法国について活動報告にて記載しました。一度目を通していただければ、と思います。
ソレは何もない虚空から現れた。ドロリと揺れる黒い渦から生まれ出てきたソレは、会議室の円卓に降り立つ。
妙に長い四肢を格式高い服で身を包んでいるが、その顔は醜悪な仮面で隠されている。しかし背後から伸びる銀色の尻尾がその者が人類ではない事を如実に表していた。辛うじて分かるのは、男であるということだけ。
誰も彼もが動けない、息をすることすらままならないオーラを放っているのだ。言うなれば、この者こそ、この世界の絶対者なのではないだろうか。十三英雄により滅ぼされた魔人達、それらの伝えられている容姿とは全く違う。ただただ圧倒されるのは、それだけじゃない。何重にも施された法国を守る探知の魔法、それら全てを嘲笑うかのように現れたのだ。そして我々の顔を順繰りに見回すと、満足したように言葉を紡ぐ。
「ふむ、そのように立っているのは疲れるでしょう?『平伏したまえ』。」
その言葉が聞こえた瞬間、身体の自由が奪われてしまう。頭では抵抗しながら身体は地面にめり込むようにその『言葉』のとおりにしてしまう。この場にいる全員が、 抵抗することのできない圧力。脂汗が吹き出るような悪寒が襲い口の中に酸えたものが広がる。「コイツは、何なのだ」と。
「貴方達は全く持って、覗き見が好きで邪魔するのが好きなのだね。そして度し難いほどに愚かだね。もう本当に、どうしようもない。だから、だからね?私は君達、つまりこの国を消そうと思う。 」
今、なんと言ったか。この仮面の怪人は何を言った。我らの国を、消す?人類の盾である我々を?冗談ではない。この法国が消える?確かにこの怪人は恐ろしい。だが、それでもこの国は滅びない。滅びるわけがない。我々には神がついている。神人である彼が。真の人類の盾が存在するのだ。
「おや?その顔は、なんですか?まだ希望であるのですか?…あぁそうでした。貴方たちは、知らないのでしたね。今お見せしましょう。この国が、今どうなっているのかを。」
怪人は心底可笑しそうにコロコロと笑いながらその長い手を上げる。するとどうだ、空中に鏡のようなもの浮かび上がる、それに写し出されたのは。紛れもない、地獄だった。
*
「よ、よろしいので?このように…。その…。」
ナザリック内で一番豪華であり不可侵の部屋。それがここに付けられた名前だ。普段入るのはその日ごとのメイド達だけでありこの場にこの声が響くのは、本来ありえない。だが、今日は特別だ。本当に今日の自分は機嫌が良いのだ。
そんなリラックスしている空間。普段身につける仰々しいアカデミックガウンではなく、個人的に一番動きやすい着流しのような赤黒いローブを羽織り、大人数で座っても疲れることは無いであろうソファーに座っている。右隣には普段の仕草とはうってかわって、しおらしくなっているアルベド。そして、左隣にはガチガチになっているシャルティアがいる。
何故、普段は危険な彼女達をわざわざ呼んでこんな事をしているのかといえば、答えは単純なものだ。
「よい、これは家族のスキンシップだ。思えば長くお前達には苦労させている。その礼も兼ねているのだが…なに父親が娘と一緒に映画を見ているようなものだ。」
彼女の白磁のような顔にかかる黒髪をそっと撫でながら答える。その言葉に呆気に取られるアルベド。その胸中になにを思ったのか測ることはできないが、どうやら嬉しかったのだろう。顔を赤くし俯いている。
(やっべ!やっべ!!今日のアインズ様、超色気パネェ!!!!血が滾るうううう!!!…でもここで手を出したらいけないんだろうなー…頑張れ私っ!!)
何かにしきりにうなづいているのは、何かと戦っているのだろう。そう思えば彼女も成長したなぁと感慨深いものがある。普段から適度なスキンシップが無かったからあんな事をしてしまったのではないだろうか。聞く所によれば、親から触れられない子は得てして愛情表現が苦手なのだという。ならば、そういうことなのだろう。父親を好きになってしまった娘のようなものだ。こうやって日頃から触れ合えば、落ち着いていくのではないだろうか。
そうして、アルベドに向けていた顔をシャルティアに向ける。何故かガチガチに固まったその顔に苦笑と共に語り掛ける、そこまで硬くなることはないだろうと。しかし返ってきたのは拒絶の言葉。普段はもっとくっついてきても良いものなのだが、なんだろうか…反抗期か。
(ここは…ここは抑えるのよシャルティア!!この場にいながらこの感情を抑えこめなければ血の狂乱なんて抑える事はできないんだから!!…あぁでもでも!!!今日のアインズ様ちょー素敵!!何あれ!!溢れ出る色気!!あ、やばいこれはやばいよおおお!)
なにやら頭をフリフリ手をバタバタさせるシャルティアは面白いのだが、こうも拒絶されると悲しい。娘を持つ父親とは、いつもこの気持ちと戦っているのかと感心する。だが、これは自分の責任でもあるのだ、この二人とはこんな風に触れ合ったことがなかったのだから。アウラとマーレはその見た目から、本当の子供のようにできるのだが、アルベドは自分のせいでこうしてしまったという落ち度からくる後ろめたさから。シャルティアとは洗脳されていたとはいえ、この手にかけてしまったという罪悪感から。
そうやって無意識に、避けていたのかもしれない。
だが今日彼と囲んだ篝火で言われた「家族を愛しているのか」という言葉を迷いなく肯定した自分を思い出す。良い加減向き合ってやらねばならないのだろう。自分で言った言葉を嘘にしない為にも。
この家族を守るのだ、と。その家族達の親であり自分の最高の友人達の場所を守るのだと。
そうやって、なんとも落ち着いた雰囲気で談笑しているとデミウルゴスから準備が整ったという知らせを受ける。その報告に更に機嫌が良くし、あらかじめメイドに用意させた巨大なスクリーンをソファーの前に設置させる。これでポップコーンとコーラがあれば言うことはないが、この身体なのだ我慢しよう。
「さて、今回は我がナザリックきっての知将の勇姿を見ようではないか。」
背中をソファーに預けながら右腕をアルベドの肩に回す、散々練習しただけあって自然にできた。家族がどうやって触れ合っているのかというのは、自分には上手く想像できないが、こんなスキンシップが自然なのではないだろうかとも思う。部屋の灯りを弱めながら、デミウルゴスに与えた監視系アンデッドの映像が受信されるのを静かに待つ。
*
焼け焦げる人間の匂い、崩れ落ちた礼拝場に家屋に群がる悪魔達。その全てが調和し一枚の絵画のような美しさ。我らが
画面に広がる悪魔達の群れ、巻き起こる大虐殺。マーレよる広域魔法よる大規模破壊に、アウラとそ魔獣による包囲・分断・殲滅。そして、一番厄介な者達は
*
ありえない光景。信じられない現実。お互いにあまり交流はなかった、この国を守る為に集められた集団だ。一人一人がその強さと信仰心を胸に立ち上がった、私も「神人」として生まれ望まれたように振る舞い、そして戦った。ただの人よりも濃い戦いの記憶、それが存在意義だった。その為に自らを鍛え技を磨いた、だがそれが今、無残にも崩れていく。
まるで暴力の竜巻、突然やってきた見たこともない悪魔の群れ、外部から遮断された空間。何か意図したのかのように巻き起こる異常事態。法国軍の精鋭が不可解な消失をし、その対策を六色聖典の全員で練っていた時を狙ったかのような悪魔の襲来。法国はドラゴンの尾を踏んだのだろうか、そんな事が頭を過ぎる。地面に伏している身体を槍で支えて起き上げる、その足元に広がる血溜まりに肉片。顔を上げれば、傷だらけの上半身に纏った岩のような筋肉の大男が膝から崩れ落ちた、宙を舞う彼の首。決してそんな死に方をしていい人では無い。見渡せば周囲にも同じような死体が何体も何体もある、その中心にいるのはその元凶だ。ボロ布を頭に巻き、両手に持つギロチンの如き斧は血を滴らせている。まだ一度も抜刀していないものの、凶悪な大鉈を背負っている。人間ではない、だが悪魔でもない、分かったのは彼が死体であるという事だけ、その情報を看破した者は既に死体になっている。もう六色聖典で生き残っているのは自分だけ。いや、あの番外席次、彼女なら、この異常から脱出しているのではないだろうか。彼女の冷たい目を思い出して、幾分か気分が晴れる。口についた血を拭い、化物に向き直る。返り血を大量に浴びたその姿は影のように黒い、だがヤツとて無傷でないのだ、いたるところについた大小様々な無数の傷。それらが仲間達が生きていた時の証。かなり消耗しているはずだ、今なら勝機はある。
強く槍を握り込み踏み出し突く、ダラリと垂れた腕をそのままに半身になって回避される。しかし、止めるわけにはいかない。2度3度と繰り返し突き続け、コンパクトな攻撃を連続させる。そうして出来上がる隙に薙ぎ払いを合わせる、さすがの化物も堪らずに斧で受けた。ガードの空いたヤツの空いた腹に渾身の蹴りを入れ吹き飛ばす。相手は満身創痍なのか倒れてから、なかなか起き上がれない。フラつく脚元に肩で息を吐き出す姿、ここが攻めどきだと覚悟を決め、浅く息を吐き出し全力の踏み込み、伸ばした腕の槍は絶対の一撃。
ー刹那。ヤツの胸から巨大な刃が生える。あんな恐ろしい存在の背後を気付かれる事なく取れる存在は一人しか知らない。
彼女にしては珍しい憤怒を湛えた番外席次が、そこにいた。
*
何度斧を振っただろうか、言われた通り手当たりしだいに切り殺した。
男も女も子供も老人も、この手で動かないモノにした。
柔らかい感触、硬い感覚、鈍い感覚。
その中の幾人かが抵抗する、だがそのほとんどが、幾日か前に手にかけた彼らと同じ程度。
しかし、そんな中から手応えのある者達の相手を依頼される。
確かに手強かった。大人数の相手をするのだ、いくら慣れているとはいえ多少手こずった。
だが、そこまでだ。頭の中の靄は晴れない。微睡みのような倦怠感が抜けない。まだ一人残ってはいるが、それほどの強さでも無い。
左手の黒い穴が疼く、何かを啜る音がする。
その瞬間に襲いかかってきたのは、大量の記憶の津波だった。
笑い顔。泣いている顔。なにやら楽しく喋っている顔。怖がっている顔。怒っている顔。そして、死ぬ瞬間の顔。
そんな顔の群れの中に広がるそれぞれの記憶が、頭を駆け回り身体に染み込んでいく。
あぁ…これは、魂の記憶か。
どれもこれもが暗い魂ばかりだ。
いつの間にか倒れている事に気付く。
どうやら吹き飛ばされたのだろう、脚元がおぼつかない。
視界が何度も変化する。
軽い衝撃が背中を襲う。
胸に突き刺さる刃に反射した自分の顔が見える。
そういえば、最期の顔は、全部コレだった。
あぁ、火が見える。刃に映る瞳の奥の奥、真っ黒な穴の先に見える小さな火。
その火がどんどん大きくなっていく。
まるで俺の身体全てを、黒く焼き尽くすように。
*
「助かったよ、それに脱出したのかと思ってたよ。」
軽く笑いながら挨拶するも一瞥されただけだった。皮肉の一つも返ってくるかと思ったが、肩透かしをされた気分だ。だがそれよりも、死体になった者達を集めなければ。身体さえあれば生き返らせることができる。その作業を始めようとした時、それを制する声が隣からする。
見開いた左右違う色の目に映るのは、冷たいもの。だがそれ以上にこの異常を警戒しているようにも見える。
「分からないか?こいつらの身体の魂は、もう存在しない。周りで死んでるヤツら含めて全て。いけ好かない神官の奴と同じだ、魂がない。だから、もう生き返らせられない。」
何を言ってるか分からなかった。魂がない?生き返らせられない?馬鹿な。そんなこと、できるはずがない。しかし、こちら睨む番外席次の彼女はそんな冗談を言うような事はしない。閉じられた空間、だからこんな事が起こるだろうか。ならば解決すれば、失われた魂も戻ってくるのではないだろうか。そうして異常の原因を探そうと駆け出そうとした瞬間。
背後から火の粉が頬撫でる。後ろには火の元なんて、なかったはずだ。だが薪が燃え爆ぜた音がする。そうだ、そっちにはさっき倒した
「何だ…アレは…何なんだ!!お前には一体、
叫ぶ番外席次、最強の彼女の引きつった声が響く。その視線の先、先程の化物の方をみれば。
ー死体が、立ち上がっていた。
全身から燻るように火が立ち上る、今にも消え入りそうな火が。突き刺された胸の傷は、いまや丸い穴となり、そこは夜よりも暗い奈落が広がっているように見える。
全身に悪寒が走る。近くことすら身体が拒んでいる。まるで
ボロ布に覆われた顔から、右の目だけが覗く。そこには、火のように赤い瞳がこちらを向いていた。