足音の連続があった。
槍、剣、弓、様々な武器が散乱したその場で、ガチャガチャと金属のすり合う音を響かせながら、幾人もの鎧甲冑の騎士達が闊歩していた。
「状況は?」
その鎧甲冑の一人。中でも一際細身なそれの中から、女性の声が放たれた。
鈴の鳴るような――という可愛げのある声ではない。戦場で怒声の中に埋もれないようにと張り上げられ続け、それによって鍛えられた刀のように鋭く重みのある声だった。
「クリアーです。オークの集団なら全滅したようですよ、我らが麗しのプリンセス」
「副隊長。ジョークのセンスも悪すぎれば身を滅ぼすぞ。雌獅子の機嫌を損ねて
プリンセス、そう呼ばれた鎧甲冑がそう言うと、副隊長と呼ばれた鎧甲冑はガチャリと音を立てて肩を竦めた。そして、年月を感じさせる嗄れた声でこう続ける。
「失礼いたしました。我らが隊長イザヴェラ=オブ=ウェストリニタニア様に凄まれては私もお手上げだ」
「よろしい。悪いがトーマス、この場の後始末を頼む。私は村の様子を見なくてはならないのでな」
「了解です、殿下。広告塔の役目も大変ですな、アナタは生粋の騎士だというのに」
「ふふ、生粋の騎士であるトーマス=オブ=ブラックベリーにそう評されるだけで、十分すぎる報酬は受けとっているよ」
歴戦の騎士達は互いに軽口を叩きながら、互いに互いの持ち場へと移っていく。
細身の鎧甲冑が村に行くと、そこはまさしく戦場跡だった。
道端には家財道具や血が散乱し、家の一部に至っては壁ごと破壊されている始末。さらには道端には、けが人と思しき村人が未だに茫然自失といった体で蹲っていた。
「ああ! ああ! 王女殿下! オークが! あの忌々しい豚面の野蛮種族が!」
そんな風景を見て甲冑の下で歯を食いしばっていた鎧甲冑の眼前に、一人の女性が現れた。言うまでもなく、彼女も今回のオーク襲撃の被害を受けた女性だった。
「落ち着け。落ち着くんだ。もう大丈夫。危険は全て排除した。君達を襲った悪夢は過ぎ去ったんだ」
言いながら、鎧甲冑は目の前の女性を安心させるため、兜を脱いでその顔を露わにする。
美貌が、そこにあった。
切れ長の蒼い瞳。金色の長髪を一本にまとめたその姿は、まるで聖剣のように飾り気なく、しかし質実剛健といった確かな機能美を感じさせる美しさを見るものに抱かせる。
飾るだけでも確かに美しい。しかし、その美しさは実際に振るわれる中でこそ最も輝く――そんな憧憬を感じさせる美貌だった。
「だからもう、心配はいらない」
「あ、ああ……ああ……」
「もう大丈夫なんだ」
「お、夫と、夫と息子が! 私と娘を庇って! 夫と息子は無事なんですか!?」
「言ったはずだ。心配はいらないと」
美貌の女騎士は、まるで世界を支える柱のような安心感を伴って頷いてみせる。
「教会から僧侶が派遣されている。ご主人と息子さんの怪我もすぐに治る。君達の生活が壊されることは――ウェストリニタニア王家に誓って、もうありえない」
「ああ……! ありがとうございます! ありがとうございます!! ウェストリニタニア王国万歳!! 王立騎士団万歳!!」
感極まって泣き叫ぶ女性を近くにいた騎士に任せると、女騎士はさらに村を進んでいく。ほどなくして、同じように村を進んできたらしい一人の騎士が、彼女の前に現れた。兜を脱いだその騎士は、吊り上がったような細い目をさらに細め、目の前の美女の姿を認めると、大仰な動作で礼をしてみせる。
「これはこれはイザヴェラ=オブ=ウェストリニタニア様。此度は同じ戦場で剣を振るうことができ光栄の至りにございます」
「……やめろ騎士ジェイクス、私はもはやただの騎士だ。宮廷の礼節など忘れたよ」
「失礼」
いっそ慇懃無礼とも言える態度に、女騎士は憮然とした態度で目の前の騎士に続きを促してみせる。
「おお恐ろしい。そのような眼差しで射貫かれては、美女に見つめられる喜びよりも先に命の危険を感じざるを得ませんな。オークどももこの眼光に射貫かれたとあっては流石に同情し、」
「本題を言え、ジェイクス=マックール。私の性格はお前も重々承知しているはずだぞ?」
苛立たしげに放たれた一言で、ジェイクスと呼ばれた騎士の言葉は一刀両断された。出鼻をくじかれたジェイクスはたじろぎつつも、真面目な報告を開始する。
「……失礼をば。村の被害状況の確認は完了しました。
「……金品? またか。オークは人間の村を襲っては食料や女を奪っていく習性を持っているが、貨幣経済は持たない。ヤツらの経済は物々交換から数百年の間進歩していなかったはずだが」
「おそらく、火事場泥棒というヤツでしょう。どさくさに紛れて村人が盗みを働いたものと思われます。疑心暗鬼の誘発を阻止するため、このことは内密にしておくよう指示しておきましたが」
「……、……ああ。それでいい。ご苦労だったな」
「いえいえ」
そう言うと、ジェイクスはそのまま村を歩いて行く。
美貌の女騎士の碧眼は、そんな男の後ろ姿をじっと見つめていた。あるいは、その瞳に疑いの色を湛えて。
とある世界のとある時代に、類い希な美貌、知性、そして才能を持ちながら、外国への輿入れを拒み、騎士としての一生を選んだ女がいた。
ウェストリニタニア王国、第一王女イザヴェラ=オブ=ウェストリニタニア。
彼女の人生は苦難と屈辱に満ち溢れていた。
この物語は、そんな姫騎士の生涯の、ほんの一ページに過ぎない。
「残念だ、ジェイクス」
沈痛な声が、騎士達の寄り合い所に重くのしかかった。
声の主――イザヴェラの目の前には、顔色をなくして冷や汗を掻いている一人の騎士がいた。
ジェイクス=マックール。
先ほどまでオーク討伐に参加していた王立騎士団の一員だったが――もはや彼は、同僚の騎士に剣を突きつけられる存在に成り下がっていた。
「で、殿下、これは、」
「証拠は既に出揃っているんだ。……トーマス」
切り捨てるようにイザヴェラが言い放つと、横で控えていた老年の騎士が一枚の書類をジェイクスに突きつける。
「貴様が
「な……」
「言い逃れはできんぞジェイクス。諦めろ」
あくまで、イザヴェラは冷たくジェイクスのことを見ていた。そして、溜息を吐くように続ける。
「……残念だ。口のしまりが緩いヤツとは思っていたが、お前の実力は騎士達の中でも特に評価していたというのに。このトーマスの後にはお前のことを据えようかと思うほどにな。欲に飲まれるなど……」
「……は、はは!」
不意に。
まるで緊張の糸が切れてしまったみたいに、不意にジェイクスの口から笑いがこぼれた。
フラットな表情を浮かべたジェイクスの口からは、馬脚を露すという言葉がこれ以上なく当てはまるほどに醜い真実が飛び出てくる。
「もう、終わりか! クソ、火事場泥棒なんかどこでもよくあることだろうが! お堅い騎士道精神なんか振りかざしやがって!」
「…………」
「なんだその目は! ああ!? その目で俺を見るんじゃねぇ、このクソ女!!」
哀しげに自らを見つめるイザヴェラに、追い詰められたジェイクスはついに激昂した。剣を振り上げたと同時、周囲の騎士達が一気に殺気立つが…………鎧すら身に纏っていないイザヴェラは、静かにそれを手で制すと、一歩踏み出す。
「ハハハハ! 死ぬならお前も一緒だ! 道連れにしてやるイザヴェラぁ!!」
「…………いいや、誰も死にはしないさ。この場ではな、ジェイクス」
剣閃。
怒りに瞳を濁らせているとはいえ、王立騎士団の中でも将来に期待を向けられていた騎士のそれはやはり鋭かった。勢いよく振られた剣は、イザヴェラに抜剣する暇すら与えない。
だからイザヴェラは、剣を抜くこともなかった。
「ガッ!?」
「剣は騎士の誇りだ。だが騎士の武器は剣だけではない」
掌底。身をひねるだけでジェイクスの剣を躱し、たった一歩で間合いを詰めたイザヴェラは、そのままジェイクスの顎に手のひらによる一撃を叩き込んでいた。
突然の衝撃に、トーマスの意識に一瞬の空白が生まれる。
とはいえもちろん、大の男がそれだけで気絶するわけがない。だから、イザヴェラも止まらなかった。
ボディに、さらなる一撃。
ドォン!! と、まるで雷が落ちたかのような轟音が響き渡った。
それが、決着の号砲となった。
たったの一撃で内臓の位置を歪められたジェイクスは無様に白目を剝き、その場に崩れ落ちる。イザヴェラはそれを肩で支えると、溜息を吐いてこう吐き捨てた。
「これが『本物の騎士』の力だ。だからこそ我々は誇り高くあらねばならないんだよ。…………誰か、この罪人を牢屋へ」
「了解、殿下。…………しかしアナタの力を基準にされては、王国に『本物の騎士』はアナタ以外いないことになってしまいますよ」
「いやはや、殿下。お疲れ様にございます。まさか辺境の村のオーク討伐の後に汚職騎士の拿捕までやってのけるとは」
ジェイクスの引き渡しが終わった後、イザヴェラは騎士甲冑から黒い軍服に着替え、彼女の直属の上司である騎士大臣アラン=オブ=アークディールの執務室を訪れていた。
高級そうな執務机に向かって、年代物の葉巻を燻らせた中年男性は、脂肪のせいか普通以上に張りのある柔和そうな笑みをイザヴェラに向けて言う。
「流石はウェストリニタニアが誇る一輪の花……いや、一振りの聖剣、ですな」
「やめてください、アークディール大臣。身内の恥を晒しただけです。こんなことは褒められるようなことじゃあない」
「ただ拿捕しただけではそうでしょうが、殿下の場合は金品の回収までやってくださった。名誉を高めることこそあれど、その名が貶められることはないでしょう」
「……ありがとうございます大臣。心遣い痛み入ります」
イザヴェラとしては、名誉にはあまり執着していない。それは執着した瞬間に失われるものだと理解しているからだ。しかし悪意のない目の前の中年男性の言葉に言い返すのも憚られたため、この場はそのずれた励ましを受け入れることにした。
「しかし……このところオークの被害が多すぎます」
それから、イザヴェラは今回の本題とも言える話を口にする。
「今週に入ってからこれで四件目。ほぼ毎日出払っている状態です。何か原因があるのであれば、異常を取り除かない限り遠からず我々も疲弊してしまいます。対策を練らねば……民の不満も積み重なる一方ですよ。今は教会と連携しておりますが……先日は僧侶からも作戦中に行方不明者が一人出たとか」
「それは我々『王宮議会』も重々承知しております」
アークディール大臣はそれに対し、はっきりと応答する。
「実は――これはまだ調査段階なのですが、どうも一連のオーク騒動、オークの群れの中のパワーバランスの変化が関係しているようなのです」
「…………パワーバランス?」
「ええ。『キングオーク』、この名前に聞き覚えは?」
葉巻を軽く振って、アークディール大臣はイザヴェラにそう問いかける。紫煙が尾を引くように漂い、イザヴェラは思わず眉を顰めた。
「…………聞いたことは。オーク種に稀に誕生する突然変異。キングオークが成体になると、群れはその個体を中心として再編成される……でしたか」
「その通り。流石に博識ですな。私ですら対策委員会で魔獣学の博士に教えてもらうまで知らない情報だったというのに」
「これでも一応、幼少の頃は教養を深める暇もあったもので」
肩を竦めるイザヴェラの表情はしかし、深刻そうな色を伴っていた。
「…………キングオークによる群れの再編成が行われているとすれば、状況は一刻を争いますね。ここ最近の散発的な襲撃はおそらくキングオークによる群れの雄の締め付けから、弱い個体が逃げ出したものでしょう。そして再編成が完了すれば……」
「ええ。おそらくより強固な群れとなって、討伐するのにいくつもの騎士団や冒険者を消耗することになりますな」
それが、キングオークがキングオークと呼ばれる所以だ。
キングオークは単純な膂力において他の個体を上回る。さらに知能についても、他の個体より高く過去には人語を理解したという記録まで残っているほどだ。それゆえ、人外の膂力を誇る化け物が、人間ほどでないにしても統率された組織となると、それだけで重大な脅威になる。
「二〇〇年前には騎士団が丸々壊滅させられ、その時の消耗が元で滅亡した国もあったそうですからな……」
「なんとしても此処で食い止めなくてはならない。そうですね、大臣」
「しかし、まだ調査段階で……、」
「構いません」
この期に及んで言葉を濁すアークディール大臣に、イザヴェラははっきりと言い切った。
「巣の場所は分かっていますね? キングオークがいるという仮定に基づいて討伐の計画を練ります」
「しかし……」
「裏づけを待っていては、その間に再編が完了してしまうかもしれない」
「……、」
気迫に呑まれて二の句を告げずにいる彼を前に、彼女はさらに続ける。
「お願いします。出来る限り早く、出撃許可を。この問題は、王国の存亡に関わります」
彼女がここまで強硬に出撃を推すのは、何も過去の事件だけが原因ではない。
確かに、キングオークの群れが原因で国が滅んだという事実は存在する。しかしそこには不作や周辺諸国の情勢悪化など、様々な要因が絡んでいる。だから一概にキングオークの群れの再編が完了するのが最悪の事態の引き金になりえるわけではない。
だが――現時点で既に、事態は深刻なのだ。
オークは作物や家畜のほかに、人間の女性を奪う。
オークは人間と同じように発情期が存在しない。つまり常に性交を行う――が、それでは群れが再現なく増え、食料の確保が難しくなる。オークに必要な食糧は人間よりも遥かに多いので、食料目的で人間の村を襲うことは本来あまりないことなのだ。
だが、女性に関しては別である。技術や文化が発達していないオークに避妊技術は存在しない。だから彼らは――自分たちと比較的似た体のつくりをしている人間の女性を
即ち、彼らにとって人間の女性とは、体のいい自慰の道具のようなものというわけだ。
もしも彼らが、キングオークを中心として再編成されれば。
当然群れの規模は大きくなり、その分オークの成体の数も増えるだろう。その分、性欲の解消のために浚われる女性の数も増えることになる。
実際、既に地方で活躍していた名のある女性冒険者が餌食となり、彼女たちと親交のある男性冒険者の行方もまたつゆ知れないでいる。既に被害は教会の僧侶にまで及んでいるのだ。
現時点ですら、これ。今のうちに食い止めなければならないというイザヴェラの危機感も頷けるものだろう。
「……了解しました、殿下。三日……いえ、二日以内には出撃できるように致しましょう」
「感謝します」
大臣がそう言うと、イザヴェラはようやく殺気にも似た必死さを引っ込めた。本物の戦士の圧力から解放された大臣の額からは、どっと大粒の汗が流れてくる。
「まったく……必死なのはよく分かりますが、少しくらい手加減してほしいものですな」
「…………申し開きのしようもありませんね」
申し訳なさそうに眉をひそめると、イザヴェラは大臣に一礼する。
必要な言質はとった。
彼女はもはや王族ではなく、ただの騎士。
であれば、すべきことは決まっている。
「…………行ったか。ふん、相変わらず何を考えているのか分からない女よ」
一人だけとなった執務室。
大臣――アラン=オブ=アークディールは、イザヴェラが去って行った執務室の扉を見て忌々し気に吐き捨てる。その表情は、先ほどまでのイザヴェラに媚び諂う醜さとは別の人間の醜い側面を表しているようですらあった。
「まぁいい。それも、これで終わりだ。……くく、
男の口から出てくるのは、一つの陰謀の暴露。
しかし、この場にそのおぞましいセリフを耳にできるものは、誰一人としていなかった。
脂肪にまみれた肉を脂ぎった欲望の形に歪め、アークディール大臣は独りほくそ笑みながら嘯いた。
「どのみち、いつかの時点であの堅物女には消えてもらう予定だったんだ。さぁブタども……それと
汚職事件という組織を揺るがす大事件があった後でも、王立騎士団はプロの集まりだった。
実に一日がかりで出撃に必要なすべての用意を済ませると、彼らは即座に体力を蓄えることに専念しだす。そうして一昼夜――彼らが精神的肉体的にその刃とも呼ぶべき戦闘力を研ぎ澄ませ、そうしているうちに待ちに待った出撃許可が出た。
慢心はない。
相手はオークとはいえ、突然変異種のキングオークを頂点とした未知なる群れ。あらゆる可能性を想定し、騎士団の他に比較的懇意にしている冒険者のパーティすらも取り込んだ大規模な討伐隊を結成して事に挑んだ。
その先頭に立ちながら、万全の準備を整えたイザヴェラは思う。
(……………………何か、風向きが悪いな)
それは、殆ど予知にも近い直感だった。
万全なはずなのに、何か据わりが悪い。そんな感覚は、以前にもあった。
(あれは、確か敵国の待ち伏せを受けたときだったか。……あの時も地獄の戦場だった。今回も、気を付けておくことに越したことはないか)
そう思いながら、イザヴェラは人知れず、ただでさえ引き締められた気をさらに引き締める。そして――――
「……! ありました! オークの集落です!」
前方の遠見を担当していた冒険者からの連絡。
イザヴェラは即座に判断を下す。
「私が先陣を切る! お前達は統率の乱れた個体から狩っていけ!」
「イエスマム!!」
そして、討伐が始まった。
イザヴェラが向かっていくと同時、後方の冒険者達のうち魔法適正のあるものが次々に魔法を発動していく。
光の尾を引いて放たれる魔力の炎は、オークの住居を食い破り、文字通り中からオークを炙り出す。
イザヴェラは、死の風となった。
目にも留まらぬ速さで駆け巡った彼女とすれ違ったオークは、皆抵抗する間もなく倒れ伏す。倒れてから、思い出したように首から血を溢れさせるのだ。
オークの骨は、剣も通さないほど固い。だからこそ、イザヴェラは瞬時にオークの急所を見抜いて攻撃をしていた。
「グゥォオオオオ!!」
「ヒッ! だ、誰かたすっ」
勿論、オークの方も一筋縄ではいかない。冒険者の一人を複数匹で追い詰めるが、それをイザヴェラが目に留めた。
「……!」
瞬時。
決断したイザヴェラは、腰に備え付けていたコンバットナイフを投擲する。圧倒的精度で投擲されたナイフは、回転しながら冒険者を追い詰めていたオーク達の喉笛を正確に切り裂いていく。
「今だ! 切り開け!」
「っ! はい!」
檄を飛ばされた冒険者はすぐさま剣を振るってオーク達にトドメを刺し、包囲網から抜けた。
「殿下! ありがとうございます!」
「なに気にするな、報酬は年代物のワインで良いぞ!」
「ははは! これは手厳しい!」
それを見届けたイザヴェラは軽く声をかけてコンバットナイフを回収し、さらに集落の奥へと歩を進めていく。
「…………ここか」
キングオークの住居はすぐに分かった。
他の住居がわらを積み重ねて作った洞穴のような様相を呈している中で、キングオークの住居は石造りになっているのだ。権威付けというよりは、まず最初に防備を固めた結果それが権威の象徴になってしまった――そんな様子だった。
イザヴェラは目を瞑って周囲の様子を探ると、
「…………流石に中にこもる愚は犯さない、か!!」
唐突にその場で剣を振るう。直後に甲高い金属音が響き、イザヴェラの身体が数メートルも吹っ飛んだ。
土煙をあげながら両の脚で着地したイザヴェラの視線の先には――本物の『怪物』がいた。
「今ノヲ防グカ」
オーク特有の褐色の体躯。
さらに『そいつ』の身体には、突然変異体の証明たる黒い模様が幾条にも走っていた。その手にはオーク専用に誂えたのあろうか、長さ二メートルにも及ぶ大剣が握られていた。
「…………言葉を解する。どうやらお前がキングオークのようだな」
「フ、罠ニカカッタ哀レナ蠅ガ随分ナ口ヲ叩ク」
「…………、」
「正直ナトコロヲ言ワセテモラエバ、オ前ノヨウナ戦士トハ本気デ死合イタカッタノダガ」
「……何を言っている」
低く唸るような声でイザヴェラが言った、次の瞬間。
「―――――なんて言うとでも思っていたのか?」
イザヴェラの腕が、
彼女の手にあったはずの剣が消えたかと思うと、次の瞬間キングオークの腹に大剣が突き立つ。
「グゥオオオオオオ……!?」
思わず片膝をつくキングオークに、イザヴェラは落ち着き払って言い返す。
「嫌な予感があった。本来、騎士団の仕事には冒険者など引き込まないのだよ。彼らとは仕事の流儀が違うからな。だが、そうせざるを得ない盤面が整えられていた。私が万全の用意を整えても不慮の事故が起きかねないセッティングが。……プロが、そんな状況で無邪気に周りを信じているとでも思ったのか?」
皮肉にもそれが、襲撃の口火を切った。
四方八方から、イザヴェラ目がけ魔法の炎が放たれる。
しかし一瞬前にキングオークに隙を生み出していたイザヴェラは転がるようにそれを回避し、物陰に潜り込む。ドガガガガガ!! と破壊の嵐が吹き荒れた。
遮蔽物を背にしたイザヴェラは、そこで一息つく。しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。おそらく、討伐隊のうち冒険者たちに裏切り者が紛れ込んでいたのだろう。そうなるとイザヴェラは多勢に無勢。このまま物陰に隠れていても回り込まれるに違いない。
剣は既にキングオークの隙を生み出すために手放してしまった。今彼女の手にあるのは非常用の短剣が二本きり。常識的に考えて、ここから反撃の芽などあるわけがない。
「ハッハッハァ! 無様だなァ殿下ぁ! 味方に追い詰められる気分はどんなだァ、ああ!?」
「……ジェイクス!?」
物陰からなのでよく見えないが、声色は完璧に裏切りの騎士ジェイクスのそれだ。
どういう事情かは不明だが、何かしらの方法で脱獄したのだろう。
事ここに至って、イザヴェラはようやく事態の全貌を掴みかけていた。
(ジェイクスは確かに牢屋に放り込んだ。……それがここにいるということは……。……騎士団の権限に深くかかわっている重鎮がこの件に噛んでいる……だと……? まさか……)
思索を進めるイザヴェラだが、攻撃の手は依然やまない。
どうするか――そう思い、イザヴェラは周囲に視線を巡らせる。
しかし、そこにあるのは藁で作られた粗末な住居ばかり。オークに調理という文化はないのか、火に対する防備など全くないようだった。そのせいか、いくつかの住居には火が燃え移ってしまっている有様だ。
つまり、それは遮蔽物にすらならないということに他ならない。
他にあるものと言えば――、
「……ん?」
そこでイザヴェラは思い出す。
先ほどキングオークは、
それはつまり、オークが剣を所持していた、ということ。それも、オーク用のものを、だ。
「…………罠、か」
だとするならば、それはキングオークの剣だけの特殊事例だと考えるべきだろうか? 答えは否だ。むしろ、人間側がオークに武力を供与している可能性を積極的に考えるべきだろう。
「………………使えるな」
考えてみれば、必然だった。
キングオークは、イザヴェラがどこへ向かおうとしていた時に横やりを入れてきた?
他に襲撃をかけるべきタイミングなどいくらでもあったはずだ。
にもかかわらずあのタイミングで襲撃をかけてきたのは、彼の安全意識において『あれ』が絶対に看過できない事態だったからに違いない。
そう。
「…………やるか」
他の騎士団の安否は心配だが、今はとにかくイザヴェラ一人でやれるところまでやるしかない。彼女が盤面をかき乱すことが、騎士団の安全を確保することにもつながるはずだ。
決断したイザヴェラは、物陰から射線を確保されないように身を低くして藁の住居に向かって走り出す。
「っ!!」
その途中、回り込もうとしていた敵兵――もはや彼女にとっては冒険者ではなくそう認識されていた――と出くわしたので、悲鳴をあげられる前に喉笛をコンバットナイフで突き破る。
迅速に始末を終えた彼女は生贄を肩に担ぐと、住居から藁をいくつも毟ると、今しがた殺した敵兵の全身に血を塗りたくり、藁を幾重にも張り付けていく。仕上げに藁を一抱えも回収すると、今一度敵兵の死体を抱えてきた道を戻っていく。
射線にかからないように移動したこともあって、敵兵はいまだに物陰の向こうでにらみ合いを続けているつもりらしい。
それもしょうがないだろう。相手はキングオークと一対一を演じて、いともたやすく手傷を負わせてみせた戦士だ。ある種、キングオークよりも化け物だと思うものがいたっておかしくない。今頃、敵兵の緊張は限界を突破していることだろう。
イザヴェラはまず、手に持った藁を物陰からぶちまける。
それだけで、限界を超えていた敵兵は過剰反応を行ってしまう。魔法の炎が、それが何か認識する前に放たれたのだ。
結果として、空中にばらまかれた藁は魔法の炎を浴びて、空中で炎のカーテンと化す。
それを見て、イザヴェラは藁まみれの敵兵の死体を抱えながら、物陰を抜け出した――――。
「…………いや違う! 炎にまぎれようとしているんだ! 見ろ! 人影が見えるぞ!!」
冒険者――敵兵の男が、ヒステリックに声を上げた。
なるほど確かに、炎に包まれた景色の向こう側では、何やら人影が彼らの前を走り去ろうとしているのが見える。おそらく、炎によってこちらの目くらましをしようと考えていたのだろう。確かに見づらいが、神経を張り詰めさせている彼らの目を欺くには至らない。
「撃て! 撃て! 撃て! 撃ち殺せ!!」
「………………」
怒号と共に、イザヴェラ目がけ魔法の炎が乱射されていく。炎は過たず人影を穿ち、そして炎の向こうで声もなく一つの人影が倒れ伏した。
「……コレデ終ワリカ。呆気ナイモノダナ」
そんな景色を険しい表情で見据えていたジェイクスの横で、先ほど腹を突き刺されたはずのキングオークが平然とした表情で呟いた。
「…………もう怪我は大丈夫なのか、木偶の坊」
「口ニ気ヲツケロヨ人間。アノ程度ハ手傷ノウチニモ入ラン」
「フン、それは仕事をしてから言え。それとだ」
ジェイクスは、口元を憎しみに歪ませながら忌々しく吐き捨てる。
「『ヤツ』はこの程度では死なん。絶対だ。俺は次の手を打つ」
「…………ソウカ」
足早に去っていくジェイクス。
対するキングオークは、嬉しそうに口元を歪めた。
「ソレナラバ、モウ一度アイマミエル機会ヲ待ツトシヨウ、強者ヨ」
果たして、イザヴェラはもちろん無傷だった。
炎のカーテンで人影が見えるのは、彼女にとっても承知の上。それゆえ、藁をまぶして燃えやすくした死体を盾にして、自分が燃えたように見せかけてその隙に彼らの射線から逃れたのである。
そして、敵兵の視線を抜け出したイザヴェラは、キングオークの住居――そして武器庫まで到着していた。
とはいえ、わざわざ入口から入るような愚は彼女も侵さない。コンバットナイフの柄で以て壁を叩き壊すと、彼女はそのまま中へと侵入していく。
中には、やはり彼女の思った通り、大量の武器がおさめられていた。
弓矢、剣、盾はもちろんのこと、『火の秘薬』――火薬と呼ばれるものまで安置されていた。当然ながら、略奪でしか人間のものを手に入れられないオークにはありえないラインナップだった。
「…………やはり」
「そうだ、イザヴェラ」
声に顔を上げると、後から追いかけてきたのだろうか、前方一〇メートルほどのところにジェイクスが佇んでいた。
それも、弓矢を構えて。
「ジェイクス、」
イザヴェラが言いかけた瞬間、ジェイクスは構えていた弓から矢を放つ。
「しッッッ」
当然というか、イザヴェラはそれにすら反応しコンバットナイフを振るう――が、彼女が弾いた弓矢は、不運にも鎧甲冑の隙間に突き刺さってしまう。
「くッ……」
とはいえ、それで彼女のパフォーマンスが落ちることはない――――はずだった。
よろり、と。
イザヴェラの身体が、ゆっくりと傾いていく。
寸でのところで足を踏みしめるも、彼女の身体の異常はなくならない。
「くくっ、ゾウを大人しくする麻酔毒でも倒れないか、全くオーク以上の化け物だなお前は」
しかし、イザヴェラの鋼の意思による抵抗もそこまでだった。
混濁した意識の中で、イザヴェラはジェイクスのことをにらみつけながら、ついに膝を突いてしまう。
「……運が悪かった、なんて負け惜しみは言うなよ。これは必然だ。それがお前の地力だ。お前はどこかのタイミングでこうなってたのさ、血筋だけでのし上がった忌々しいラッキーガール」
そんな、裏切り者の声を耳にしながら。
中編に続く。
次回、麻酔によって昏睡させられた姫騎士イザヴェラを待ち受けていたものとは。
そして辱めを受けたイザヴェラは――――。
一時間後に続きを投稿しますので、多分読んでるうちに新しいのがくると思います。