「……ふぁぁ……」
久しぶりに、長く、深い眠りに就けた。
もうこの繰り返しは1か月半になろうとしていて、心の休まる時はほとんどなかったことが原因だろう。
毛布や掛布団とはちがう、人肌のぬくもりに包まれたオレは、心安らかに眠ることが出来たのだ。
そう、人肌。
「んぅ……んー」
オレを背後から抱きしめるような形で、オレの首元には2つの温もりの塊。いや、果実。
オレの胸には両腕が、足には両脚が絡められていて、どこへもいかないよと安心させてくれているようだった。
睡眠中は安眠も安眠だったが、恐らく起きた事を察知したのだろう、伸ばされた両腕の先の掌は、オレの身体をさわさわと
ならばお返しにとブラストバレーに埋められた頭をグリグリ動かしてみれば、その長い腕が胸を過ぎて腹を通り、腰骨で一度円を描いて足の付け根の方に――。
「……起きないのなら、これ以上行きますよ」
「お、おはよう! おはようライダーさん!」
穂群原学園3年生、野場飛鳥。
恋愛対象は年下か小動物系女子である。
「んー、ホントに大丈夫なんだけどなぁ……っていうか、ブロッサムさんのトコ戻らなくてホントにいいの?」
「夕方には帰りますが、今日は一緒にいてあげて、と頼まれましたので。それと倒れた翌日まで仕事をする必要はないかと」
過労で倒れた(らしい)オレは、この連休最終日である月曜日を野場骨董品店臨時休業日として休みにさせられ、ほぼほぼ病人のような扱いを受けている。
ライダーさんは夕方まで帰るつもりがないと言い張り、更には昼間にブロッサムさんが来て、栄養のある食事を作ってくれると言うのだ。おいおい借りばっかが膨らんでいくぞ。
正直ブロッサムさんがオレに対してそんなに世話焼いてくれる理由がわからないのだが、説明してくれる気配はない。
大人しく慈悲を受ける事にした。
「別に風邪ってワケでもないんだから……」
「過労は風邪の大元と言いますし」
「……まぁそうだけどサ」
ベッドの中で寝っころがっている事を奨められ、反論するも正論で叩き返された。弱いなぁオレ。
だが、なんというか。
「落ち着きませんか?」
「う……あぁ、家にいる時はほとんど骨董品と触れてたから、何もしてないってのが……3歳、いや2歳だったかな? そんくらいからオレは骨董品のメンテナンスやってたんだよ。両親に混じってな」
「それは、俗にいう
「……ライダーさんだって人の事言えないだろ。そんなに言うなら、ライダーさんもベッドに入って一緒に寝ようぜ」
「では失礼して」
「ぬあ……勝てねえ……」
ベッド脇で立膝だったライダーさんは、いそいそとベッドに入る。
元々このベッドは両親が使っていた物で、シングルベッドを繋げているためにどっちかが落ちる、なんてことはなく、掛布団も広々。むしろ1人で使っていると広すぎると感じる程なので、2人が寝る分には正に丁度いい、という感じだったりする。
だというのに、ライダーさんはこっちのベッドの付近……というか、オレの近くに移動してきて、ぴっとりくっついた。
「……ライダーさんは美綴みたいなのが好みなんだろ。もしくは衛宮」
「おや? 病人を温めようとくっついただけだったのですが……」
「……」
墓穴を掘ったか……。
そうだよな、一々そういう目で疑うのは良くないよな。
っていうか、別にライダーさんなら……おいおい、オレ何考えてんだ。
「桜が来たら起こしますので、眠っても良いんですよ?」
「いやー、昨日18時から寝て、朝起きたのが5時きっかりだろ? 寝すぎだって」
「ふむ。……それでは、眠くなるように昔話……アスカの思い出を話してくださいませんか?」
「オレの? そこは普通、ライダーさんの、じゃないの?」
「私の過去など、面白い話ではありませんから」
……まぁ、話せるもんじゃあないよな。
ライダーさん……メドゥーサの過去なんて。
話したくも、ないだろうし。
「んー、つっても……そんな面白い話はないけどなぁ」
「では、リクエストをしましょう。ガラガラガラ、野場飛鳥の半生~幼少期~」
「何その効果音」
「紙芝居の回す部分の音です。近代図書にありました」
あぁ、あの横についてるヤーツか。
あれガラガラガラってよりギジジジジって感じだけどね。
「幼少期ーねぇ。さっきも言ったけど、ずっと骨董品たちと一緒にいたなぁ。拭いて磨いて、梳いて払って……1つ終わらせるたびにその骨董からお礼を言われている様な気がして、オレも楽しくなって……ここまでやってる。これからもやり続けるけどな」
「お礼、ですか」
「ホントに声が聞こえたわけじゃないぞ? けど、子供の心ながら『ありがとう』とか『助かった』とか『礼を言う』とか……モノに人格があって、オレの仕事に応えてくれてる、って考えるとやる気出るだろ? 辰巳……あぁ、父さんなんだけど、辰巳の仕事を手伝えるってのも嬉しかったから、ホント没頭したなぁ」
「ふむふむ。けれど、外でも遊んでいたのでは? アスカの無尽蔵ともいえるスタミナは、幼少期から培わなければつかなそうですが」
「んー、まぁ外で遊ぶことは確かにあったけど、圧倒的に店にいた事の方が多いなぁ。スタミナの方は生まれつきで、4日くらい眠らずに骨董整備してたら、縁にバレてベッドに叩き戻されたっけ。あぁ、縁ってのが母親ね」
そもそも辰巳があんまりにも楽しそうに骨董と触れ合うから、憧れたんだし。縁がキビキビと仕事をして成果を出すから、真似したくなったんだし。
……おお、字面だけ見ると衛宮に通ずるモノが……いや、ないか……。
あったとしても、衛宮のアレはハイエンドだからなぁ。あそこまでは行けないって。
「今とあまり変わらなそうですね。それでは、ガラガラガラ。野場飛鳥~小学生~」
「……これ、寝られる気がしないんだけど?」
「? そうですか? 先程から、何度かアスカは意識を失っているように見えましたが」
えー……マジか。
あぁ、睡眠不足が過ぎる時に音楽を聞いていると、時々音楽が飛ぶ――気付かない内に意識を失って寝ている――奴と一緒か。
んー、眠くは無いんだが……やっぱり疲れてんのか?
「――……みなさい、アスカ」
ふぁあ……あれ、欠伸。
眠いんじゃん……オレ。
「……ん? どこだ、ここ」
肌を撫でる潮風。一面の水色と青。バウンダリー。
埠頭……あぁ、冬木市の埠頭じゃないか。
いつもあの辺でランサーさんが……いない、な。
ゴロゴロゴロドーン!!
「どうわぁっ!? 何!? なんでいきなりカミナリ!?」
明らかな晴天だったのに、突如雷が降り注いだ。
どういうことか、既に天は厚い雲に覆われてしまっている。
台風でも来そうな雰囲気だ。早いとこ、家に帰らないと。
「……まて、そうだ――これは、シリアスじゃない時の……ッ!」
周囲が白む。
脳裏にどこぞの宇宙の背景と、どっかで見た事のある映画っぽい文字が天へと昇って行く。
.
───時は来た。
星の覇権をかけた王者の戦いを始めよう。
.
.
.
貴方は選ばれた最強の勇者ゴバッチネン。
.
王国の転覆を企む火竜パヤパヤの棲む洞窟へやってきたのだが、
『続編ゲームの呪い』によって装備とレベルを初期化されてしまった!
.
しかし宿命は待ってくれない。
悲嘆にくれる貴方の前に、以前倒したはずのロードゴブリンペヤング三世が現れた……!
.
戦うのなら>>14へ。引き返すのなら>>14へ進め。
.
それってドラゴン・ファンタジーっていうかグレイルクエストっていうか、あぁアーサー王と聖杯伝説繋がりですかそうですか!
14行ったら死ぬじゃないですかやだー!
さらに、どこか近くで、誰かが高らかに説明口調で話す。
「な、なんてコトだ……! このカプセルは未来世界で大流行なもしもしゲーで、基本無料だけど最終的には重課金を要求、しかしその見返りにランキング1位になったプレイヤーは世界を思い通りにできるだと……!!!!?」
あ、よかった。
比較的カオスじゃないカプセルの方だ。
並行世界から色々な性格変わった奴とか『 』の姫とかが流れ込んでくる方じゃない!
それでもカオスだけど!
「はっはっは! うひょークカカコココキイキイ! その通りだ選ばれた日本チャンピオンよ! あと待っていた、オマエを待っていたぞ我が運命のデュエリストよ!」
「貴様、何者――!?」
「ハハハハハハ! 何者かだって? 何者かだって? 何者かだってぇ! 分からないか、そうさ分からないよねゴージャスな僕! すごいぞ気持ちワルイぞー!」
誰かと誰かが話す。
ク、雨風で前が見えない! あと雷も凄い!!
早く覚めろよ夢! わかってんだぞ!! っていうか夢で水を出すな! お漏らしフラグじゃないか!!
「見てみて――、あぶぐ銭で溺れる悲喜こもごもとか人間の負の想念とか、そうゆうのが溢れてもうタイヘンさ!」
「ま、まさかオマエは――……――……!!!? バカな、オマエは確かに死んだ筈だ!」
「死んでないのねー! いえ、キャラ的にはほとんど死んでいましたが、だからこそ地獄から蘇ったのだゴッドプレイヤー・――よ! ククク、しいたげられた者どもの怒りが僕を蘇らせたのだ。んー、見てほしいねこの滾るマイパワー」
要所要所、具体的には名前の部分で雷が鳴るせいで奴らが何者なのかわからない!
いやわかるけど! わかるけどわからないっていうか!?
「――ッ!!」
「――ッ!!」
あぁっ! とうとう何も聞こえなくなった!
ぬあ、高波が!! く、舐めるなよ! オレは水が冷たくなけりゃ20kmくらいは泳ぎつづけられるぞ!!
「――あ、温かい。……うわ起きたくねぇ」
目が覚めた。
「アスカ、起きましたか? ……汗をかいていますね。今、タオルを持ってきます」
「……いや、焦った。流石にこの年になってお漏らしは不味い。うん、してなくてよかった」
寝汗は酷かったが、最悪の事態は免れたらしい。
うあ、喉がカラカラだ。
全く……なんつー夢だよ。港に行ってから発生しろよ。
「……この匂い。参ったな、ブロッサムさんもう来てたのか。出迎えもしないで、本当に悪い先輩だなぁ、オレ」
肌に張り付いた服をパタパタとやって身体を覚ましつつ、ベッドから降りる。
その時、コロンと……金色のカプセルが落ちた。
ハッハー。
「骨董品としての値打ちあり……。仕舞っておこうな。うん」
衛宮の目に着いたら、嫌な予感するし。
オレは一般人なの。聖杯戦争には関わりないの!
っていうかコレ置いたの金髪君だろ! 何の根拠もないけどな!
「アスカ、タオルを持ってきました。さ、服を脱いでください。パジャマも新しいものをもってきましたから」
「ああ、ありがと。でも、自分で拭けるから……いやいや、タオル貸してくれよ」
「服、脱いでください。拭きますので」
「後輩女子が昼飯作ってくれてる上階で裸になって身体を拭かれろと?」
「何か不都合が?」
……いや、ないんだけど。
ないんだけどさぁ! あるじゃん!
色々あるじゃん!?
「そのままだと、本当に風邪をひきますよ」
「……わかったよ……」
その後の事は、筆舌に尽くしがたい。
「ほんと、昨日今日とありがとうな、ライダーさん。ブロッサムさんも、昼飯本当に美味しかった」
「はい、お大事に」
「では、失礼します。……その、兄がご迷惑をおかけしました」
「?」
そんな感じで、2人は帰って行った。
久しぶりの1人。
骨董達を1つ1つ撫でていく。
……温かいなぁ。
「……また、墓参り行くか」
寂しさを覚えて、わかった。
あんな場所にずっといるのは、寂しそうだ。
今度はどんな酒をもっていこうかな。
こうして最後の夜が終わる。
オレの知らない聖杯戦争は終わった。
オレの知らない戦いは勝者を生むことなく、
オレの知らない異常は解明されることなく、
オレの知っている楽園は、今もこうして回っている。