【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月10日 (3)

 朝5時きっかりに起床する。

 10月らしい肌寒い朝に腕をさすりながら着替えを済ませ、寝室よりさらに寒い店内に入って真経津鏡を内に向ける。

 シャッターを極力音立てない様に開ければ入ってくる冷たい空気。日はまだ昇っていない。

 自動ドアの開閉部分に油を差して、結露を雑巾で取って準備完了。

 商店街のいくつかはオレと同じように準備を開始しているが、それでも人気のない朝は昼とは違った空気が合って面白い。お向かいのワイン店のオーナーに小さく会釈をすれば、オーナーはニカっと笑いながらサムズアップを返してくれた。

 

 さぁ、磨き始めようか。

 

 

 

「おはようございます、アスカ」

 

「おはよ、ライダーさん。オレは奥で磨き作業してっから、店の方お願いね」

 

「はい」

 

 相変わらずだるーんとしたオシャレの洒の字も知らないような格好で現れたライダーさん。昨日のチャリチェイスに特にいう事も無いようで、そそくさとエプロンを取って定位置の受付に座った。

 奥と言ってもすぐそこの磨き場(ブルーシートを敷いてあるだけ)にドテっと座り、改めて骨董品を磨き始めた。

 

 キュ、キュ、キュという音の種類としては同じ、だが長さや間隔の違う不規則な物が店内に響く。

 キュ、キュ、キュ。ゴシゴシ、ガリガリ。ゴワー、ヒュー、ズズ。

 茶が美味い。

 

 ちなみに骨董品店と言ってもウチはアンティーク傾向が強く、同じく骨董を扱う蒔寺の実家エイドリアンとは商品の趣が少し違う。

 アイツの家は呉服兼骨董だというのもあるが、小さな括りで言えばウチは古物商なのだ。

 だから古代の食器だの剣だのが置いてあるし、値段も相応に高い。

 そんなウチの芸風を蒔寺がどう思っているのかは知らないが、たまに来ては難癖付けて帰って行くだけな辺りそこまで気にしていないのだろう。

 

 そんなことを考えていたからだろうか。

 

「邪魔をする」

 

「こ、こんにちは~」

 

 3人組の、蒔寺ではない2人が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

「三枝! オレに会いに来てくれたのか嬉しいぞ! じゃあ上で蜜月を過ごそう。氷室は同じメガネ同士ライダーさんに相手してもらって、ほらほら!」

 

「え? え?」

 

 修繕していた扇を丁寧に置きつつ、三枝にするりするりとすり寄って確保。

 この時氷室の手を華麗に躱しつつ、ライダーさんを壁にすることを忘れない。

 

「アスカ」

 

「待て、野場」

 

 三枝を姫抱きにして階段を昇ろうとしていたオレの背に、巨乳メガネーズの静止の声がかかる。三枝の太腿裏やわらけーな。

 流石に階段に足を掛けたまま振り返るのは三枝が危ないので、仕方なく渋々とゆーっくり階段を降りてから三枝を降ろした。

 降ろしたら逃げられた。

 

「全く、油断も隙もないな、野場」

 

「うぅ……」

 

 そしてするする~っと氷室の後ろに隠れる三枝。

 おかしいな、今回はお尻をさわさわしただけで胸は揉んでないのに。

 

「で、何用ですかお客様。当店の骨董類は些か学生の手には高い品々ばかりでして、最安値で5000円からになりますが」

 

「それはわかっている。私が用の或るのはお前だ、野場」

 

 鋭い目を向けてくる氷室。

 俺に壁に使われた挙句氷室の相手にされなかったライダーさんはそそーっと横にずれてくれていた。すんませんねなんか。

 

「オレ? ……なんだろ」

 

「単刀直入に聞く――柳洞生徒会長と付き合っているのはお前か、野場」

 

 一瞬の沈黙が流れる。

 

 んん?

 

「……あー、チョイ待ち。柳洞生徒会長ってのは、柳洞寺の末っ子の柳洞一成クンの事でよろしいか?」

 

「それ以外に柳洞生徒会長がいるのかな?」

 

「いやいるんじゃないか? 確かに珍しい名字だけど、あそこ唯一って事は無いだろうし」

 

「では冬木市の穂群原学園において3年間生徒会長を務め続けた柳洞寺の息子である柳洞一成生徒会長――彼と付き合っているのはお前か、野場」

 

 沈黙。

 

「成程、沈黙は肯定と見做すが――」

 

「面白そうだから肯定と否定は後にするとして……どうしてそう思ったんだ? 経緯を説明してくれ。あとここ店の中だから、ちょっち居間に移動してくれ。ライダーさん店番頼んだ」

 

「……はい」

 

 氷室と三枝に手招きをして居間に呼び込む。

 ライダーさんといつもカップ麺を食べている居間だ。居間っていうか土間だ。

 オレの巧みな話術に寄り三枝を家に連れ込んだ。後は邪魔者(ひむろ)をどうにかすればいいのだが、恐らくこれは氷室恋愛探偵に関する物。

 コイツが聴きたいのは美綴の事で、オレと柳洞に関してってよりは柳洞の恋愛事情に興味があるのだろう。

 

 ニヨリ。

 

「粗茶ですが」

 

 一応家主としてお茶を出す。

 立ち上る湯気から香る匂いはそれなりに上等だ。

 

「これはどうもご丁寧に」

 

「あ、ありがとう……?」

 

「平安初期……大体815年から820年頃に摘まれた茶葉だから、1gで2000万はくだらないけど気兼ねなく飲んでくれよ」

 

「……途端に飲み辛くなることを言うな。というかそれは商品だろう? 私達に出して良い物なのか?」

 

「に、2000万……!?」

 

「一応現代人が飲みやすい様にブレンドはしてあるよ」

 

「……まぁ、頂くのだが」

 

「そもそも三枝に粗茶なんか出せるわけないだろ? ウチで取り扱っている茶葉で最上とは言わないまでも上等のものを用意しただけだ。氷室はついで」

 

「あ、ありがとう……?」

 

 喜んでくれたなら何よりである。

 

 さて、本題に入ろう。

 

「で、なんでオレが柳洞一成と付き合ってると思ったんだ? クラスメイトとか、それこそ後藤なりに聴けば柳洞とオレはそんなに仲良くない事わかると思うんだが」

 

「確かに野場が生徒会長と仲がいい、という話は聞かんな。それに、野場と生徒会長を並べても絵にはならん」

 

「だろ? むしろアイツはホモだから衛宮と付き合ってるんじゃないかと思うんだよな」

 

「――だが、自由奔放な素行不良生徒と勤勉生真面目な生徒会長……なるほど、この要素を付け加えると、形だけは絵になると思わないか?」

 

「無視かよ。あ、三枝この和菓子食ってみ? これも平安時代の製法で作られてんだけど、米もやしと甘葛(あまづら)つってな、米から作る水飴とツタを煮詰めたシロップなんだが、これが美味いんだ。素朴っていうか純和風っていうか、懐かしい味だぜ」

 

「へぇ~……あむ。……ん! ほんとだ、美味しい!」

 

「だろー? っていうか氷室、素行不良ってなんだよ。オレ別に不良行為はしてないと思うけど?」

 

「制服改造は?」

 

「おっとそれを突かれちゃあ痛いね」

 

 にょーんと伸びる水飴を口の端につける三枝を見てニヨニヨしながら氷室と話す。

 オレの制服はスカート丈は遠坂を倣って絶対領域に、袖はエーデルフェルトを倣ってパージ可能にしてあるのだ。さらに言えば所々にポッケを付け足しているし、ソックスはサイハイソ。サイハイソはいいぞ~。

 

「だがよ、素行不良な女子生徒をあの勤勉生真面目な生徒会長がわざわざ彼女にすると思うか? 遠坂を女狐とか魔女って呼んでる生徒会長が」

 

「あれは単なる嫉妬だろう。あと家柄関係か。

 理由は、そうだな。野場、お前は成績が良いだろう? 遠坂や生徒会長と並ぶことしばしばではないか」

 

「そりゃあお前、オレは大学院行けるレベルの頭あるんだから当たり前だろ」

 

 実際行ってたし。結局就職したけどな。

 いやーいいね親から継いだ家があるって。もう就活とか絶対にしたくねぇ。

 

「その自信はどこから来るんだろ……」

 

「オレは歴史が特に強いぜ? この店見てくれりゃわかると思うけど」

 

「あ、なるほど!」

 

「何も成程ではないぞ由紀香。骨董商を営んでいるから大学院に行けるなど、何の理屈にもなっていない」

 

 せやで。

 

「そもそもの疑念の切っ掛けってなんなんだ? 誰かに野場氏が怪しいのではないでござるか? とか言われたんだろ?」

 

「それは誰かとは言わない特定個人だな。だが、ゴ某ではないぞ」

 

「え、後藤じゃないの? ……後は誰だ? 衛宮はまだ聞いてないだろうし……」

 

「何故衛宮にはまだ聞いていないとわかるのかはおいておこう。私が聞いたのは間桐後輩だよ」

 

「ブロッサムさん!?」

 

 店の方でライダーさんが聞き耳を立てている気配がある。

 え、なんだろ。 

 ブロッサムさんこそオレと関わりの無い女子No.1なんだけどな……。

 

「ブロッサム……なぜそう呼んでいるのかは知らんが、そう。間桐桜嬢だ」

 

「んん……? ブロッサムさんがオレの何を知っているんだ……?」

 

「彼女が言うには、彼女の家族が野場の家でバイトをしていて、様々な情報を持ち帰ってくる。その中に、前に店に来た生徒会長が野場と親しげに話していた……そういう物があったそうだ」

 

「Hey ! Come over here Byte rider !? Explain the reason !」

 

「……その」

 

 ワケを直接聞こうじゃないか。

 

「いえ、ワケといいますか……一日の報告を桜にする時、どうしてもアスカの話題が多くなりまして……」

 

「と、いうと……あなたが間桐桜嬢の家族。ライダーさんでよろしかったか?」

 

「あ、はい。何度かご来店いただきましてありがとうございます。ライダーとお呼びくだされば」

 

「私は氷室鐘。こっちは」

 

「あ、三枝由紀香って言います」

 

「よろしくお願いします。それで、ですね……以前その柳洞一成という方が店に来た時、アスカはそれはもう活き活きと彼を弄っていた物ですから、そのような事がありましたよと……そのまま伝えただけです」

 

「弄っていた?」

 

 あー。

 あぁ、思い出した。

 実家の手伝いとはいえ一生徒が店を経営している、なんてのは看過できないからって店を見に来たんだったっけな、あの生真面目生徒会長が。

 んで、手続きやら法的関係も全部終えてるって証拠見せつけて、柳洞寺関係の物も取り扱っていて、零観さんもたまに来るんだぜ、みたいな弄り方した記憶がある。

 

「なるほど、そう言う事か。確かにあの生徒会長なら自ら調べに来そうだ……邪魔をしたな」

 

「ん、もういいのか?」

 

「むしろその提言が無ければ無理があると思っていた。どれほどの付加要素をプラスしても、辛うじて絵になるばかりでとても綺麗には思えんからな」

 

「そりゃーすまんね。オレは英雄史大戦得意じゃないし」

 

「ッ!? ……行こう、由紀香」

 

「え、あ、待って鐘ちゃん! あ、野場さんお茶とお菓子ありがとうね! おいしかった!」

 

「あいよー」

 

 2人を見送る。

 三枝はいいとして、結局茶だけ飲んで何も買って行かねえでやんの。

 

「……どうせ貧乳ですよーだ」

 

「アスカ? 僻んでいるのですか?」

 

「おっぱいお化けめー!」

 

「いやあの」

 

 腹いせにちょっと揉んでみた。

 ……ぬぐぐ。

 

 その日は他に客は来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ザ、ザ、ザと。

 聞こえない方の足音ではなく、辛うじて生身の足音が聞こえた。

 

 どうか、その牙――いや、歯がオレに向きませんように。

 


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