キュ、キュキュ、キュキュッキュキュキュ。
リズムを付けながら、丁寧に磨いていく。
時刻はすでに正午を回っており、今回は葛木先生もキャスターさんも来なかった。
衛宮が柳洞寺で引きとめたか、それとも他の理由か。
この世界の役者たちは皆衛宮を基準に役を演じるはずだ。
だからこそオレが異端なのであって、誰もかれもが思うがままに動いてしまおうものならソレは現実となんら変わりない。
衛宮士郎は、その中身の彼は、動き続けていると見て良いだろう。
「うーむ」
蔵に或る骨董品のおよそ1割を磨き終った。
これが単純な4日間による成果だと思うと凄まじい仕事量だが、総計でもう1月ほどたっている気がするので何とも言えない。
むしろサボりすぎな気がしなくもない。
「そんなことないって? ありがとさん」
……労われた気がするのも、妄想である。
物の声を聞く、みたいな魔術やら異能やらを持つ知り合い……そもそも魔術師としての知り合いなんて1人くらいしかいないものだから、伝手がない。その1人だって良心のよしみなワケで。
……本当の所、どう思われているんだろう。
「大丈夫。みんな、アスカが好き」
「ふぁい?」
意識外からの声。
おぉ、オレとした事が……お客さんを見逃していた。
「いらっしゃい、リーゼリット」
「うん。久しぶり」
「あー……まだ3日ぶりだけど、久しぶりにはなるか」
「ううん。1か月ぶり。でしょ?」
「ハハーハ」
リーゼリット。
セラさんから表情を乏しく……嗜好と思考を素直にした、ホムンクルス。
白を基調とする彼女は、基本的に黒々しい骨董品たちの中ではとても目立つ。
「それで、何か入用?」
「ううん。たまたま寄っただけ。……ダメ、だったかな」
「いやいや全然ダメじゃないけども……大丈夫なのか?」
「?」
その、体。
セラさんに比べても、短命であるその身体は大丈夫なのかという話。
「セラは今、プール。イリヤは、シロウの家にいる」
「あー……暇なんだな」
「うん」
それでいいのかメイドさん。
しかしまぁ、暇だからとオレの家に来てくれるのは嬉しい事だ。
骨董品たちもリーゼリットなら喜んでくれるだろう。
「お仕事」
「ん?」
「お仕事……隣で見ていて、良い?」
「勿論」
磨き場は割と足の踏み場が少ないのだけれど、そこは流石戦闘用ホムンクルス。身軽な足さばきでオレの隣まで来て、ちょこんと屈んだ。
オレもブルーシートに直接座っているし、椅子を持ってくるスペースは無いので立ってるか地べたに座るかしか選択肢が無いのだが、まぁ好きにするといいだろう。
キュキュキュキュッキュキュ、キュキュキュキュッキューキューキュキュキュ、キュッキュキュキュキュキュキュキュッ。キュキュキュキュッキュキュ、キュキュキュキュッキューキューキュキュキュ、キュッキュキュキュキュキュ、キュキュ!
もふもふしそうなリズムと共に磨いていく。
埃を拭くだけではなく、錆を落としたり修復したりもしなければいけないのだが、それが必要な品々はまとめて別のスペースへ置き、今は拭くだけで綺麗にしてやれる比較的新しい骨董を相手にしているから、見ているだけでもそれなりに楽しい……かもしれない。
キュッキュ、キュキュッキュ。
こういう場合、「楽しいか?」と聞くのは無粋である。
見学者は作業者に気を遣ってほしいとは思っていないだろう。むしろ、作業者が集中している方が好き、なんて人は多いと思う。
リーゼリットは元から無口で、オレも仕事中は不必要に喋らないから、本当に研磨音だけが響く。
ウチの店にある物に比べ、リーゼリットは一番若い。言ってみれば年配の着替えをガン見しているようなものなのだが、そこんところの感覚はどうなっているのだろう。
「よくわからない」
「だよなぁ」
むしろ毛繕いに近いのか。
そう考えれば、別に変な話でもない。
キュキュキユキュッキュキュキュキュキュッキュッキュッキューキュキュキュキュッキュキュキュキュキュ。
キュッキュッキュキュッキュ。
「あぁ! リズいたー!」
キュ……む、この甲高い声は!
「イリヤ」
「もー、探したんだからー! 今何時だと思ってるのー!?」
白い童女。いや幼女。
赤い目が妖しく光っている、その童女。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
セラさんやリーゼリットの持ち主だ。
「あら? どこ見てるの?」
「お仕事。面白い」
「ん……残念だけど、リーゼリット。そろそろ時間だ。イリヤスフィールちゃんと一緒に帰りな」
「とにかく、セラがもうカンカンよー? 速く城に帰りましょう?」
「……うん、わかった。またね、アスカ」
「おう、またなー」
「リーズー? 早くー!」
パタパタパタ。
カラーン、コローン。
「……」
見送った商店街の色はオレンジ。
そんなに時間経ってたかなぁ。
「シロウ? なぜここに来たのですか?」
「……え。あれ、なんでだっけな……いや、見回りは見回りなんだけど……」
舌打ちをしたくなった。
ブルーシートの上の、磨き終わった骨董品たちを片付けている時に聞こえてきたその会話。凛とした女の声と、対比するように曖昧な男の声。
もうそんな時間だとは思ってなかった。10月9日だからまだ大丈夫、という油断が仇になったというしかない。
「……おーい、野場。起きてるかー?」
「ノヴァ?
「いやいや、野場だよ野場。野場飛鳥。セイバーもあったことある……んだろ?」
「あぁ、アスカの事でしたか」
呑気な会話を繰り広げている2人。
出ていくか迷う。が、衛宮士郎が此処に辿り着いた時点で――アレらもこれからの10月9日にこの店に来る可能性が生まれてしまった。
生まれてしまった時点で、オレにどうすることのできる物ではない。
真経津鏡ちゃんがどれほど効くのか、そもそも全く関係ないのかはわからないが、そういった物品たちに希うしかなくなるわけだ。
……腹をくくるか。
「おーい、野」
「夜遅いんだから叫ぶなよ……何用だ、衛宮。と、セイバーさん」
「場……やっぱいるじゃないか」
シャッターを開ける。
驚いたような顔をしているセイバーさん。
ハァ、ハァという息遣いは聞こえない。
「深夜に女の家に女連れてくるとか、流石は衛宮サンですねぇ?」
「別に、そういうワケじゃない。ちょっと気になって、足を運んでみただけだ。特に異常ないみたいだけど、なんか気付いた事とないか?」
「……」
外へ向けられた鏡が、彼らを映す。
一瞬、浅黒い肌に入れ墨の走った赤黒い男が見えた気がした。
「気付いた事ぉ? ……セイバーさんがめちゃくちゃ綺麗なコスプレしてるって事とか?」
「コスプレ? ……って、そうか鎧のままだった……。そう、そうなんだよコスプレで」
「コスプレさせたセイバーさんを引き連れて、ご主人様の衛宮は夜のお散歩……結構いい趣味してんな。羞恥プレイはお手の物か?」
「なんでさ」
これで目隠しや尻尾や首輪があれば、モロに変態行為である。
魔力供給とさえ称せばナニしたってナニされたって正当化されてしまう世界! 恐ろしい! 薄い本では性格やら口調やら名前まで改変されて頑張っている模様。誰だよ雨宮って。
「まさか私までその毒牙に!? キャー、襲われるぅー!」
「こういう時だけ一人称を変えないでくれ……っていうか、そうだよな。深夜に女の子の家に尋ねるのはダメ、だよな……」
「うむ。わかったらとっとと帰りたまえ? さっきからセイバーさん蚊帳の外だし、何より衛宮自身辛いだろ?」
「……?」
「オレと話すの。オレのとこ来るたびに自分があやふやになる……まだ来るべきじゃないんだ、話すべきでもない」
「なんでさ。野場と話すの、俺結構好きだぞ?」
「――……」
……。
サイデッカー。
「じゃあアレだ、明日休日だけど、昼から学校行ってやるからそこで話そう。今日はもう寝るから! じゃあな! 閉店ガラガラ!!」
「あ、おい! ……シャッター閉める音が一番煩かったぞ……」
大丈夫だよどうせ商店街誰もいないんだから!!
はいはいおやすみ!
……野郎に口説かれても全く響かないが、口説いてる自覚すらない奴と話すのはつらいのだよ!!