夜。
シロウが、訪ねてきた。
「アスカについて、ですか」
「ああ。セイバーが野場をどう思っているか……それが知りたいんだ」
「それは構わないのですが。
……はたして、私の話が今のシロウに意味があるものか。既に知り得ていることだとおもいますが」
「意味なんかなくていいよ。今日はセイバーの話を聞きに来ただけなんだ。
再確認と、俺が知ってなきゃいけない事を教えてくれるんじゃないかなと思って」
「……そうですね。では、話しましょう」
はたして、深呼吸をする。その意味は。
私は分かりきっていた事を口に出す。恐らく、私を含めた全てのサーヴァントが気付いていた――否、彼女と一度も
「アスカ。ノヴァ・アスカ。彼女は、私達の知る彼女ではありません。呼吸、足運び、気配、思考や言動、その全てに至るまで――彼女は別人だ。
少女であるかどうかも、怪しい程に」
直感だとか、そういうものを使うまでもなく。
彼女が半年前の彼女と別人であることなど、わかりきったこと。
「……じゃあさ、セイバー。アイツは、誰なんだ?」
「それは誰も知らない、というのが正解かと。ライダーも、ランサーも、シロウの学友も。
彼女自身しか、それは知り得ない事。もしかすると、彼女自身もわかっていないかもしれませんね」
私では知り得ない。
癪だが、赤くない方のアーチャーであれば、知り得たのかもしれないが。
それは私達ではわからないことだ。
「それなら、アイツは何なんだ? セイバー。アイツは、何だと思う?」
「それも、私の口からは。当人に直接聞くべきです、シロウ。あの雨傘を持って、彼女が指定した場所へ行きましょう」
「野場が、指定した場所……?」
真実を映す鏡が置いてあるあの場所。
シロウはそこをしっているはずだ。
「あ」
まだ早い。彼女はそう言ったのだろう。
ここで会っても意味が無い。彼女はそう言ったのだろう。
「ありがとう、セイバー。
もう遅いし、そろそろ部屋に戻るよ」
「はい。ゆっくり休んでください」
引き留めることはしない。
シロウも、“彼”も。歩き出した。
ならば、私はサーヴァントとして、マスターの身を守り、邪を払う剣となろう。
「おやすみ、セイバー」
「おやすみなさい、シロウ」
そして三は四に、そして五に至る――。
大きな音を立ててソイツは降ってきた。
ソイツはソレにぶつかって下へ落ちた。
ソイツとソレには縁が生まれ、ソイツの起源も塗り替えられた。
ソイツには知識があった。けど、ソイツは自ら眠りに就いた。
ソイツは自分が用済みだと知っていた。もう十分に生きたとも。
ソイツは上から落ちてきた者としての運命力を、全て明け渡した。
ソイツに力は残っていなかったけど、時たま目覚める事ができた。
ソイツは何もできない。ただ、見ているだけ。観測しているだけ。
それでも、ソイツはそこにいたのだ。
たとえもう、また目覚める力すら使い果たしてしまったとしても。
ソイツはようやく、思い出したのだ。
「……今のは」
夢……?
サーヴァントとマスターの記憶が混線する事は多々ある話だと知っているけれど……今の夢は、セイバーの夢でも、どこかの女魔術師の夢でもないだろう。
一瞬だけ見えた、内装。
古物がずらりと立ち並んだそこ。
最後に聞こえた声。
「……」
衛宮士郎以外の、誰かが――どこかで。
自分を取り戻したような、そんな気がした。