行くぞ提督方、資源の備蓄は充分か!
時は、地底から追い出され、魔理沙が地霊殿に殴り込みをかけるまでの数日の間。
昼下がりに香霖堂を訪ねれば、優しい笑みを浮かべた霖之助が迎えてくれた。ホコリをかぶったテーブルに対面して座り、お茶をすすりながら会話を深める。
「いや、無事で良かったよカミツレ君。しばらく音沙汰がなかったものだから、どうしたのかと思っていたところだ」
「す、すみません。近頃バタバタ忙しくて……」
「気に病むことはないよ。君が多忙の身であることぐらいわかっているさ。こうして、わざわざ顔を見せに来てくれただけでも嬉しいものだよ」
「ははは、僕もいろいろ話したいことはありましたから」
霖之助と会うのは、三途の川の異変以来だろうか。異変以降顔を合わせていなかったのだから、霖之助の心境も推して知るべしというものだろう。
「ふーむ、地底は受け入れてくれなかったか。当然といえば当然かもしれないが……」
「実は、地底で採れる鉱石がどうしても必要でして。ボーキサイトというんですが」
「……生憎と、ウチには望みのものはないな。確かに、地霊殿は地底、旧地獄を管理する立場にあるといえばある。鉱石の存在も把握していてもおかしくはないだろう」
「参りましたよ。このままじゃ本当に、次の作戦まで一ヶ月以上かかってしまいます」
「霊夢の御札を見つけてくれたそうだね。ひとまず、霊夢がいることはわかったから良かったよ。ありがとう。ひと月以上経っているにも関わらず博麗大結界も健在なんだ、何らかの方法によって生きてはいるんだろうさ」
そう話す霖之助は、本当に安心したように表情を緩めていた。
だが、青年も話すことはできない。霊夢が深海棲艦になっている可能性があるなどと。
魔理沙も霖之助にそこまでは話していないようであり、伝えない方が霖之助の心を乱さないだろうと考えたのだろうか。
「そういえば霖之助さん。三途の川の異変の時、調べたいことがあるって言ってましたよね? 聞いていいのかわかりませんけど、何を調べていたんです?」
「ん? そうだな……うん、君には話しておこう。実は僕が調べていたのは、他でもない地底のことなんだ」
と、霖之助はテーブルに投げ出されていた本を手にとった。ボロボロな状態を見れば、おそらくかなり年季の入ったものと思われる。
「無縁塚でカードを拾ってから僕も気になってね。深海棲艦というのはおそらく“怨霊”だという話を魔理沙から聞いて、いろんな文献を漁ったんだ。そして出た結論がこれだ。ここを読んでくれ」
「『地霊殿は灼熱地獄跡の真上に建てられている。旧地獄は地獄としての役目を終えたが、未だ蔓延る怨霊を管理する役目を地霊殿が負っているとみられる』。これ……本当ですか?」
「おそらくは本当だろう。妖怪の山の妖怪や八雲紫あたりはひょっとしたら知っているかもしれないから、もう君も知っていたんじゃないかと思ったが……」
「いえ、妖怪の山の皆さんも旧地獄と不可侵の約定を結んで長いので、それほど詳しくはないと。紫さんは……しばらく会っていません」
「ふむ。何はともあれ、話はここからだ」
霖之助はお茶を一気にあおり、苦々しい表情で告げる。
「まず一つ。妖怪はね……怨霊にとり憑かれると死んでしまうんだ」
「なっ――!? いえ、待ってください! 妖怪の皆さんが深海化した事例はいくつかありますし、全員死んでません!」
「ああ、だから僕は仮説を立てた。二つ、とり憑かれても妖怪が死なないなら、深海棲艦は怨霊ではない」
「で、でも、怨霊っていうのは色んな人から情報を貰ってますよ? 神奈子さんも紫さんも、映姫さんも小町さんも皆さん怨霊だと……。怨霊じゃないなら一体?」
「三つ。外の世界の軍艦というのは、艦内に神社を奉っていたそうだ。ほぼ全ての軍艦が勧請し、どれだけ小さくとも神棚が置かれていたらしい」
「それは……一応知っています。例えば、長門は住吉神社を祀っていたって」
艦内神社とは、その艦の海上交通の安全を祈願する為に設けられていた。船魂信仰とも相まって、その艦の乗組員の氏神としての意味もあったらしい。
「この三つを踏まえた仮説だ。まず艦娘と深海棲艦に共通する部分として、双方とも霊的存在である。しかし同時に、神でもある、と」
「半分霊で半分神……半神半霊ってことですか?」
「いや違う。霊ではあるんだが、『神的領域』を内包しているんじゃないかって思うんだ。聞いた話では、艦娘の艤装には付喪神が点在しているそうだね?」
「え、ええ……」
「付喪神がその神的領域を守ろうとする行為、それすなわち戦闘行動だとしよう。存在そのものは霊であるが、艦娘も深海棲艦も神的領域によって人のような形、意思を形成しているんじゃないか、というのがまず一つ」
「……深海棲艦は憑依した時しか喋りません。そもそもあれは自分の意思なのか憑依された素体の意思なのか……」
「まあ待つんだ。霊というのはそもそも喋る存在ではない。西行寺幽々子は知っているかい?」
「えっと、妖夢さんが仕えている方ですよね? 宴会の時にちらっとお話した程度です。食べるのに忙しそうでしたので……。」
「あれは霊だよ。しかし、霊としてはその“存在”が強すぎるがゆえに、自我を保ち言葉を介することができる。これが指す意味がわかるかい?」
「言葉を話せる艦娘は……深海棲艦より“存在”が強い?」
「話す言葉が誰の意思はともかく、憑依した際にその“存在”を補完しているならば、話せる理由も説明がつく。もしかしたら、憑依する理由はそこにあるのかもしれない」
「……何かを伝えようとしている? まるで新しい考え方です、今まで思いつきませんでした。なら、妖怪の皆さんがとり憑かれても死なないのは?」
「神的領域を保有しているから、としか。現状ではここまでしかわからないんだ。そりゃ予想なんかは、思いつくけど、確定といえるだけの説明ができるほど情報がない」
「……ちなみに、僕もあまりわからないんですけど、その“存在”というのがそれまでより格段に強くなる、なんてことはありえるんですか?」
「ふむ……。これも説明はできないが、過去にそういった事例が全くないわけではない。だから答えとしてはひとまず、“ありえる”とだけ」
ならば、深海棲艦を倒して艦娘のカードが現れるということは――。
おそらく、そういうことなのだろう。
深海化した者への攻撃が、深海化から解放した時に無傷になるというのも、なにかそのあたりが関わっているのだろうか。だがそうすると、妖怪が深海化した場合、放っておくと霊的領域に侵されて本当に死んでしまう可能性も考えられる。
(……謎ばっかりだなあ)
霖之助の話に疑問が残る部分は勿論何点もある。だが、情報が少ない今、こうして有益な知恵を絞り出してくれた霖之助に感謝こそすれ、これ以上を求めるのは酷というものだろう。
「……頭がパンクしそうです」
「あくまで仮説さ。少し休憩しよう。ほら、彼女たちも準備が出来たようだ」
そう言って霖之助は、二人のもとへお茶とお菓子を運んでくる二人の女性へ、少しだけ嬉しそうに目をやった。
「司令司令! 魔理沙と一緒にお菓子作りましたから食べてくださいね!」
「比叡、ありがとう。何を作ったのかな?」
「へっ、私と比叡の特製クッキーだ! お茶も追加で淹れてきたぜ!」
比叡が恐るべき手際でテーブルのホコリを拭き取ると、そこへ魔理沙がお菓子とお茶の載ったお盆を置く。素早く、しかしそれでいて優雅さを失わない比叡の動きは、ホテルのオーナーもびっくりの流麗さである。
お茶とお菓子を前に、まずは霖之助がお茶に手を付ける。香りを楽しんだ仕草をした後に口を付け、ティーカップを置いて窓から外の景色を眺めていた。
「ふーっ、今日もいい天気だ」
「曇ってますけど」
「やはり魔理沙の作ったクッキーは美味いな。しっとりとしていながらサクサク感を損なわない、甘さも控えめで上品な味だ」
「いえ、それ私が作りました」
「ココアはバンホーテンのものを使用しているのかい?」
「おいおい、九番茶だぜ」
なお、本日香霖堂は閉店している。
「しかし、比叡さんは元気で可愛らしいのに料理も上手なんだね。そうも魅力的なら、里の男たちが放っておくまいに」
「あはは……、ありがとうございます。でも、私は金剛お姉様一筋ですから」
「ふむ、カミツレ君。フラれてしまったよ」
「手が早いんですね」
「冗談さ。僕も色事に興味がないわけではないが……」
と、霖之助は僅かに視線を動かし、すぐに戻した。その意図は読み取れなかったが、霖之助がその一瞬で視線を向けたのは――金髪の少女。
その白黒の魔法使いは、霖之助の視線には気付かなかったようで、話の途中から涙をこらえてプルプルと震えていた。
「まあ、まだ早いようでね」
「…………そういうことでしたら」
「そういうカミツレ君こそ、どうなんだい?」
「どう、とは?」
「僕も直接会ったことはないが……東風谷早苗さんだったかな? いい仲と聞いているが」
「ブハッ!」
「毎日艦娘を侍らせてイチャイチャしているとか。里の男たちの間では血涙を流してそうな者が沢山いるぞ」
「ちょっ、部下に手を出してることになってるんですか!?」
「人里を歩くときは気をつけたまえ。ある意味では妖怪より恐ろしい者で溢れているよ。なあに、一つ屋根の下で女性と暮らしているのなら、そういうこともあるだろうさ」
そう話す霖之助はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。これはからかっているに違いないとわかっているのだが、噂とはかけ離れた話を想像してみて、ありえないと思いながらも心の中で吹き出してしまった。
(イチャイチャどころかスパルタなんだけどなあ……勉強とか)
艦娘に好かれてはいるのだろう。金剛などは最たる例であるし、陸奥などは色気でからかってくることもある。紅魔艦隊の視察に行けば抱きつかれるし、ツンツンしていた曙でさえ最近は体調を気にしてくれるようになっている。
そういえば、最近艦娘からのスキンシップが増えている気がする。勉強中に膝の上に座ってくる駆逐艦、廊下を歩いていると突然手を握ってくる軽巡、腕を取って胸を当ててくる重巡、それを真似する龍驤、食事の際にあーんとしてくる空母や戦艦たち……。
(僕って……一応上官のはずじゃ)
勉強中、あの堅物そうな長門が頬をプニプニしてきた時は流石に反応に困った。
それ以外はどうだろうか。美鈴は鎮守府で一番最初に笑顔を向けてくれるし、妖夢はお菓子の試作を一番に持ってきてくれるし、二柱は何かと気にかけてくれて非常に好意的だ。
つまり、だ。
「普通に仲がいいだけですよ、やっぱり」
「そうなのかい?」
「ええ。そもそも、僕と恋仲になりたい人なんているんでしょうか?」
「ふーん……? まあ、そういうことならそういうことにしておこう。だが、友人として一つ忠告だ」
「え? は、はい」
霖之助は笑顔のまま、顔をズイと寄せてくる。何事かと思いはしたが、霖之助が耳元で囁くので、それを聞き入れたのだが。
「予防線を張るのもほどほどにしないと、いつか自分の首を絞めることになるよ」
それだけ言って、霖之助は再びお茶に口をつける。忠告の意味は、青年にはついぞわからなかった。
わからないのに――何故だか冷や汗が止まらない。
「ところで魔理沙、このバンホーテンの九番茶だが」
「比叡にこーりんとられた……。こーりん……」
「し、ししし司令! 司令ってもしかして女性に興味がないんですか!?」
呆れながら咥えたクッキーは、不思議なことに苦く感じた。
その日の夜。
神社の縁側にてお茶をすすっていた青年は、その視線を宙に浮かぶ月に向けたまま、同じようにして隣に座る早苗に尋ねる。
霖之助との会話が、頭から消えてくれなくて。
「さなちゃん、ってさ」
「はい」
「僕のことどう思ってるの?」
「はい?」
早苗の視線は、月を離れて自身へ注がれた。が、青年は変わらず月を向いたまま。
「あの……私の口から言わせるんですか?」
「だって知りたいんだもん」
「い、いきなりですね。そりゃあ私、カミツレさんのこと――」
一拍間を置いて、
「その……好きですけど?」
「うん、僕も大切な友達……大切な家族だと思ってる」
「一体何を考えてるんですかこの人は全くもう。人の決意を何だとぶつぶつ……」
早苗の言葉がどういう意図で発せられたのかわからなくて。
自分がどういうつもりで早苗にそれを聞いてのかすら不鮮明で。
そんな中でも、霖之助の言葉が心にとぐろを巻く。
「だから、ね」
「ええ」
「あの時――神社で会った時。話しかけてくれてありがとう」
「…………っ! ええ、お互い様ですよ。カミツレさん、ありがとうございます」
だが、やはり自分には――。
この大切が壊れてしまうのが怖くて。
この大切が当たり前でなくなることを恐れて。
何より、この感情が自分自身でもわからないがために。
「だから」
張り裂けそうなほど膨らむ情けない不確かな心を押さえ込み、くすぶっていた心にもない虚飾を増長させてしまったのだが。
「僕が死んだら――もう僕のことは全部忘れて欲しい」
その返答は、
「――あんまりです」
冷たく鋭利で、ささやくような呟きであった。
「二度とこの話題を持ち出さないでください」
その瞳に圧倒されて。
小さく弱い本心は灯火を消す。
「ごめん」
「代わりに面白い話、いっぱいしてくださいね?」
不自然な関係は不自然なまま凝固し。
いつしか脆く崩れ往くその時まで。
二人は、決して変わることはないのだろう。
少なくとも青年は、早苗のその態度、返答に。
自身は恋愛対象ではないだろうという疑問を、確信へと変えてしまったのだから。