新釈聖剣伝説 作:そんなバナナ
………………ただいまぁ。
「何でだろうな、この剣は手に馴染む……」
湖の乙女からマーリンが掠め取ってきた新たな武器、聖剣エクスカリバーを弄びながらアーサーは呟いた。
数日前に手に入れたばかりだというのにまるで自分の身体の一部の様に扱えるのだ。それに
「やあ、新しい剣はお気に召してくれたかな?」
「あぁ、最高だよ。これならどんな相手にでも負ける気がしない。ありがとうマーリン」
「それならば私も取りに行った甲斐があったというものだ。ところで最果ての槍は本当に要らないのかい?」
マーリンの言う最果ての槍というのはこのブリテンにおいて地平線に見える光り輝く塔、その影の事である。
「だってその槍は強力かもしれないけれどそれを抜いたら滅びが進むんだろう?だったら今抜くわけにはいかない。俺には
「確かにエクスカリバーは君が持つことによってより武器としての威力を増した形に変化した。けれども代わりに持ち主を護る鞘が効果を失った。正直かなり厳しい賭けになるよ?」
ーー厳しい賭け。しかし実際ヴォーティガーンに勝利するのはそんな言葉では足りないだろう。最早彼の卑王はブリテン島そのものと化している。星を護る聖剣が星の一部である島に対して十全の力を出せるとは到底思えない。ましてやアーサーはエクスカリバーを手にしてから一度も真名解放をしていない。つまり現時点では普通に解放してもどの程度の威力が出るのかも分からないのだ。
「そうかい……。明日はこのブリテンの命運をかけた決戦となる。キミがどのような結末を掴むのか楽しみにしていよう」
「大丈夫、きっと明後日からはこの空も晴れているさ。俺が絶対に未来を拓く」
◆ ◆ ◆
聖剣の担い手、ヴォーティガーンの居城を強襲。
その知らせを聞いて島中の諸侯たちは持てる兵を率いて大急ぎでヴォーティガーンの根城まで向かった。
選定の剣が台座の上から消失してから約一年。探せども探せども全く所在が掴めなかった剣の持ち主の情報がやっと明らかになったのだ。
ーーそこで諸侯たちが目にしたものは城を押し潰すほどの漆黒の巨竜。そしてその竜を飲み込む凄まじい光の奔流であった……
◆ ◆ ◆
「……意外とあっけなく潜入成功したね。流石花の魔術師マーリンっていう所かな」
「あぁ、こんな時にはあの非人間も役に立つっていうもんだ」
辺りが夜の闇に包まれている時を見計らってアーサーとケイは標的の元に潜り込むことに成功していた。ヴォーティガーンの居城、そこは堅牢な城塞都市である。もし真正面からの攻城戦となればさぞかし落とすのに兵を消耗したことだろう。
「でも良かったのかい俺について来て。アルちゃんやマーリンと一緒に待って居るっていう選択もあったのに。君まで死地に来る必要は無かったんだよ?」
ヴォーティガーンが居ると思われる玉座の間の扉の前でアーサーはケイに問う。重厚な扉のはずなのに容赦無く突き刺さる死の気配。それは明らかに強敵の存在を思わせるものであった。
「おいおい、王を守る騎士が外で待ってられるかよ。どうせお前の事だからマーリンの野郎には形勢が悪くなったらアルを連れて逃げるようにでも言ってるんだろう?安心しろ、俺だって男と心中する気はさらさらねぇよ」
「……それなら良いさ。行くぞケイ!」
「おう!」
アーサーは聖剣を、ケイは使い慣れた剣を。各々の武器を手に取った2人は玉座へ続く扉に手を掛けた……
ヴォーティガーンとの戦いは凄惨を極めた。
夜の闇よりも黒い暗黒のオーラを纏った甲冑の王はその身を巨大な魔竜に変え、二人に襲いかかった。
途中城に潜んでいた異民族の兵士が戦いの音を聞きつけて大量に現れたがそれもヴォーティガーンがアーサー目掛けて放った闇のブレスに巻き込まれて一瞬で塵と化した。
「まさかこれ程とは……」
魔竜と化したヴォーティガーンによって崩壊した玉座の間から弾き出されたアーサーは目の前の敵を見た。
決して卑王を軽く見ていたわけではない。
しかしながら、城さえも破壊する程の巨躯を持つ魔竜は幾度斬りつけようとも一切のダメージを受けたように見えず依然としてそこにあった。
共に立ち向かったはずのケイの姿はもはや無い。最初の一撃こそ何とか庇うことが出来たが城が崩れた時にはぐれてしまった。もしかしたらヴォーティガーンのブレスに巻き込まれたのかもしれない、瓦礫に潰されてしまったのかもしれない。崩れた城内に戻ってすぐにでも安否を確認しに行きたかったが自身を襲うヴォーティガーンの猛攻がそれを許さなかった。
選定の剣を抜いてからここに来るまでの間にアーサーは幾度も巨人や竜と戦い腕を磨いてきたがこれまで戦った何者よりも遥かにヴォーティガーンは強かった。
触れたものを一瞬で灰塵と化すブレスや多少の傷は忽ち癒す治癒力。なるほど、偉大な先王ウーサーが手をこまねいていた訳である。
先程から続く暴風のような攻撃により切り札である真名解放もする隙がなく少しづつだが確かに戦況は不利な状態に傾きつつあった。
◇ ◇ ◇
城からほどほどに離れた場所にてアルトリアとマーリンは巨大な闇の塊の中煌めく光をじっと見ていた。
「お願いですマーリン、アーサーさんの元に行かせてください!」
アルトリアはマーリンにそう懇願する。
そう、ここから見えるあの場所にてアーサーとケイは戦っているのだ。アルトリアには自分だけが安全な所に居ることを耐えるのは出来なかった。
「残念ながらそれは駄目だ。あそこは最早これまでとは一線を画した戦場だ。君にはまだ早い」
「それにもう私たちは彼等が潜入するための陽動という立派な任務をこなしたじゃあ無いか。後は彼等が勝つことを信じて此処で待っていよう」
マーリン達はアーサーとケイが城に入りこむ為の陽動をこなしながらこの場所にたどり着いたが、その真の目的はアーサーがヴォーティガーンに敗北した時、迅速にアルトリアを連れて逃げる為だ。これは事前にアーサーとも話し合って決めた事であり、アルトリアを無事に帰すことはアーサーの願いでもあった。
ざっくばらんに言えばなんだかんだ言って未だに大事な本命であるアルトリアを守りたいマーリンと大切なアルトリアを護りたいアーサーの思惑が見事に一致したのだ。勿論マーリンの事を信用しきっているアーサーはまさかマーリンが本当は自分の事を心の底の底ではアルトリアのスペアだと考えているとは思ってもいないのだが………。
結局どれほど懇願されようともマーリンがアルトリアの事をみすみす死地に送るようなことは絶対にありえない事なのだ。
「そもそも彼でさえあそこまで苦戦しているんだ。今の君が行ったところで一体何ができるというんだい?」
これは間違いなくマーリンの本心である。あの日、剣を抜いてからのたった1年で最早アーサーは間違いなくこのブリテンでも図抜けた存在となっていた。
おそらく単純な剣術なら精々ケイと同じ程度であろう。しかし、凡そ此の世の人として並外れた魔力を利用した爆発力、そしてどんな逆境の中でも決して折れない精神力が彼を数々の偉大な王を見てきたマーリンをもってして最強と言わせるものにしていた。
幾ら優れた才能の持ち主であろうともそれは本来絶対にありえないはずの事である。しかしアーサーという青年は選定の剣を引き抜き数々の苦難を乗り越え遂にそこまで辿り着いた。
だからこそマーリンは彼ならば成し遂げられるかも知れないという一縷の望みを掛けてアーサーの為にアルトリアに与えるはずであったエクスカリバーを取ってきたのだ。
「ーーー早すぎたんだ。ボクたちはまだ行動を起こすべきではなかった。せめて最果ての槍があればまた変わったのかも知れないけれどね……。こればかりはしょうがない、今出来ることは彼がせめてヴォーティガーンに少しでも傷を負わせられるように祈ることだよ」
顔をうつむかせたアルトリアをマーリンは見やる。
これでアルトリアは大人しくなるだろう。後は機を見て聖剣がヴォーティガーンの手に渡る前に回収し、この場から離脱すればいいだろう。おそらく今回の件によって聖剣の担い手を討ち取ったヴォーティガーンは更に勢力を増すだろう。しかし真の担い手はここに居る。これからは10年を費やす当初のプランに戻るだけであった。
「……分かりました。マーリンはそこで1人で祈っていてください。私はアーサーさんの元に向かいます。今までお世話になりました!」
それは一瞬の出来事であった。ほんの一瞬、マーリンがアルトリアからヴォーティガーン等のもとに目を向けたごく僅かの瞬間にアルトリアは駆け出していた。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ!キミはボクの話をちゃんと聞いていたのかい⁉︎」
マーリンは一目散に駆け抜けるアルトリアを懸命に追いかける。このまま行かせるわけにはいかない、何としてでも説得して引き戻さなければならなかった。
「老人の長話はもう聞き飽きました!私はまだアーサーさんに何も言えていない!伝えたい想いも言葉もこんなに沢山あるのに!このまま一生会えなくなってしまったら私は絶対に後悔します。この気持ちに嘘をつきたく無いんです!」
「あぁもうこの強情娘め!最近はワガママ娘にもなっているぞ!分かった!キミがそこまで言うのなら仕方がない、ボクも付き合おう!但し本当に危なくなったらその時はどんな手を使ってでもキミを連れて離脱するという事を忘れないでくれよ!」
◇ ◇ ◇
戦いを始めてから何時間が経ったのであろうか。
アーサーはヴォーティガーンの巨大な体をもう幾度も駆け上がり続けていた。
夜の闇に包まれていた空は段々と白み、身体は少しずつ悲鳴をあげ始める。
ヴォーティガーンはその体に細かな傷はもう数えきれぬほどに受けていたもののその命に届くようなダメージは一切なく、常に戦いの主導権を握りアーサーの身をおびやかし続けていた。
満身創痍な自身と比べ全く衰える様子のない敵の姿にアーサーの心はジリジリとした焦燥を募らせてゆく。
「ヴォーティガーン、あなたはそこまでの力を持ちながらどうして人々を虐げこの島を滅ぼそうとするのか!」
迫り来るヴォーティガーンの巨大な爪を弾き返したアーサーは声を張り上げる。異民族の侵略に苦しむ人々を、
ヴォーティガーンにその問が聞こえているのかは定かではないが、それに呼応するようにヴォーティガーンの攻撃はさらに激しさを増す。
「グッ……!」
ついに魔竜の爪がアーサーを捉える。
肉を抉る脇腹への一撃は戦況を終結させるのに申し分ないものであった。
「ここまでか…皆、すまない……」
膝を地に突いた自身に容赦なく襲い掛かるヴォーティガーンの姿にアーサーは覚悟を決める。
そして止めを刺さんと魔竜の顎がアーサーに迫りくるその瞬間……。
「――爆ぜろ、風王鉄槌!」
その掛け声と共にさく裂した暴風により魔竜は大きく仰け反る。
「なんとか間に合いましたね。ご無事ですか、アーサーさん!」
アーサー「脇腹汁ブシャー!」
待っていてくれた方、本当にありがとうございます。なんとか帰ってきました。
さーて、今日からがんばるぞい!