【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月11日 (55)

「ういーっす」

 

 ガラリガラリとスライドドアを開けまして、返事も待たずに生徒会室へ侵入する。

 中にいた一人の男子生徒はこちらを見ると、

 

「野場か。どうした、休日だが」

 

「ブーメランありがとう。投げ返すよ」

 

「む……俺は公務だ。今日の四時が文化祭の出し物の締切なのでな。こうして待っているだけだ」

 

「ほーかほーか。オレはアレだよアレアレ」

 

「アレか」

 

「うむ」

 

 適当な椅子にドカっと座り、携帯用将棋盤を取り出してテーブルに置く。

 二つ折りになる、マグネット式のヤーツだ。さっきコンビニで買った。

 

 一緒に買ってきた餡子入りスパご飯を食べながら駒を並べていると、雑誌を開いて腕を組んでいた柳洞がオレの対面に座りなおしたではないか。

 

「……なんだ、四時まではかなり時間があるのでな。俺で良ければ、相手をするぞ。野場」

 

「ボロ負けの未来しか見えない」

 

「はっはっは、安心しろ。多少の手心は加えてやるさ」

 

 ……まぁ、オレがここにいる事を正当化するために持ってきたのだから、計画通りなのだが。

 せめてオセロにすればよかったとは思わないでもない。いや、オセロだから勝てるというわけではないのだが。

 

「ま、お手柔らかに頼むわ」

 

 重ねた年齢ならこっちの方が上なのだ。

 意地を見せてやらないとなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

「……型通りの動きではあるが……存外腕が立つな」

 

「十九戦やって三勝しか出来ていないのですがそれは」

 

「いや、なに。同年代と将棋を指すという事は中々ない事でな。むしろ常日頃から将棋を指していない者に三敗もしたとあれば、俺もまた一層の精進をしなければならん」

 

「じゃあオレは柳洞に将棋で三回も勝ったって自慢できるワケな」

 

「うむ」

 

 パチ、パチと駒を打つ。木製のそれとは違う、マグネット同士がぶつかりあう音だが。

 一応駒落ち無しで三回だ。

 たった三回と取るか、三回もと取るかは個人によりけりだろうが、オレとしちゃあ悔しさはMAXHEARTである。

 

「次で切りもいいし、終わったら昼食にしないか? オレが買ってきたモンで良けりゃ……あぁ、柳洞には良妻弁当があるのか」

 

「良妻? 誰の事だ」

 

「衛宮」

 

 その時、タイミングよく生徒会室のドアが開く。

 現れたのは衛宮。

 

「おーい一成来たぞー……と、野場もいたのか。……一成? どうしたんだ、顔真赤だぞ」

 

「な、なんでもない! なんでもないぞ、衛宮!」

 

「?」

 

 衛宮の手にあるのは、風呂敷。

 あれが良妻弁当か。

 

「野場、何があったんだ」

 

「かくかくしかじかまるまるうまうまなっとうねばねばびよーんびよーん」

 

「それで伝わるのは後藤くんだけだと思うぞ」

 

「まぁ特に何かあったわけじゃないぞ。柳洞と将棋やってただけだ」

 

「一成と? へぇ、一成が誰かと指すなんて珍しいじゃないか。少なくとも学校じゃ見たことないぞ、俺」

 

 そりゃあそうだろうさ。

 なんせ遊ぶ相手なんかいるわけもない。学校なのだから。

 

「ゴホンッ、お山の僧や零観兄とはよく指しているぞ、衛宮」

 

「あぁ、そっか」

 

 なんでもないかのように、ごくごく当たり前のように衛宮は柳洞と自分の前に弁当を広げる。変な気を遣わせるきもないので、オレはオレで買って来たグラタンを取り出した。

 

「衛宮、茶ァ」

 

「はいはい……っと、待て待て。野場は水筒あるだろ?」

 

「よく覚えてんな」

 

 衛宮は茶を淹れこれまた適当な所に腰を下ろした。

 三人ともしっかり手を合わせる。

 

 いただきます。

 二十戦目はお預けかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室でぼんやりと時間を過ごす。

 将棋盤は片付けており、柳洞は雑誌の詰め将棋を、衛宮は新聞部の作ったクロスワードを、オレは適当な紙でエイトクイーンをして時間を潰す。

 同じ部屋にいるというのに面白いくらいに違う事をしていると思う。

 

「……そういえば」

 

 ポツリ。

 ふと、衛宮が思い出したように呟いた。

 

「野場は何の用でココにいるんだ? 文化祭の準備か?」

 

「ふむ。そういえば先程ははぐらかされたな」

 

 あ、はぐらかせていたんだ。

 しっかり伝わってしまったとばかり思っていたのに。

 さて、それにこたえるのも吝かではないのだが――、

 

「柳洞、誰か来たっぽいぞ?」

 

「む」

 

 素早く古雑誌を机の下に隠す柳洞。

 

「失礼します。二年B組の間桐桜ですが――あれ、先輩に野場さんだ」

 

「ちーす、邪魔するよ生徒会長……って、なんで衛宮と野場がいるのよ」

 

 来客は見知ったコンビである。

 心の中でガッツポーズとファンファーレを鳴らした。

 ガッツポーズは鳴らせなかったが。

 

「うっす。ちょっと暇を潰してただけだからお構いなく。大事な話なら外に出てるけど」

 

「よー美綴ィ。ブロッサムさんも、休日に精が出るねぇ」

 

「出なくていいわよ、衛宮。アンタ部外者じゃないしね。ついでに野場も残りなよ。これも縁だろうし」

 

「こちらの御茶請けを狙って来た、という訳ではなさそうだな。生徒会室に何の用か、美綴綾子」

 

 運動系の部活と仲の悪い生徒会長さまは警戒態勢で出迎える。

 ちなみにオレはだらーんと机に上体を寝そべらせて、顔だけ二人を見ている状況である。

 

「そ。まずはこれ、弓道部の提出物ね。時間、間に合ったでしょ?」

 

 そう言って紙束を出す美綴。

 チラりと盗み見て、そこに書かれた文字に歓喜した。

 

「うむ、四時にはまだ余裕がある。

 どれ……なるほど、演劇か。競争率の低いジャンルだ、受理しないわけにもいくまい。内容監査は後日だな」

 

「オッケー、じゃあ本題に行きますか」

 

 美綴は笑顔で言う。

 心倣しか、ブロッサムさんの表情も和らいだように見えた。

 

「本題だと?」

 

「うん、まぁ簡単に確認事項よ。

 黙っててもいいんだけど、一応生徒会にも話を通しておこうと思って」

 

「我々に話しを通す? 何かまたよからぬ事でも企んでいるのか美綴主将」

 

 一瞬警戒を解きかけた柳洞が、またも警戒ゲージをぐーんと上げた。

 

「あたしゃもと主将、今の主将はこっちの間桐よ。

 弓道部は新体制に成ったんだから、いつまでも昔の因縁を引き摺らないでほしいな。新主将は部員思いの優しい先輩なんだからさ」

 

「にしては美綴が主導権握って話してるように見えるけど」

 

「野場、うるさい」

 

 チラっと衛宮を見ると、衛宮も肩を竦めている。

 口出し無用、ということだろう。

 

「なるほど。確かに間桐さんなら今までとは違った弓道部になるだろうな。

 それで――」

 

 そこから始まるのは柳洞のお小言からの攻撃……もとい口撃。

 衛宮の援護もままならぬまま、徐々に追い詰められていくブロッサムさん。

 まぁこの辺りはオレが口を出す事でもないので黙って見守る。

 

「しかしですね間桐さん。

いくらなんでも急すぎる。加えて、そこの美綴さんでさえ二度ほどしか経験していない筈だ。

 そう言う人間に合宿を任せるというのは――」

 

「ええ、問題はそれなのよ。だからね生徒会長。

 まずあたしと間桐と、そこにいる衛宮と野場で柳洞寺に合宿に行くってのはどう?」

 

「オレも?」

 

「言うなれば予行演習ね。心配なら生徒会長も参加していいわ。それで合宿がどんなものか掴んで、一週間後に正式な合宿をしようと思うの。

 野場みたいなそこまで深い関わりが無いヤツもいた方が予行演習としての精度も高まるだろうし。

 どう、これなら文句ないでしょ? 柳洞寺に泊まるのはあたしと間桐と衛宮と野場。

 あ、もちろん衛宮は男子生徒だから、男部屋も用意してね。弓道部にだって男子はいるんだから、それもいいシミュレーションに成るでしょ」

 

何気にちょっと酷い事を言われた気がするが、本当は、というか本来はそうなのだ。

 この繰り返しの四日間に入る前は、そこまでの関係……然したるソレは無かったのだから、美綴の言い分は正しい。

 

「うむ。しょうがあるまい。そういう事なら許可しよう。野場も、時間は取れるか?」

 

「おう。ウチの客も二日三日開けた所で何も言わないさ。久しぶりに零観さんとも話したいしな」

 

 本当は酒を酌み交わしたい、と言いたかったが、流石にソレは無茶だろう。

 適当な酒器でも納める気ではあるが。

 

「ほ、本当ですか!? じゃあその、用意が出来ればすぐにでも合宿にいっていいんですね!?」

 

「構いません。父には話しておきます。

 確認しますが、利用するのは間桐さんと美綴さんと衛宮、野場の四名ですね」

 

「ええ。それに手伝いにもう一人ぐらいは参加するだろうけど、一人や二人増えても構わないでしょ?」

 

「無論だ。本番に備え、二十人単位の部屋を空けておこう」

 

 良かった良かったとにこやかに笑い合う二人。

 置いてけぼりの参加者一人と、顎に手をあてて何かを思案する一人。

 そして、カバンからヨーヨーを取り出し、窓に向かって射出する。

 

「ちょっと待ったぁぁぁああああああおぉぉおあっぶねぇよアスカ!?」

 

 一人――オレの放ったヨーヨーをギリッギリで避けた黒豹が、オレに吼えた。

 

「すまん、手が滑った」

 

「どんな滑り方だ! ったく……。

 気を取り直して……ストップエンジョイライフ! 弓道部にだけ合宿を許可するたぁ、穂群の黒豹が許さねーぜ!」

 

「蒔寺先輩……?」「蒔寺……?」「()バカ……?」「一周周ってバカ……?」

 

 それぞれの反応を返す我々。

 

「わははは、その通り!

 ある者は蒔寺先輩と尊敬し、ある者は蒔寺と呼び捨てにし、そしてまたある者はマバカと親しみを込めて呼び、これまたある者は蔑みを込めてバカにする、陸上部のエース蒔寺楓その人よ!

 ……ってちょっと待て、なんかヘンなの混ざってなかったか半分くらい!!」

 

「七割五分だぞ」

 

「うがぁぁぁああ!!」

 

「なんで俺を蹴る!? おまえの狙いはズレている! 正しくはそこでケラケラ笑っているヤツかだらけているヤツを狙いなさい!」

 

「蒔寺。色々と文句はあるが、とりあえず目的を聞こう。いや、目的だけを話してくれ」

 

 早く終わらせたい柳洞が提案する。

 多分、この場にいる美綴以外の人間全員が(ブロッサムさんも含めて)同意見だと思われる。

 

「目的? はん、そんなの言うまでもないね。

 話は聞かせてもらったよ生徒会長。弓道部が合宿するんだろ? けどそりゃ卑怯だ。アンタが生徒会長になってから、運動系の合宿は軒並み却下されてたじゃんか。それを今になって、弓道部だけ許すなんて見過ごせないね」

 

 驚いた。蒔寺、真面目な切り替えし出来るんだ」

 

「野場、野場、声に出てるぞ」

 

 いっけね。

 

「つまり抜け駆けすんな、ってコトだろ? 柳洞、折衷案を出すなら?」

 

「……まったく。

 それなら間桐さんたちと一緒に体験合宿をしろ蒔寺。陸上部も同じ条件なら文句はあるまい」

 

「む。……それは、弓道部と陸上部の合同合宿、というコトか?」

 

「そうなるわね。けど、アンタ一人じゃダメよ。

 そもそも陸上部の人達が合宿したがるとは限らないし、賛同者が半数を超えるか、今の主将がオーケー出さないと参加させないわよ。

 蒔寺、アンタ陸上部の子たち説得できるの?」

 

 なーぜか生徒会側に立って切り返す美綴。

 

「へ、へん、そんなの心配無用だい!

 あたしが声をかければ氷室や由紀っちの一人や二人、どうとでも都合がつく!」

 

 その二人しか都合がつかないという事でもある。

 まぁ、三枝が声をかければ半数以上は集まるのだろうが。

 兎の威を借る豹とは、なんとも示しがつかないな。

 

「よーし、そうと決まれば善は急げ。

 あたしたちもすぐに準備するから、そっちも急げよー! いえーい、次の連休から合宿だぞー! どわぁ!?」

 

「フィッシュ」

 

 回収していなかったヨーヨーの紐に引っかかったようだ。

 危ないから良いこのみんなは真似しないようにな!

 

 ブチ、という音がした。

 嘘だろ、ヨーヨーの紐を切ったっていうのか……。

 

「……ま、合宿日が決まったら教えてくれな。ついでにそん時二十戦目やろうぜ、柳洞」

 

「む……ああ、受けて立つ。精々腕を磨いてくる事だな」

 

「ういうい。そんじゃ、オレはこの辺で」

 

 席を立つ。

 ちょいと失礼と美綴&ブロッサムさんの間に割って入りつつ、生徒会室を出る。

 ヨーヨー回収しないといけないしな。

 

「……結局何しに来たんだ? アイツ」

 

 そんな衛宮の声に、ドキリとしながらオレはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「……ようやく、か」

 

 手を夕日へ向けて、輪郭を確認する。

 特に意味のある行為ではない。

 

 ようやく、ようやくだ。

 急がなくても良かった。急ぐ必要は無かった。

 ようやく、やってきた。

 

「……それはともかく、合宿か」

 

 お泊り会なら今世において友人と何度も経験しているが、組織としての合宿は前以来だ。

 

 何を持って行くべきだろうか。

 出来ることなど何もない。

 ならば、めいっぱい合宿を楽しもう。

 

 大人数……UN○だな。

 大丈夫。大丈夫だ。

 怖い事は何もない。

 

 大丈夫だ。

 

 大丈夫だ。

 

 







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