【完結】プリンセス 汚辱からの帰還   作:家葉 テイク

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お待たせしました、後編です。


後編

「……くしゅっ!」

 

 ジェイクスを始末しアークディール大臣の根城まで向かっている最中。

 歩いている途中で、マルデンがくしゃみをした。彼女は腕をさすると、鼻をすすりながら言う。

 

「牢獄の中じゃ気にならなかったけど、流石に外で歩いてると、この恰好じゃ寒いわね……」

 

 というのも、無理はない話だった。

 二人とも、現在の恰好はただのボロ布一枚きり。おそらく奴隷と見分けがつかないだろう。もっとも、ウェストリニタリアでは奴隷――というより人を所有し乱暴に扱うこと全般――は『オークのように野蛮なこと』として認められていないので、その前に心配されるだろうが。

 ともあれ、イザヴェラが当たり前のように涼しい顔をして行動している方が本来おかしなことなのである。さすがにイザヴェラもその自覚はあったのか、

 

「…………ふむ。衣服の調達が先決か」

 

 と、マルデンの方を見て頷いた。これにはイザヴェラのことをタンパク質製の殺人兵器か何かじゃないかと半ば疑っていたマルデンも笑顔をこぼす。

 

「そう来なくっちゃ! で、どうするの? どこで服を手に入れる?」

「私に考えがある」

 

 イザヴェラはシンプルに言うと、今まさに通り過ぎようとしていた、ジェイクスが使っていた山小屋を指し示す。

 

「ジェイクスはこの山小屋で待機しているようだった。いくら粗末な山小屋でも、全く何も用意されていないというわけではないだろう」

 

 とんとん、と山小屋の戸を叩きながら、

 

「当然、服もあるはずだ。もっとも、ボロ布よりは幾分かましという程度だろうが」

 

***

 

 そういうわけで二人は山小屋に入ったが――そこでうれしい誤算があった。

 

「ふむ、ジェイクスのヤツ、どうやらアークディール大臣のことはそこまで信頼していなかったようだな。裏切り者のアイツらしいといえばアイツらしいが」

 

 山小屋の中には、鎧の他に各種の装備や肌着がいくつか転がっていた。

 もちろん、一人分の量ではない。フリーサイズであることから、おそらくは適当に山賊を雇って手勢にするつもりだったのだろう。もしもアークディール大臣の旗色が悪くなれば、その時点で反乱を起こすつもりだったに違いない。まぁ、だからこそこんな『いつ切り捨ててもいい場所』に配置されていたのだろうが。

 

「…………哀れな男だ」

 

 悲しげに呟くと、イザヴェラは物色を開始する。女性としては長身に入る部類のイザヴェラにとって、男物であってもフリーサイズの衣服はなかなか馬鹿に出来たものではなかった。さすがに鎧については体型が違いすぎる――というか騎士団の鎧ですら、彼女のものは特注品だった――ので全てを身に着けることは適わなかったが、比較的問題の少なかった手足のものくらいは身に着けておく。気休め程度にしかならないが、こんなものでもないよりはましだ。

 

「…………うげ、こりゃすごいわね。なんか見てるだけで痛そうだわ」

 

 それよりイザヴェラにとって有難かったのは、今まさにマルデンが見ている武器の数々だった。

 弓矢や剣、槍などの基礎的な武器はもちろん、モーニングスター、まきびし、のこぎり、投げナイフ、挙句の果てに火薬類まで取り揃えてあるほどだ。

 

「ジェイクスはよほど切り捨てられるのを恐れていたようだな。裏切り者が最も恐れるのは裏切られること、ということか」

「え? 何、どういうこと?」

「この歳でまた一つ人生経験を深めたということだ」

 

 適当そうに言いながら、イザヴェラは置いてある武器一式を全て身に着けていく。総重量はとんでもなさそうだが、普段から全身鎧で魔物と戦闘を繰り広げるイザヴェラだ。この程度の重量は負担のうちにも入らないらしい。

 しかし、適当に着替え類を物色していたマルデンの方はそことは別のところが気になったらしい。

 

「……この歳? そういえばアンタ、今いくつなんだっけ。確か騎士団長らしいけど……」

「一八だ」

「じゅっ、一八ぃ!? 私より五つも若いじゃない!」

 

 マルデンは思わず目を剥くが、イザヴェラはまるで取り合おうとしない。しかし彼女が驚くのも無理はないだろう。副団長が老年の騎士であることからも、彼らのキャリアの速度がそこまで早いわけではないことは分かるはずだ。そんな中で、頂点に位置する騎士が一八の少女なのだから、驚くのも仕方がない。

 まして彼女の場合、『第一王女だから』なんて理由で団長職を手に入れたわけがないことなど一目瞭然である。むしろ、そうしたやっかみを一人一人力づくでねじ伏せた先に今の彼女があるといっても過言ではなかろう。

 

「化け物ね……」

「王族ゆえの優遇措置だよ。お陰で性に合わない広告塔任務もやらされる」

 

 肩を竦めるイザヴェラは、既に完全装備になっていた。鎧を分解して作ったらしき胸当て。身に纏っていたぼろ布は下半身に集中させ、手足については鎧の装備をそのまま流用――騎士の意匠を残し、それでいて全く印象の異なる、端的に言ってなかなかに扇情的な恰好だった。

 右手には槍が握られ、腰に長剣、太ももに投げナイフがいくつかと火薬を詰めた簡易爆弾やまきびし、背中にモーニングスターとのこぎりというラインナップ。最早誰が見ても彼女が一国の王女だとは思わないだろう。

 

「マルデン、君はコレを」

 

 そう言って、イザヴェラは先端に宝石のついた指揮棒を差し出す。

 

「これ……魔触媒じゃない!」

「ジェイクスの用心深さここに極まれり、だな。こればかりはおそらくアークディール大臣も予測できていなかっただろう。どのみち使う者はいないんだ。存分に利用させてもらうとしようか」

 

 平気そうに言うイザヴェラだが、魔触媒といえば紛う事なき危険物である。言葉一つで攻撃性のある現象を行使できてしまうのだから当然な話だが。

 もちろん、こんなものを隠し持っていたとあれば、ジェイクスは今頃アークディール大臣から真っ先に切り捨てられていただろう。形上だけでも保護されていたということは、アークディール大臣はこの事実は知らなかったはずだ。

 

 マルデンもこれまで何度かオーク討伐に同行してきた経験の中で魔触媒に触れたのは数度くらいしかない。それも、使用ではなく点検という形でだ。国内でも扱えるのはアウトロー寄りの冒険者の中でも魔法の才を持つ一握りなのである。一応、教会出身の僧侶なので使い方くらいはレクチャーされているが。

 マルデンはおそるおそる手に取ると、おっかなびっくりといった様子で物色して見繕った服のポケットにしまった。

 そんな様子を見て、イザヴェラは心配そうな調子で問いかける。

 

「…………魔法、使ったことあるのか?」

「馬鹿にしないでよ。筆記試験は満点だったわ」

 

 全く以て安心できない回答だった。

 

***

 

 場所さえ分かっていれば、後は簡単である。

 とはいえ道のりはそれなりに長く――その上マルデンに配慮したペースで進んだ結果、目的である採掘場に到達した頃には、タイムリミットは残り一時間を切っていた。

 

「…………ギリギリだったな」

「ま、間に合ったんだからいいじゃない……」

「この後のことだが」

 

 ばつが悪そうに言ったマルデンをスルーし、イザヴェラは話を続ける。もうこれまでの道のりでイザヴェラが自分に合わせてくれることなどないと分かっているマルデンは、ポケットの中にある魔触媒の感覚を再確認しつつ次の言葉を待つ。

 

「この後は、別行動をとる」

「べべべ、別行動!?」

 

 待つだけ――のつもりだったのだが、マルデンは思わず目を剝いてイザヴェラの言葉を遮ってしまう。

 

「別行動って、ここから!? 敵の居城で!?」

「ああそうだ」

「そうだじゃないわよぉぉぉ――!! 分かってんの!? 私はアンタみたいな超人じゃない。敵地に一人でいたら、捕虜一直線よ!!」

()()()()()()()()()()()()()。私も戦いながら君を守る自信はない。それが大軍――キングオークを含めた軍団となれば余計にな。ならばいっそ、別行動にして私が大軍の注目を惹きつけている間に、君に別の任務をしてもらった方が良いと思ってな」

「別の任務……?」

 

 突然の展開にもはやオウム返しをすることしかできないマルデンにイザヴェラは頷き、

 

「君には、アークディール大臣の汚職の証拠を掴んで欲しい。これがなければ、我々は戦闘に勝利しても大臣を殺した大罪人ということになりかねない」

 

 と言った。

 

「ふっ、ふざけないでよ!? 責任重大じゃない! 私はもっとこう……回復魔法や攻撃魔法でアンタの戦闘を支援するような役回りを想像してたんだけど!?」

「必要ない」

 

 あまりにもな物言いだったが、ここまでの活躍を考えれば確かにこのウォーマシーンにとって余計な手出しは邪魔にしかならないかもしれない。

 

「安心しろ。帳尻は合うようにしている。君は与えられた職務を全うすれば良い。そうすれば半日後には勲章付きで暖かいベッドで眠っているだろう」

「棺桶の中の、って話になったら恨むわよ……」

 

 恨み言を呟きながらも渋々動き始めたマルデンに、イザヴェラは笑いながら言う。

 

「安心しろ。もしもどちらかが死ぬようなことがあれば、間違いなく晒し首コースだ。墓の下で安眠なんてできんよ」

 

 もちろん、彼女の放った小粋な騎士ジョークは大変な不評を買うことになった。

 

***

 

 ここまで当然のように採掘場へ突入できるという体で話が進んでいるが、そもそも採掘場には足取りが簡単に摑めるほど大勢の兵士がキングオークと共に詰めている。そんな状況で正面突破などすれば、常人なら間違いなく武力ですり潰されるだろう。

 そんな前提を理解した上で、イザヴェラはどう採掘場へ侵入したのか。

 答えは単純。

 

 ()()()()()()()

 

 マルデンと分かれたイザヴェラは、手に槍を持ちながら、採掘場の敷地へと足を踏み入れる。

 採掘場といっても、見た目の外観はアークディール大臣の別荘のように整えられているらしく、外から見た限りではここで火の薬気が採掘されているなどとは誰も思わないだろう。いくつかの邸宅、それから広々とした中庭が見渡す限り広がっているからだ。

 だがその内部は、明らかに異様な空気が漂っていた。

 鎧甲冑を身に纏った兵士達が、内部を何人も闊歩しているのである。それだけでなく、邸宅事態もとても別荘とは思えないくらいに――それこそ城のように頑強な作りになっていた。

 

「……ふむ。薬気を採掘するための井戸はもっと奥のようだな」

 

 おそらく、採掘場の井戸を取り囲むように作った防備を別荘の形にカモフラージュしたことで、こんな歪な施設になってしまったのだろう。

 入り口に詰めていた兵士を槍の一突きで永久に黙らせたイザヴェラは、慎重に周囲の様子を確認しながら呟く。

 彼女の第一目標は、内部で騒ぎを起こすことでマルデンが侵入するためのセキュリティの穴を空けること。見張りを殺害したことで大分それは楽になっているが、まだまだ甘い。もっと蜂の巣を突いたかのような騒ぎにしなくてはならない。

 

 というわけで。

 

 出会う兵士を叫ぶ暇さえ与えずに串刺しにしていたイザヴェラは、そこで徐に太ももに取り付けていた簡易爆弾を一つ取り出す。数は二つと少ないが、火の秘薬を用いたこれは使い道さえ間違えなければ絶大な効果を発揮する。

 

「…………さぁアークディール大臣、開戦の…………合図だ!!」

 

 そう叫ぶなり、イザヴェラは採掘場の中心…………即ち井戸があるであろう場所に、簡易爆弾を山なりに遠投する。

 

 そして。

 

 ――採掘場は、この世の地獄となった。

 

***

 

「来タカ……待チ侘ビタゾ、イザヴェラ」

 

***

 

「あ、あの冷血人間!! 合図を出すって言っても物には限度ってものがあるでしょお!?」

 

 突然の轟音に叫ぶマルデンだったが、そんな彼女の大声も、もはや殆ど意味をなさないものになっていた。

 だが、それも無理はない話だ。

 彼女の視線の先では、真っ黒い煙がまるで天まで届く柱のように不気味に立ち上っていた。おそらく、イザヴェラが起爆した簡易爆弾が井戸を派手に吹っ飛ばし、火の薬気に引火したのだろう。

 お陰で採掘場の内側は殆ど壊滅状態だった。

 アークディール大臣お得意の手勢は八割がこんがりローストされているだろうし、肝心のアークディール大臣も吹っ飛んでいるかも知れないレベルだ。残った兵士にしても、おそらく被害状況確認だとかで中心に集まっているだろうし、実際マルデンへのサポートとしてはこれ以上ない出来栄えなのだが……。

 

「……ま、今更ね。それよりとっととお仕事しないと」

 

 イザヴェラを常識で考えることの不毛さを理解しているマルデンは、ぶつくさ言いながらも半ば焼け野原と化している採掘場を進んでいく。

 何気に瓦礫に埋もれた兵士達が苦しそうな呻き声をあげているのが恐怖だが、これもまた生存競争とマルデンは目を瞑り進んでいく。

 一応物陰に隠れながらの移動だったが、ピンチらしいピンチはなく、やがてこの地獄の中にあって比較的壊れていない建物を発見。

 

「……魔力の防御を感じる。ってことは、此処が親玉のいる場所かしら」

 

 他がかなりボロボロになっているのを見ると、おそらく間違いないだろう。こうやって探しやすくする意味も込めての大爆発なら、本当に用意周到な女である。

 軽く戦慄しながら進んでいくと、内装は普通の屋敷のような洒脱さだった。ようやっと文明的な場所に戻れたと思い、マルデンは敵地にも拘わらず不覚にも安心してしまう。

 

「……いけないいけない。お仕事しなくっちゃね」

 

 屋敷内の兵士も出払ってしまっているのか、中は正しくもぬけの殻だった。素人のマルデンでもすいすい進めてしまうのだから相当だろう。

 そうして進んでいくと、やがて物々しい高級感を感じさせる扉がマルデンの目の前に現れる。ここが一番クサいと判断したマルデンは、一目散に扉を開けると、そのまま中に入っていく。

 

 ……目の前の功績に集中していたからか彼女は気付けなかった。

 開けっ放しにしていた扉が、しばらくした後に音もなく閉められたことに。

 

***

 

 その少し前。

 爆発を起こした張本人である姫騎士イザヴェラはというと、その場に伏せることで大爆発をやり過ごしていた。井戸の爆発というのは、基本的には地中が爆発源になっている。そのため、力のベクトルは基本的には『下から上へ』という方向性を与えられるといっていいだろう。

 その場合、被害を最小限に抑える方法は当然ながらしゃがみこむ、ということになる。

 無論、爆心地に近ければしゃがみこんだところで真下から噴き出た爆炎で丸焼けにされるだけだが。

 

 数秒。

 その場に伏せたまま周囲の音を注意深く聞き取っていたイザヴェラは、入り口の方からマルデンが入ってくる音を耳にすると、そのまま起き上がって爆心地付近――おそらく生き残った手勢が萃まっているであろう井戸周辺へと足を踏み入れていく。そこで残存勢力を一網打尽にする、という作戦である。

 

(……だいぶ激しい爆発だったが、連中もプロだ。三〇分もすれば指揮系統を再構築して厳戒態勢に入るだろう。そうなる前に、目ぼしい頭を叩き潰して完全に『集団の心理』をへし折っておかなくてはな)

 

 勘違いされがちだが、騎士という職業は誇りを胸に突貫する愚か者の集まりではない。

 むしろ、彼らはこの王国における唯一武力装置。つまり逆に、彼らほど戦略を知り、そして残酷に運用できる者もいないということだ。

 そして。

 そんな暴力装置の中でも、一八歳にしてその頂点に君臨するある種の特異点は、手段を選ばなかった。

 

「こっちだ!!」

「クソ、いったい何が……!? 火の薬気は厳重に警備していたんじゃなかったのか!? 当直の兵士は何をやってる!?」

「俺が知るか! 責任を持ってたヤツなら今の爆発で根こそぎ死んだにきまってるだろ!!」

「たぁ、助けてくれぇ! 俺の、俺の腕がぁ!!」

 

 地獄。

 まさしく、そこは地獄だった。

 強固だったはずの邸宅たちは、地面がめくれ上がるほどの爆発を受けてほぼ全壊状態。無事だったものも、内装に火がついてしまっているため、内側から焼け落ちてしまっている始末。生き残った兵士たちはそれらの対応に奔走していて、警備など及びもつかない状態だ。

 逆に、半端に怪我をして生き残ってしまった『不幸な兵士』の方が監視の目として有効という狂った事態になってしまっている。

 

「……あ? お、お前確ぎゅえッ」

 

 ゆえに、イザヴェラはそこから一人一人殺していくことにした。

 そこに、手負いの相手だから――などという温情は存在しない。どこまでも甘さを排した戦闘兵器は、その誇りゆえに一切の感情を見せずに『敵兵』を屠っていく。

 一応簡易爆弾も残ってはいるが、これは彼女にとっては最大の火力でもある。ここで使うのはもったいないし、まして井戸が爆発してあたりには火の薬気が充満しているかもしれないのだ。下手に火を起こせば、誘爆で巻き込まれかねない。

 今日はまだ風があるので、薬気が流れてくれるのを待てば話は別だが――。

 

(…………此処に残っているのは瀕死の人間を除けば二〇人弱。この分ならいける、か……)

 

 槍を振るってがれきに埋もれた敵兵の喉を穿ちつつ、イザヴェラは物陰に身を隠しながら破壊された敷地を歩き回り、そして地形の把握に努めていく。

 その間にも、背後が隙だらけな兵士、味方の介抱に夢中な兵士、岩の下敷きになった兵士、必死に上官を探している兵士など、状況に翻弄されている様々な兵士たちを屠っていった。

 そうしてあらかたの兵士たちを無力化した結果、イザヴェラはとある奇妙な事態に気づく。

 爆発の被害は井戸を中心にほぼ放射線状に広がっているのだが…………とある一角だけ、破壊の規模がけた違いになっているのだ。

 まるで、爆発とは別の何かによって、余計に爆発が齎されたかのような……、

 

「ッッ!! まずい!!」

 

 飛び退こうとした瞬間、イザヴェラの脚は地面から伸びた巨大な掌によって掴まれた。

 地面を巻き上げながら飛び出したのは、土に塗れたキングオークだった。

 

「マタ会ッタナ、イザヴェラ」

「会いたくはなかったがな……!」

 

 笑みを引きつらせながらも、イザヴェラはなんとか言い返す。

 キングオークはもちろん、警備の目玉として爆心地近くに詰めていた。当然ながらそこは致死領域だったが――彼は、常に警戒していた。そして、期待していた。イザヴェラ=オブ=ウェストリニタリアならば、あの局面から自分たちにチェックの一手を打ってくるはずだ、と。

 だから、彼は井戸近くに投げ込まれた簡易爆弾の存在に即座に気づいたのだ。そして、イザヴェラと同じ発想に辿り着いた。即ち――『下』への逃避。

 キングオークの逃避はしかし、イザヴェラのそれとは規模が違った。

 圧倒的膂力に裏打ちされた、破壊的掘削力。それによって、致死領域にいたはずのキングオークは見事に生き延びていたのだった。

 

 そして今、彼を生き延びさせた圧倒的膂力は、脚を掴んだ手という形で、イザヴェラに牙を剥こうとしていた。

 

「ソシテサヨウナラ、ダッ!!」

「!!」

 

 思い切り振り回された腕の意味するところは、あまりにも明白。まるでこん棒のように振り回したイザヴェラの身体を地面にたたきつけようとしているのだ。当然、そんなことをオークの膂力でやられれば、その時点で死亡する。まして彼女は今爆弾を持っている。激突の衝撃で起爆すれば、当然ながらそこでも命はない。

 ゆえにイザヴェラの決断は素早かった。

 

「ッ、冗談じゃないぞ!!」

 

 ずるり、と。

 振り回されながら、イザヴェラは必死に足を動かし、キングオークによる遠心力の手助けもあって、足の甲冑を脱ぎ捨てる。甲冑が失われ、黒いタイツのようなインナーで覆われただけのイザヴェラの素足が外気に晒される。

 そのまま空中に放り出されたイザヴェラは、そのままくるりと空中で回転し、危なげない様子で地面に降り立つ。

 

「流石ニ、初撃デ終ワラセテモラエルホド甘クハナイカ」

 

 ぐしゃり、と。

 まるで新聞紙でも握り潰すみたいにして手の中にあった甲冑をくしゃくしゃにしたキングオークは、そのまま残骸を横合いに捨てる。対するイザヴェラはそれを見てもにやりという不敵な笑みを忘れずに言う。

 

「エスコートの仕方がなっていないな、王様(キング)

「ホザケ、お姫様(プリンセス)!!」

 

 次に二人が選んだ行動は、奇しくも同じ。

 即ち――激突だ。

 一瞬にして間合いを積めた二人は、お互い同時に全く同じ様子で拳を振るう。しかし――ここから先、イザヴェラの行動が分岐する。

 ぱっ、と開かれたイザヴェラの掌が、キングオークの拳に当てられる。イザヴェラは突撃の勢いを捨て、そのまま丸太のようなキングオークの腕にしがみついた。これには、キングオークも一瞬目を丸くし、そして次の瞬間齎されるであろう攻撃を警戒し、次なる行動に動かざるを得なかった。

 

「グゥォオオオオオ!!」

 

 即ち、腕に取りついた姫騎士の排除。

 拳を振った勢いを捨てず、キングオークはそのまま体を回転させ、右腕を思い切り地面にたたきつける。こうすれば、遠心力で姫騎士は何もできないまま地面にたたきつけられることになる。もちろんそれでも何かしらの回避行動はとってくるだろうが、姫騎士自身も消耗を強いられるはず――そう考えての行動だったが。

 

「ガ…………グァオアアアァァ!?」

 

 直後、キングオークを襲ったのは灼熱のような痛み。

 しかも、その痛みは腕ではなく胸元から生じていた。

 見ると、胸元には――浅く、ではあるが――投げナイフと思しきものが突き立っている。

 

「馬鹿ナ……イッタイ、イツノ間ニ……?」

「私は、足癖が悪くてね」

 

 ごたごたの間に腕からも離れていたらしきイザヴェラは、そう言って甲冑を脱ぎ捨ててタイツだけの素足の先を見せる。ぐっ、ぐっ、と器用に動かされた足指は、確かにナイフ程度ならば投擲できそうではあった。

 そして、キングオークも悟る。

 拳による正面衝突はフェイク。直前に開かれた掌から落ちた投げナイフを足でキャッチし、腕にしがみついたタイミングで胸元に投擲していたのだ。

 だが……。

 

「ソレヲ、アノ一瞬デ……」

「どうした、怖気づいたか?」

「マサカ!」

 

 キングオークはむしろ喜悦に表情をゆがめると、突き立てられたナイフをそのままにイザヴェラに追撃をしかける。

 イザヴェラも迎え撃つが――流石に、あの手の曲芸は無警戒の相手にしか通用しない。既に『見て』『覚えた』キングオークに同じことをすれば、待っているのは対応と反撃、そして死だ。イザヴェラも、今回ばかりは馬鹿正直に向き合わず、攻撃を回避していく。

 ゴン! ガン! ドゴン! と破壊音が連続した。一応オークの胸元にもナイフは突き立っているのだが、それでも動作に陰りが生まれる様子はない。イザヴェラがあちこち移動しても、キングオークは少しも距離を離さなかった。

 

「くっ……しつこい!」

 

 吐き捨てながら、イザヴェラは爆弾を掲げる。これには、キングオークもぴくりと表情を少し強張らせる。彼は例の地獄がこの爆弾によって生み出されたことを知っている。当然ながら、その爆弾をもっとも警戒する――が、

 

「ヤッテミロ」

 

 キングオークは、あろうことか爆弾による攻撃を許容した。

 というのも、彼は最初から分かっていたのだ。

 

「モットモ、()()()()ノ話ダガナ。オ前ハ戦争兵器ダ。冷徹ナホドニ合理的ナ判断ニ従ッテ動ク。ソンナ人間ガ、最初カラ持ッテイタ最適解ヲ振ルワナイ理由ハナイ。アルトシタラ、ソレハ『使エナイ理由』ガアル場合ノミダ。タトエバ――誘爆ノ危険、トカナ」

 

 そこまで言って、キングオークは初めて見せたことのない質の笑みを見せる。

 勝利――その匂いを嗅ぎつけた、戦士の表情だ。

 

 火の薬気による誘爆の危険、そしてそれによる爆弾の使用制限。キングオークは、その事実に気づいていた。

 

「ソシテオ前ハコウ考エテイルナ? オレノ胸ニ突キ立ッテイルコノナイフ、コレヲドウニカシテサラニ突キ刺セレバ、オレノ心臓ヲ貫イテ殺セル、ト。分カッテイテオレガソレヲ放置シテイタノハ何故ダト思ウ?」

 

 キングオークは。

 イザヴェラと切り結んで唯一生存している異種族の戦士は、イザヴェラに言う。

 

「絞リ込ミダ」

 

 そして、踏み込む。

 思考を言い当てられたイザヴェラが守っていた距離感、致死ラインへと踏み込んでいく。

 イザヴェラは、結んだ髪を風によって体の前に靡かせながら、ただそれを見るしかなかった。

 

「確カニ、オ前ノ攻撃ハスルドイ。正直ナトコロ、俺デモ完璧ニ見切ルノハ不可能ダロウ。ダガ、場所ガ分カッテイレバ話ハ別ダ」

 

 無限の可能性は、そこで収斂される。

 キングオークに、イザヴェラの一撃はどうしても威力が乏しい。騎士団の武装ならばともかく、ジェイクスのお粗末な装備ではそれが一種の限界であることに、キングオークは今までの戦闘から気づいていた。だからこそ、簡易爆弾などという外部破壊力に頼っているのだ。

 であれば。

 爆弾が使えない状況になれば、イザヴェラはキングオークを殺せなくなる。

 どうやら彼女はそのことから目を逸らさせるために小技を使ってキングオークにプレッシャーをかけていたようだが、それも看破してしまえばここまでだ。

 冷静になって動けば、キングオークは順当にイザヴェラを詰みに追いやれる。

 

「…………くッ!!」

 

 苦し紛れか、イザヴェラは簡易爆弾を分解し、中の真っ黒い『火の秘薬』の粉末をそのままキングオークにたたきつけた。もはや爆弾としてではなく、目くらましとして虎の子を使う暴挙。そのお粗末さに、キングオークは思わず勝利を確信して笑みを浮か

 

 ッッッッドン!!!! と。

 

 次の瞬間、ありえないはずの爆発が発生した。

 

 それも、キングオークを中心として。

 

「………………………………、ア?」

 

 間抜けな声が出た。

 それが、自分の今わの際のセリフだと、キングオークは気づけただろうか。

 その一言を最後に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()キングオークはそのまま地面に倒れ伏した。

 

「…………驚いたな、まさかまだ跡形が残っているとは。流石にオーク種の突然変異だな」

 

 そう言うと、イザヴェラは靡いた髪を元に戻して言う。

 

「レディのエスコートをするには、もう少し立ち回りを覚えてくるんだな」

 

 ――――風は、イザヴェラに吹いていた。

 確かに前提情報として、井戸の破壊により周囲には火の薬気が充満していた。そのためイザヴェラは簡易爆弾の使用を封じられていた――かに見えていたが、それはあくまで『現場が無風だったなら』というだけの話でしかない。

 戦闘中、イザヴェラは何度も移動を繰り返していた。そして、束ねた髪が体の前面に靡くほどの風――つまり、風上に立ってオークと向かい合っていたのだ。

 当然ながら、火の薬気は気体――風によって十分に流される。

 戦闘によって風に流されるほどの時間を稼ぎ、そして完全に薬気の影響を排した空間で、イザヴェラは簡易爆弾を使ったのだ。それも、簡易爆弾としてではなく、火の秘薬の粉末としてばらまくことで、相手に油断を誘発させ、なおかつ回避しづらくしたうえで。

 あとは簡単だ。

 目つぶしされたキングオークの前で、投げナイフなりを投擲。適当な硬いものにぶつければ、火花が散ってそれに引火する、という寸法である。

 爆発に巻き込まれたキングオークは肺を焼かれ、そして爆発によって心臓にナイフを突き立てられた。――完全なる殺害である。

 

「…………さて、これで目下最大の障害は退けたな」

 

 あらかたの兵士を始末しおえたイザヴェラは、そう呟いてこの爆心地の中で唯一外装が残っている邸宅に目を向ける。

 この爆発だ。アークディール大臣は死んでいるか、さもなければどさくさに紛れて逃げ出しただろう。もちろん追跡し始末するのは当然だが、その為にはマルデンがアークディール大臣の汚職の証拠を掴んでいるのが必須。つまり、この時点で彼女の命運はマルデンが握っているといっても過言ではなかった。

 

「…………後は、マルデンに期待するしかない、か」

 

 こればかりは、イザヴェラも天に運を任せるしかない。

 

***

 

 そのマルデンは、同時刻、部屋の中で資料漁りに尽力していた。

 

「これ……ちょっとまずいんじゃないの?」

 

 そして、その資料漁りはある程度の効果を齎していたらしい。マルデンはいくつかの資料について発見し、その中身を読むに至っていた。

 

「火の薬気の、隣国への輸出……ちょっとこれ、明らかに違法じゃない!!」

 

 現状、薬気の採掘は国家事業だ。それを別口で秘密裏に行い、それを隣国へ輸出するということは……即ち国のシェアを奪うということ。当然ながら、ウェストリニタリアはそんなことになれば交易面で大打撃を受けることになる。

 明確な反乱でないにしても――これは明確な、経済的反乱の証拠だった。

 

「これが公になれば……」

「いや、それはさせられんよ」

 

 と。

 

 そこで、中年の男の声がマルデンの背にかけられる。

 振り向くとそこには、醜く肥え太った汚職政治家、アークディール大臣がいた。

 

「アークディー……」

「私は、こんなところで終わるわけにはいかんのだ!!」

 

 そして。

 ガン!! という衝撃と共に、マルデンの意識はあっさりと奪われた。

 

***

 

「マルデン! いるのか!」

 

 邸宅に押し入ったイザヴェラは、声を張り上げながら進んでいく。もはや兵士は壊滅状態なので、警戒の必要はない。

 しかし――邸宅の中からは、マルデンの返事はない。

 

「マルデン! マルデン!?」

 

 さらに声を張り上げるが――爆発によって内装が乱れた邸宅は、彼女の声を空しく反響させるのみ。これにはイザヴェラも表情を歪める。

 調査中とはいえ、当然ながらマルデンに危険はほぼない。そうなるように盤面を調整したからだ。少なくとも、死ぬようなことはないようにした。であれば、彼女からの返事がないということは即ち――。

 

「非常事態、か!」

 

 一刻の猶予もないと判断したイザヴェラは、そこで一段階探索のギアを上げる。走り出したイザヴェラは手に持った槍で扉を突いては中を確認――という動きを繰り返していくが、やはりマルデンを発見することはできない。

 そうこうしているうちに、いつしかイザヴェラは大理石の階段を目の前に控えた大広間に出てきていた。

 

 そして。

 

「ようこそ、イザヴェラ=オブ=ウェストリニタリア王女殿下」

 

 そこで、一人の男と出会う。

 アラン=オブ=アークディール。

 イザヴェラを陥れ、そしてウェストリニタリアに大して反乱を目論んでいる、大罪人。

 その男が今、マルデンを後ろ手に拘束しながら、イザヴェラと相対していた。

 

「イザヴェラ!」

 

 幸いにも、マルデンは意識を保っているらしかった。後ろ手に拘束されながらも声を上げる程度の余裕はあるらしい。その事実に、イザヴェラは内心で安堵する。

 

「……マルデン。()()()か?」

 

 イザヴェラは、アークディール大臣の方を油断なく睨めつけながら、マルデンに問いかける。

 しかし答えたのは、嘲るように鼻を鳴らしたアークディール大臣の方だった。

 

「随分と余裕だな、イザヴェラ! お前の目の前にいる私が何を持っているか分からないのか? ――人質だよ! お前はもう、詰んだんだ!」

 

 そう言って、アークディール大臣はマルデンの首筋にナイフを突きつける。ひっ、とマルデンの喉が恐怖に異様なひくつきを見せた。

 

「ご、ごめんイザヴェラ……。反乱の証拠を見つけたんだけど、捕まっちゃって……」

「喋るなぁ! 今俺は、王女殿下と話してるんだ……薄汚い僧侶ごときが口をはさむな!」

「……いい、マルデン。君はよくやってくれた。自分を責めるな」

 

 そう言うと、イザヴェラは黙って手に持っていた槍を横合いに放り棄てる。それを見て、アークディール大臣はますます勝利を確信して笑みを深めた。

 

「すまない、マルデン。まさかこう転ぶとはな。……どうやら君の安全を確保するというのは、できなさそうだ」

「悠長に話して時間稼ぎのつもりか? 他の装備も捨てろ! そうだ、その血に塗れたのこぎりやモーニングスターもだ!」

 

 言われて、イザヴェラは素直にのこぎりやモーニングスターも横合いに放り捨てる。そして、何かの部品なのか、鎖の欠片を手に持つと、おもむろに指ではじき始める。

 

「……おい。それも捨てろ。調子に乗っているのか? ふざけたマネをすればコイツを殺すぞ」

「できるのか? アークディール。彼女が死ねば私を抑えるものは何もなくなる。つまりお前は彼女を殺すことはできない」

「――――ハハ。それで交渉のつもりかイザヴェラ! だが自分を知らないのは悲劇だな。お前は! たとえ殺されずとも、無辜の民が傷つけられるのを黙ってい見ていられる人間性はしていないだろう!」

 

 そう言って――――アークディール大臣は、手に持ったナイフをマルデンの左肩に突き立てる。

 

「きゃあああああああ、」

「ぎゃあああああああああああああ!?!?」

 

 

 唐突な激痛に、マルデンは思わず悲鳴を上げる――――が。

 その次の瞬間、アークディール大臣が上げた絶叫に、マルデンは思わず目を丸くして声を抑えてしまう。

 見ると、アークディール大臣の右肩にはナイフが突き立っていた。…………どう考えても、イザヴェラのナイフである。

 

「……人質にとることに成功しても、行動の速度は人間である以上限界がある。お前は私を恐れている。だからこそ、マルデンを一撃で殺すことはできない。……であれば、マルデンに『死なない程度の一撃』を入れることで私を恫喝するその瞬間。……その瞬間だけは、私が自由に動くことができる時間になる。違うか、アークディール」

 

 言いながら、イザヴェラは大理石の階段をゆっくりと登っていく。

 慌てたアークディール大臣はすぐさま肩に刺さったナイフを引き抜いてマルデンを再度人質にしようとするが――そのころには、マルデンはアークディール大臣の手から落ちたナイフによって拘束を解除し、そしてポケットにしまっていた魔触媒を手に取っていた。

 

「な、それは……!? お前、それをどこで……!?」

「ジェイクスだよ。あの裏切りの騎士は、お前のことも裏切るつもりだったらしいな」

 

 カツ、カツ、という音が、広間に響く。

 地獄が形を伴って歩み寄る音にも聞こえるそれは、アークディール大臣の足元まで近づくと、こう言った。

 

地獄から戻ってきたぞ(I'm_Back)、アークディール」

「や、やめ……おい、おい、やめてくれ! プリンセス・イザヴェラ! どうかやめてくれ! 違うんだ! これはウェストリニタリアの為だったんだ! 国営の採掘場だと!? それでは経済の競争力は生まれない! 先んじて民間の採掘場を作ることで、国内の競争力を高めてウェストリニタリアの国力を上げる為、仕方のないことだったんだ!」

「なるほど、一考に値する。お前を殺した後で父上に進言しておいてやろう」

 

 イザヴェラは速やかにアークディール大臣の両手足の腱を切断すると、そのまま胸倉を掴んで、マルデンを伴って邸内を引きずっていく。

 やがて彼女がやってきたのは、採掘場が一望できる一室の窓際だった。

 もっとも、そこから見える景色は既に破壊されつくされていて、まさしく地獄の風景だったが。

 

「マルデン、いい機会だ。魔法の練習台を用意してやろう」

「……は? おい、待て! イザヴェラ! イザヴェラ殿下! 何を言っているんです!?」

「なあ、アークディール。最後くらい私達の役に立ってくれ。王女殿下のお願いだよ、このくらいは聞いてくれるだろう?」

 

 言いながら、イザヴェラは裏拳で以て窓をたたき割る。

 そして、アークディール大臣を掴みあげ、そして腕を振りかぶる。

 ちょうど、井戸のあった場所に放り投げるように。

 

 そう――――ガスが充満している、地獄の底へと追放するように。

 

「タイミングはシビアだぞ、マルデン。空中に浮かぶ『的』に、うまく狙いを定めるんだ」

「了解、王女様」

 

 マルデンは、もはや躊躇わなかった。

 魔触媒を構えると、何やら醜く命乞いをしているらしきアークディール大臣へと、狙いを定める。

 

「やめろ!! 俺は騎士大臣アラン=オブ=アークディールだぞ!!!!」

「それがどうした」

 

 ばっさりと切り捨てたイザヴェラが、アークディール大臣を空中に放り投げ。

 

 そして、教科書通りの魔法を発動させたマルデンが、教科書通りに的に着火せしめた。

 

 直後。

 

 最後の大爆発が起こり、下衆な企みは、完全に潰えたのだった。

 

***

 

「団長!!」

「よかった……帰りが遅いから国でも滅ぼしたのかと思いましたよ!」

 

 それからしばらく。

 邸宅に残っていた不正や汚職の証拠をかき集め終えたイザヴェラとマルデンは、その足で王都まで帰還を果たし――そして、騎士団からの手荒い歓待を受けていた。

 どうやら、彼らも彼らでアークディールの手勢からは無事逃れることに成功していたらしい。まだまだアークディールの汚職の証明などで忙しい状況は続くだろうが、イザヴェラはひとまずほっと一息ついていた。

 そんな彼女に、老年の騎士が歩み寄ってくる。

 

「団長、よくぞご無事で……」

「私がこの程度で死ぬようなタマと思ったか、副団長」

「いえ。……しかし、今回は敵が敵でしたので」

 

 その言葉に、イザヴェラは目を丸くする。どうやらこの優秀な副団長は、既に敵の黒幕がアークディールと見抜いていたらしい。

 

「それなら心配はいらない。ヤツは今頃、地獄でバカンスを楽しんでいるはずさ」

「地獄で? ……ああ、なるほど。つまり……」

「後顧の憂いも断った。あとは官僚的やりとりに任せれば、全てが片付くようになっている」

 

 完全に、事件は終息した。

 それを知った副団長は、そこで初めてイザヴェラの惨状を意識する。

 分解した胸当てに、ボロ布を纏っただけの下半身。両手足の甲冑は、なぜか左足のものだけが失われてしまっているという有様。騎士の恰好としては、あまりにも破壊的――というか、扇情的に過ぎる。

 その視線に気づいたイザヴェラは、なんてことないように手を広げ、

 

「ああ、これか。牢獄にとらわれたときに装備を失ってな。これは現地調達だ。……しかし、それなりに動きやすいな。今度からこの恰好で行こうか」

「やめてください団長、ウチの若い衆が戦闘に集中できなくなる」

 

 断言されたイザヴェラは、なんとも居心地の悪そうな表情を浮かべ、視線を逸らす。

 逸らされた視線の先ではその若い衆からアレコレと手当をされたりして大事にされご満悦状態のマルデンがいて、にんまりといやらしい笑みを浮かべていた。

 現金なマルデンに呆れていたイザヴェラだが、今回の功労者でもあり、今後もおそらくは付き合いが続くであろう仲間に肩を竦め、『女』という身の上に生まれた自分の不幸を嘆くのだった。

 

***

 

 とある世界のとある時代に、類い希な美貌、知性、そして才能を持ちながら、外国への輿入れを拒み、騎士としての一生を選んだ女がいた。

 ウェストリニタニア王国、第一王女イザヴェラ=オブ=ウェストリニタニア。

 彼女の人生は苦難と屈辱に満ち溢れていた。

 

 しかし。

 

 彼女の人生は、断じて色褪せたものではなかった。

 

 なぜならば。

 

 ――――彼女の人生は、苦難と屈辱をはるかに上回る栄光で彩られていたのだから。

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