朝5時きっかりに起床する。
10月らしい肌寒い朝に腕をさすりながら着替えを済ませ、寝室よりさらに寒い店内に入って真経津鏡を内に向ける。
シャッターを極力音立てない様に開ければ入ってくる冷たい空気。日はまだ昇っていない。
自動ドアの開閉部分に油を差して、結露を雑巾で取って準備完了。
商店街のいくつかはオレと同じように準備を開始しているが、それでも人気のない朝は
昼とは違った空気が合って面白い。お向かいのワイン店のオーナーに小さく会釈をすれば、オーナーはニカっと笑いながらサムズアップを返してくれた
久しぶりに気兼ねの無い朝。
もう一度大きく伸びをして、肺の空気を入れ替える。
「……うっし」
ようやくあった、在り付けた変化。
それはオレにやる気を取り戻させてくれた。
繰り返し続ける四日間を、終わらせるためのやる気。
でも、まぁ。
「まずは自分のやる事から、だな」
パン、と頬を叩いて、店内に戻る。
骨董たちよ! 私は帰ってきた!!
「おはようございます、アスカ」
「おはよ、ライダーさん」
いつも通りライダーさんが来る。
いつも通り、いつも通りだ。
だが、それじゃあダメだ。
にゃんこさんの時のように、オレから些細な事でもいいから歩み寄らなければ、この繰り返しに罅を入れる事は出来ない。
もし本当に彼女の代わりをさせられているのだとしても、オレはナビゲーターの代理人だ。代理人でしかなく、何処まで行っても本人ではない。
なら、動きようもある。
「ライダーさん」
「はい。どうしましたか、アスカ」
「……ごめん、なんでもない」
「はぁ、そうですか」
……そう思い切って声を掛けてみたが、何も考えてなかった。
ならプランDだ!
「んなもんねーよ」
「アスカ?」
ダメだダメだ。
何か言おうと思っているから出て来ないんだ。
自然体自然体。ネイキッド・アスカ。
「えーっと「ところで、アスカ」あ、はい」
「いえ、お先にどうぞ」
「あ、いえいえ。こっちは別に大したこと考えてないんでライダーさんからどうぞどうぞ」
大したことって言うか何も考えてないんで。
そうだよ、自然体のオレなんて頭空っぽだよ!
「では。
アスカは枝毛を気にしたことは有りますか?」
「……え? 枝毛?」
「はい。枝毛です」
……確かにオレの用事も大したことないというか恐らく中身のないモノになっていたと思われるが、ライダーさんのそれもそれでどうなんだとツッコミをゴクリと飲み込みまして。
枝毛。
髪が傷めば最も顕著に見た目として現れるソレ。
気にしたことがあるかないか、なら。
「そりゃあるよ。一応ね」
「意外ですね」
「オレもそう思う。けど、暇つぶしとかで髪チロチロ弄ってると割と気になるからさ。で、なんで急に枝毛?」
「いえ。朝、リンやシロウとの話題に出たもので」
なるほど。
大方ライダーさんのまっさらな髪を見て遠坂嬢が値踏みしていた所を衛宮が見たとかそんな感じだろう。
あるある。
「……」
「……」
会話が途切れる。
いや、別段変わらない、いつもの事ではあるのだけど……。
こう、何か変化を起こさなきゃ、と思えば思う程、口下手になっていく感じだ。
落ち着けノバ・アスカ。ネイキッド・アスカだ。スーハー。
「そろそろお昼ですね」
「……ソダネー」
腹が減っては戦は出来ぬ。
とりあえずカップ麺を食べよう。
「よーし!」
やめやめ。辛気臭いのはアスカちゃんには似合わない。
ここはひとつ、気分転換にどっか行こう。
「ってことで、ライダーさん。ヴェルデにデート行こう!」
「わかりました」
OKが貰えたので、半紙に筆で「臨時休業!」の文字を書いて、店のシャッターに張り付ける。もうだいぶん書き慣れた。「臨時休業!」の五文字だけなら書道初段を取れる気がする。
ライダーさんはお洒落の草冠も知らないジャージ姿で、オレは超絶お洒落なジャージ姿で外へと繰り出した。勿論施錠はしっかりした。
「アスカ、もう少し暖かい恰好の方がいいのでは?」
「あぁこれ中にヒートテ○ク着てるからヘーキヘーキ。ちょっと歩けばすぐに温かくなるよ」
逆を言えば今は寒いのだが、まぁそれは言わぬが華である。
さて、新都へいくためにバスに乗り込んだオレとライダーさん。
日曜日だというのにバスはガラガラで、ガラガラというかオレ達以外乗客はいなかったので、オレとライダーさんの貸切状態に等しかった。
新都へ着いて、その足でヴェルデへ向かう。なんならカップ麺を食べずにここで昼食を取ればよかった、なんてイマサーラな事を思いつつ、目的も無くライダーさんを引き連れてぶらつく。
「ん?」
「お」
デートならここだろうと入った――入ろうとしたファンシーショップの入り口に、見覚えがあり過ぎる赤銅色の髪をした男子が一人。あ、独り。
衛宮だ。
「野場と……ライダー? なんでこんなトコに」
「いや、それはこっちのセリフなんだが。なんだ衛宮、少女趣味に目覚めたのか」
衛宮は一人でかわいらしいくまさんが並ぶショップの前で棒立ちをしていた。
入口で突っ立ってると邪魔だぞ、衛宮。
「シロウ、こんな所にいたの? 遅いー、って、ライダーじゃない。あなたもぬいぐるみを買うの?」
「いえ、そういう趣味はありませんが……」
「ふーん? あ、もしかしてライダーも誰かとデートかしら? 私は見ての通りシロウとデート中だけどー」
イリヤスフィール嬢は楽しそうに言う。
本当に楽しいのだろう。
その喜が伝わってくる。
「エミヤ、オレ達にかまう必要なんかないからさ、とっとと店に入ってついていってやれよ」
「え。あ、あぁ」
「シーローウー? どこ見てるのー? ほら、こっちこっち!」
衛宮はイリヤスフィール嬢に手を取られ、何度かこちらを振り向きながらも彼女について行った。
ライダーさんもオレも、それをほっこりとした目で見送る。
ライダーさんがどのような心中かは知らないが、オレにとってのあの光景は心温まるものだ。
今も冬木市の郊外で突っ立っているだろう亡霊も、恐らくは同じ気持ちなのだろう。
「……今」
「ライダーさん、ちょっち甘味処寄ってってもいい?」
「――はい」
何かを言いかけたライダーさんを遮って提案する。
甘味処。スウィートゥ。
ヴェルデの有名なケーキショップへと入り、二人楽しくデートを満喫した。
「あ、いたいた。おーい野場ー! ライダー!」
さて帰ろう、というところで、後方から衛宮が駆け――早歩きで歩いてきた。
その近くにイリヤスフィール嬢の姿はない。
「どうしましたか、士郎」
「いや、さっきは悪かったなって思ってさ。コレ、貰ってくれ」
そう言って渡してくるのは紙袋(温)。
いつか柳洞と衛宮と買って帰った大判焼きの袋だ。
「んなこと全く気にしてないと言うか、今の今まで忘れてたわ。貰えると言うのなら勿論貰うけども」
「貰うんですか」
「貰うよー。過剰なお礼は受け取らないけど、お詫びなら貰うね」
衛宮からのお詫びならなおさらの事だ。
むしろ貰わない方が衛宮は困るだろうし。
「ああ、そう言ってくれると助かる。じゃ、俺はこの辺で。イリヤを待たせると後が怖いからな」
あぁ、抜けて来たんだ。
律儀というか、なんというか。
気にし過ぎ、というか?
またも足早に去っていく衛宮の後姿に手を振ってオレ達はヴェルデを後にした。
「アスカ」
「ん? なに、ライダーさん」
「いえ、もう分かれ道ですので」
「ワァオ」
深山町商店街直前の分かれ道。
ライダーさんがあっちで、オレがこっち。
考え事をしていたせいで目に入らなかったようだ。
「考え事ですか?」
「んー。うん。そう、考え事」
主に今日のオレについて。
思うに、張り切り過ぎて空回った、というのが敗因(?)だろう。
余程変化があった事が嬉しかったのだろうな、と自己分析をする。
ただ、オレの知る限りでタイムリミットが存在するのも事実だ。
彼は万能ではなく、彼女は刻一刻と死に近づいている。
この繰り返しの四日間がそのまま反映されるわけではないのだろうが、それでも無理をして彼女がコンタクトを取ってきた辺り、それなりに厳しい状況なのだろう。
もし、それこそキャスターさんのように
何が問題になるんだ?
「アスカ、大丈夫ですか?」
「あ。すまん、また考え事してた。今日は付き合ってくれてありがとうな、ライダーさん」
「それは構いませんが……大丈夫ですか? 店まで送って行きましょうか?」
「いやいや、ダイジョブダイジョブ。それよかライダーさんはブロッサムさんを迎えにいってやりなさいな。今日も部活行ってるんだろ?」
「あぁ、はい。なんでも、弓道部の出し物がまだ決まっていないのだとか」
「――……ふむ。ごめん、ライダーさん。明日のバイト無しでお願い。ちょいと学校に顔出すからさ」
「わかりました。……それでは、気を付けて」
「ん、ライダーさんもね」
そうか。
出し物が決まっていない、という所まで行っているのか。
なら、もしかしたら――。