「……さて」
「て? ……天井」
「うーん、そろそろ二時間長……という事は、外ではまる二日か。厳しくなってきたわね」
何が厳しいのかと言えば、四日間が終わる事……ではなく、連休が終わってしまう事を言っているのだろう。
休日であればブロッサムさんや衛宮辺りが来る可能性があったが、平日ともなればブロッサムさんは部活、衛宮は文化祭の準備で柳洞に追われてしまう。助けが来なくなるのだ。
「……眠そうね。でも、わかってる? 今寝たりしたら……」
「来年あたりまでこの箱の中、って事か。恐ろしいね、魔術ってのは」
「はぁ……そうね。……ふう」
吐息が多い。
オレの目の前の足がもぞもぞと動く。蹴られそうだ。
「う……んんっ」
「ん? どうした、遠坂。トイレか? オレは気にしないぜぐふっ」
とうとう蹴られた。腹を。
ちょっとセクハラ気味だったかもしれん。多分ちょっとじゃなくてガッツリ。
しかし、声や動作からして遠坂が催しているのは確実。
同性とはいえ……。
「ふんっ! 余計なコト言う暇あったらここから出る方法を考えなさい! 元はと言えば野場さんが原因なの、わかっているでしょうね?」
「眠らずとも永眠しそうな蹴りをありがとう。そんじゃ、オレの考えに考えた方法言ってもいい?」
「良いわよ。というか、方法はなんであっても試してみるしかないでしょ」
ごもっともで。
よっこいせ、とようやく寝転がっていた体勢から起き上がりながら、方法を話す。
「説明するまでもないんだけどな、さっきの説明で遠坂は内側からは絶対に開かないって言ってただろ? だったら、外から開けりゃいいんだ」
「だったら、って……外に助けを呼べないのよ?」
「呼ばなくていいのさ。内側からこの箱をおもいっきり揺らして倒して、開錠する。さっき、カギみたいなものはついてなかったし、上手く蓋が何かにぶつかりゃ開くだろう?」
出来る限り壁に触れないように準備運動をする。
オレに遠坂のような身体能力は無いが、スタミナは十分に或る。
疲れ果てるまでタックルしまくってやる。
「……うん、それはいい考えかも。じゃあ、せーので行くわよ」
「よーし。……せーのっ! せ!」
ドスン! 恐らく、双方共に同じ力でやればいい感じに転がったのだろう所、しかし遠坂のタックルの方が数十倍の威力を持っていたせいで、宝箱が変に曲がって倒れはじめる。
「せーの、で行くって言ったじゃない! なんで「せ!」があるのよ! タイミングズレちゃったじゃない」
「いいじゃないか遠坂ー、しっかり転がったんだのあああ」
「ああ、もう! ただでさえキツいってのに……」
下腹部を押さえる遠坂。
宝箱は止まったが、依然として蓋は開いていない。どころか二人の体勢がしっちゃかめっちゃかになっていて、具体的に言うとオレの腹の上に遠坂が乗っている。
「尿意ガフッ」
「……フフフ、野場さん。この状況でまだそんなふざけた事を言っていられるのね。……ここを出たら覚えてなさい」
「いやー、頭を打ってしまったようで全く覚えて……ああっ、スミマセンスミマセンだから体重かけないで!」
遠坂はそんなに重いワケではないのだが、故意に体重を掛けられれば話は別。
先程から蹴りなどのダメージの入っている腹は悲鳴を上げている。
「出ないと……早く出ないとオレの命がやばい」
仕方ない。
最後の手段だ。
正直、オレが使うとどうなるかわからなかったので無視していたんだが、もう四の五の言ってられん!
そいつに、手を伸ばす――、
「いけない! ダメよ、手を引っ込めて野場さん!」
「――んん?」
制止を振り切って掴み取ったステッキ。
つるつるの手触り。軽く、持ちやすい重さ。
しかしなんともない!
『んん? んんん? ……なんですか、このヒト。魔術回路ゼロ! 一般人じゃないですか! でもなんだか懐かしいような、心落ち着くような……はっ! そうではありません! 凛さん、アナタですよ凛さん! わずか六年でよくもそこまで(ふてぶてしく)成長しました! ルビーちゃん感激です!』
ほがらか且つ悪戯好き、大人だけど少女っぽい、割烹着が似合いそうな女の子の声が脳内に響き渡って……来ない。ちょっとだけ期待していたのだが、オレの視界に映るのは仄かに光る杖がクネックネと動いている様だけだ。
「……スルー、していたかったんだけどね。でも、どういう事かしら。血も垂らしていないのに勝手に起動するなんて……野場さん、何か変な声聞こえている?」
『ルビーちゃんは現在誰とも契約していません! さぁさぁ凛さん! 契約しましょう! というか離してください一般人の人! ぐぐぐぐ……何故にこんなにがっしり掴まれているのでしょう!』
「うんにゃ、何にも聞こえないが? っと、このクネクネ動く杖、めっちゃ逃げようとするな……これも魔術関連の品?」
『なるほど! このお方、魔術回路も魔力もありませんが、少々特殊な起源を持っている様ですねぇ。確かにこの方に掴まれたら私が起きてしまうのも仕方ありません! ありがとうございます、名前もしらないお方! それはそれとして離していただけないでしょうか!?』
「間一髪助かった……って所ね。野場さん、その杖離しちゃダメよ。野場さんの手の中にいる内は安全っぽいから」
「
『な、なんてネーミングセンスの無い……クネクネ杖、クネクネ杖? 凛さん! 早くこのネーミングセンスの残念な方に、ルビーちゃんにはしっかりマジカルルビーという名前があると教えてあげてください!』
「いいわよ、その杖は多少の事じゃ壊れないだろうし、思いっきりやっちゃって」
『て、この方ルビーちゃんに何を……アイタ! アイタタタ! そ、そんな狭いトコ入らないですから! イタイイタイ! 凛さん、見てないで助けてくださいー!』
「嫌よ」
「よし、噛んだ。このまま思いっきり……とぁぁあ!」
柄を下に、曲げる勢いで下す。
曲がった。
「あれ……あ、ダメだ遠坂。この杖クネクネじゃなくてグニャグニャだ」
「ダメか……うーん、ホント、どうしようかしらね。この杖を使うのだけは避けたいし……」
『仕方ないですねぇ凛さん。今だけですよ? 今だけ特別サービスで、無料で! 無料で魔法少女の証であるマスコットキャラもつけさせていただきましょう!』
「うっさい! ……そういえば、野場さんの血を
『NO ANSWER. ……あ、変なエラーが。ええと、この人並行世界にいないので、特に何も起こりませんねぇ』
「え」
なんか後ろで怖い事言ってるなぁ、と思いながらマジカルルビーを弄んでいたのだが、遠坂が絶句したような声が聞こえてそちらを振り返った。
マジカルルビーのほのかな光によって遠坂の顔が見える。
『エラーも吐きますよ、そりゃあ。こんな人、あのクソジジ……ゼルレッチ翁も想定していないでしょうし? 死ぬ寸前の綱渡りを続けているようなものですからね、並行世界にいないという事は。一歩間違えればすぐに消滅する、といえばわかりやすいでしょうか』
「硬いなぁ……この箱もこの杖も。どうする遠坂。万策尽きたぜ」
『ゼルレッチ翁の作った箱がこの程度で壊れるわけないじゃないですかー。ささ、凛さん。私と契約してください。そうすれば、この程度の箱は簡単に壊せますよ!』
よっこいしょういち、と体勢を立て直す。
相変わらず逃げようと必死なグニャグニャ棒を押さえつけながら、恐る恐る遠坂に話を振った。
「ち……違う方法は、ないかしらね……」
明らかに動揺した風体の遠坂。
なんだ、マジカルルビーに何かトラウマでもほじくられたのか。
具体的には幼少期にコッテコテのゴスロリ服でみんなの前で歌って踊った、とか。
「ねっむ……ふぁふ……不味い、眠いぞ遠坂。膝枕を希望する」
『ルビーちゃんがその望み、叶えてあげましょう! ほら凛さん! 膝枕をしてあげる心優しいお姉さんな凛さん、になりましょう!』
「上手い事言って、契約したいだけでしょうがアンタは! ぁっ、叫ぶと、お腹に響く……!」
『苦しいですか? 苦しいなら、その苦しみから早急に脱出しましょう! さぁ私を握ってください!』
「い、や……!」
「……やっぱ、漏れそうなのゴハァ!?」
飛鳥ちゃん吹っ飛ばされたー!!
見事なアッパーカット! わざわざ長物を掴み取ってからのアッパカウッ! これは眠気よりも先に永眠かー!?
って。
「あ」
長物。
遠坂の手には、件のステッキが。あ、眠くて手を離しちゃったんだねオレ。
てへ。
『ありがとうございます名も知らぬお方! ナイスボケ! そしてナイスツッコミです凛さん! 血液によるマスター認証、接触による使用の契約、私を起動させるためのエネルギー! 全て、たしかに頂戴いたしました!』
ビィン! と突っ張るグニャグニャ杖。
もう何も言うまい。遠坂、グッラッ!
そして、杖からピンク色の光が溢れ――ッ!?
どれだけ時間が経ったのか。
ザラついた風が頬を撫でいく。
「たまにあるんだよなこういうの。あの金のカプセルの時より殺風景だけど」
『どうです、この夢のマジカル星は!
ここでなら声が聞こえますかね、ふふふ、歓迎いたしますわ飛鳥さん……!』
「んー? やっほー、マジカルルビー。お前の声が聞こえるって事は、ここは夢だな」
『なんて理解の早い方! ええ、夢とは少し違いますが、
荒野。
天空に浮かぶ、巨大なステッキ。
声は脳裏ではなく世界全体に響いているようだった。
「ネバーランドだな。白昼夢とでもいうべきか……いや、明晰夢かな?」
『なんとでもお呼びください! 名前はなんでも構いませんよ!』
「要するに現実じゃないのは変わらんワケだ。で、なんでオレだけ?」
『結論から言えば、あなたとは響きあうモノを感じたので……勧誘でしょうか?』
「勧誘? なんだ、新聞と宗教ならお断りだぜ?」
『全然違います! 人々の平和のため、凛さんに愛と正義の伝道師になってもらう……そのためのプロデュースです! 貴女にはプロデューサーとして、アイドル・遠坂凛を導き、アイドルマスターとしての道を歩ませる役目を担ってほしいのです!』
「……素晴らしいな。遠坂の属性はクール……いや、パッションか。キュートな一面もあるが、コメディ要素の方が強い。見た目と言動は完全にクールだがな……」
『な、なんと! この一瞬でそこまで考えてくださるとはルビーちゃん感無量! ルビーちゃんもう疑いません! 最初からとても親近感がありましたし、飛鳥さんは仲間になってくれると信じています! 答えを聞かせてください!』
「いやー……遠坂凛プロデュース計画は確かに魅力的だし、なんなら色んな衣装着せ替えたりダンスさせたりしたい自分がいるのはまぁ事実だけど……いやホント、虎時空とかなんか何にも考えなくていい時だったら万々歳だったんだけど……すまんが、そんな余裕はないんだ。
アイドルとは無縁の堅物が今にも死にそうだからなー、
コン、と自分の胸を叩く。
オレの起源なんて、オレも知っている。
なら、コレが正解のはず!
『な……なら、愛をライブする方でもいいですよ! 穂群原学園が廃校になるとかなんとかそんな理由を付けて! なんでしたらルヴィアさんも呼んでユニットにできますし!』
「しーゆーねくすとたーいむ」
……NEXT TIMEなんか、無い方がいいんだろうけどな。
オレ、個人的にはルビーちゃん嫌いじゃないぜ!
物だし。
『ム、ムム! ムムム! あぁ! 結界に綻び、いえ傷が!』
意識が闇に包まれる。
さらばだ、魔術っぽい場所! 初魔術! すごい! もっと探索とかしたかった!!
「頑張れ遠坂! あと少しだ!」
「だ、黙ってくれない……? ぐ、ぐぐぐぐ……!」
僅か、光が見える。
宝箱が開きかけているのだ。
『ぐぬぬ……
「あ、見えた! 今だ! くらえ、つっかえ杖!」
『ええ……名前教えたじゃないですか……戻ってますよ……』
「よくやったわ野場さん! なんでいきなり綻びが出たのかはわからないけど、ここまで開けば十分……! はあ!」
鋭いエルボーが蓋に突き刺さる。
ぱっかーん!
開き、そして壁に当たって戻ってくる蓋を慌ててマジカルルビーで抑える。
「ありがとう……ん? 誰だ、今の?」
今確かに聞こえたような……?
「野場さん、ちょっと退いて! お願い!」
「言われなくとも!」
後頭部に風圧を感じて頭を下げれば、すぐ上を遠坂の
バタバタ音を立てながら走って行く遠坂。ああ、そういえば漏らしそうだったんだっけ。
「……漏らしてもよか……ハッ、何を言っているんだオレは」
危ない危ない。
そう、オレは超絶美少女飛鳥ちゃん。漏らすとか尿意とか、そんな下品な言葉は使わないのだ。
『はぁ……残念です。この方に魔術回路があれば、喜び勇んで魔法少女になってくれそうでしたのに……あ、やめてください閉じな』
宝箱からぐでーんと身体を伸ばしているマジカルルビーを丁寧にしまい直し、ふぅと汗を拭う。
まぁ、これで遠坂はもうこの宝箱を出しっぱなしにしようとは思わないだろう。
これで、奴の行動を一つ潰せたはずだ。
……一つ一つがこんなに疲れるとしたら、なんというか……。
「長丁場になりそうだ……」
溜息を吐いて、遠坂の後を追った。
オレも結構やばかったんだよね。
……の、前に。
「だけど、助かったよ。ありがとうな、ルビー」
あの時。
マジカルルビーが固有結界だかなんだかわからないものを展開してくれたから、その綻びから溢れ出た膨大な魔力か何かによって宝箱が開いたのだと推測される。見えないし感じないからよくわからないけど。
なんだかんだいって、助けてくれたのだろう。
もし、遠坂が手放したらウチに来るといい。
骨董品……とは呼べないかもしれないけど、まぁ、話し相手にはなるよ。聞こえないけど。
そいじゃ、また。