TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
それは、姉想いの幼き少女が、
ぷるぷると体を震わせ、真っ赤に目を腫らし起き上がったメルは、そのままバーディを口汚く罵倒したかと思うと。お姉ちゃん、と嗚咽を漏らし何処かへと走り去ってしまった。
その様を、実に嬉しそうに腕を組んで、ニヤニヤと満足げに見守るバーディ。
・・・この男、まさしく最低である。大人げ無い、と言う言葉の化身とも言える。
クリハは、本当に相手がこの男でいいのか。今の外道行為の一部始終を見ていた彼女は、幻滅していないのだろうか。
「やはり、バーディ様はお強いお方・・・。」
・・・残念ながら、クリハは全く気にしていないようだ。
だが、僕は今の行動を見過ごせない。勇者と呼ばれる存在としてはもっての外、人間としても品性を疑われる行為だ。明日までに絶対、バーディに謝らせに行かせないと。
いや、その前に。今の所業を見て野次馬達は激怒していないだろうか? 身内があんなに酷い目に遭わされたんだ、僕達はこのまま袋叩きにされたりしてもおかしくない。
「あんた、メルをあそこまで簡単にあしらうとは出来るな。よし、俺と命を懸けて試合しよーぜ? 誰か司祭呼んでくれ司祭。」
「司祭は今幼女ウォッチング中に、運悪く事故ったって聞いたぞ。勢い余って東の大岩に激突した後、地中深くに埋もれてしまい重体らしい。今日は自分の治癒で手一杯だそうだ。」
「今日、確かフィオが里帰りしてたぜ。」
「お、本当か。今日の回復役はフィオに頼むか、誰か呼んできてくれ。おっしゃ、じゃあ殺し合おう。」
僕の心配は、完全な杞憂だった。バーディの、神域と呼ばれるその槍の腕を見て、わくわくとした表情で次々と村の男が彼に挑みだす。先程走り去ったメルの事など誰も気にしていない。
フィオの話によると、確かこの里の住人は皆家族なんじゃなかったっけ。少し、薄情すぎないだろうか? それとも、形だけの家族なのだろうか。
────この里は、本当にどうなってるんだ。
僕はメルの走り去った方向を見ながら、ため息を吐く。
「メルの事が心配かい、お客人。」
「え、あ、ええと、あなたは。」
「改めて、俺はラントだ。フィオのパーティメンバーなんだってね、君達。よろしく頼むよ。」
そんな暗い表情をしていただろう僕に、僕とそう年が変わらなそうな若い青年が話し掛けてきた。どこかで見覚えのある顔だ、と思ってすぐさま記憶を辿る。
うん、そうだ。確か喧嘩の真っただ中、メルに初恋話を暴露された哀れな青年だ。確か口を塞がれ、野次馬に飲み込まれしまったからチラリとしか顔が見えなかったけれど間違いない。
「この里の常識は、外での非常識。あまり、君達の枠組みに当てはめてこの里の人間に接しない方がいいよ。一応言っておくとメルは、心配されたいなんて思ってないからね。」
「・・・そうですか。ですが今の所業は目に余るので、後で注意をしておきます。メルの為ではなく、バーディの為にも。」
「それも、残念だが余計なお世話さ。バーディと言ったかい? 彼はなかなか優れた男だよ。この里では、先程の彼の行動で正解。この里では喧嘩の勝者は、高笑いして敗者をなじる。そういう文化なんだ、外では考えられないだろう?」
ふふ、とラント青年はにこやかに笑った。そんな文化は今まで聞いたことが無い。里の住人である彼の話なのだから、間違った情報ではないとは思うけど。
「・・・随分と、意地の悪い村なんですね。」
「ああ、その通り。それでこの里が嫌になって、外へ出て行く連中も少なくはない。」
「だったら止めましょうよ、そんな風習。」
「この村が普通の村なら、止めればいいのだと思うけどね。」
ラントは言った。“この村が、普通の村なら”。
ここは、ミクアルの里。太古の昔より人族の守護役として君臨し続けたという、人族の聖地。確かに、普通の村とは言えないのだろう。
だが、それが先程のバーディの下劣な行為と何の関係が有るのだろうか。
「この村ではね。諦めないことを、最初に学ぶんだ。」
ラントは、目の前で繰り広げられるバーディと村の連中の殺し合いに微笑みつつ、僕に語り掛けた。
「この村の連中は、たとえどんな劣勢でも。たとえどんなに屈辱的でも。負けたくない、その気持ちを忘れないよう教えられる。」
「それは・・・。素晴らしい事だと思います。」
「だろう? 次に、負けたくないならどう行動すべきかを教えられる。負けたくないの一心で、格上に死ぬまで突撃するのは馬鹿の所業だからね。」
「はぁ。成る程、理解できます。」
「そろそろ分かったかい? ミクアルの里の人間の行動原理が。」
・・・僕は、こんなに頭が鈍かっただろうか。この人の言っていることは分かるが、言いたいことが分からない。
この里には負けず嫌いが多い、と言いたいのか? だったらなんで態々、敗者を愚弄し挑発をする文化が有る?
「簡単に言うとだね。メルはまだ勝つ事を諦めていない、という事さ。」
「まだ、彼女は先程の勝負で負けを認めていないのですか?」
「いや、認めているとも。でも、1回負けたってそこで終わりじゃないだろう? 次が有るからこそ成長する。むしろ失敗する事程、人を成長させる出来事は無い。」
「はぁ。」
「だからこそ。闘いに負けた人間に、勝った人間が発破をかけるのさ。次に闘う事が有れば是非とも自分に勝ってくれ、そして自分に成長する機会をくれと、そんな願いを込めてね。また次に、自分に敗れた敗者が成長し、今度は自分を倒してくれるように。」
そのラントの話を聞いて、僕はようやく合点がいった。敗者を愚弄するのは、また次も自分に挑戦してきてくれるようにと言う狙いなのか。何とまぁ、捻くれた文化も有ったモノだ。
「・・・成る程。では、最初に諦めない事を教わるのは────」
「その通り。もし、負けた人間が不貞腐れて諦めるような奴なら、この成長のスパイラルは発生しない。この村の1番大事の掟が、“自らの成長を止めるべからず、歩みを止めるべからず”。この村の人間は常に誰かに勝負を挑むし、負けた相手に発破をかける。」
「・・・ですが、バーディはそんな風習を知らない。単に彼の人間性が、腐っているだけなんです。後で説教して正してやらないと、彼自身の為にも良くない。」
うん。この里に来たことのないバーディが、そんな風習を知っている筈がない。色々と文献を調べた僕ですら知らなかった情報だ。
「いや、確かに知らなかったのは事実だろうけれど。バーディと言ったか? 彼、さては空気を読むことに非常に長けているんじゃないかな。あの素晴らしい放屁の一寸前、チラリと野次馬を見渡して、自分の取るべき行動を決めたように見えたけれど。」
「・・・・そ、そうなんですか。」
・・・そういえばバーディは、場の空気を読むことに関しては確かに天才的だったっけか。
ああ、猛省。ラントの言う事が事実なら、僕は随分と余計な事をするところだった。
「さて、俺もバーディとやらに挑んでくるかな。フィオが来たら、久しぶりと言っておいてくれ。俺が気を失ってたり死にかけてたりしたら、ロクに話せないだろうし。」
土地が変われば、住人は変わる。人が変われば、文化が変わる。
見知らぬ土地では、自分の中の倫理観・道徳観が必ずしも正しいとは限らない。ましてや閉鎖的で特殊な環境であるこの里なら尚更じやないか。
そんな当たり前のことを失念していたとは。僕は、自分を恥じた。
「さーて、もう一発。と、流石にもう屁が出ねぇな。ふんぬぅぅぅぅ・・・。ふぅ、なんとか出たぜ。」
ラントがバーディの前に立つころには、集まっていた野次馬の殆どが地に伏してバーディに尻を向けられていた。
その、なんとも言えぬ間抜けな光景に僕はため息を吐く。どんな理由が有ろうと、この里の空気は僕の肌に合わない。絶対にココにだけは、住みたくないものだ。
でも。こんなにも、自分の成長にどん欲な人達だからこそ、常に強くあり続け、太古の昔から人族の最終防衛ラインとして存在し続ける事が出来たのだろう。
だから僕は、彼等に敬意を持ち続ける事にした。例え、どんなにエキセントリックだったとしても。彼等は、彼らの道徳観に従って行動してるだけで、余所者の僕が非難出来る事なんて何もない。
「ラント、っつったかな。コイツで最後か。持ってくれよオレの下部直腸括約筋、残存する腸管ガスを全てひりだしてやれ。ふぬぅぅぅぅぅ!!」
ついに、道端に立っているのはバーディだけになった。野次馬たちは、悔しそうに、それでいてどこか嬉しそうに、皆地面に寝そべり空を見上げている。
この、なんとも逞しい男達が、僕達人類を滅亡から守り続けてきた、ミクアルの戦士たち。
「ふぬぅぅぅぅぅぅ!! ────あっ。」
バーディの尻から聞こえて来た汚い音は、聞かなかったことにして。ラント青年が地に伏す事により、この馬鹿騒ぎは無事に幕引きとなった。
そう言えばだれもフィオを呼びに行ってなかったな。そう思い当たり、僕は一人、彼女が寝ている村長の家に戻った。やられた人のウチ、何人かの呼吸がヤバそうだったから急がないと。
「なはははは!! ウチの連中は馬鹿ばっかりだのう!」
「オメーはその筆頭だからな、
夕刻。
僕達は村長の家に戻り、家に居た彼の愛人さんから異様に美味い手料理を振る舞って貰った。その愛人さんはと言うと、僕達と共に食卓を囲むこと無く、作り終えて早々に村長に投げキスをして帰って行った。
村長の話だと、彼女は家事担当の愛人らしい。そんな家政婦みたいな扱いで良いのか? と聞いたら、むしろ彼女は羨まれている立場なんだぞと老人は快笑した。
日中、村長の家に出入りできる権利は皆が欲しがってやまないらしい。
・・・成る程この男、如何に自分がモテるかを嬉々として語るタイプか。
そして、話題はメルとバーディの対決に移り。そのまま村中の男を叩きのめしたと話したバーディは、村長にいたく気に入られていた。
是非ともフィオの嫁に来い、と村長が笑い、二人仲良く真顔で首を横に振ったのにはクスリときた。
フィオとバーディ。お互いを全く意識していないまま、あそこまで仲良くやれるのは凄い。少しだけ、羨ましいな。
その後、フィオだけは実家に顔を出したいと言って、僕達と別れ村長の家から出て行った。残された僕らは、老人に持てなされ夜遅くまで飲み明かしたのだった。
子供の頃からの憧れだったミクアルの里で過ごす1日は、僕にとっては未知の事ばかりでとても疲れたけれど。今、僕達が背負っている“無辜の民の命”を、太古より背負い続けた逞しい彼等に、改めて敬意を感じる事が出来て、少し嬉しかった。
僕の目指したヒーロー達は、間違いなくここに居た。
次回更新日は8月24日の17時です。