【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月8日(91)

 天のせせらぎは、思いの外早く途切れてしまった。

 曇天が陽光を遮り、生者の行進は死者が妨げる。

 

 長椅子の背凭れへと身体を預け、腕を後ろに回す。

 あんぐりと開けた口から要らない熱が零れ、鼻孔から必要な具墨みが入り込む。

 

 彼と彼女が何かを話しているが、全く耳に入ってこない。

 ただ、過ぎて行く時間と奪われていく力熱(ねつ)が、オレに必要な傷痕(きず)の存在をありありと見せつけていた。

 

 言峰さん。

 

 彼の父親、言峰瑠正(リセイ)さんにこそあった事は無いが、さぞかし人格者であったのだろうことは伺える。それは”見てきた”事だけではなく、言峰さん本人の在り方から分かる事実だ。

 彼は傷に対してはとても真摯で、それこそが自分の開くものだと、そう謳っていた。

 

 だが、彼はもういない。

 

 結局聖杯戦争がどのような結末を迎えたのか、オレは知らない。

 だが、言峰さんは確実に死んでいる。それだけは変わらない、変えられない事実。

 だからこそ彼女がここにいるわけでもあるのだし。

 

 死、というものは、オレにとって非常に近い存在だ。

 同時に、此度の生においては最も遠いモノだと思っていた。戦争に関わる気なんてサラサラなかったし、結果的に関わる事になってしまっている今でさえ、死はオレを通り抜けて行く。透けて行く。通過していく。

 だというのにこんなに近く感じるのは、偏にオレがいる場所に関係しているのだろう。

 

 天を仰ぐ。

 

 屋根を越え、空を越え、杯を越えたその場所。

 未だ、衛宮士郎も彼も、その場所に辿り着いてはいない。

 

「――そりゃ、自分の欲望がないヤツは気にくわない」

 

 ふと、聞こえていなかったはずの彼の言葉が入り込んできた。

 衛宮士郎。その在り方。

 だからこそ、彼と衛宮は似ているのだと。

 

「貴女は、どうですか?」

 

「……え、何。ごめん聞いてなかった」

 

 突然話しかけられて、そちらを向く。

 既に彼は居らず。

 

 祈りの姿勢を崩した彼女が、その金の瞳でオレを見つめていた。

 

「貴女は元から責められているわけではない。むしろ認められて、愛を受けて育ってきた。

 でも、あの人と同じように……幸福の享受が、思うようにできない。違いますか?」

 

「んー? いや、オレは幸福だよ。良い縁に恵まれて、良い品に囲まれて。

 嫌になる程、泣きたくなる程幸福だね。余りにも幸福だ」

 

「――幸福すぎて、申し訳ない。自身は幸福になど、なるべきではないのに……ですか」

 

 その通りだ。

 本来、この幸福はあの二人が受け取るべきもの。

 オレが来たことで、あの二人が受け取れなくなった幸福は、例え誰に何と言われようとも、例えオレがどのように感じようとも、絶対に取り零してはならない。

 幸せにならなかったら、あの二人に申し訳ない。

 

「と、最近までは考えていた。

 いや、()()までになるのかな。あの箱の中で、あの言葉を聞いた時……より強く、大きくなるかと思ったソレは、不思議と溶けて行ったよ。多分オレは、許されたかっただけなんだろうな。

 それがなんとまぁ、謝る前にアイツらが許しちまった。感情の行場に困ってるよ」

 

「そうやって、すぐ言葉(カタチ)にして、感情を形と認識する事で、影響を受け過ぎないようにする。

 傷そのものであるが故に、優しさに弱い。浸かっていれば、閉じてしまうから」

 

「おいおい、そこまでわかってんなら聞くなよ。オレが幸福を思う様に享受できない理由なんて、さ。

 当たり前だろ、本腰入れて幸せになったら……オレはもう、生きていけないだろうさ」

 

 割に合わない。そう叫んでいる。

 

 余りに大きすぎる幸せは、オレの身の丈を軽々と越え、オレを包み、癒さんとしてくるのだ。

 オレはそれが、余りにも恐ろしい。小さな幸福だけでいいと、泣き叫んでいる。

 

「――それでも神の家(ここ)に来るのは、何故ですか?」

 

「もしかしたら。

 幻覚でも、彼に会う事ができるんじゃないか、って」

 

 全身に力を込めて、席を立つ。

 そうでもしないと、ずっと休んでしまいそうだったから。

 

「そうすればオレは、とても簡単に……傷熱(ねつ)を取り戻せるんじゃないかって、そういう淡い期待だよ。女々しいだろ?」

 

 肩をすくめながら、振り向いて問う。

 気分はまるで、憧れのマスターに会うために毎日喫茶店へ通う女子大生だ。あ、女子高生だ。

 

「夢は星の数ほどあるが……手に届くのは、いつだって足元のソレだけなのさ。

 オルテンシア。もし叶うのならば、オレは()()()でお前に会いたい。そこで、オレの傷を開いて欲しい。

 ――あっちにちゃんと、オレがいるなら、だが」

 

 そいじゃ、とヒラヒラ手を振って教会を出る。

 今まで見えていた曇天は教会の灰色で。

 外は、これでもかと言わんばかりの快晴。

 

「最後に一つ。

 貴女は、世界の終わらせ方を知っているはず。どうして行わないのですか?」

 

 そんなもの。

 そんなもの、決まっているじゃないか。

 

「オレが、オレの意義を失うのが、怖いからだよ」

 

 それではこれにて。

 天に向かって優雅なカーテシーをして、今度こそ教会を去る。

 

 十月だというのにわくわくざぶーんを彷彿とさせる日差しが、まるで鏡の様に反射を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても野場殿の交友関係は不思議でござるなぁ」

 

「まぁ、最近は自分でもそう思うよ」

 

 昼休み。

 何の脈絡も無しにそう話しかけてきたのは同じクラスの後藤劾以(がい)

 基本的にノリで生きていて、誰とでも仲のいいあだ名は後藤くんである。

 

「誰とでも仲良くなれそうなポテンシャルを持っているのに、性格的な食わず嫌いが影響して自ら友人を増やすと言う事があまりなかった野場殿が、いつのまにやら魔女や生徒会長、他クラスや下の学年の生徒とまで仲良くなっている。

 何か心境の変化があったと見受けられるでござるが、如何か?」

 

「うーん。まぁ、このままじゃダメだって思ったのが一番大きいかな。

 オレ一人の話だったら、このまま永久に変わる事は無かっただろうけど……残念ながら、そうはいかないらしいんだ」

 

「ほう」

 

 教室は込み合っているわけでも閑散としているわけでもなく、いい塩梅の人口密度を誇っている。オレはオレの机を挟み、後藤くんと向かい合う様にして座っているのだが、衛宮に柳洞、間桐が近くで弁当を食べているのが視界に入っていて、奴らの三角関係を肴に端を進めている。

 やったな間桐。名前が出て来たぞ。

 

「詳しくは聞かぬでござる。が、心境の変化が良い物であるのならば結構結構。

 拙者、これでも心配していたのでござるよ?」

 

「心配? 何を?」

 

「野場殿が、穂群原学園を卒業した後……友人たちと縁を切って、世俗から遠のいてしまわないか、でござる」

 

「――……」

 

 後藤くんは柔軟性の鬼である。

 常に何かしらの影響を受け、自らの我を簡単に変えてしまう。

 転じてそれは周囲の観察力に長けているということであり、それを取り込む力も高いと言う事。

 

 見透かされていたようだ。

 

「……まぁ、正解だよ。ちょっと前までオレは……そうだな、ココを卒業したら、店の中だけで生きようと思っていたくらいには、世俗から遠のこうとしていた。

 勿論友人が訪ねてきたら迎え入れるぜ? 歓迎もする。

 ……だけど、自分から繋がりを増やすのはもうやめようと……そう思っていた」

 

「シリアス千万。だが、今は違うのでござろう?」

 

 後藤くんはカレードリアを頬張りながら、流し目で問うてくる。

 オレはオニオングラタンを頬張りながら、肩をすくめた。

 

「……そうだな。

 なんというか……早く終わらせて、次に行きたくなってきたのさ。何が原因かって問われると困るんだけど……強いて言えば、ちょっと運命的な出会いをしたっていうか」

 

「恋か」

 

「飴色だがな」

 

「昔懐かし、と……それはまた、難儀でござるなぁ」

 

 だからもし、それを言葉にするのなら。

 

 成長、と。

 そう言うのだろう。

 此方へ来て、初めての……成長である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝、昼とシリアスだったからな……夕方ははっちゃけよう」

 

 こう、心の平衡(バランス)がね?

 なんていうの? 配分? よく泣いた後はよく笑いたいみたいな?

 葛木先生と会話した後はワカメと衛宮のコントを見ないといけないみたいな?

 敵だった時はあんなにシリアスだったのに味方になったらギャグキャラになった、み・た・い・なー!?

 

 というワケで。

 

「ハロウ、氷室。泊まりに来てみたぞ」

 

「何がというワケなのだ。汝、たまに蒔寺よりもわけがわからんぞ」

 

「そう硬いコト言うなよ。オレとお前の仲だろ?」

 

「すまない、訂正する。お前はいつもわけがわからん」

 

 やってきました蝉菜マンション。

 色々とホラーな要素があったりなかったりするマンションで、階下には美綴も住んでいる素敵なアパートだ。間違えたマンションだ。

 ちなみに氷室の父親こと氷室道雪(どうせつ)市長と、母親である氷室鈴さんには既に許可を取ってある。氷室本人以外の外堀は埋めてあるのだ。

 

「あら? 野場さんもう来ていたの?」

 

「あぁ、奥方。ええ、お邪魔しています」

 

「ふふ、女友達でお泊り会なんて、鐘も可愛い所があるわねぇ……」

 

 丁度帰宅した氷室母に挨拶をする。その時点で部屋に上がり込んだ。フッフッフ。

 

「……はぁ。まぁ、良い。特に予定もない。ただ、汝が面白がるようなものは特に置いていないぞ?」

 

「そりゃ素晴らしい。骨董なんて括りに置かれる品なんて、本当は無い方がいいのさ。みんな、実用されてこその道具なんだから」

 

「む……」

 

 本来であれば衛宮の行動潰しを再開するべきなのだろうが……。

 遠回りであるが、これもその一環と思って欲しい。趣味が八割前後ではあるものの、だ。

 

「さて、いつまでも玄関で突っ立ってないでお前の部屋行こうぜ。なんならアトリエでも可」

 

「何故アトリエの存在を知っている……」

 

「ソースは美綴」

 

 意外に嘘ではない。知ってはいたが、聞いたのも事実。

 まぁ、美綴本人はバラした、なんて思っちゃいないだろうけどな。会話の流れで言ってしまった感じだったし。

 

「まぁ、見られて困るものも無いがな。汝ならば道具も丁重に扱うだろうし」

 

「ハッハッハ、オレ、子供や小動物には別段好かれないけど、道具には好かれるんだ」

 

「まるで意味がわからんな」

 

 渋々と言った様子で家を案内してくれる氷室。

 アトリエもしっかりと見せてもらって、その画力に驚いたり。

 廊下に飾られていた絵画の値段を予想だけで言ってみたら、見事に当たっていたり。

 なんか声がしたような気がして棚の裏を覗いたらあった指輪を氷室に見せてみれば、市長夫妻の結婚指輪だったり。絵を描くときに邪魔で外していたみたいだな。

 

 とまぁ、色々あって氷室の部屋。

 

 女の子らしい、とは言えないが、普通に良い部屋だった。むしろオレの部屋の方が女の子らしいかもしれない。

 

「それで?」

 

「ん?」

 

 奥方の作ってくれた食事を頂き、市長と今後の冬木市について語り、特に深山町に関しての意見を多く提出し、プチ市民会議は終了。さらにお湯まで頂いて、持ってきたパジャマに着替えてのまた氷室の部屋。

 時刻はそろそろ十一時を回る。

 

「汝が何の脈絡も無しに私の家に来た。そんなワケがないだろう。何か、言いたい事があるんじゃないのか?」

 

「あー……正解。今日、昼間には後藤くんに見抜かれてるし、夜は氷室と……なんだ、オレってそんなにわかりやすい?」

 

「平時はそうでもない。むしろ不透明過ぎて何も見えん。

 だが、弱っている時はその限りではないな。弱っている時の汝は、なんというかこう……元気の無い蒔寺と自分に自信が無いワカメと衛宮が傍にいない時の生徒会長を足して二で割ったような感じだ」

 

「嫌なフルコースだな。犬も食わん」

 

 誰も食べたくねえよソレ。

 

「……んー、ちょっと聞きたい事があってさ」

 

「ほう?」

 

 

「ぶっちゃけさ、氷室。お前……オレのこと、どう思ってる?」

 

 

「……それは、なんだ。遠回しの告白という奴で……」

 

「あぁ、それは無いよ。オレ三枝がタイプだし。そうじゃなくて。氷室。お前が持っている、()()()()()()()()()()()()()()()()が聞きたいんだ。

 お前はほら……唯一、それに気付けたんだから」

 

「ふむ。

 言いたい事はよくわからんが、では率直に言うぞ。

 

 野場飛鳥。私は汝の事を良く知らん。由紀香に言い寄ってくる虫……その程度の認識はあったが、そもそもこうして二人きりで仲良く話す程、汝との距離は近くないはずだ。

 ここ最近に限って、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 閉じかけていた傷が、グッと開かれるような感覚を受けた。

 ショックなのではない。

 逆だ。

 

「……いやぁ、助かった。うん、うん。そうだよな。

 オレとお前、別に友達でもなんでもないもんな!」

 

「そこまで快活に認められるのは些か不愉快なのだが……そもそも汝、同年代に然程興味は無いだろう? 去年の強制参加の球技大会、汝を応援しに来ていたのは皆年上だっじゃないか」

 

「あれ、良く覚えてんな。そうだよ、オレはロリコンだけど、友達は年上ばっかだぜ。むしろ同年代の友達って、遠坂と……えーっと、後藤くんと……んん? そんくらい?」

 

「友達、少ないな」

 

 な、何をぅ!

 

「ち、ちがわい! 同年代にいないだけで、年上になら百人近くいるわい!」

 

「そうかそうか。それはよかったな」

 

「あ、コイツ認めてねぇ……っとと、もう十一時半か。

 氷室、そろそろ寝ようぜ」

 

「む?

 いや、私はまだこれからネット対戦SLGにインするという偉業が……」

 

「……今はあんまりオススメしないけど、まぁオレが口出しできる事じゃないか。

 そんじゃ、氷室。ベッド使わせてもらうぜ」

 

「……汝、家主に地べたで寝ろとでも」

 

「え、一緒に寝ないのか? 別にいいだろ、女同士なんだし」

 

「……まぁ、いいが」

 

 フッ……今度後藤くんに自慢しよう。

 そのためだけに! 寝袋を持ってこなかったのだから!

 

「そいじゃま、お先に。

 おやすみ、氷室」

 

「……ああ」

 

 釈然としない、そんな顔の氷室。

 まぁ、そうだろう。「お前とは友達じゃない」なんて率直な思いをぶつけたにもかかわらず、こうしてともにベッドで寝ようなんて言ってくる奴。

 正直、オレが氷室の立場だったら気味が悪い。

 

 それでも、返事をしてくれるのは。

 

 まぁ、根が良い奴なんだろうな。

 

 


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