【春日雄也・玉狛支部】
色々と考えながらのんびりと自転車で玉狛支部まで帰る。
帰り着く頃には23時を過ぎていた。
いつも出迎えてくれる陽太郎はすでに寝ている時間なので、今日は出迎えは無しだろう。
そう思っていたが、ドアを開くと一人の男が立っていた。
「よう、雄也」
「迅さん……」
迅悠一――ボーダーでも二人だけしか存在しないS級隊員。そして大規模侵攻の際、俺を助けてくれた、俺の命の恩人でもあり、自分の兄のような存在だ。
「まぁコーヒー入れてくるから屋上に上がってな」
「了解です」
支部の屋上へと向かう。夜を流れる風はまだ若干の肌寒さを感じさせる。
少しだけ身を震わせていると、迅さんがカップを二つ持って上がってきた。
「ほら」
「ありがとうございます」
コーヒーを受け取って一杯口に含み飲み込むと、冷えた体が少しだけ熱を取り戻した気がした。
やはり……密航のことは聞いておこう。
「迅さん」
「……どうした?」
「鳩原さんのこと、見えてましたよね?」
「……気付いてたか」
正直聞きたくない言葉ではあった。予知できなかったのならともかく、わかった上で黙ってたとなると、正直気分のいいものではない。
だがまぁ迅さんのことだから、何かしら理由があって、ということもわかるので、話を聞くまで怒るに怒れない面もある。
桐絵曰く「あいつの趣味は暗躍」とのことで、実際ボーダーの上層部から色々指令を受けているらしく、裏でコソコソと何かやっているとは聞いている。
今回もその一環なのだろうか。
「いや、もしかすると、って思ってたくらいです。今の言葉で確信を得た感じですね」
「ハメやがったな」
「おかげで清隆から問答を受ける羽目になりましたよ」
「はっはっは。悪かったな」
「ったく……まぁ気にしないでください」
この人は……面白がってやがるな……ちくしょう……。
まぁ何にせよここまで聞いたのだから、緘口令を敷かれているとはいえ理由くらい聞いても問題ないだろう。
「で、今回のことを黙っていた理由、何かあるんですよね?」
「ああ」
「聞いてもいいですか?」
「……わかった。話しとこう。雄也には悪いことしちまったしな」
「え?」
「清隆のことだよ。誤魔化しといてくれたんだろ?」
「まぁ結果的にはそうなりましたね」
少なくともあの段階では、迅さんのことを信じての発言だった、と悪態ついてやろうとも思ったが、真相を告げようとする迅さんの表情がいつになく真剣なものだったので、やめておいた。
「悪かったな。……黙っていた理由だったな」
コーヒーに口をつけ、一呼吸置き迅さんが口を開いた。意外とすんなり話してくれるようだ。
「彼女の失踪がなければ、今後必ず起こる近界民の大規模侵攻で莫大な被害が出るからだ」
以前からまた近界民により侵攻を受ける、という話は聞いていた。
今までは『“いつか”そういった侵攻が起こる』というかなり曖昧な話だった。
ただ、今回の情報は訳が違う。鳩原さんの失踪で”大規模侵攻による被害を抑えることができる”とも受け取ることができる言葉を迅さんは発している。
だとすると、わかっていたとしてもこれは言えないな……。
「……なるほど、そういう未来が見えてるってことですね?」
「ああ。最近俺あんまり夜いないだろ?」
「そういえばそうですね」
「実は城戸さんたちから密命も受けて調査しているところなんだよ。あんまり深くは言えないが、とりあえずその大規模侵攻のための調査みたいなもんだと思ってくれ」
「そうだったんですか。で、この事件で何かが変わるんですか?」
「詳しくはまだわからない。けど、この事件が契機になって、多分一人入隊すると思われるんだが……どうもそいつが大規模侵攻の被害を抑える切り札みたいなんだ。悪い、この辺はかなりあいまいにしか予知できていない」
「なるほど……まぁ今はまだ言わない方がいいことですね、これ。多分清隆にも。すいませんね。わざわざ話してもらって」
「お前には知っておいてもらった方が助かることも多いからな。それに、”あれ”についても大規模侵攻に備えて本部にも秘密にさせてるし、このことで何も知らないまま振り回されるのもあまりいいものじゃないと思ってな」
「んー……そう言われるとそうですね。まぁ俺は迅さんが密航について黙ってたことについて別に怒ったりはしませんよ。清隆が知ったらどう思うかは知りませんが。でも、これが最善だったんですよね?」
「そうだな。少なくともこれが最善に繋がるってのは間違いない」
「だったらいいんじゃないですか? そもそもボーダーの皆も、未来は予知できるものって思ってるのも本当はおかしな話ではあるんですし。ただまぁ……未来が見えるってのも辛いですね」
「そうだな……」
迅さんは苦笑いを浮かべた。
迅さんは鳩原さんのことを黙っていたが、本来であればそんなことはしないだろう。迅さんだってそんなことを良しとは思っていないはずだ。
だが、大規模侵攻で想定しうる被害と天秤にかけて、その結果鳩原さんを切らざるを得なかったのだろう。
今まではめちゃくちゃ便利なものだと思っていたが、下手に未来がわかるばかりに普通ならしなくていいような辛い選択も迫られる辛さというものがあるということに気付からされてしまった。
――少々重い雰囲気になってしまったので、ちょっと話題を変えることにした。
「ああ、そうだ」
「どした?」
「昇格戦なんですけど……二宮隊とやるはずだったんですけど、どうなるんですかね?」
「安心しろ。雄也たちはちゃんとA級に上がってるよ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」
出た、お決まりのフレーズ。
「またそれですか。何と言うか、胡散くさいですよ」
「うるせぇ。だが……一山あるな。まぁ頑張ってくれ」
「……そこまで言っておいて言い逃げですか?」
「はっはっは。近いうちにわかることだし、楽しみにしておきな」
「まったく……はいはい」
手元の少し冷めたコーヒーを飲み干す。
迅さんの言う”一山”が一体どんなものなのかはわからないが……まぁ今は気にしなくていいことなんだろう。
楽しみにしてろ、ってことは別に悪いことが起こるわけじゃないんだろうし。
「ふぅ、コーヒーありがとうございました。もう遅いんでそろそろシャワー浴びて寝ますね」
「おう。俺はもう少しここでくつろいでるよ」
「風邪引かないようにしてくださいね」
「大丈夫大丈夫」
「では、おやすみなさい」
「おう」
夜空を見上げる迅さんを背中に、俺は屋内に戻った。
今月の更新はおそらくこれで最後になります。
次の更新は8月になります。