『提督ヨリ天津風ヘ。混成駆逐隊ハ警備ヲ続行、増援ニ警戒セヨ』
『天津風ハ提督ノ幸運ヲ祈ル。怪我シタラ承知シナイワヨ!』
「ハハハ、そっかそっか。さなちゃん、連絡は取れた?」
「上空で待機していた魔理沙に頼みました。今頃、萃香さんが急行している頃だと思います」
「敵のいる位置は妖夢さんに担当してもらってる場所か。3人いれば大丈夫だと思うけど……」
執務室で未だに椅子にかけたままの青年は、無線から手を離し一つ息をついた。
懸念の理由は他でもない。鎮守府近辺に突如現れた敵の機動部隊のことだ。
おずおずと、早苗が上目遣い気味に問いかけてくる。
「あ、あの、カミツレさん。私は向かわなくていいんですか?」
「さなちゃんは僕の傍にいて欲しいんだ」
「な、あっ――――! ……録音しておけば良かったです」
「ん? あの、鎮守府に直接殴り込まれたとき、僕のこと守ってくれる?」
「当たり前じゃないですか! 任せてくださいね!」
苦笑しながら、青年は鎮守府近辺の地理を示した地図に目を落とす。この地図の作成だけでも艦娘に協力してもらいながら2週間はかかったのだが、このような形で役に立つ事態は、できれば来ないで欲しかったものである。
「空母1、重巡2、駆逐3が2個艦隊、か。萃香さんが本当に強いなら問題ないとは思うけど……」
「……やっぱり、艦娘さんをある程度残しておいた方が良かったんじゃないですか? いくら私たちがいるとは言え、鎮守府がガラ空きなんて危ないですよ」
「あー……うん。僕が確かめたかったのはそこなんだ」
「さっき言ってたことですか。確かめたかったことって?」
早苗が不思議そうな顔で、青年の顔を覗き込む。それどころではない青年は、
「深海棲艦に、指揮官みたいな存在がいるのかどうか、ね」
内心舌打ちしながら、この状況にため息をついたのであった。
魂魄妖夢は流石にうんざりしていた。
鎮守府にやってきてもう一週間にもなろうという妖夢だが、この一週間は時間のなさが猛攻を仕掛けてきていたのだ。朝早く起きては食事を作り、食事をしては食事を作り、演習の手伝いをしては食事を作り、食事をしては食事を作り、自己鍛錬の時間もないまま食事を作り、食事をしては食事を作る生活。
正直に言おう。人手が足りない。
作戦前だから厨房に回す人数を極力少なくして訓練も増やしているそうだが、これを日常と捉えてしまっている妖夢はたまったものではない。
ひょっとしたら食事を軽視しているから厨房の人数が少ないのではないかとも思ったが、青年の生い立ちを聞いて涙してしまった妖夢はすぐさまその考えを捨てた。そもそも軽視しているならば、作戦の要である鳳翔をずっと厨房に置いておくはずがない。
休みは一日だけもらった。しかし、休みの日に何をしようかと思ってのんびりしている間に、休みが終わってしまったのだ。あの絶望感と申し訳なさたるや、まるで幽々子に叱られた時と同様の気分である。
だから、妖夢は固く決意する。
(この戦いが終わったら私、もう一日だけお休みをもらうんだ……!)
空を飛びながら、諏訪湖から流れ出る河川に展開する敵艦隊を視認し続ける。時々敵空母から戦闘機が発艦してくるのだが、それを刀で撃墜しながらため息をまた一つ。
(幸い、艦娘さんとの演習で戦い方はなんとなくわかるけど……)
深海棲艦から向けられているのが、明確な敵意だというのは言うまでもない。途中で魔理沙が合流したものの、流石に魔理沙と二人では相手をできないため増援の到着を待っているのだが、鎮守府へ向けて進み続けるのを黙って見続けるというのも歯がゆいものである。しかも、発艦した敵の航空機は、何機か逃がしてしまった。
「霊夢…………」
魔理沙もこのハエタタキに協力してくれればいいのにと思うのだが、当の魔理沙は箒にまたがって敵艦隊をじっくり眺めているだけである。作戦が始まった当初からなのだが、どうやら霊夢への想いが面倒なほど頭の中でこんがらがっているようで、時折霊夢の名を呟くだけでほぼ上の空だ。
そんな時、ようやく助っ人が登場する。
「うぉいひよっこ侍、私が来たからにはもう大丈夫だ」
「萃香かぁ……私の出番なさそうだね。行くよ、魔理沙」
「うぉお!? お、おぉわかった!」
深海棲艦の撃退。内心、妖夢はあまり乗り気ではない。しかし、これも幽々子のため。そして、なんだかんだお世話になっている鎮守府のためだ。
あの青年から鎮守府を守るに値するという信頼をもらっているのだ。それに報いてこそ、己の剣も輝くといえよう。
返還された白楼剣を握る妖夢は、敵艦隊へと急降下を開始した。魔理沙と萃香もそれに追従する。
妖怪の山での迎撃戦は、こうして始まった。
遠くに聞こえる戦闘の音を感じながら、青年は考えに耽る。
敵機動部隊の迎撃は始まった。妖怪の山にも既に援軍を要請済みであり、少し時間が経てば天狗の救援も翔けつけるだろう。
深海棲艦に指揮官がいるのはおそらく確実である。ガラガラになった本拠地を狙うことの価値を理解しているのなら。それゆえに、空母という強力な艦まで出してきた可能性が高い。
だが、同時に考えるのはその指揮官の正体。鎮守府が空くというのを知っていなければ、今回のような攻撃も取ることはできない。
考えうるとすれば――
(誰かが情報を漏らした、無意識に漏れてしまったか、指揮官本人が鎮守府にいるか。はたまた誰にも気づかれずに情報を入手できる人物か)
いずれにせよ、今後はもっと情報管理を徹底しなければならないらしい。外部に協力を仰ぐ場合も、その人物に関係のある人物は全て洗わなければならないだろう。
(このことを誰かに相談――いや、守矢神社か艦娘の皆しか無理だな)
その時である。早苗が、執務室の窓から遠目に見える敵の艦載機を発見したのは。
「あ、カ、カミツレさん、敵がきました! ええっと、10機ぐらいです!」
「あー、こっちにも来ちゃったか……どうしよっかな」
どうやら、妖夢だけでは凌ぎきれなかったらしい。
現状で取れる手段としては、早苗が迎撃に出るのが望ましいだろう。弾幕による航空機の撃墜。全てを撃墜することが叶わずとも、鎮守府への被害は最小限に止められるはずだ。
だがそこで、青年は思いつきにも近い策を実行に移す。
「工廠にはにとりさん……そうだ! さなちゃん、そこの緊急サイレン押して!」
「サイレン!? これですか!」
壁際に設置されたサイレンのスイッチに対して、早苗が握りこぶしを叩きつける。瞬間、鎮守府中にサイレンが鳴り響いた。
これ自体は、至って普通に警報としての効果しか持たないサイレンであるが。
今回の作戦時に限っては、鎮守府では別の意味を持つ。
瞬間、幾拍かの軽快な機動音が響いたかと思えば。
砲撃音が敵機の“機数分”だけ鳴り渡り。
瞬く間に、敵が全滅したのである。
(み、耳が……)
間近で放たれたその砲撃音に顔をしかめつつ、青年は早苗にもう一度サイレンを押すように頼む。
早苗も耳を押さえながら魂が抜けたような表情になりながらも、説明を求めてきた。
「カ、カミツレさん、今のは……」
「……鎮守府に設置した防空システムでね、にとりさんが幻想入りしてきた設計図を元に勝手に作っちゃったんだ。この執務室の上に設置したレーダーで航空機を捕捉、武器管制と射撃管制で瞬時に敵機に砲を向けて発射する……この鎮守府のいわゆる盾だよ」
「え、あの……。外の世界で似たようなもの聞いたことがありますけど、それって艦娘さんの兵器に比べて性能が……」
「代わりに仕掛けが大掛かりになりすぎてるから、工廠の地下を丸々使ってるんだよね。艦娘の艤装には応用できないってさ。しかも、あんな砲撃音してるけど、発射してるのは弾幕らしいんだ」
「にとりさんって……すごいんですねえ」
これで、鎮守府の秘密を一つ明かしたことになる。これを知ったのは、早苗とにとり、それから深海棲艦を迎撃中の3人ぐらいだろう。この情報が漏れたなら、そのうちの誰かを探ればいい。
(疑いたくはないんだけどなあ……)
こうして、鎮守府に接近した敵機は迎撃に成功したのであった。
一方、迎撃組はというと。
「オラオラ、そんなもんかよ!」
萃香が、一人で敵艦隊と対峙していたのである。魔理沙は巻き込まれるのが面倒なのか空中へ避難し、妖夢は、
(さっき鎮守府で変な音がした……。あ、逃がした敵の航空機を墜としたのかな? でも……どうやって?)
同じく、空中で待機していた。萃香の大立ち回りを傍観しながら。
事態は戦闘開始から既に起きていた。萃香が『密と疎を操る程度の能力』により、少し体格を落として12体に分身。深海棲艦体12体にガチンコの殴り合いを仕掛けていたのである。それを避けるために、妖夢と魔理沙は上空へ逃げざるをえなかったと言おうか。
結果、敵の駆逐艦6隻は瞬く間に殴り倒された。同時に萃香の分身も6人分へと戻るのだが、すると身体が多少大きくなる。その状態で重巡洋艦4隻も沈め、あっという間に空母が2隻残るのみとなったのだ。萃香は既に2体へと戻っている。
「もっと楽しませてくれないか? 私はまだ余裕だぜ?」
「――――ッ」
空母は萃香に対して距離をとりながら戦っているが、萃香がどうしても距離を詰めようとするため、航空機を発艦させた。距離も近く、爆撃機などは既に爆撃態勢に入っている。
しかし、それに対して萃香は。
「――――!?」
「そんなのんきな速さで、私が捕まえられるかな……?」
霧状に変化し、航空機の攻撃から逃れる。爆弾の爆発に対して風のように舞い、霧となって全ての航空機を包み込むようにし――
「おらよ!」
どこともなく声が聞こえたかと思えば、霧の中にいる航空機は全てが何らかの打撃を受けたのか、ひしゃげて墜落してしまった。
全ての航空機を撃墜されたのか、空母は何をするでもなく逃げ始める。
しかし、そんな敵に対しても萃香は霧の手を伸ばして。
この迎撃は、青年が想定していたものよりも、あっけなく終了したのである。
「ゴホッゲホッゲホッ! ――ん隊! ガハッ、対空戦闘を続行!」
中破しながらも、赤城は指示をやめない。総旗艦である以上は艦隊の命は自身が預かっているのだ。
たかだか甲板が破壊された程度で、この誇りをどうして失えよう。
「敵戦闘機はかなり数が減っています! 畳み掛けてください!」
機体性能、搭乗員の技量共にほぼ拮抗し、敵味方数百の戦闘機、爆撃機、攻撃機が入り乱れ、対空砲火が花火のように打ち上げられるこの空襲は、正しく泥仕合であったといえよう。
特に航空戦だが、両航空隊とも損耗が非常に激しい。戦闘機の数では勝っていても、こちらの戦闘機は敵の攻撃機も相手にしなければならない。総数上は劣勢も劣勢の状況でありながら何とか戦い抜いているのは、少なからず自身と加賀がいるからであるという自負もある。
一機で攻撃機三機を相手に追い回しながら、向かってきた戦闘機二機を巴戦に持ち込む。爆撃機が爆撃のために低空へ降下してきたところをすれ違いざまに堕とし、満身創痍になりながら海中へ没していく赤城の戦闘機。
彼はエースだった、というわけではない。そもそも、赤城の航空隊に特別なエースの妖精など居はしない。鍛え、磨かれ抜いた彼らを、エースという陳腐な言葉で片付けることなど出来ようものか。
しかし、それでもその言葉を使うのであれば。
赤城の戦闘機隊は、全員がエース。自慢の精鋭しか揃っていないのだ。
そして、加賀の航空隊もまた。
精強の証たる赤色の線をまとっているのだから。
だが、そんな消耗戦も終わりを迎える時が来る。
(次の目標は――!? 撤退……していく?)
敵の航空隊、残りおよそ80機程度が反転、引き返していったのだ。それを見て、赤城は追撃を許可しないよう指示を下す。
『警戒ヲ厳ニ。各艦隊、被害状況送レ』
『第一艦隊金剛ヨリ。初雪、深雪ガ中破。天龍ト吹雪ガ小破デス』
『第三艦隊鳳翔。衣笠中破、全駆逐艦小破』
『第四艦隊。我、旗艦夕張小破。睦月及ビ菊月ガ中破』
なんということか、と赤城は頭を痛める。
提督から預かった艦隊がこの被害である。43人のうち、中破6人、小破7人と考えれば被害は大したことがないようにも見える。確かに、あれだけの航空機の攻撃を受けて尚、これだけの被害で済んでいるのは奇跡とでも言おうか。
しかし、
「赤城さん。空母5隻の航空機の残存数、戦闘機はたった50機しか残っていません」
「撤退していったのは戦闘機40機と攻撃機30機……。よく落としたものですが、痛み分けとは言い難いですね。しかも加賀さん、気がつきましたか?」
「……ええ。てっきり空母群を相手にしているかと思っていましたが、敵の航空隊は“陸上機”でした。でも、近くに島のようなものは見当たりません。航続距離任せのアウトレンジ攻撃でしょうか。それなら、撤退したことにも納得はいきますが」
「……どうでしょう。偵察に出ている機体はかなり遠くまで飛ばしています。もし島があるなら見えそうなものですが……。それとも、私たちの想像もつかない何かがあると?」
「我々も今までの知識にこだわりすぎています。もっと柔軟に考える必要がありそうですね」
「……まだまだ、幻想郷でゆっくりできそうにありません」
その時になってようやく、赤城は青年からの無線を受けていたことを思い出す。
ひとまず艦隊の安全を最優先したためにこの海域での迎撃を選択したが、肝心の青年の安否はまだ確かめていない。
『提督! 連絡乞フ! 返事ヲ!』
『ビックリシタ』
「な、何を呑気な……。でも、ご無事そうですね。『状況送レ』」
『迎撃完了。我ガ方ニ被害ナシ。赤城艦隊ノ情報求ム』
「…………はぁ」
電文を通して経緯を説明する。既に空母の数を活かしきれなくなっていること、弾薬が残り3割を切ってしまったこと、被害を受けた艦も多数存在すること。
これらを報告すると、青年は――
『撤退セヨ』
「即断ですか……。『コレヨリ撤退ス』」
『帰投後、赤城及ビ長門ハ執務室ヘ。赤城ハ修復材ヲ許可スル』
「…………。『了解』」
怒られるのだろうなあと、赤城は気落ちする。いや、あの青年が怒るのかどうかは知らないが、少なくとも今回の艦隊指揮については自身で反省しなければならない。
最後の航空戦などは、もっとやりようもあったのではないかとため息をついた。
「長門さん、帰還したら私と一緒に執務室に来るようにと……」
「わかった。あと、あまり落ち込むなよ」
「これは私の慢心が引き起こした事態です」
「違う。旗艦が落ち込んでいては艦隊全体の士気に関わるのだ」
「……わかりました、すみません」
全艦に指示を通達。各艦はその場にて回頭、第一艦隊を最後尾として鎮守府を目指す。第四艦隊は対潜哨戒しつつ、他の艦隊は引き続き敵の航空機を警戒した。
破壊された飛行甲板を眺めて、赤城は重たい息をつく。空母としてもお荷物になりつつある自分が、航空戦力を削られた空母主体の艦隊に指示を出す、我が身として、これほど腹立たしいことがあるだろうか。
しかも、博麗霊夢を捜索するという主目的も達成できなかった。海にいるという確証はないのだが、総旗艦として責任を感じつつ、そんな自身を情けなく思ってしまったのである。
その時――
「あの、赤城さん」
「潮さん? どうかしましたか?」
「えっとその、海にこんなものが」
第二艦隊随伴の潮に声をかけられる。何かを差し出してきたため、航空戦において撃墜した敵機の残骸かと思ったのだが、
「これは……なんでしょうか? 私ではわかりませんね」
「これ、海に沢山落ちているんです。今までこんなの見たことありません。回収しておいた方がいいですか?」
「ちょっと待ってくださいね。『全艦ニ通達、海上ニ不審物アラバ報告セヨ』」
『ペラペラノヤツネ? 見渡ス限リ相当数アリマース』
「『可能ナ限リノ回収ヲ望ム』。ひとまず、正体はわかりませんが、何か深海棲艦と繋がりがあるのかもしれません」
不審物の正体は気になるが、今はそんなことよりも艦隊が無事に帰還できるように指揮を執らねばならない。航空戦力も弾薬も少ないのだから、なおさらの警戒が必要だろう、と。
この時は、この事をそれほど気にも留めていなかった。
「第二艦隊、おもーかーじいっぱい。鎮守府へ帰投します。半日かかるので着く頃には夜です。疲れも溜まっているかもしれませんが、決して油断のないように」
だが、気落ちした赤城は知る由もない。
この“赤色の御札”の発見こそが、幻想郷の運命を変えることを。