そうして彼らの思いは交錯し、運命は分かたれる《完結》   作:神崎奏河

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大変長らくお待たせしました!
新歓だの進振りだのに振り回されて、すごーく遅くなってしまったことを心よりお詫びします(´;ω;`)

話はとうとうクライマックスです!
今回は結衣ちゃんとの会話を描いてます。
皆さんにはできれば、前話も合わせてみてくれたらなぁって( ´・ω・` )

長くなってもあれなので本編どうぞ!(ぐだぐだorz)


そうして彼らの思惑は交錯し、運命は分かたれる。⑨

 

扉を開けた先には少女が一人佇んでいた。

 

その姿は、あの時「私には分からない」と言った彼女の姿に重なって見えた。

 

だがその時とは違って、少女のその優しい瞳からは大粒の涙がゆっくりと流れていた。

 

「由比ヶ浜……」

 

無意識に言葉が漏れる。

 

由比ヶ浜は俺の呼びかけにびくっと身体を震わせ、焦るようにこちらを振り返った。

 

「あっ、ヒッキー!」

 

振り向きざまに袖で拭って涙を強引に隠そうとしたようだが、目は少し腫れており、右手の袖も濡れていた。

 

「ヒッキー、卒業おめでとう!」

 

唐突にかけられる言葉。

 

「いやー、ヒッキーが卒業出来るなんてね!素行不良かなんかで卒業できないんじゃないかって心配してたんだよ?」

 

こちらの目を見ることなく、脈絡もなく紡がれる言葉。無理に明るく装ってるのは誰の目にも明らかだった。

 

「……………」

 

「怒らないでよ、冗談だって!ヒッキーが悪いことはしないってことは私、知ってるから!」

 

由比ヶ浜は一方的にしゃべり続ける。

 

用意した言葉がないからではなく、ただ由比ヶ浜のその姿に言葉が出なかった。

 

「ははっ、私も卒業なんだよね。なんか実感が全然わかないなー。ヒッキーはある?」

 

「由比ヶ浜」

 

「………!」

 

ようやく出た言葉。

 

この不自然で繕われた会話を終わらせなければならない、その思いから出た言葉だった。

 

「そういうのは……もうやめにしよう。無理して明るく振る舞わなくていい」

 

「な、なんのことかな?あはは……」

 

その言葉に由比ヶ浜が困ったように笑う。

誰かのために本音を隠した時にする表情だ。

 

でも今、このまま誤魔化したらきっと俺は……いや由比ヶ浜も後悔するだろう。今傷つくのを恐れて逃げようとしても、不治の病のように未来永劫心を蝕み続ける。

 

だから、今、前に進むべきだ。

 

「奉仕部の扉の前にいたことは気づいてるし、お前の笑顔が本物かどうかくらい分かる」

 

由比ヶ浜の表情が少し歪んだような気がした。そして口を真一文字に結び、そっと顔を伏せる。

 

「……………」

 

「……………」

 

夕凪の時間を迎えたのだろうか先程まで吹いていた潮風はやみ、彼女の僅かな息遣いだけが黄昏の空に響いていた。

隠そうとしているようだが、不規則な吐息は彼女の本当の思いを表すのには十分すぎた。

 

「泣きたいならどうか泣いてほしい、怒りたいならどうか怒ってほしい、殴りたいならどうか殴ってほしい。本当の由比ヶ浜の気持ちを俺に見せてほしいんだ……」

 

「……………」

 

俺の懇願に対して、由比ヶ浜は俺と目を合わせないまま無言で俯いた。

 

「頼む、由比ヶ浜」

 

目を瞑って深々と頭をさげる。

 

結局前に進むも、進まぬも彼女次第なのだ。

彼女に頼る他ないのだ。

 

こんなか弱い少女に全てを託す自分はやはり惨めで狡猾で残酷で最低だ。

 

だけど、彼女は。

 

「……ヒッキー」

 

そう呼びかけられた。

 

こんな自分勝手、殴られても当然だし、ひたすら不満を叫ばれても当然だ。

覚悟して何があろうと、彼女の目から目をそらすまいと決意して下げていた頭を上げる。

 

頭を上げると、彼女と目が合う。

 

大きくて優しい瞳だった。

そしてとても美しかった。

 

刹那、その双眸から涙が溢れ出す。

 

「ヒッキー……ッ!!!」

 

由比ヶ浜はそう泣き叫びながら、俺の胸へと飛び込んできた。

カッターシャツを握りしめ、顔を埋めながら由比ヶ浜は感情のままに泣き叫ぶ。

 

自分が抱きしめていいのだろうか、そう逡巡した末に俺はそっと彼女を抱きしめた。

そうしないと、彼女の中の大切な何かが壊れてしまいそうな気がしたから。

 

由比ヶ浜は胸の中で叫ぶ。

 

「私は、ヒッキーのことが好き……本当に大好きなの!恋人として付き合って欲しかった!」

 

「……うん」

 

「でもね、私はゆきのんも同じくらい好きなの!大切な、大切な、私の友達なの!」

 

「……うん」

 

「ゆきのんもヒッキーのこと好きだって分かって、私どうしたらいいか分かんなくなって……三人一緒にいられないんじゃないかって!」

 

「……うん」

 

由比ヶ浜の本当の思いが夕景の中で叫ばれる。関係を維持するために、どうしても表に出せなかった言葉の数々。

俺は相槌を返しながら静かに聞いていた。

 

風のないこの時間、この言ノ葉が風に乗って誰かの耳に届いてしまうことはないだろう。

俺ひとりが彼女の心の叫びをただ聞いていた。

 

***********************************************

 

二人は星の瞬く夜空の下で腰掛けていた。

 

先ほどの場所は施錠されてしまうので、場所を変えていつも昼食を一人でとっていた特別棟の一階のあの場所へと移った。

 

由比ヶ浜は既に落ち着きを取り戻し、二人で並んで階段に腰掛けて空をぼーっと眺めていた。

昼の曇天が嘘のように空には雲が少なく、満月の淡い光が地上を照らし、橙と白の一等星がおとめ座を挟むように輝いているのが見えた。

 

隣で膝を抱えながら空を眺める少女のきめ細やかな肌は、月光に照らされて透き通るような白磁色に輝いていた。

天衣無縫の美しさに昔のように魅せられる。

 

「星が……綺麗だね」

 

空を見上げながら彼女は呟く。

 

「ああ」

 

俺もまた空を見上げながらそう返す。

 

二人の目が合うことはまだない。

 

「……ヒッキー」

 

呼びかけられて由比ヶ浜の方へと視線を向けるが、彼女はいまだ空を見上げたままだ。

 

「私さ、わかってたんだ。最後はヒッキーがゆきのんを選ぶこと」

 

「……………」

 

「でもね、どこか期待しちゃってたんだ。それでも私を選んでくれるんじゃないかって」

 

そう話す彼女はどこか清々しそうな感じがした。

 

「ははっ、おかしいよね」

 

「由比ヶ浜……」

 

由比ヶ浜はすっくと立ち上がり、目をつぶって自嘲するように笑う。

だかその表情に皮肉は混じっていない。

 

「私が奉仕部に入ってから色んなことがあったよね。すれ違っちゃったりしたけど、三人でいられるだけで私は幸せだった。楽しかった時も、苦しかった時も全部ひっくるめて私の大切な思い出なんだ」

 

そう言って夜空に向かって手を伸ばす。

その姿はさながら、違う世界に飛ばされた少女がもといた星に帰ることを望むように見えた。

 

自分も夜空に輝く星々に少しでも近づきたくて、腰をあげて由比ヶ浜の隣に立つ。

 

「ヒッキーは私の中のヒーローだったの。すごーく優しくて、困ってる人を助けずにはいられないかっこいいヒーロー」

 

由比ヶ浜が少しはにかみながら笑顔を浮かべていたのが視線の端に映った。

 

「入学式のあの時も、私が初めて奉仕部に来たあの時も、奉仕部が壊れそうになったあの時も、いつもヒッキーが私を助けてくれたよね」

 

「違う。俺は俺がやりたいようにやっただけ、ひとりよがりのただの自己満足だ」

 

上を向きながらもやや目を伏せてそう答える。

 

自分が行動する理由を見つけては、自分のために行動しただけだ。そこに他意はきっとない。

あったとしても、それは結局めぐりめぐって自分に利益があるからだろう。

 

しかしそんな俺の答えに対して、由比ヶ浜は少し嬉しそうに笑った。

 

「ヒッキーならやっぱりそう言うよね。でもその傍らで救われてる人がいるんだよ?そこを分かってくれると嬉しいな……って」

 

そう言ってゆっくりと顔を下ろす。

 

俺もそれに従って顔を下ろす。

由比ヶ浜の方へと目を向けるが、由比ヶ浜の瞳は目の前の虚空を捉えていた。俺の目には見えない何かを見つめているようにも見える。

 

「だから今回も、私を選んで私を助けてくれるんじゃないかな……って期待しちゃったの」

 

虚空を眺めながら由比ヶ浜はそう静かに呟く。

 

「もっと助けが必要な大切な友達がいるのに、それに目を瞑って私は自分の小さな願いを叶えようと必死になってた」

 

由比ヶ浜の整った美しい顔が歪む。

 

自分の行動にきっと憤りを感じているのだろう。彼女は何も悪くないのに、あまりにも純粋で無垢な故に私憤してしまっている。

 

「困ってる人がすぐ隣にいるのに、自分のことだけ考えて目を背けてきた」

 

それは違う。と誰かが、いや問題をうやむやにして解決を先延ばしにしてきた俺こそが、言ってやるべきだ。

 

「私って最低だね」

 

「由比ヶ浜」

 

「………!」

 

突然の俺の大きな声に由比ヶ浜は身体を小さく震わせる。

 

そんな由比ヶ浜に対してきっぱりと言った。

 

「由比ヶ浜ほど他人のことを想える人はいない。だから自分を卑下しないでくれ。もっと自分を誇りに思うべきだ」

 

「あはは……ヒッキーから言われちゃった」

 

俺の言葉に対して、由比ヶ浜は目を伏せながら自嘲気味に笑う。

 

「ヒッキーこそもっと自分のことを大切に思った方が良いと思うよ」

 

「俺は俺を一番可愛がって……」

 

「ううん、違うの」

 

由比ヶ浜は口元をゆるめて頭をふる。

 

「ヒッキーは他人を助ける時に、自分が傷つくことを全然厭わない。ヒッキーは気にしてないかもしれないけど、私はいつも心配になるの。私だけじゃない……ゆきのんも小町ちゃんも平塚先生も、みんなそうだよ」

 

そう言って由比ヶ浜は小さく息を吐く。温かい吐息がゆらゆらと夜空に揺蕩うてから、夜の街へと吸い込まれるようにして消えた。

 

その言葉と光景に既視感を感じ記憶を辿る。

するとすぐに平塚先生に同じようなことを言われたことを思い出した。

 

『比企谷。誰かを助けることは、君自身が傷ついていい理由にはならないよ』

 

『……たとえ、君が痛みに慣れているのだとしてもだ。君が傷つくのを見て、痛ましく思う人間もいることにそろそろ気づくべきだ、君は』

 

自分が傷ついたところで、痛ましく思ってくれるような人なんていないと決めつけていた。

 

感覚を麻痺させることで傷の痛さを忘れ、傷ついてなどいないと意固地になっていた。

そして感覚を麻痺させるのと同時に、様々なものへの感覚を遮断してきた。

 

自分はぼっち……独りであると思い込んでいた。

 

自分のことを大切に思ってくれている人がこんなにも近くにいたのに。

 

そう改めて気付くと胸が熱く、そして締め付けられたように苦しくなるのを感じた。

 

「だから私は聞きたいの」

 

由比ヶ浜はそう言って、俺の正面へと移動する。そして顔を上げてしっかりと俺を正面から見据えた。

 

「今日、ヒッキーが出したあの答え……もしそれがヒッキーの求めてたものなら、私はそれで納得できるし満足できる」

 

その瞳は決意を秘めたように鏡のごとく澄んでおり、双眸から流れる雫は星や月の光をたたえて神秘的に輝いている。

 

「だからお願い。聞かせて」

 

泣くまいと堪えているようだが、はらりはらりと雫は頬を伝っていた。

 

「内容はちょっと違うかもしれないけど、今、この場所で、私に聞かせてほしいの……」

 

夜風が雫を攫っていく。

少女の悲しみが凝縮したこの涙は、きっと潮風よりも塩辛い。

 

「あの日、ヒッキーの言う本物を探しに、もう一度私たちが一緒に歩み出したこの校舎で」

 

由比ヶ浜が涙を振り払い、改めて涙で霞んでない瞳で俺の目をしっかりと見つめた。

 

「あれはヒッキーの本物なの?」

 

欺瞞か否か、彼女はそれだけを問うた。

 

言い終えたあとも俺の本当の答えを待つように、由比ヶ浜は目をそらすことなくじっと俺の目を見つめる。

 

由比ヶ浜の真剣な問いに対して半端な答えは返せない。腹はすでに決まっているが、最後にもう一度だけ自問自答する。

 

俺の雪ノ下雪乃への愛は本物なのか。

 

衝動や同情などではなく、純粋な愛なのか。

 

自分の想いを再確認し、大きく息を吐く。

 

「答えは出た?」

 

「ああ」

 

彼女の問いかけに頷きを返す。

 

そしてしっかりと、彼女……由比ヶ浜結衣に、俺のこの想いを伝えた。

 

「俺は……雪ノ下雪乃が好きだ」

 

空に俺の告白が響く。

無人の校舎に何度も反響して、夜の街の喧騒へと吸い込まれていった。

 

俺が言い終えたのを確認すると、由比ヶ浜は満足げに頷いた。

 

「うん……それならいいんだ、私は。それなら私は満足できるよ」

 

彼女の目からは、堪えていた涙が再びとめどなく溢れ出している。

だがその顔はとても晴れやかだ。

 

一方の俺は、様々な感情が混ざり合った結果、目から涙がつーと頬を伝っていた。

涙を止めようとするが、涙腺は言うことを聞かずただただ涙を垂れ流す。

 

辛い顔を見せまいと涙を袖で強引に拭った。

 

「だったら、私から最後の依頼……奉仕部じゃなくて、ヒッキーに依頼するね」

 

彼女もまた涙を拭いながら、笑顔で俺の方に向き直る。

その顔にはいつもの無邪気さが少し戻っているようにも見えた。

 

「私を選ばなかった罰だから、ヒッキーに拒否権はないから!」

 

そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 

そして一呼吸置いた。

全てをこの言葉に込めるように。

 

「ゆきのんを絶対に幸せにしてあげること」

 

「由比ヶ浜……」

 

真剣な顔でそう言い終えると、すぐにまた優しい表情に戻る。

 

「分かった?」

 

由比ヶ浜からは厄介だけれども、可愛い我が子を見送る母のような慈愛を感じた。

辛さを忘れて、俺と雪ノ下を精いっぱい祝福しようとする彼女の懸命さに、堪えていた思いが爆発した。

 

「……すまん、本当にすまん!俺はお前を……ッ!」

 

「ヒッキー?」

 

俺の懺悔を遮るようにして呼びかけられる。

 

「人って何度も謝られるより、『ありがとう』って、ただひとこと言ってもらえる方が嬉しいんだよ?」

 

そう言って由比ヶ浜はそっと俺の手をとり、そして自分の胸にあてた。

泣きじゃくる赤子に自分の鼓動を確かめさせて安心させるようだった。

 

「……ありがとう、由比ヶ浜」

 

「うん、それでオッケー!」

 

由比ヶ浜は明るい声でそう言い、俺の手をぶんぶん振って満足そうに頷いた。

 

「ゆきのんに一人で帰らせたんでしょ?早く家に行って安心させてあげなきゃ」

 

由比ヶ浜のその言葉にこくと頷く。

 

もうこの場で言い残すことはない。

お互いそれはなんとなく分かっていた。

 

だから、もう別れの時間だ。

 

別れを惜しんでは最後まで気丈に振舞ってくれた由比ヶ浜に申し訳ない。

堂々とした態度で別れを告げる。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

由比ヶ浜はそう言って笑顔で小さく手を振る。お互い涙は流れたままだ。

 

その言葉をしっかりと受け止めて、俺はくるりと背を向けた。

 

そして、忘れずにひと言。

 

「……また今度……な?」

 

「………ッ!」

 

由比ヶ浜は面食らったように少し言葉につまったようだが、返事はすぐに返ってきた。

 

「……うん、また今度ね!」

 

その声はとても明るくて嬉しそうだった。

 

その声に少し安心感を覚え、俺は雪ノ下のもとを訪れるべく裏口から夜の街へと駆け出す。

少女は少年の姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。

 

見えなくなったのを確認すると、少女は荷物を持ち上げて自宅へと歩を進める。

そして静かにこう呟いた。

 

「ありがとう……私の素敵なヒーロー」

 

少女の独白を聞くものは誰もいない。

 




いかがだったでしょうか!?
少しでも心に響くものがあれば嬉しいです(*´ω`*)
やっぱり結衣ちゃんは素敵ですね……
私個人は様々な理由から雪乃ルートになると予測しています。そして渡航先生が本当に描きたかったのは結衣ちゃんじゃないかなって思ってます(^^♪
考察もまたいつか投稿しようかな……
夏休みに入ったので、まあ早いうちに次話は投稿できると思います!(フラグ)次で最終話となると思うので、最後までお付き合い頂けると嬉しいです(;▽;)
ではまたお会いしましょう(*´∇`)ノシ ではでは~
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