提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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048 見ユ

 加賀は、都合三度目になる戦闘機の発艦を終え、その翼が向かう先を静かに見据えていた。

 青空に天高く舞い上がる赤の二本線。異状なく順当に高度を上げていったそれに一息ついて、加賀は作戦開始時の青年の言葉を思い返す。

 

『茅野守連より全艦娘に達する。本作戦は制海権外で深海化していると予想される博麗霊夢本人の”確実な”発見を目的とする。航空母艦赤城は偵察艦隊総旗艦となり、3個艦隊を率いてこれを達成せよ』

 

空符『第一航空戦隊』

 ――空母『赤城』『加賀』

     駆逐『朧』『曙』『漣』『潮』

 

空符『第二航空戦隊』

 ――空母『蒼龍』『飛龍』

     駆逐『睦月』『如月』『弥生』『卯月』

 

戦符『戦艦戦隊』

 ――戦艦『金剛』『榛名』

     重巡『高雄』『愛宕』『摩耶』『鳥海』

 

『戦艦比叡は遊撃艦隊旗艦となり、制海権内にて偵察艦隊を支援せよ』

 

戦符『戦艦戦隊』

 ――戦艦『比叡』『霧島』

     駆逐『吹雪』『白雪』『初雪』『深雪』

 

『二度目の霊号作戦。深海化した霊夢さんの戦力は未知数で、正確な位置もまだ不明。そんな中に突入しろだなんて、本当に気苦労をかけてごめん』

 

『でも、君たちは世界一の艦隊だ。日々の訓練を怠らず、いつでも戦える軍艦としての矜持を持ち続けて。かと思えば、誰一人として埋もれることのない個性で幻想郷を謳歌する。僕は、そんな君たちの提督でいられることを誇りに思うよ』

 

『深海異変の解決、幻想郷の未来は僕らにかかってる。でも焦らないでほしい。生きていれば、また出撃できる。生きていれば、また帰ってこられる。幻想郷はまだまだ楽しいことがいっぱいあるんだから、こんなところで欠けるのは絶対に許さない』

 

『もっとこの幻想郷を知りたい。この幻想郷を好きになりたい。そのためには、君たちがいないと始まらない。君たちと一緒に幻想郷を過ごしたい。難しい作戦だけど、君たちならやり遂げられると信じてる。鎮守府で、吉報だけを待ってるよ』

 

 

『帰ってこれるって、約束できる子から出撃すること。いいね?』

 

 

 輪形陣で航行する3個艦隊は、それぞれの艦隊で三角形の頂点を形成する陣形で航行していた。進行方向に対する右翼、第1艦隊において、加賀はそっと小さく息をつく。

 

「提督、勉強の成果でそれらしくなりつつあるけれど、私たちを送り出すときの言葉は一か月前とほとんど変わらなかったわね」

「提督が本当に大事にしているもの、結局はそこだけってことなんですよ加賀さん」

「沈んでほしくないだけ?」

「沈むこともあるだろうという考え方の我々からすれば、なかなか素直に受け入れにくいですけれどね。でも私、提督の考え好きですよ。幻想郷に来たって感じがするので」

 

 ポロっと赤城にこぼした言葉は、優しい微笑みで返された。赤城の戦闘機が戻ってきたため、彼女は甲板を差し出してそっと回収する。

 

「でも赤城さん、幻想郷に来ても私たちの戦争はまだ終わっていません」

「……いつか、終わる日は来ますよ。加賀さん、その時は一緒に、幻想郷の色んなおいしいものを食べに行きましょう」

「ふふ、それは気分が高揚します」

 

 長門をはじめとする各艦の教育により、青年は1か月前と比べても驚くべき成長を遂げていた。

 各艦種の特徴や航空砲雷撃戦それぞれのメカニズム、作戦の考え方や判断すべきポイントを押さえた上で、過去の海戦についてその推移や当時の考え方をひたすらに詰め込まれた。その結果、まだ考え方に危うい部分があるものの、多少軍人のような雰囲気を帯びてきたのは間違いない。一方で、艦娘の無事を第一とする考え方は健在のため、特に新しく着任した艦娘などが受けた命令に戸惑うことも多々あるが、このまま成長すれば幻想郷に適応した提督として能力を発揮できるだろう。

 

 赤城旗艦の偵察艦隊、比叡旗艦の支援艦隊は、前回行程の約3分の2に到達した。制海権内であったとはいえ、これまでのところ深海棲艦側からの攻撃は受けていない。

 

「もうすぐ制海権外に出てしまうので、私たち支援艦隊はここまでになります。本当はお姉さまたちと一緒に行きたいですけど、航空戦の邪魔になってしまうのでこのあたりで待ってます!」

「Hey 比叡! 後は私たちに任せるネー!」

「比叡さん、ありがとうございます。我々は先を目指しますので、提督への連絡をお願いします。制海権を超えて支援が必要な時はまた連絡しますね」

「はい! 皆さん、ご武運を!」

 

 偵察艦隊はこのまま先を進み、支援艦隊は制海権内で待機する。比叡が無線をわちゃわちゃ操作しているのを尻目に見ながら、加賀は状況を整理した。

 

(いくら制海権内といっても、偵察機の1機も飛んでこないなんてどういうこと?)

 

 前回の作戦で提督も気づいていた、深海棲艦側にスパイがいる可能性。今回の作戦も3日前の準備会議の時点で各勢力には伝えたが、作戦前にも作戦中にも未だ動きがない。情報が洩れていることは事実だったのだから、今回の作戦も何かしら行動を起こされてもおかしくないというのに。

 スパイはそもそもいなかったのか、あるいは、まだ行動を起こしていないだけなのか。まだ作戦は始まったばかりなのだから、これからわかることもあるだろう。

 

 航空機が飛ぶには絶好の快晴の中、赤城、加賀、蒼龍、飛龍は順番に戦闘機数機を発艦させる。異状あれば即発艦出来る態勢ではあるのだが、前回のイメージが残っている中で戦闘態勢を維持し続けるというのは、緊張も相まってなかなかどうして疲労を溜めさせてくれる。赤城などは旗艦としての責任感を強く持って臨んでいるために、今までの作戦よりも表情がこわばっている。

 何もない時間は逆に心身を摩耗させられる。いっそ、早く何か起きてくれた方が気が楽なのかもしれない。

 

 そうこうしてるうちに、偵察艦隊は前回引き返した地点、霊夢と思われる個体との航空戦を繰り広げた海域に到達する。赤城は全艦隊に微速を指示し、空母4人を招集した。

 蒼龍、飛龍は前回参加していないため疑問を顔に浮かべているが、どうやら赤城は自分と同じ考えであるらしい。

 

「正直に言いますと不気味です」

「私も赤城さんと同じ意見よ」

「えぇ~? ずっと制海権内だったんだから、何もなくて当たり前じゃない?」

「蒼龍、油断したらめっ! ……でも、元々交戦する可能性があったのはここからだったはずだよね?」

「二航戦、貴女たちのことは信頼してるわ。でも、私たち四人をもってしても、鎮守府の戦力をもってしても、深海棲艦はいとも容易く私たちの予想を超えてくるの。気を抜いてみなさい、また全員一緒に沈むわよ」

「むー、わかったわよ」

 

 唇を尖らせながらも、若干照れ気味に顔を逸らす蒼龍。矢を二、三本つがえると、そのまま真っ青な空へ放つ。放たれた矢はやがて光を帯びて戦闘機に変わり、そのまま進撃予定の方向へと飛んで行った。

 

「赤城さん。幸い、前回のように接敵していないから、燃料弾薬とも余裕があるわ。撤退する理由はありません」

「元よりその気はありません。ただし全員、索敵はこれまで以上に厳としてください。ここからは何が起きてもおかしくはありません」

 

 加賀の機体が帰ってくる。甲板を差し出して着艦させると、加賀は表情に出ない表情を今まで以上に引き締めた。

 

(赤城さんほど、私は提督への熱が強いわけではないけれど)

 

 赤城の指示に、3個艦隊が輪形陣を組み直し、航行を再開する。

 

(世界一と称賛されて、期待に応えないわけにはいかないわね)

 

 戦争は終わった。だが、艦娘の戦争は終わっていない――故に、

 この誇りは、まだ失われてなどいない。

 

 

 

 

 

 それが艦隊に共有されたのは、空母4人で話し合いをしてから1時間後のことだった。

 空襲が起きる気配もなく、緊張状態が続いているところへ、漏れる疑念の声。

 

「――――ん?」

 

 最初に気づいたのは、戦闘機を飛ばしていた飛龍。違和感を覚えたのか機体へ意識を集中させていた。

 

「んんー? 赤城さん、何か赤い海が見える」

「海が……赤い? 詳しく教えてください」

「く、詳しくって言っても……うーん。ホントに海が赤いだけなんだよね。あと20分もすればその海域に到着するよ」

「陸上機の姿は?」

「敵影なし。島とかも見当たらない」

「艦隊警戒! 飛龍さんはそのまま偵察を続行してください。加賀さん、提督に連絡を」

 

 加賀は、その情報を聞いて思考に入る。

 

(赤い海……。こんなに青い快晴だというのに、赤い?)

 

 何万海里と海を見てきた自分達は、様々な表情の海を知っている。荒れ狂う波、砲弾飛び交う飛沫、すべてを飲み込まんとする無限の大口。はたまた、朝焼け色に染まる日の出、夕焼けによる橙一色、穏やかですべてを忘れさせてくれる凪の水平線。全て昨日のことのように思い出せる、いつも見た景色。

 その中で、夕焼け以外に赤い海など見たことがあっただろうか? その海は、果たして心に安堵を与えてくれるものだっただろうか?

 

『飛龍航空隊、赤イ海ヲ発見。確認スル』

 

 その海域に着けば、嫌でも思い出させてくれる。

 

(赤い海、この色まるで……)

 

 ああ、これは。

 かつて志を同じくした友が、仲間が、物言わぬ骸となった時の色ではないか。

 

 灰色の雲がかかり、艦隊を暗く照らす。先ほどまであれほど晴れていたのが嘘のようで、過去を映し出すかのように視界の色彩を失わせていく。

 

『航海二支障無ケレバ進撃セヨ』

 

 艦隊の様子を見れば、その反応は一目瞭然。眉をひそめて周囲を警戒する者、艤装の作動状況を再度確認する者、青ざめた顔を隠し切れず手を震わせる者。

 赤城だけは動揺を押し殺して警戒を続けているが、艦隊全員がこの状態では、士気も長くはもたないかもしれない。

 

 

「陸上機発見!」

 

 

 しかし、そんな思いは飛龍の一言によりかき消された。艦隊全員、目の色を変えて飛龍に向く。

 

「艦隊進路方向! 陸上機2機反転中! 我の航空隊、追跡します!」

「飛龍さんありがとう! 艦隊、速度を上げます! 各空母は艦戦発艦用意!」

 

 陸上機の発見により、艦隊は士気を一挙に回復させた。不気味な赤い色を進む恐怖と記憶の中の友が絶叫するが、目的を思えばこそ皆踏ん張れる。

 飛龍の偵察を邪魔しないよう、加賀は彼女に問いかける。

 

「本当に陸上機?」

「絶対に見間違えませんよ加賀さん。前回疑念の機体も陸上機なんだよね? じゃあ、あの機体が向かう方向に、何かあるって伝えてくれてるようなものじゃない?」

「油断はしないで」

「大丈夫、まっかせてよ」

 

 戦いに臨むボルテージが一気に上がった艦隊だが、だからこそ加賀は警戒する。これまでの道中、赤い海、そして反転する陸上機。わかりやすすぎる、あえて試しているのかと思わせるぐらいに見え見えの戦術である。

 

「赤城さん」

「大丈夫、誘い込まれていることは”みんな”わかっています。でも加賀さん、我々の目的は見つけることです。逃げ道を確保するぐらいなら、この艦隊なら問題ありません。多少強引ですが、このまま行きましょう」

 

 そう、我々はまんまと見せかけの囮にはまっている。この後待っているのは、用意周到に包囲網を構築した大規模な敵艦隊だろう。

 だが、それでいい。提督は今回、”ケガをするな”とは一言も言っていない。無論負傷したら負傷したで責任を感じてしまうのだろうが、提督がハッキリ求めたのは”確実な発見”。そして生きて帰ってくること。

 この作戦に多少の負傷は織り込み済みであると、赤城と相談の上で提督自身が苦渋の決断を下したのだから。

 

『陸上機見ユ。飛龍航空隊、反転ノ敵機ヲ追尾中』

 

 前回作戦から1か月、屈辱の航空戦を思い出さなかった日はない。今すぐ発艦させて敵戦闘機との制空戦を繰り広げたい気持ちはあるが、いたずらに戦力を消耗するわけにもいかないため我慢。

 

 それでも。

 それでも――。

 

「敵艦多数確認。戦艦6、重巡10、軽巡14、駆逐32。すごい、まだまだい――赤城さん!」

「了解! 艦隊、対空戦闘用意!」

 

 

 この仲間たちと、もう一度航空戦を挑める悦びは抑えようもない。

 

 

「陸上基地発見、陸上機発艦確認!」

 

 赤城、蒼龍、飛龍と視線を一瞬だけ交わし、それぞれ物言わず矢を放つ。放たれた矢は戦闘機へ変わり、全く同じ速度で、同じ角度で、同じ高度で、空に放たれた。

 艦載機から通して見る景色。そこには、今しがた御札から戦闘機へと姿を変貌させた無数の輝きと、赤い海が延々と広がっていて。

 

 その赤い海の中央に、彼女は鎮座していた。

 ふてくされたように、機嫌を損ねた子供のように、鋭い眼差しを空に向けている深海棲艦。無数の航空機に守られるように囲まれている彼女は、手元から赤い御札をさらに取り出し、艦隊を挑発するように手招きした。

 深い、とても深い憎悪を含ませて。

 

 

 

『博麗、見ユ』

 

 

 

 かくして、霊二号作戦における最初で最後の戦闘、幻想郷沖海戦が開始された。

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