【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月10日 (13)

 朝5時きっかりに起床する。

 10月らしい肌寒い朝に腕をさすりながら着替えを済ませ、寝室よりさらに寒い店内に入って真経津鏡を内に向ける。

 シャッターを極力音立てない様に開ければ入ってくる冷たい空気。日はまだ昇っていない。

 自動ドアの開閉部分に油を差して、結露を雑巾で取って準備完了。

 商店街のいくつかはオレと同じように準備を開始しているが、それでも人気のない朝は昼とは違った空気が合って面白い。お向かいのワイン店のオーナーに小さく会釈をすれば、オーナーはニカっと笑いながらサムズアップを返してくれた。

 

 さぁ、磨き始めようか。

 

 

 

「おはようございます、アスカ」

 

「おはよ、ライダーさん。オレは奥で磨き作業してっから、店の方お願いね」

 

「はい」

 

 相変わらずだるーんとしたオシャレの洒の字も知らないような格好で現れたライダーさん。昨日のチャリチェイスに特にいう事も無いようで、そそくさとエプロンを取って定位置の受付に座った。

 奥と言ってもすぐそこの磨き場(ブルーシートを敷いてあるだけ)にドテっと座り、改めて骨董品を磨き始めた。

 

 キュ、キュ、キュという音の種類としては同じ、だが長さや間隔の違う不規則な物が店内に響く。

 キュ、キュ、キュ。ゴシゴシ、ガリガリ。ゴワー、ヒュー、ズズ。

 茶が美味い。

 

 ちなみに骨董品店と言ってもウチはアンティーク傾向が強く、同じく骨董を扱う蒔寺の実家エイドリアンとは商品の趣が少し違う。

 アイツの家は呉服兼骨董だというのもあるが、小さな括りで言えばウチは古物商なのだ。

 だから古代の食器だの剣だのが置いてあるし、値段も相応に高い。

 そんなウチの芸風を蒔寺がどう思っているのかは知らないが、たまに来ては難癖付けて帰って行くだけな辺りそこまで気にしていないのだろう。

 

 そんなことを考えていても、蒔寺はおろか3人娘の誰1人も入ってこない。

 遠坂凛が帰って来ていないにも拘らず恋愛探偵は終局を見せたというのだろうか。

 ……それとも。

 

 それとも……遠坂凛は、もう?

 けど、ガッコで見てないよなぁ。というか帰ってきたら気付くだろ流石に。

 

 前回と前々回は来た……違う要素は、衛宮が新しいフラグを見つけた事か。

 そうか、新都へと行動範囲が広がったのだから、役者の動きだって爆発的に変わる。

 ……結局、オレの行動は余波にはならんのか。

 

 チリン、と入店を知らせるベルが鳴る。

 ライダーさんの声。知っている男性の声。常連客だ。

 2人は二、三言葉を交わし、男性は壺を1つ買って行ったようだった。あの人も大概壺好きだよなぁ。家の写真見せてもらったけど、自分の部屋がベッド以外壺だったのは驚いた。

 なんでもそのラインが女性に見えるのだとか。奥さんも娘さんもいるくせに何言ってんだか。

 

 またベルが鳴る。

 あぁ、お向かいのワイン店のオーナーの奥さんじゃないか。

 日本人離れした顔立ちだったからちょっとふざけてマダムって呼んだら大層気に入ってくれて、ウチでお茶とか買ってくれるようになったんだよなぁ。

 勿論オレもワインを購入しているし、たまに2人で飲んだりもしている。

 

 あ、この間ランサーさんに紹介した奴を買って行ってくれたみたいだ。今度あのお店も紹介しようかな。

 

 チリンチリンと2回連続でベルが鳴る。

 

「げっ」

 

 ん、この声は。

 拭き終った西洋剣を丁寧に置いて、店の方へ行く。

 

 そこには1人の女性――頬を引きつらせて、今にも退店しそうな美綴綾子の姿が。

 そのまた後ろには、買い物袋――いや、あれはゲーセンの商品持ち帰り袋か?――を両手いっぱいに持った衛宮の姿があった。些かげんなりしている。

 衛宮は「だから止めたんだけどなぁ」と呟いているように見える。

 

「あ、あはは……そうだった、ライダーさんは野場の家で働いてるんだった……!」

 

「……アヤコ。まさかあなたの方から、私に会いに来てくれるとは思っていませんでした……これはいわゆる、据え膳というモノで?」

 

「ちょぉっ! って、野場! ニヤニヤしてないで助けてくれ!」

 

「えぇ~、どうせ美綴の事だから、『昼間っから仕事三昧な野場を冷やかしに行ってやろう』とか言って新譜さらったあとに衛宮とゲーセン行った帰りにウチに寄ったってクチだろ~? 同情できる要素がひとっつもないすぃー」

 

「ソ、ソンナコトナイゾー?」

 

「経緯はともあれ、アスカ。そろそろお昼休憩ですし、私は少しアヤコと……」

 

「わーわー! お邪魔しました! ほら衛宮、行くぞ!」

 

「俺まで!? なんでさぁぁ――ぁ――ぁぁ……」

 

 衛宮を掴み、去っていく美綴。

 流石の身体能力を褒めるべきか、そこまで嫌がらなくても良いじゃんと言うべきか。

 オレもライダーさんはストライクゾーン外だからアレだけど、レズは肯定派だからなぁ。

 容姿的な意味では元々同一人物のようなものなんだし、そこまで嫌悪しなくても。

 

「……つか、ほんとに冷やかしに来ただけかい」

 

「……アスカ、私はこの火照った身体をどう鎮めるべきでしょうか?」

 

「帰った後に衛宮食べりゃいいじゃん?」

 

「な、何故それを……」

 

「マジだったんだ……」

 

 そんな感じの、昼下がり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 目を覚ました。

 ……眠っていたのか、オレ。

 ブルーシートの上……じゃ、ないな。ここ、2階のオレの部屋……ロフトのベッドか。

 

「んんっ……」

 

 伸びをする。

 窓の外はすっかり黄金色(こがねいろ)で、入り込む日差しはほぼ水平だ。

 伸びの時に出た涙を拭いつつ辺りを見渡すと、俺の真横でもぞりと動く気配が。かけられた毛布の中に、誰かいるらしい。

 

「ふぁふ……ん?」

 

 オレは骨董品たちを整備する時、制服としてではないサロペット……まぁ半作業着みたいなものを着ているのだが、それは見当たらず、下の無地のシャツだけになっていた。

 そのシャツはメンズ故、首元に3つのボタンが止まっているのだが、それもすべて外されている。

 そして10月だと言うのに妙に汗が……。

 

「んーっふっふっふっふ……?」

 

 おいおい冗談はよしこさん。

 思い出されるのはお昼の会話。ライダーさんの最後の言葉。

 

『……アスカ、私はこの火照った身体をどう鎮めるべきでしょうか?』

 

「……ハッハー、想像通りならこの辺りにむちむちぷりんが……」

 

「んっ」

 

 ふにょ、と何かに触れる手。毛布越しにわかるその大きさと弾力に戦慄する。

 ウォホポーッ! とでも煙突から叫び出してしまいそうだ。

 いやほんと、確かにオレはロリコン気味だけど、普通におっぱいは好きなんだ。

 

「……ま、ホントに冗談はさておいて。出てきてくれ、ライダーさん。この毛布オレの脚が出るほどしか幅がないんだから、故意に丸まったりしなけりゃ全身隠れるのは無理だって」

 

「……もう少し焦ってくれれば可愛げもあるのですが」

 

 珍しくむすっとした表情で出てくるライダーさん。ちなみに先程揉んだのはお尻である。

 ……いや、十二分にセクハラなんだけどね?

 

「オレ、いつごろ寝ちゃってたんだ? 記憶無いんだけど」

 

「お昼休憩に入ったすぐに、パタりと。流石に心配する倒れ方でしたので、脈拍等を見た後にベッドに寝かせました。医者ではありませんので確実な事は言えませんが、恐らく疲労かと。そのまま放っておくのは流石に憚れましたので、普段の意趣返しを込めて事後風味に演出をしておいた次第です」

 

「わー、ありがとうというべきかやめてくれというべきか。いや、やっぱありがとうだな。おかげで調子もばっちりだよ」

 

「ええ、それはよかった。……まぁ、元はと言えば……」

 

「ん?」

 

 何かボソッと言ったような。

 なんでっしゃろ。

 

「いえ、なんでもありません。それではそろそろ失礼しますね」

 

「あー、明日の給料に時間外つけておくから。ほんと、ありがとねライダーさん」

 

「はい、お大事になさってください」

 

 そう言ってライダーさんはするするとロフトを降りて行った。

 一応、本当に一応下をしっかり履いている事を確認してから、オレも階下へ向かう。

 台所にカップラーメンの残骸が無い辺り、お昼食べてないな、ライダーさん。

 食べる必要が無いとはいえ……いやまぁ、わざわざカップラーメンを食べるものでもないか。

 

「っとと、やばいやばい」

 

 そろそろ日が暮れるので、ガラガラとシャッターを下ろす。

 ライダーさんは触れられなかったのだろう、整備途中の骨董達を所定の位置に戻し、午後に行う予定だった子らに一言言って片付ける。

 

 その時、視界に何かキラりと光るものが映った。

 それは鋭く、長く伸びて、何かを刺し貫く。

 素早く戻るソレの帰った場所には、見覚えのある長身が――。

 

 ガシャン。

 

「……閉店ガラガラ。あそこは切り取り撮影でお願いします……ふぅ」

 

 振り返る店内は暗く、心無しか骨董達から湯気の様な物が立ち上っているようにみえなくもなくもない。つまり見えない。

 躯の悲鳴など聞こえないし、骸の断末魔も聞こえない。

 キシャアキシャアという耳障りな音も一切聞こえてこない。

 

 ガシャァン! と、シャッターに叩きつけられたヒトガタのカタチなど、全く以て見えない。

 

「……ッ!」

 

 今さっきまでライダーさんの温もりを感じていたからだろうか。いや、そうなのだろう。

 寂しいという感情が荒波を立てて襲い掛かってくる。

 咄嗟に勾玉を掴み、2階へ上がり、ロフトを駆け昇る。ベッドにダイブして布団を被るも、昼の12時から夕方18時までをぐっすり眠った弊害か、全く眠くならない。

 

 震える。怖いさ。

 震える。だってオレは、ただの人間でしかない。

 震える。”アイツ”みたいな特異性も、”彼”のような必要性も無い。

 

 声が、震える。

 

 

 

「……らいだー、さん」

 

 

 

 

「はい。呼びましたか、飛鳥(・・)

 

 

「うっひょぁぁああああ!?」

 

 

 

 存外至近距離で聞こえたその声に奇声を上げて飛びあがってしまった。

 ロフトの窓から入るツキアカリに照らされて、その姿が明瞭になる。

 いつも通りのダボっとした服装の、オシャレのャの字も知らないような服装の……普段のライダーさんが、そこにいた。

 

「ヌ、ヌァズェココニルンデェス!?」

 

「一度帰って桜に顛末を話した所、今日くらいは放っておかずについていてあげてください、と頼まれまして……。倒れた病人を放っておくのは私としても忍びなかったので、桜の護りは同僚に任せて私はこちらへ」

 

「な、なるほど……?」

 

 ……こりゃ、ブロッサムさんに借りが出来ちゃったかな。

 いやはや。

 

 超、安心した。

 

夜闇(よやみ)が怖くて寝付けない様子でしたので、ここは1つ私が共に寝て上げましょうかと」

 

「おねがい」

 

「というのは冗談で、私は本でも読んでいますので……え?」

 

 ライダーさんの珍しい頓狂顔。

 いやいや、無理だよ。見えないように、聞こえないようにしていたけど。

 アレ怖いよ。本当に。

 

「おねがい……らいだーさん、一緒に寝てください……」

 

「……………………ごく」

 

 あ~! こっ恥ずかしい!

 誰かに一緒に寝てもらうとか……縁にも頼んだのは1回だけだってのに!

 いやぁ慎二マジすごいわ。オレみたいに余波を見ただけじゃなく、戦争そのものを経験しておいて、普通に1人で寝られるとか……有りえない。

 だって今もうオレ泣きそうだもん。オレっていうか私の部分が泣きそうだもん。くりーむそうだもん。

 アグモン、進化ーっ!

 

「あんまり遅くならない内に眠りたいから……その、抱き着いてもいいですか」

 

「……別人?」

 

「寒いから……」

 

 あと大きいから抱き枕感ある。

 言ったら拗ねられそうなので絶対に言いませんけどね!!

 

「ふふ……わかりました」

 

「ありがと……」

 

 ぬぁ……なんでこんな舌足らずになってんだオレは。

 誰だよ。ほんと別人みたいな……あぁ。

 まぁ、いいや。久宇。

 

「では失礼して……」

 

「ん」

 

 まぁ、ライダーさんの好みは「スタイルの良い処女」だから大丈夫でしょ。色々。 

 スタイル良くないし。小さいし? 

 

 ……けど、温かいなぁ。

 この人が霊だなんて、信じられないや。

 

 ぎゅっと勾玉を握りしめて目を瞑る。

 不思議と眠れる気がした。

 

「おやすみ、ライダーさん」

 

「はい。おやすみなさい、飛鳥(・・)

 

 おやすみ。

 


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