青年は、ある時魔理沙に尋ねたことがある。
「霊夢に勝ったことがあるかだって? はんっ……人が気にしてることずけずけ言いやがって」
博麗霊夢と戦ったことがあるか、博麗霊夢に勝利したことがあるか。
幻想郷を外の世界から隔す博麗大結界。その結界を守るように建つ博麗神社に住む彼女は、自由気ままで喜怒哀楽が激しく、呑気でありながらも妖怪退治を好み、修行を嫌いながらもその強さは幻想郷一であると言われている。身体能力のみこそ人間の域から出ないものの、幸運と勘の鋭さを併せ持ち、弾幕の扱いも熟練かつ豊富。
「スペルカードルールの中でなら、これまで異変を起こした奴らも惜しいところまでは戦ってるんだよ。まあ、私含めて結局負けてんだけど」
彼女の能力は「空を飛ぶ程度の能力」。幻想郷では空を飛べる者も多いため、彼女の能力はただ飛ぶだけだと思われがちだがそうではない。
「仮にスペルカードルール抜きだとすれば、本気のアイツに勝てる存在なんて私はこの世には存在しないと思うぜ」
空を飛ぶとは、”あらゆる事物から宙に浮き、全ての理より解放される”能力。
弾幕や攻撃はおろか、触れることすら叶わない。何者にも干渉されることのない状態を作り出す彼女は、全ての事象を無意味とする。
「アイツに勝つために私も色々やってんだけどな。実を結んではいるけど勝てた試しはないんだぜ。ただの一度もな」
ため息をつく魔理沙。彼女も幻想郷においては頭一つ飛び出ている実力の持ち主で、霊夢とともに異変解決を行うこともある。
そんな彼女であっても――否。
そんな彼女だからこそ、認めざるを得ない。
博麗霊夢の実力は、博麗霊夢とそれ以外とで格が違う、と。
「ああ、ただアイツ」
しかし、そんな彼女だからこそ、わかることもある。ずっと身近に感じてきたからこそ、知っていることがある。
「表裏ない奴だから、嘘みたいに嘘に引っかかるぞ」
ニカッと、魔理沙はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
絹のように真っ白な肌に、白雲のように豊かな足元まで伸びるロングヘア。レオタードのようにぴっちりとしていながら立襟のある白い服に身を包み、ショートブーツを履きこなす。頭頂部には耳のように生える小さな角が二つあり、真紅の双眸は淀みなく暗闇に輝いていた。
大小備える砲台と、U字型に伸びる滑走路の装備に腰掛け、その傍らには太陰太極図を模した球体が左右に2つ。
彼女は、物言わず人差し指を艦隊に向ける。
――瞬間、上空に待機していた耳の生えた白く丸い戦闘機およそ100機が、螺旋状に艦隊へ向かってきた。
赤城をはじめ、艦隊は既に準備万端である。
「来ます! あの数なら問題ありません! 50機は艦隊直掩に!」
敵編隊に対し、艦隊は上空に待機させていた艦戦を差し向ける。その数、およそ200機。
「私たちが数の上で敵よりも多いなんて、そうそうない経験よね」
「でも、弾幕が変化するんだよね? 早々に今の敵機落とさないとジリ貧になるかも。撤退しようにも、状況落ち着けないと追撃されるだけだから気は抜けないよ」
蒼龍、飛龍が機体の操作に集中し、加賀も黙々と瞳を閉じて戦闘に集中する。薄暗い曇り空の中、赤い海を見下ろしながらの大規模航空戦が開始された。
「水上艦の数が多いです。近寄らせないことだけを考えて下さい!」
「了解ネ! 第3艦隊、対水上戦闘用意! 榛名、高雄、準備はいいですカ?」
「はい、お姉様!」
「お任せ下さい!」
偵察艦隊の先頭、金剛旗艦の第三艦隊は、赤城の指示により敵水上艦を抑えにかかった。元より大きな戦力差、倒し切ることは考えていないものの、第一、第二の機動部隊に近づけてさせないことは必要である。もし抜けてきた場合、最後は各駆逐隊が迎撃することになるだろう。
『敵水上艦確認。戦艦8、重巡14、軽巡18、駆逐38』
『撤退ハ赤城ノ判断二任セル。可能ナ限リ早期撤退ヲ』
『了解』
(水上艦78隻に加えて霊夢さんの陸上基地。いくら我々が強かろうと、まともに正面からやりあうことすら憚られますね。無論、私はそんな手はとりません)
艦戦を操作しつつ、赤城は全艦へ伝える。
「敵陸上基地を『飛行場姫』と呼称! 全艦、敵艦隊と少しずつ距離をとってください! 航空隊は間もなく接敵します!」
そして。
博麗霊夢との戦いの火蓋が、切って落とされた。
両艦隊間の空中で、戦闘機同士がもつれ合う。編隊による一撃離脱を試みる深海機に対し、偵察艦隊の機体は軽やかに回避して巴戦に持ち込む。
「くっ! やはりやりますね!」
機体性能は同等。練度は同等程度であるが、若干艦娘側に分があるだろうか。機体数にも差があるため、10分もあればほとんどを撃墜することも可能だろう。
「第一次攻撃隊発艦! 水上艦を優先して叩き、第3艦隊を支援します!」
自らの指示に、加賀、蒼龍、飛龍はまるでその指示が出ることが分かっていたかのように、間髪入れず攻撃隊を発艦させる。ため息が出るほど美しい練度は、世界が変わり長い時を経ても失われてなかった。
金剛率いる単縦陣を敷いた第3艦隊が、敵水上艦の接近を阻止するため艦隊前面に押し出している。その上空を往く艦攻隊は、二手に分かれたかと思うと敵戦艦に向けてさらにそれぞれ二手に分かれ、それぞれの編隊が敵艦を左右から挟み込むように魚雷を投下した。
挟撃され、逃げ場なく被雷する敵戦艦。敵戦艦8隻のうち4隻が一度の攻撃で瞬く間に撃沈した。護衛の重巡2隻も逸れた魚雷に被雷し、轟沈。深海艦隊の足並みは乱れている。
「流石の機動部隊デース! 私たちも負けていられまセン!」
第3艦隊は一度接近し、射程距離の長い金剛と榛名が攻撃可能になると、混乱の渦中にいる敵重巡を狙って砲撃した。初弾でありながら見事に命中させ、重巡2隻を沈める。
さらに第3艦隊は接近し、高雄、愛宕、摩耶、鳥海の射程にも入る。再度一斉砲撃を行い、敵戦艦1隻を沈めた。命中率の高さに赤城は目を見開いたが、今この場においては頼りになることこの上ない。
「あまり近づきすぎないように!」
「わかってるネー!」
距離を詰められすぎれば、敵水雷戦隊の魚雷の餌食になる。軽巡と駆逐合わせて56隻もいるのだから、距離を詰められることは大量の雷撃による地獄が待っていることは容易に想像ができる。
第二次攻撃隊を発艦させつつ、第一次攻撃隊を帰艦させる。併せて、敵味方の艦隊すべての動きを見極めて、艦載機によるドッグファイトも戦い抜く。己の能力を十二分以上に活用していることは間違いないのだが、それでも深海棲艦による猛攻をしのぎ切れないのだから、いかに一つ一つの場面で有利に立とうと戦局の不利さは変えられないらしい。
どうにか敵戦闘機のほとんどを撃墜し、被害を軽微に留めている味方航空隊。そのまま飛行場姫上空へ向かい、触接して攻撃機の誘導と敵戦闘機増大の抑制を行おうとしていたのだが――。
飛行場姫の傍らにある2つの陰陽玉から御札の弾幕が放たれたことにより、航空戦の状況が変わる。
陰陽玉から直線的に放たれる弾幕。対空射撃のように上空へ機銃掃射ばりに向けられたそれを航空隊は悠々と回避していたのだが、その弾幕は空中で軌道を変えて味方艦戦へと多段命中した。
「追尾型の弾幕……? 厄介ね」
加賀を見ると、歯噛みして弓を持つ手を握りしめていた。艦戦の回避を優先させ、少しでも被害を減らそうとするのだが、高速で放たれる弾幕のすべてを回避することはかなわず、味方航空隊が徐々に撃墜され始めていた。
そして――
空へ放たれた弾幕は宙で輝きを増し、白く丸い戦闘機に姿を変えたかと思えば味方航空隊を襲い始める。
その数、再び100機。
(攻撃隊は上がってこない? 手を抜かれているのか油断しているのか……なら)
「制空権の確保を継続します! 第二次攻撃隊は再度敵水上艦の攻撃を! 残る戦艦をすべて沈めます!」
飛行場姫上空へ向かっていた艦戦隊は移動をやめ、少し引き気味に敵戦闘隊との制空戦を再び始めた。味方艦戦は、艦隊上空の直掩機を合わせても残り210機。敵機と弾幕にずいぶん落とされてしまったが、まだ余力はある。
(今は何とか拮抗させられています。しかし、数の上で不利なのは間違いありません。今回で霊夢さんをどうこうしようとは考えていませんが、撤退もタイミングによっては追撃されて被害が拡大するだけ。余裕のあるうちに撤退したいですが……)
と、赤城がこの戦いの終わりを見据えた戦術の組み立てをしていると、制空戦に参加する蒼龍とふと目が合った。
思考をする間にも、戦局は動き続ける。
第二次攻撃隊により、残る敵戦艦のうち2隻と軽巡3隻を撃沈した。戦艦をすべて撃墜することはかなわなかったが、最も脅威となる戦艦をほとんど無効化できたのだから、第3艦隊にとっても動きやすくなるだろう。
第3艦隊の動きも衰えることはない。残る戦艦1隻の発砲に警戒しつつ、距離を確保しながら足の速い軽巡と駆逐を1隻ずつ仕留めていた。残る敵水上艦は、戦艦1、重巡10、軽巡12、駆逐34。戦力の限られた中でよく沈めたものだが、全て思い通りに事が運ぶはずもない。
「赤城さん、飛行場姫より攻撃隊離陸、数60! 第3艦隊狙い!」
「いよいよ来ましたか――直掩隊を第3艦隊へ! 金剛さん、水上艦隊から距離をとって対空戦闘を!」
飛龍の報告により、赤城は直掩隊の行動を即断。第3艦隊の動きを見れば、今しがた敵艦隊から距離を取ろうとしていたのだが、
「はううぅっ!」
残る1隻の敵戦艦の砲撃を被弾し、榛名が中破した。機関に損傷はないものの、砲塔を一部損傷したらしい。
これだけの部隊を相手に、むしろ今まで無傷でよく戦ったものである。榛名の中破を認識すると、赤城はこれまでと思い声高に叫ぶ。
「よし、この位でいいでしょう、撤退します! 威力偵察としては十分な戦闘ができました!」
「私も同じこと考えてた、了解!」
「賛成デース! 対空戦闘用意!」
蒼龍、金剛とも了承し、全艦娘は敵部隊に対して背を向ける。制空戦を行っていた艦戦隊は敵戦闘機を半分程度落としたのち、帰艦するため反転する。第3艦隊は輪形陣に移行し、飛来する敵攻撃隊に備えた。
そして、第3艦隊上空における航空戦。直掩機が敵攻撃隊を落としにかかるも、全てを迎撃しきることは困難であった。迎撃をすり抜けて攻撃態勢に入る敵機を落としにかかるが、それでも対空射撃網を突破する敵機がいる。
摩耶などは、対空戦闘の中心となって積極的に攻撃機、爆撃機を撃墜していたのだが、
「ちっ、ふっざけるなあ!」
故に、狙われてしまった。爆撃機の直撃を受け、摩耶は対空火器を損傷する。
第3艦隊と合流し、艦隊は全員が揃った。そのため、第3艦隊を狙っていた敵攻撃隊が第1、第2艦隊に肉薄するも、
「仲間を傷つけるのはダメです!」
「さあ、いくわよっ」
随伴の駆逐隊が、空母を守りきるために対空射撃を開始する。直掩の猛追を抜けてやってくる敵機はそう多くはないようで、攻撃態勢に入る寸前のところでどうにか撃墜できている。
敵攻撃隊をすべて倒し、艦隊上空の安全が確保された。通常なら安心して良さそうな場面だが、間違っても気を抜くことはしない。
「重巡及び全駆逐隊、敵水上艦方向広範囲に魚雷一斉射! 距離があって当たらないのは承知していますが、少しでも追撃の手を緩めます!」
赤城の指示に呼応し、対空戦闘からすぐに切り替えた魚雷装備組は、高雄の号令により一斉に魚雷を放出した。遠距離であるため魚雷が到達するはずもないが、速力のある敵駆逐艦の動きを封じることには成功したようである。
直掩隊、制空部隊を回収し、追撃を海空ともに完全にシャットアウトした偵察艦隊。艦戦の残りは190機と、制空戦力の4分の1が撃墜されてしまった。しかし、博麗霊夢を相手に警戒に警戒を重ねた上で慎重に戦闘をした結果としては、むしろ良く持ちこたえたともいえる。
ようやく、艦隊の雰囲気が一つの落ち着きを迎えた。
「赤城さん、すみません。私が被弾したから撤退を……」
「悪りぃ、私もだ……」
「いえ、どの道撤退を考えていたところでした。ある程度は戦えていましたが、霊夢さんもまだまだ手を隠し持っていたようでしたから決して有利に戦えていたとは言えません。想定以上に控えていた敵艦隊を相手に、我々は相当に善戦したと言えるでしょう」
「フフン、引き際が見事だったデス。比叡たちの艦隊もこちらに向かっているし、あとは帰るだけネ!」
「――いいえ」
金剛の一言に、赤城はかぶりを振って返す。不思議そうな顔をしている金剛だが、まだ一人戦闘を継続している者がいる。
「あれ、蒼龍……?」
「静かに。蒼龍さんには、あるお願いをしたんです」
「お願い?」
艦戦を帰艦させ、艤装のチェックをしている飛龍が、蒼龍が一人表情を張り詰めさせたままであることに疑問の声を上げた。
赤城が無言で遠目に見える飛行場姫を指さすと、艦隊は全員がそちらを見つめる。
「まだ、一手残しています」
妖精さんは、蒼龍を母艦とする艦爆隊の編隊長である。18機からなる爆撃隊を率いて灰色の雲中を進み、恐怖をこらえながらも操縦桿を握る手は柔らかく落ち着いている。
蒼龍より与えられた任務は単純明快。艦隊が撤退した直後、上空より急降下して気を抜いているであろう飛行場姫を叩けとのこと。
帰りの直掩機も雲中で待機している。あとは抱えている爆弾を落としてくるだけなのだから、簡単なこと。
簡単だが、それが難しい。
母艦より入電、攻撃命令が下った。現在地は丁度飛行場姫の真上である。
やってやるかと一つ息。バンクを振って後続に知らせると、編隊全機はその場で背面飛行に移行した。妖精さんは全機が背面状態になったのを確認すると、ためらいなく機首を起こす。
突如、雲間から飛び出た艦爆隊18機。真っ逆さま、ほとんど垂直に落下していくように降下する機体は、まだまだ加速していく。
全機が雲から姿を現したが、まだ飛行場姫は気づいていない。
ダイブブレーキを展開し、爆撃態勢を安定させにかかる。気圧が変化し、体に荷重が加わるその苦しみを妖精さんは苦とも思わず、ただ目の前に鎮座する陸上基地に一撃与えようと落ち着いた気持ちで操縦桿を微修正していく。
密集してダイブブレーキを展開する艦爆隊。流石にこれだけの数が急降下していればその風切り音に気づいたようで、飛行場姫はようやく上空を見上げた。艦隊を寄せ付けることすらしなかった飛行場姫が驚愕するその表情を見れただけでも、妖精さんは仕事をした気になったのだが、見たいのはそんなモノじゃない。
艦爆隊が求めるのは破壊。飛行場姫に一撃与え、今後戦う上での教訓を是が非でも勝ち取ろうという執念。
陰陽玉による対空射撃の弾幕が放たれる。何機かは捕まってしまったようだが、もう遅い。
妖精さんの機体が爆弾を投下したのに合わせて、他の艦爆も爆弾を投下する。投下した直後、艦爆隊は機首を起こして針路を変え、爆弾の行方を見守った。
落下していくごとに、対空射撃により落とされていく爆弾群。しかし、高高度から速度をつけて投下されたそれらを、察知するのが遅れたにもかかわらずすべて迎撃できるはずもなく。
妖精さんの落とした爆弾が、飛行場姫の艤装を直撃した。
爆炎を上げ、焦げた煙が立ち上る。
瞬間。
妖精さんは、目の前で起きた出来事に我が目を疑う。
確かに命中したはずの爆弾が、虹色の光によってかき消される。
爆炎も煙も、まるで存在していなかったかのように消し飛ばされる。
まるで夢を見ているのではないか。
そう、まるでこれは。
彼女の存在そのものがまさしくこの世から浮いているようであり。
霊符『夢想封印』
彼女こそが絶対で唯一無二の存在であるかのように、虹色の光が彼女に差した。
虹色の光弾が彼女の周りを高速で回転する。艦爆隊が投下した他の爆弾はその光弾によって存在を抹消され、姿を現した彼女は傷一つ負っていなかった。
ふと、白い顔に浮かぶ憎悪の視線と瞳が合う。
回転する虹色の光は、やがて一つ一つが陰陽玉から放たれた御札のように、離脱しようとする艦爆隊を追尾してその存在をかき消していき。
この空に、何も残ることはなかった。
被弾して意識が薄れゆく中、妖精さんは誓う。
次相見える時には、今度こそあの間抜け面に爆弾を叩き込んでやる、と。
動画の投稿と合わせて約7年。やっと姿を現してくれました。