「――そうよね、いつまでもこうしていられないわ。助けを待つより行動しないと」
唐突に遠坂がそう言った。
まぁ、確かに、まだ一時間半程度とはいえ密室に女子二人というのは……いや、まぁ、オレとしては? オレとしては別に?
出来るのなら相手が三枝だと尚よかったのだが。
「で、野場さん」
「あい?」
「何か、骨董品持ってない? 貴女の家の骨董品。なんでもいいのだけど」
「商品を持ち歩くと思うか?」
「……そうよね、ごめんなさい」
甚だしく遺憾である。
オレはこれでも店主だぞ。商品を自分の為に使うなど、滅多にない!
「だが遠坂、オレはこんなものを見つけているんだ」
「――それ」
「うむ。ケータイだ。ちなみにオレのではない。オレあんまり赤い物持ち歩かないし」
取り出したるは、赤いケータイ。
さっきマッサージしている時に拝借したのだが、落ちていた事にしよう。
「……野場さんがかけてよ」
「ほほぅ? いいのか、そんなことを言って。オレに遠坂の電話帳やメール履歴を覗かれてもいいのか!」
「別に。使った事、ないし」
「なん……だと……」
急いで中身を確認する。
パスワードなんかは特になくて(そもそも設定できる機種ではない)、メールもケータイ会社からのメールばかり。着信履歴もほとんど残っていない。
「……なぁ遠坂。もしかしてコレ……」
「ぅ」
「盗品?」
「なワケないでしょ。……はぁ、使ってないのよ、それ」
まぁ、だとは思ったけども。
しかしそれだと困った事になる。
使っていない、使い方が分からないという事は必然的に、充電も滅多にしていない可能性があるからだ。
残存バッテリー23%。案の定だ。
「ふむ……とりあえず衛宮家にかけてみるか」
「番号、わかる?」
「うむ、こう見えてオレはクラス全員の電話番号を覚えている。まぁそれは嘘なんだけど、柳洞が衛宮の家の電話番号をメモっていた紙を見つけた事があるからな。なんかインパクト強くて覚えてるよ」
「柳洞くん……」
まさかハートマークの付箋に書いてあるとは思わなかったが。
柳洞曰く、「それしか付箋が余っていなかったのだからしかたないだろう!」だそうな。
「ピ、ポ、パ……プルルルル」
「それ、口で言う意味ある?」
「ないよー。っと、繋がった繋がった」
電波状況は悪くないらしい。
流石に電話中は静かにする事を知っているらしい遠坂は静かに様子見だ。
『はーい、衛宮でございまーす』
サ○エかな? とは思ったが、そういう無駄なツッコミを入れているとバッテリーが切れそうなので自重する。
「あ、どもっす藤村先生。3-Cの野場ですけどー」
『うん? ……あ、ええっと……ちょっと待っててね。今思い出すから……穂群原学園の子、よね? ええと……ごめんなさい、下の名前も教えてくれるかしら』
藤村先生の返事に罅割れそうになる
「飛鳥です。野場飛鳥」
『……うーん、ごめんなさい。ちょっと思い出せないなぁ。でも、何か相談があって電話してくれたのよね? 力になれるかどうかはわからないけれど、相談、聞かせてくれる?』
静かな宝箱の中。
スピーカーモードにしなくとも、耳をそばだてている遠坂にも内容は伝わっているらしい。怪訝な目でケータイと――そして、オレを見つめている。
「……いえ、今解決しました。混乱させるような事いってごめんなさい」
『そう、なの? 大丈夫? 声、泣きそうだけど……』
「はい。大丈夫です。それでは」
ケータイを切る。
遠坂に向き直って、肩を竦める。
「まさか……」
「さて、次はどこにかけるかね。……あぁ、ウチにかけてみるか。ライダーさんには電話番教えてあるし」
遠坂が顔に手を当てて考え込んでいる内に、自分で掛ける事があんまりない番号……自宅の番号に電話を掛ける。
2コール。そして、受話器を取る音。
『はい、お待たせいたしました。野場骨董品店です』
その声に、ケータイを落としそうになる。
震える。手が震える。
「……辰巳か」
『はい? はい、僕ですけど……ええと、申し訳ありません。どちら様でしょうか?』
ケータイの灯りによって、遠坂の目が見開いたのがわかった。
叫び出したいような欲求に駆られる。
賭けではあった。だが、この可能性は期待していた。
「あぁ……久しぶりだな、辰巳。縁もそこにいるのか?」
『うーん、本当に誰ですか? 君みたいな年頃の女の子、知り合いにいないと思うんだけどなぁ……。それともご両親が僕の知り合い?』
「あぁいや、そうじゃないよ。小さい頃に会った事がある
『……君の名前を教えてくれないか? なんだか、とても懐かしい。名前を聞けば思い出すかもしれない』
遠坂には悪いが、このままずっと話をしていたい。
そんな欲求を捻じ伏せる。それは、願っちゃいけない事だ。
『なに? やけに長電話だけれど……詐欺とかに引っかかってないでしょうね?』
願っちゃいけない事なのに、早くも意思が崩れそうになる。
女性の声。
だから、早く切ろう。
未練を断たないと、立てなくなってしまう。
「辰巳、縁。……オレは、」
『――飛鳥?』
心臓が跳ねた。
今、なんと言った?
『ねぇ、貴女飛鳥なんでしょ? だってほら、貴女が
ねぇ、貴女今何歳? 元気にしているの? 学校にはちゃんと通えてる?』
矢継ぎ早に質問を投げかけてくる女性の声に、オレはもう耐えられなかった。
震える指で通話終了ボタンを、
『ね、切る前に言わせて。今も、愛しているわ。私も、辰巳もね。大好きよ、飛鳥』
「――ありがとう」
押した。
通話が切れる。
身体が熱い。心臓が痛い。冷や汗が凄い。
オレが
「今のって」
「ん。まぁ、オレの両親に良く似た誰かだろ。うーん、番号間違ったかね」
「……そ。あくまで本音は言わないのね」
言えるかい。
嬉しくてたまらない、なんて……言えるわけもないだろう。
オレが殺したようなものなのに。どの口が言うんだ。
「さーて、で、どうするよ。衛宮の家もダメ、オレの家もダメ。いっそ110番でもするかぁ?」
「魔術師の問題に公的権力の介入はNGよ。……だんだん判ってきたけど……そうね、桜……間桐家の電話番号はわかる?」
「わかるけど、いいのか? ブロッサムさんも慎二も一般人だろ?」
「あ……あー、いいのよ。間桐君ならカンタンに騙せるし」
「なるへそ」
憐れワカメ。
久しぶりに名前が出たと思ったらこんな扱いだ。
「もしもしー? ブロッサムさんいますかー?」
『はぁい……? 誰、ですか……?』
ゾク、と悪寒が走った。
声はブロッサムさんだ。だが、なんというか、色が違うというか――!
「えと……野場ですけど……」
『……知りませんねぇ。それよりわたし、くうくうおなかがなり、』
ブチッ!
切った。これは英断だと思う。
あの状態でよくケータイ持てたな!
「……桜もダメ、となると……参った、完全に八方塞がりね」
「……うーむ。何より遠坂。バッテリさんが死んだ。もううんともすんとも言わないな、ウン」
沈黙が流れる。
うーん。アレ、これって結局どうやって出るんだっけ?
「これが噂に聞くツンデレか」
詰んだ。出れない。