤城さん!」
上空を見上げれば、爆撃機が急降下を始めていて。
己の瞳には、自身へ向けて吸い込まれるように投下される爆弾が映っていた。