【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月11日(91)

 

 教会に続く坂道を見下ろす。

 時刻はそろそろ零時になろうかという頃。

 本来であれば、この決戦は明日。アトゴウラ。

 それが一日早まったのは――オレが、()()()()()()()()()()()()、かね。

 

「天にありしは逆さ月……」

 

 まったく、乙女のシャワー室を覗くなんて無礼にもほどがあるぜ。

 けど、それで……そろそろ、進むのかな。

 

「屋根に登って、何をしているのですか、アスカ」

 

「盗撮……あ、いや、撮ってないから盗視かな。今回は一日早く終わるからさ、見届けるのもオツかな、って」

 

 勿論、ついていくことはないが。 

 そんなことをして、万が一、があったら……そんな怖い事は考えたくない。

 

「そうですか」

 

「そそ。

 結局、オレは何にもできないし、何にもするつもりはないんだよ。精々アイツの日常(たいくつ)を潰して、前に進ませるだけ」

 

「……では、アスカ。貴女は何をしたいのですか?」

 

 ……うん?

 今、なんにもするつもりはない、って言ったと思うんだが。

 

「士郎に対して、何も出来ないし、士郎に対して、何もするつもりが無い。それはわかりました。ですので、貴女の本心が聞きたい」

 

「……野場飛鳥の本心、ねぇ」

 

 オレが何をしたいのか。

 

「――死にたくない」

 

「……」

 

「って、今日ようやくわかったよ。どうやら野場飛鳥は死にたくないらしい。骨董を愛でたいとか、友人と楽しく過ごしたいとか、そういうのは副産物。一番の願望は、死にたくない。もう、死にたくない」

 

 俗な願望だと思う。

 正直、英霊サマ方には申し訳ないくらい、俗な。

 どこぞのキャスターのように死なないための行動すら行わない――受動的な、死の拒否。

 

 は、それにしては矛盾が過ぎる。

 だったら家に引き籠って、骨董を磨いて接客だけをしていればいいんだ。

 なにもこんなくんだりまで、深夜にまで人の家の屋根に登って、アイツらの行く末を眺めるなんてことはしなくてもいい。一貫性のない、無駄な徒労だ。

 

「……これから話すのは、貴女に平等な選択肢を与えるためのものです。()()()()()にとっては、ひどく残酷な話にもなるでしょう」

 

 心のどこかが、凍り付いた。

 求めていた、話。そして一番聞きたくなかった、話。

 それが語られようとしていることが、わかる。

 

 一番身近だった――ライダーさんの口から。

 

「私が貴方をアスカと呼び始めたのは、この四日間が始まってからです。それまで、私は、貴女を飛鳥と呼んでいました。そして、四日間において」

 

「……オレが消えて、私が寂しがっている時は、傍にいてくれた、ってわけね。しっかり飛鳥って発音で」

 

 ハ。

 今日の昼間、うじうじ悩んだ答えは、こんなにも近くにあったのか。

 なるほど、あの日いきなり呼び方を戻したのは、オレの自覚を確認するためか。

 

「……はい」

 

「つまりオレは――あっちには、いないんだな」

 

 天を見上げる。

 黒い月。その向こう。

 

 はぁ。

 

「ありがと、ライダーさん」

 

「……いえ」

 

 あっちにオレがいない。

 つまり、この四日間が終われば――オレも終わり。

 本当は言わなくてもよかったことだ。言わなければ、オレがこの四日間を終わらせるために奔走し――全てが終わった後、ライダーさんを雇い、ライダーさんと仲の良かった野場飛鳥はそのままに帰ってくる。

 オレという余分な要素を、削ぎ落として。

 

 それでも言ってくれたのは、偏に彼女の優しさだろう。

 これでオレは、”終わらせない”という選択肢を選ぶことが出来るようになったわけだ。

 

 でもなぁ。

 

「……この四日間には、タイムリミットがあるんだよね。もう見えないけど……今、教会で衛宮と戦ってる女が、そのタイムリミット。それが来たら、オレが拒否しようがなんだろうが――全て終わるんだと。

 ハッピーエンドで終わるか、バッドエンドで終わるか。どちらにせよ、オレは向こうへ行けないってことだ」

 

 ポッケからコインを取り出す。

 ピン、と――高く、高く弾いた。月明かりに照らされて、悪魔が何度も嗤う。

 

「ならさ――」

 

 やがて放物線の頂点に達したコインは、自由落下を始める。

 くるくると回りながら、オレの手元へ向かって。

 

 

 

「やっぱハッピーエンドで終わらせたいよなぁ」

 

涙を拭う。

 

 キャッチする。

 表。ようやく、悪魔も俺に微笑んでくれたワケだ。

 

「……ライダーさん、ホント、話してくれて助かった。ようやくふっ切れる事が出来た」

 

「……はい」

 

 さぁ。

 来週からも、気合入れて行くぞ――。

 

 

 

「とりあえずライダーさん、屋根から降ろしてほしいんだ。オレ、降りらんないからさ」

 

「ええ、そうだろうと思って登ってきました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会に一人、残された衛宮士郎。

 今、今の今、今の今まで目の前にいた復讐者(アヴェンジャー)の呟いた言葉を反芻する。

 

「テンノ、サカヅキ……?」

 

 その言葉には覚えがある。

 天の杯。半年前の聖杯戦争において、そう呼ばれた少女がいた。

 天にありしは逆さ月。つい最近、誰かがその言葉を呟いていた。

 残る断片は、もはやそれだけ。

 

 夜が明け、終わりを迎えようとするその一日。

 

 少女の待つ冬の城。

 誰かの待つ骨董店。

 

 そこで、最後の道が示される――。

 


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