今日はライダーさんの来ない日。
そして、前は葛木先生が来た日である。
今日も来るのだろうか。
純度100%の銅像を丁寧に磨いているので出来れば蒔寺みたいなのは遠慮願いたいところではあるのだが、はてさて。
入口に影。
「失礼する」
「いらっしゃい、葛木先生」
感情を感じさせない声で入店してきたのは、前と同じ葛木先生。
さては衛宮士郎が全く同じ選択肢を選んだゆえかと思いきや、今回は追従する存在があった。
「お邪魔しますね」
「……いらっしゃいませ」
‘妻モード’で入店してきたのは、薄い青色の髪と尖ったエルフ耳を持つ美人。
力強いその声とは裏腹に、夫と2人きりになれてうれしい、というような感情がひしひしと伝わってきた。
キャスター・メディア。
神代の魔術師にして威力や規模で言えば、現代の『魔法』をも上回る物を操れるという正統派魔術師。自身の工房内・結界内であれば空さえも飛べる実力者。
オレには魔力回路も魔力も、ましてや魔術がどういう存在なのかわからないので実感は出来ないのだが、どこぞの人理保障機構においてはメディえもんとダヴィえもんさえいれば大体何とかなると言われるくらいには凄い人だ。
「キャスター。これはお前の知っている物か?」
「……はい、宗一郎様……これは紛れも無く……」
「……」
わぁお
いやオレも値打ちがどうのってはわかるけど、昔自分が使っていた食器かどうかなんてのは……あぁ、現代と違って量産品じゃないからわかるか。
「……失礼した」
「あぁ、待ってください宗一郎様!」
「……またのご来店を~」
今回も冷やかしだったようで。
冬木大橋。
世界最硬の物質で作られているとされるこの橋が跨るのは未遠川という川で、冬木市を東西に二分している。深山町と新都を繋ぐこの橋を渡らなければ双方を行き来できないので渋滞しがち……と言う事は無く、ぶっちゃけ深山町に用がある人は大体バスをつかうので交通の便はスムーズだったりするのだ。
そんな大橋をクロスバイクで疾走しているオレ事アスカ・ノバ選手。 後方に迫るはウチのバイトライダー。駆使するはママチャリ。
ふ、ママチャリで出せる最高時速などたかが知れている……貴様がどれほど有名で騎乗スキルに優れていようとも関係ないのだ!!
「フハハハハハハ!! ではなライダーさん! 今日もオレの勝ちだ!!」
「それは違いますね」
「何ィ!?」
存外、近くに感じた声に振り向く。
すると、後方20m程の所までライダーさんが迫ってきているではないか。
どういうことだとそのチャリをよく見て見れば、いつもの物ではないではないか!
「まさか――」
「ドロップハンドルのロードバイク……士郎の
それはもう、積載量とか一切ガン無視の『速く走るためだけ』の自転車。
買い出しなんて全く考えていない(実際手ぶら)、恐らくオレに勝つためだけに用意した物。
だが、おかしい!
「どういうことだライダーさん……GIANTなんて、しかもそのモデル21万はくだらないぞ!? 衛宮家の財政にそんな余裕があるワケ!」
あと15m。
どんだけ冬木大橋長いんだよ、っていうツッコミはいらない。
冬木市において距離と時間はたびたび引き伸ばされる物であるからだ。
「もらい物です。廃品回収に置いてあったこの子をじーっと見つめていたら、心優しい店長さんが下さった物を、士郎に直してもらいました」
「衛宮有能過ぎだろ!!」
店側が直せないと判断した廃品をどうやって直すんだよ!
また投影か!? 便利だなぁ投影って! サッカーボールだって投影できるんだもんなぁそりゃ!
あと10m。
「しかし、流石はアスカです。ライダーである私が過去最高性能を誇るジャイアントを漕いでなお、抜ききれないとは」
「差は縮まって来てますけどねぇ!」
体感、オレ達が出している速度は約33km/hだ。
そして、オレの駆るクロスバイクは基本性能25km/hくらいしか出せない。
かなり超過しているにも拘らず壊れない・このスピードが保てるのはチェーン部分のカスタムによるものではあるのだが、フレーム等々は変えていないので先程から悲鳴を上げている。
あと5m。
「では、アスカ。この勝負、私が貰い」
「仕方ない……ギア、
別に腕とか足のポンプで寿命を縮めたり体の一部が大きくなったりするわけではない。
単純な話。
このクロスバイクにはギアが1から27まで付いていて、オレは今まで1の状態で走っていた……ただそれだけの事である。
ぎゅん、と視界が加速する。
いかに人力での最高時速を誇るロードバイクといえど、恐らくはライダーさんの暴走を危惧した衛宮の手によって速度の抑えられている代物。
スタミナお化けたるオレが漕ぐギア3のクロスバイクに追いつけるものではない!
「な……まだ、余力を……!」
「改めて笑おう……フハハハハハハハ! ではなライダーさん! ちなみにだがこのバイクはあと24回の変身を残している――やはりオレの橋石スターノヴァカスタムに勝てる馬などいないのさァ!」
野場だけに。
こうして、オレのちっぽけな虚栄心は今日も守られた。
「ういーっすランサーさん。また鯖山?」
「おう、嬢ちゃんか。お察しの通りって奴だ」
鯖山らしい。
ランサーさんと少し離れた位置に腰を下ろし、オレも釣りを始める。
エサは青虫。
「……」
「……」
オレもランサーさんも、基本的に無言で釣りをする。
というかどこぞのキンピカや紅茶のように騒ぎ立てる方が珍しいのであって、魚が逃げてしまわない様じぃーっと待つのが正しいスタイルだ。
……まぁ、釣れる釣竿と釣り餌でバンバン釣るのが間違っているとは言わない。
それも選択の1つだろう。
「……なぁ、嬢ちゃん」
「はい?」
「嬢ちゃんの使ってる釣竿、何で出来てんだ?」
オレの使っている釣竿。
太公望の釣竿。
これの素材は確か……。
「聖木の金枝とダマスカス鋼かな」
「……は?」
こちらに振り向きもせず問いかけをしてきたランサーさんだったが、流石に聞き逃せないのか首ごとぐりんと顔を向けてくる。
「朽ちた剣に危険な液体かけるとダマスカス鋼になるんだけど、それと聖木の金枝組み合わせて作ってるよ」
「……」
リールと持ち手がダマスカス鋼で、竿が聖木の金枝。
とはいえオレには魔力だのなんだのがさっぱりなので、せいぜい使っているとすがすがしい気持ちになれる竿、くらいの印象しかない。
「……軽く宝具級……いや……」
「取り寄せ先はドイツで、確か沢山のヤドリギの集合体を掻き分けた所に生えていた巨木の、朝日に照らされて黄金色に光っていた枝葉を使用しているらしいな。朽ちた剣の方はアイルランド原産。危険な液体の出所は知らないけど、とりあえず今ントコ身体に害はないぜ」
何やら儀式めいた説明を感じたが、オレには全く分からないのでそのまま覚えた。
最初は商品だったんだが、磨いてるうちに馴染んだからオレが使っている次第。
補填はしてあるから大丈夫。
「……相変わらずすごいんだかアホなんだかわかんねぇ嬢ちゃんだな」
「失敬な」
本当は超絶強いのに槍が当たらないニキに言われたくない。
ちなみに雑談中も魚は釣れていたが、鯖8イカ2とあまりよろしいとは言えない成果であった。
「おや」
「あ、セラさんどうもッス」
港からの帰還中、偶然ばったりと出会ったのは髪を降ろしたセラさん。
格好見るに、わくわくざぶーんからの帰り道のようだ。
「丁度良かった、今からお邪魔してもよろしいですか?」
「はい、大歓迎ですよ」
自転車を降りて並んで歩く。
既に日は落ち始めているが、戦闘用ではないとはいえ仮にもアインツベルンのホムンクルス。
自身の城に辿り着く程度は造作もないだろう。
自転車を押しながら雑談をする。
「恰好を見るに、釣りの帰りでしょうか」
「はい。家計が危ないって事は無いんですが、一緒に釣る人がいるってわかっているとどうしても行きたくなっちゃいまして」
「料理はご自分で?」
「鯖は味噌煮、イカは刺身程度ですけどね。シメもしっかりやってありますよ」
セラさんに年齢などないが、良識ある大人の女性、という扱いなのでオレは丁寧語で対応する。
ちなみにリーゼリットには素の口調に戻る。2人いる時は丁寧語のまま。
「セラさんの家? は魚とか食べないですよね」
「そうですね……あまり、とだけ」
「セラさんってロシア人でしたっけ、ドイツ人でしたっけ」
「出身はドイツになりますね。ドイツの、アインツベルンという城で生まれました」
「じゃあお嬢様だったり? あ、お姫様?」
「いえ、私は侍女の1人ですよ」
知っているけど知らない情報を聞いていく。
ドイツ人、ではなく出身はドイツである、とだけ。
自然の触覚として、このような雑談の中でさえ人間ではありたくないのだろう。
歩きながら話していると、店の前についた。
ガレージ(と言っても車は入らない)にバイクを仕舞い、シャッターを上げて真経津鏡を内に向ける。
セラさんがその鏡をチラっと見ていたが、何かを言う事は無かった。
「じゃ、改めて。いらっしゃい、セラさん」
「はい。また幾つか陶器を見させていただきます」
セラさんはお得意様の1人だ。
原作ではこっぴどく骨董品を扱下ろしていた彼女だが、ウチにあるのは本物も本物。とりわけ年代の古い(ライダーさん他曰く神秘を少なからず纏った)商品が多い。
そしてセラさんは(正確にはアインツベルンは)大金持ち。
後は分かるな。
「……これは?」
「紀元前2世紀頃に現在のスイスで使われていたとされる土器ですね。土器ですが、表面に銀のコーティングがされています。実際食事に使うとなると少々有毒ですので、おすすめはしません」
「ふむ。……これは?」
「19世紀のミュンヘンでルードヴィヒ2世に上げられる予定だったピンクローズの紅茶茶碗……西洋白磁としては最高級品ですね。なので、ウチの商品の中でも結構値が張ります」
「では、これを」
「はい。いつも通りで?」
「ええ、振り込みで」
ティーカップ1つと侮ることなかれ、ここまで綺麗な状態で残っているのは相当に珍しいのだから。
ちなみにルードヴィヒ2世は別名メルヘン王。
彼に送られるはずだった陶磁器が、ホムンクルスというメルヘンの塊に使われるのなら本望であろう。
丁重に包装を施し、手渡す。
「では、また来ます」
「はい。毎度、ありがとうございます。御気を付けて、セラさん」