教会に続く坂道を見下ろす。
時刻はそろそろ零時になろうかという頃。
本来であれば、この決戦は明日。アトゴウラ。
それが一日早まったのは――オレが、
「天にありしは逆さ月……」
まったく、乙女のシャワー室を覗くなんて無礼にもほどがあるぜ。
けど、それで……そろそろ、進むのかな。
「屋根に登って、何をしているのですか、アスカ」
「盗撮……あ、いや、撮ってないから盗視かな。今回は一日早く終わるからさ、見届けるのもオツかな、って」
勿論、ついていくことはないが。
そんなことをして、万が一、があったら……そんな怖い事は考えたくない。
「そうですか」
「そそ。
結局、オレは何にもできないし、何にもするつもりはないんだよ。精々アイツの
「……では、アスカ。貴女は何をしたいのですか?」
……うん?
今、なんにもするつもりはない、って言ったと思うんだが。
「士郎に対して、何も出来ないし、士郎に対して、何もするつもりが無い。それはわかりました。ですので、貴女の本心が聞きたい」
「……野場飛鳥の本心、ねぇ」
オレが何をしたいのか。
「――死にたくない」
「……」
「って、今日ようやくわかったよ。どうやら野場飛鳥は死にたくないらしい。骨董を愛でたいとか、友人と楽しく過ごしたいとか、そういうのは副産物。一番の願望は、死にたくない。もう、死にたくない」
俗な願望だと思う。
正直、英霊サマ方には申し訳ないくらい、俗な。
どこぞのキャスターのように死なないための行動すら行わない――受動的な、死の拒否。
は、それにしては矛盾が過ぎる。
だったら家に引き籠って、骨董を磨いて接客だけをしていればいいんだ。
なにもこんなくんだりまで、深夜にまで人の家の屋根に登って、アイツらの行く末を眺めるなんてことはしなくてもいい。一貫性のない、無駄な徒労だ。
「……これから話すのは、貴女に平等な選択肢を与えるためのものです。
心のどこかが、凍り付いた。
求めていた、話。そして一番聞きたくなかった、話。
それが語られようとしていることが、わかる。
一番身近だった――ライダーさんの口から。
「私が貴方をアスカと呼び始めたのは、この四日間が始まってからです。それまで、私は、貴女を飛鳥と呼んでいました。そして、四日間において」
「……オレが消えて、私が寂しがっている時は、傍にいてくれた、ってわけね。しっかり飛鳥って発音で」
ハ。
今日の昼間、うじうじ悩んだ答えは、こんなにも近くにあったのか。
なるほど、あの日いきなり呼び方を戻したのは、オレの自覚を確認するためか。
「……はい」
「つまりオレは――あっちには、いないんだな」
天を見上げる。
黒い月。その向こう。
はぁ。
「ありがと、ライダーさん」
「……いえ」
あっちにオレがいない。
つまり、この四日間が終われば――オレも終わり。
本当は言わなくてもよかったことだ。言わなければ、オレがこの四日間を終わらせるために奔走し――全てが終わった後、ライダーさんを雇い、ライダーさんと仲の良かった野場飛鳥はそのままに帰ってくる。
オレという余分な要素を、削ぎ落として。
それでも言ってくれたのは、偏に彼女の優しさだろう。
これでオレは、”終わらせない”という選択肢を選ぶことが出来るようになったわけだ。
でもなぁ。
「……この四日間には、タイムリミットがあるんだよね。もう見えないけど……今、教会で衛宮と戦ってる女が、そのタイムリミット。それが来たら、オレが拒否しようがなんだろうが――全て終わるんだと。
ハッピーエンドで終わるか、バッドエンドで終わるか。どちらにせよ、オレは向こうへ行けないってことだ」
ポッケからコインを取り出す。
ピン、と――高く、高く弾いた。月明かりに照らされて、悪魔が何度も嗤う。
「ならさ――」
やがて放物線の頂点に達したコインは、自由落下を始める。
くるくると回りながら、オレの手元へ向かって。
キャッチする。
表。ようやく、悪魔も俺に微笑んでくれたワケだ。
「……ライダーさん、ホント、話してくれて助かった。ようやくふっ切れる事が出来た」
「……はい」
さぁ。
来週からも、気合入れて行くぞ――。
「とりあえずライダーさん、屋根から降ろしてほしいんだ。オレ、降りらんないからさ」
「ええ、そうだろうと思って登ってきました」
教会に一人、残された衛宮士郎。
今、今の今、今の今まで目の前にいた
「テンノ、サカヅキ……?」
その言葉には覚えがある。
天の杯。半年前の聖杯戦争において、そう呼ばれた少女がいた。
天にありしは逆さ月。つい最近、誰かがその言葉を呟いていた。
残る断片は、もはやそれだけ。
夜が明け、終わりを迎えようとするその一日。
少女の待つ冬の城。
誰かの待つ骨董店。
そこで、最後の道が示される――。