【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月11日 (56)

 開けて、十月十一日。

 合宿二日目は慌ただしく過ぎていく。

 

 

 約束を破った人間への復讐を悲しみと共に遂行する鶴。配役は氷室。

 

 背中を焼かれ、そして湖の中へと沈められた逆恨みの狸。配役は柳洞。

 

 道中で月を見て跳ねる、揺れる兎に出会う。配役はブロッサムさん。

 

 桃太郎の出生。苦しみ。迷い、生きる事。

 

 

 

 そして現れる黒幕。解説役のおっさん――配役は、遠坂。

 その正体は赤鬼。なるほど、海外圏で鬼は悪魔だったな。

 あかいあくま。

 

 赤鬼による呪詛の嵐に苦しむ桃太郎を守ったのは、猿。猿の繰り出した盾に呪詛は散る。 配役はアーチャーさん。

 

 

「弱い……。

 わたしは、こんな者を恐れていたのか」

 

 

 イライラとした様子で赤鬼は玉座の前から、桃太郎の前へと歩み出る。

 信濃の三年寝太郎と金太郎によるコンビネーションも通じはしない。

 鬼ヶ島の龍脈が赤鬼に無尽蔵の力を供給し、故に彼女は最強なのだ。

 

 

「さぁ、鬼退治をはじめたまえ、太郎たち。

 ……暴虐の限りを尽くし、決しようではないか!

 いったいどちらが鬼に近い存在なのか!」

 

 

 さぁ、出番だ。

 いい感じの噛ませ、というか、一応見せ場の存在するシーンを貰ったのだ。

 練習の代役だとしても、演じ切って見せよう――ッ!

 

 

 

 

「どうか、恨まないでほしい」

 

 

 赤鬼の背後に降り立つ。

 ちょっと鼻声を意識して、あんまり使わない和音が出せるという特技をフルに使って()に声を似せる。

 

 

「何奴ッ――!?」

 

「僕は鬼だけど……悪を正そうとする、最後の太郎だ」

 

 

 オレは何処まで行っても一般人の女の子としての身体能力しかもっていない。割合鍛えても見たが、すぐに限界を感じた程度には、普通だった。

 その代り、この無尽蔵とも言えるスタミナは自慢の一つだ。

 早さは無いが、持久力ならある。激しい運動をしようとも、息を切らさずに演じ切る事は出来る。

 

 腰から抜き放つ、模擬刀――ではなく、古刀。研いでいないので斬る事は出来ないが、しっかりとした重さを持っている。

 配役を貰った後、自分の持っている服を改造して、出来るだけ彼に似せて作り上げた戦装束。コスプレである。人生初のコスプレだ。ちなみに三枝には寝たと言ったが、これを作っていたので一睡もしていません。

 

 

「くっ――速い!?」

 

「無意味な支配はいらない。その……時には導いてくれた事もあったけど、今のやり方は賛同できない。主殿に刃を向けるなんてあってはならないことだけど……やらなきゃいけないことも、あるんだ」

 

 

 遠坂の格闘センスを信じて、手加減一切無しにあのモーションを再現しにかかる。

 無理。というか横からしか見たことないから再現もクソもないわ。

 

 

「貴様――風魔、小太郎かッ!」

 

「それでは、その……参ります」

 

 

 個人的にはすまないさんもやってみたかったけど、鎧だとセイバーさんと被るし。

 そもそも風魔小太郎という配役をオレに寄越したのは遠坂なので、語るべくも無し。

 

 ただ、セリフに無いアドリブはやらせてもらおう。

 

 

「即ちここは阿鼻叫喚……大炎熱地獄――『不滅の(イモータル)混沌(・カオス・)旅団(ブリゲイド)』!!」

 

 

 古刀を一旦しまい、もう一つの武装である苦無二つを逆手に持っての、

 

 

「きゃあっ!?」

 

「ちょ、それ閃光だ――!?」

 

 

 トンファーキック!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く、短かった演劇が幕を閉じた。

 

 バタバタしながらも審査員……葛木先生、藤村先生、零観さん……から好評を得て、文化祭の演習は無事終了。

 で、そのまま疲れも知らないかのように、合宿恒例の打ち上げへと移るのである。

 

 

 

 日が落ちる寸前の夕暮れ時。

 色とりどりのドリンクが乱舞し、藤村先生が持参した鉄板はお好み焼き製造機と化し、弓道部と陸上部の仲はそれなりに良くなって飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎで。

 日ごろから仲の悪い面々……主にアーチャーさん、ライダーさん、キャスターさんはやっぱりいつものまま、ギスギスしつつ合宿の出来を語り合う。

 そろそろ柳洞がキレそうだと頃合いを見計らって逃げた先にいたのは、零観さんと葛木先生。流石の零観さんも葛木先生の手前、U20に酒をすすめるのは避けたのだろう、飲まない代わりに二人の碁に参加させられた。

 

 

 そうして、日が落ちる。

 

 アーチャーさん、ランサーさん、ライダーさん、セイバーさんは自らの居場所へと帰った。キャスターさんは言わずもがな、ここが家である。

 

 

 そして始まった、最後のイベント。

 打ち上げという名の、怪談大会である。

 

 柳洞は男女合同の一大イベントに渋い顔をしながら、

 

 

「コホン。うむ、どうせやるのなら、これぐらいは提供しよう」

 

 

 等と言いつつも、雰囲気ばっちりの蝋燭を持ってきた。

 かくして、本格的な百物語の開始にみな戦慄しつつ、それぞれ秘蔵のネタを切り出してくる。

 

 柳洞寺に伝わる竜洞の死人増やしの昔話。

 あるマンションで行方不明になった青年。

 新都から月にかかる糸と、洋館で佇む女の幽霊。

 

 

 そして、気付けば瑕を負っていた玉の話。

 

 

 そういった噂話に興が乗り始めた頃。

 

 

「――わるい、ちょっとトイレ」

 

 

 そんな素振りの一切無かった衛宮が、席を立った。

 

 

「あ、なら丁度いい。オレもフラワーをピックしてくるわ」

 

「紛らわしいから普通に言え普通に」

 

 

 柳洞のツッコミを余所に、よっこら正一と立ち上がる。

 柳洞はオレが厠の位置を知っている事を知っているので、何も疑わずに送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギシギシと、彼が廊下を歩く音が響く。

 オレの歩みに足音は無く、ただ、彼の後を追いかける。

 

 

「――――見つけた」

 

 

 そう、彼がつぶやいた視線の先。

 そこにはダレモイナイ。ナニモイナイ。

 

 震える身体を必死に押さえつける。

 オレが今から向かうのは、オレみたいな木端が立ち入ってはいけない場所だ。

 それに、オレがあの二人と接触する事で、あの二人――片方には最初からバレているとはいえ――に、オレの存在を知らしめることとなる。

 

 そんな覚悟、オレにはない。

 

 ないけど、仕方がない。

 

 

「ふぅっ、――!」

 

 

 呼気を込めて、裏山へと続く林道を目指す。

 見えないものは存在しない。聞こえないものは存在しない。

 

 存在しないものは、オレには触れられない!

 オレにも、私にも!

 

 

 

 

 視界が開ける。

 木々のトンネルを抜けた先には、見知った高台が広がっている。

 今宵、月は恐ろしい程に冷たく。

 灼きつけるような同色に照らされて、銀の髪の少女が、オレを見ていなかった。

 

 

「――――」

 

 

 当たりまえだ。

 彼女の待ち人は、オレの目の前にいるアイツなのだから。

 

 

「おまえ、は」

 

 

 目の前のアイツが呟く。

 そしてゆっくりと、彼女へ向かって歩を進める。

 

 

「――なに?」

 

「カレン・オルテンシア。私の名前です」

 

 

 知っている。

 彼女の名前を、知っている。

 だから、この自己紹介はオレに向けられたものではない。

 むしろ彼女と彼の間に、オレなんて存在は存在していない。

 

 

「カレン――オルテンシア」

 

 

 反芻するアイツ。

 

 

「あ……っと、俺の名前は、」

 

「知っています。衛宮士郎。セイバーのマスターにして、聖杯戦争の勝者でしょう。貴方の事は、こちらに来る前に調べました」

 

 

 彼女と彼が、知っている会話を繰り広げる。

 まるで演劇の台本のように。

 アドリブなんて、アクシデントなんて知らないかのように。

 

 

 

 そして、時刻が零時になる。

 

 

 キィキィという唸り声が耳を劈く。

 

 

 ギャアギャアという悲鳴が脳を貫く。

 

 

 

 ギラギラと光る爪が、

 

 

 

 

 

「っ……――!」

 

 オレを、素通りしていく。

 

 この残骸たちの向かう場所はただ一点。アイツの元へだけ。

 アイツだけが、彼らを置き去りにする。

 

 

 オレとは、違う。

 

 

「……く、」

 

 

 笑みが口の端から零れる。

 

 彼と彼女の戦いが始まる。

 吹き飛び、裂かれ、集まる残骸の嵐。

 

 

 それらすべてが、オレを通過していく。

 

 

 

 最弱の英霊の劣化版。

 最弱の英霊の残骸達。

 

 彼らは彼に勝つ事は出来ない。

 彼らは彼女に勝つ事は出来ない。

 

 

 彼らがオレに触れる事は、出来ない。

 

 

「――ソが」

 

 

 吐き捨てる。

 結局、オレは台本に無い役者なのだ。

 

 ゲーム画面に付いた傷が、ゲームの内容に干渉できるワケがない。

 

 踵を返す。

 

 恐ろしい程の暴虐が腕を通り、足を通り、腹を通り、脳髄を通って行く。

 そもそも見えていないのだろう。

 

 自分で言ったじゃないか。

 

 見えないものは存在しない。聞こえないものは存在しない。

 オレにとっての彼らがそうであるように、彼らにとってのオレはそういうことなのだ。

 

 

「――お疲れ様でした。代役、見事に。出来る事なら、これ以上空白を生み出すのはやめていただけると助かるのですが」

 

「ヤだね。っていうか無理だね。アレが壊れない限り、オレは止まれないよ」

 

 

 月を見上げる。

 真っ黒い月だ。

 

 

「では、貴女も。目覚めたら私の家に来てください」

 

「おぅけぃ。神の家に土足でお邪魔するよ。オレが信じるのは付喪神だけなんでね」

 

 

 もう一度、月を見上げる。

 美しい月だ。一点を除けば、褒め称えられるべき芸術品だ。

 残念。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、最後の夜が終わる。

 

 オレの知らない聖杯戦争は終わった。

 オレの知らない戦いは勝者を生むことなく、

 オレの知らない異常は解決されることなく、

 

 

 だが、確実に、オレの知っている楽園には――傷が付いた。

 






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