「おや、士郎。私に何か用ですか?」
0時になる前の、各々が自身の時間を過ごしたり風呂を楽しんだりとくつろぐ僅かな
パラ、パラと指を滑る古紙の感触を楽しみつつ、それなりの速度で書物『邪馬台国の秘密に迫る。かの地は何処や?』を読んでいる、そんな時でした。
この衛宮邸の家主である少年、衛宮士郎が「ちょっといいか」と言って部屋に入ってきたのです。
無論、断る理由はなく、こうして部屋に上げた次第ですが。
「ちょっとな……ライダーはさ、野場の事どう思ってる?」
唐突に、そんな事を聞いてきました。
「アスカ、ですか?」
「うん、そう。野場飛鳥。クラスメイトではあるけど、こう、他の立場の人から見たアイツの印象を知りたくてさ」
「……どう思っている、と言われましても」
私のバイト先である野場骨董品店の一人娘であり、同時に店主でもある彼女。
背丈は169cmで体重は62.5kg。どちらも本人の自称ですが、私の見立て的にもそのくらいです。
肉付の少ない身体ですが、そのほとんどが筋肉だったりと存外鍛えられた身体をしていて、特にスタミナは私達サーヴァントをして無尽蔵と呼べるほど。
とはいえ身体能力は少女の域を出ず、やはり一般人であるという結論に落ち着きます。
その性格は、一概に言って、
「変人……ですね」
「おいおい、思ったよりストレートに行くな……」
「ですが、これが一番彼女を現す適確な言葉かと思います」
その性格はハイテンションの一言に尽きます。
スイッチのオンオフが激しいものの、基本的に我が道を行くタイプの暴走機関車であり、少女の声でありながら辺り一帯によく響く声です。
そのテンションの高さはどこか姉様達に通ずるものがあると初めは思っていたのですが、姉様達と違って非常に素直で欲望に実直で、全くの別物だと思い直しました。
また、喋らなければそれなりに可愛らしい少女の外見であり、しっかり着飾ることもあるのですが、一人称が「オレ」と……似合わなさでいえばその部分がとても際立ちます。
「バイト中とかはどんな様子なんだ?」
「とても勤勉ですね。彼女がサボっている、という所は滅多に見ませんし、あっても何か用事がある時です」
彼女の開く骨董品店は、彼女自身の両親から引き継いだものだと聞かされています。
すでに亡くなったというご両親の集めたコネや、アスカ本人の繋げたコネで現在の仕入れを行っていると。
その入手ルートはいつもはぐらかされる上、バイトに来るといつのまにか増えているという事ばかりですね。
また、その骨董品を彼女は『子供』と呼び、本当に我が子を愛するような手つきで整備を行います。
一度二度とアスカが商品に頬擦りをしているのを見かけたことがありますが、あそこまで心から笑っているアスカは滅多にみられる物ではありません。
彼女が心を許しているのは由紀香という少女さえも差し置いて、骨董品たちだけなのではないかと錯覚する程アスカの愛は深い。
「じゃあライダーはバイト中何をしてるんだ?」
「基本的には店番を。アスカは奥で、もしくは店内の隅で修繕作業や整備を行っているので、常連方などの対応は私が行っていますね」
アスカの話に寄れば深山町の骨董品店はもう1つあるらしく、そのもう1つの骨董品店エイドリアンは主に日本の骨董を、野場骨董品店は海外の骨董を扱う故にすみわけが出来ているのだと。
それゆえか、アンティーク商品を求めて海外の方やお金の或る年配の方々が常連となって店を訪ねてきます。
一癖も二癖もある方々なのは事実ですが、その知識の量は測り知らずで興味深く、ついつい長話に興じてしまう事もあります。主に聞く側ですが。
「アスカに何か思う所があるのですか?」
「いや……なんか、アイツの所に足を運ぶと目的を忘れるっていうか……気になるけど、今は何もわからないから結局何も聞けない、っていうか……」
「ふむ。……そういえば、アスカは大河と仲が良いようです。これもアスカ本人から聞いた話ですが」
「藤ねぇと?」
「ほら虎と鳥って語感似てるじゃん?」というよくわからない理由を根拠にしていましたが、学校でもちらほらと話す事があるようですね。
確かにハイテンションさでいえばどちらも引けを取りませんし、冬木大橋での自転車競走の時は獅子奮迅が如くです。
サイハイソックス故に気にしていないのかもしれませんが、あそこまでの前傾姿勢で立漕ぎをしていると後方からパンツが見える、というのはいざという時の切り札としてとってあります。
「参考になりましたか?」
「……うん、ありがとうライダー。また聞きに来るかもしれないけど……」
「はい、どうぞ」
とりあえずの満足をしたようで、士郎は部屋から出て行きました。
彼が本当に聞きたかったこと。
それは恐らく、あの骨董品店に集う『商品』……その、纏っている神秘。
私達
ところが、あの店にある商品はどれもこれもが本物。
一切神秘が失われない、ある意味では原点ともなり得る品々。
もしアスカにそれを扱う才能があったら、それを研究する意思があったら。
可能性として、聖杯戦争に参加してくる事もあり得たでしょう。
現実は彼女に魔術師としての才能も魔術回路も、魔力すらも無く、霊的な物は一切見えないただの人間で。
我が子の様に扱う骨董達を高め、自ら使うのは極少数、しかも普通の用途にしか使いません。
無論、そんな彼女だからこそ――
明確な意思があるわけでもない骨董という物品たちが、魔術的な要素における触媒にしかならない物たちが、特定個人に懐く、という事がどれほど異常な事なのか。
まるで母親を守る子供のように、あの店へ入ると少なくない威圧感を憶えます。
元々嫌いですが、霊体にとって天敵である『真経津鏡』などもアスカに好意を向けているのが見て取れ、あれが外を向いている時は店に入るのを躊躇うくらいの力があります。
私でそうなのですから、夜を蠢く者では太刀打ちできないでしょう。
しかし、アスカは全く意思に気が付きません。
それが悲しいと骨董が嘆くと、アスカはすぐさま感じ取ってその骨董を整備に行くにも関わらず、それを彼女に聞くと決まって「なんかコイツが磨いてほしいって言った……気がして。オレの妄想だけどね?」などと嘯いて、笑顔で整備を始めるのです。
魔術師でない彼女にそれに気付けというのは無理な話ですが、怨嗟にも似た――アスカと会話できることが羨ましいオーラを叩きつけられるのは、正直たまった物ではないのです。
その程度の執念でどうにかなるほど私は弱くはありませんが、四六時中は面倒、という事ですね。
「……あぁ」
それともう1つ。
彼女は、魔術師でもないにも関わらず――この四日間に気が付いている。
私やセイバーでさえ最初は『違和感』でしかなかったのに、彼女はすぐに気が付いた。
恐らくアスカは全てに気が付いている上で、何も知らないとして振る舞っているのだという事は見て取れます。
本来この世界はあの衛宮士郎が中心になるべきなのに。
1人だけ、その回転に捉われないアスカは――何者なのでしょうね。
私が飛鳥とアスカを区別しようと思った、その意味は――。
「ライダーと飛鳥」
「藤ねぇと飛鳥」new