「……例えば――夢の中で、テレビをつけたとして」
時刻はまだ夕刻。日はまだこちらにある。午前は何もなかった。何もしなかった。
だというのに、誘われるままに此処に来た。
「その放送内容――あるいは、録画されたものの内容は、脳が決めていると思うか?」
ここ。
新都の方ではない、深山町郊外の双子館。
潰してはいけない
「もし、それが、
「……違う。だってここには、何もない。オレがここに来たのは、だから、そう、だから――何もない事を、確認するためだ」
もしここに、背の高い女がいたら。
もしここに、ぶつぶつと何かを呟きながらパズルをする男がいたら。
もしも彼らに、オレの姿が見えたのなら――。
「……別にそれは確証にはならないだろ。未練がましい」
踵を返す。深山町に戻る。
何度か聞いた問い。
あちらに、オレはいるのか。
あちらにいるのは、オレではなく――野場飛鳥という、少女なのではないのか。
生まれた時からの記憶はある。沢山の友人を持った記憶もある。穂群原学園に入学した記憶もあるし、そこで学友たちと過ごした記憶もある。
だが、オレは衛宮達とそこまで仲が良くなかった。接点が無かったというべきか、それとも関わり合いになりたくなかったというべきか。
危険を遠ざけ、遠巻きに見ていた結果、彼らのグループに入り込むには至らなかった。
だというのに、今はどうだ。後藤君にそう言われたように、オレは彼らの一員として見られている。
それは偏にに――この四日間になって、
オレは私の記憶を間借りしているに過ぎず、この四日間が終われば、葛木先生や英霊達のように――消えてしまうのではないか。
「……もし、彼女らにオレが見えていたら」
残骸達はオレが見えなかった。オレの成す事に気付かなかった。オレを素通りしていった。
それは、私が眠っているからではないのか。オレがあちらにはいない――残骸と同じか、それ以下の存在だからではないのか。
会話が出来る、残骸と同じ存在に会いたかった。オレについて問い質したかった。
問うて、正しい答えをもらいたかった。
「……ふぅ」
らしくない。こんな深く考えるなんて、らしくない。
だが、いつかは考えなければいけない事でもあった。考えても意味の無い事なのに。
……恐ろしいと、最初に感じたのは後藤君の言葉だ。
『野場氏が彼女をブロッサムさんと呼ぶことは有名だろう』
あの言葉、オレは身に覚えが無かった。
オレが知らない、彼らの知っているコト。
それはつまり――無意識下すぎて野場飛鳥の記憶にない、私の行動。
それはもう、完全なるオレの存在否定なのではないか。
だが同時に、金髪君と会話した時の言葉も思い出される。
彼の王の前で嘘をつけるはずもない。だから、あの言葉は素であるはずなのだ。
しかし金髪君が不敵に笑うだけだったことを考えると……。
「危ねぇッ!」
「ウェッ!?」
思考の渦に耽って歩いていた所、首根を掴まれて引き戻された。ぐえっ。
その眼前、鼻先三寸を、トラックが通り過ぎる。田舎の深山町でそんなスピード出してんじゃねーよあぶねーな!
と、自分の事を棚に上げて罵っておいた所で、今尚首根を掴んで離さない彼――ランサーさんを見上げた。
「……嬢ちゃん、自殺志願なんかするタマだったか?」
「ハロウ、ランサーさん。死にたいなんて思った事は一度も無いよ。考え事をしていてね。超絶助かった、ありがとう」
「……なんだ、何があった? 随分と泣きそうじゃねぇか」
目元に手を当てる。
全く湿ってないけど?
「泣きそうなのと泣いてるのはちげーよ。泣いてる方が万倍もマシだ。ちゃんと泣けてるからな。
嬢ちゃんは泣きそうだが、泣けないって奴だろ? そう言う奴は決まって溜めこんで吐き出さねえ、そんでいつかポキッといっちまう。……いや、嬢ちゃんはもっとひどいな。自分が泣きそうなことにすら気付いていないタイプか」
「ハッハー、泣く事は確かに少ないが、無いって事は無いぞ。心細かったら泣くさ、女の子だからな」
「恐怖による涙の話をしてんじゃねえ、責任感や罪悪感、あとは使命感か? とにかく、背負ったモンの重さに耐えきれずに膝を折る時の話だ。戦士ならそんなこたぁ論外だが、嬢ちゃんは戦士ってワケじゃねえ。むしろ逆、守られて愛される籠の鳥だろうが。
虚勢を張るのは良いが、虚勢も見え透けりゃ道化。自分が虚勢張ってることにすら気付けないってのは、あまりにも
ランサーさんはとても怖い顔をしている。
首根を掴まれたオレを眼前に持ってきて、睨みつけている。
彼の大英雄に睨まれたとあっては身の竦む思いだ。恐怖で涙が出そうだな。はは、これでいいのか?
「……呆れたぜ。重圧を別の形にして、絶対に自分の中に受け入れようとしねえのな。覚悟の無いヤツは散々見てきたが、嬢ちゃんは特別だ。そもそも
「……っ」
「……なんだ、泣けるじゃねえか。今、何をきっかけに泣いたのかわからねぇが……背負う必要のないモンは吐き出しちまえ。その肩は、何かを背負うにゃ小さすぎる」
ピンポイントに悩んでいた事を言い当てられたからだろうか。
涙が出てきた。全く意図していない涙。女々しい。未練がましい。
「あ~……とりあえずその辺でいいか。座るぞ。流石に首根掴んだ子供泣かしたって外聞は悪すぎる。アイツに見つかれば何を言われるか……」
ランサーさんはオレをバス停のベンチに下ろす。
時間が時間だ、もうバスは来ない。
夕焼けの赤は夕闇の紫に変わりつつある。
人通りは無い。このコントラストの中に、オレとランサーさんは沈んでいく。
「……ランサーさん」
「あン?」
「一人の人生を間借りして、一人の縁を間借りして。
一人の親を殺して、一人の自由を奪って……尚も生きたいと思うのは、間違いですか」
知っている。
答えは知っている。間違っていない。それも生だ。
それも生き方だ。忌み嫌われ、批難される生き方であろうと、それもまた道だ。
「間違いだろうよ」
「――」
「借りてる、なんて思ってる内は、だけどな。
胸を張れよ、その一人から人生を、縁を、親を、自由を預かったんだろ? 十全に使いこなせ、十二分に高めろ。返す事が出来ないってんなら、そうするのが道理だろ」
……ならば。
ならば、やはり。
「返す――機会が、ある、のなら……返す、べき……かな」
「そこまでは知らねえよ、当人たちの問題だろ。必ず返すと誓約を立てているならまだしも、確定した約束でもないものを勝手に気負っても仕方ねえ。返したくないなら戦って認めさせでもするんだな。返したいなら止めねえがよ」
「ハ――なるほど、確かにそうだ。盗人が所有者を想い偲ぶなんて、烏滸がましい。なるほど、なるほど……」
あぁ。
なんて――皮肉。
どうやらオレは、世界はオレの為に回っているとでもいうような勘違いをしていたらしい。
そうだ、オレは端役だ。オレの感情なんか、関係ない。
「流石に呆れるぜ。そこまで自分が無いのか、嬢ちゃんは。
もっと欲しがって良いと思うんだがな。あの店の奴らが心配する理由もわかるっつーか、分かりやすいっつーか……」
「よし、涙も止まったし、そろそろ暗いし。
助かったぜランサーさん。泣いてスッキリした」
「……そォかい。そりゃ、良かったな」
「ところでランサーさんはなんでこんな所にいたんだ?」
「あぁ――ちぃっと小僧に呼ばれてな。今日の零時に教会前に行かなきゃなんねぇんだ」
「あぁ。それはそれは」
もう、そこなのか。
なんだ。
もう、そこまで来ていたのか。
「それは――お疲れ様です」
「おう。そんじゃ、今度は気を付けて帰れよ」
「はい。
……はい」
さぁ。
帰ろう。骨董達が待っている。
角笛(微かに)