【黒い鳥】の羽休め 作:\°∪゜/
度々誤字っているようなので親切な方はどうぞ誤字報告にて修正願います。
青年が料理手伝いとしての仕事を任されてから、数週間が経った。
彼はかなり、優秀な人物である。それは同じ工房のコック達にも知れ渡っており、生徒達にも噂程度には伝わっていた。
まず、何をやらせても数回やらせるだけでマスターしてしまうこと。
物事の構造をすぐに理解しすぐに効率的な運用法を思いつき、自分の動きすらも洗練していく。驚くべきはその行動力の広さと高い学習能力にあり、短い期間でこれをやってのけてしまうのだ。
勿論、実際に彼と触れ合った人物達はその凄まじさに息を飲んでいる。
彼に行動で掃除の仕方などを指示したシャリスは勿論、食器洗いを指示したコック達も驚愕した。
彼はたった一度食器洗いを習っただけで次の機会にはささっと短時間で洗い終えてしまった。しかも汚れや拭き残し一つ見つからない。
これを最初に目撃したシャリスは恐らく、口が開いて塞がらない状態であっただろう。
もたついて仕事をこなすのがやっとだった人物が2回目以降にはテキパキと働けていて、しかもその度に練度が上がる。あり得ないほどの成長速度だ。
その成長速度を買われて、青年は料理手伝いに抜擢された。
料理手伝いとは詰まる所、コック達専用の雑用係と思ってくれて良い。調理道具を必要な時に素早く手渡したり、出来上がった料理を運んで利用者に届けたり。
因みにだが、料理手伝いになったからと言って仕事が減った訳ではない。逆に増えているのだ。
朝はトイレ掃除、昼は厨房働き、夜は紙束広場の掃除とゴミ捨てと、フルで働いている。賃金は一切ない。
それはそうと、今日はやけに視線が熱い。自分の事を遠目で眺める少女達の事だ。
何が面白いのか彼女らは青年の事をパンダを見に来るような感覚で見物しに来るのだ。食器洗いしている時も偶に、厨房扉の円窓から少女の顔が覗いている事がある。
ざわざわと、少女達が小声で話し始めた。
なんだか此方を見て、公に出来ないような事を喋り合っているらしい。その視線は何処と無く鋭くて、青年の不安を煽ってくる。
何を言っているのか分からない。
当然である。彼女らは謎言語で喋っていてかつ、自身の聞こえないように話しているだ。聞こえてしまったらコソコソしている意味がない。
まあ、どうでもいいかと青年は気にしない事にした。
不安にに思った所で特にメリットはなく、内容を聞こうとした所で理解出来ないのだ。ならばちょっとした雑音だと割り切れば良い。
でなければ自分の作業効率が落ちるだけだ。周りに意識を削ぐくらいならば一点に集中させるべきなのだ。部屋の休息時間を増やす為にも。
時は過ぎ去って深夜、自室。
食器洗いと料理手伝い、また最後の仕事であるゴミ袋回収作業を終わらせた青年は今、机の上であるものと対峙していた。
赤い紙束である。
赤く比較的堅めの厚紙に包まれた、真白の紙束を渡されたのだ。中を開くとそこには無数の黒い粒があり、文字のように見えた。
恐らく、これを読めという事なのだろう。しかし全く読めない発音が分からないそもそも疲れてやる気が出ない状態の自分に、読めるなどと思っているのだろうか。
青年は残されたごく僅かの精神を振り絞って、最低限の解読の力を入れる。
意味不明の言語を解読するにはまず、共通点をピックアップする事が大事だ。
同じような文字が何度も続けばそれは他とは確立した固形フレーズと訳す事ができる。
まずは幾つかのパターンを見つけるまでがスタートライン到達である。
そして数十分後。
結局青年はフレーズを見つける事なく、事切れてしまった。眠気の方が勝ってしまうとは、彼もまだまだである。
青年は赤い本を枕代わりにしてグッタリと夢の世界に片足突っ込んでいる。よほど疲れているのだろう、その姿は重力に従っていた。
そんな彼の姿を扉越しに見つめる少女がいた。
シャリス・バルトシフトである。
「……相当気を詰めていたのだろうな。あれほどグッスリ寝てしまうとは。
まあ、それも仕方あるまい。幾ら呑み込みが速いからと言って仕事量を倍以上に増やされてしまっては、身体も持たないさ」
シャリスは静かに部屋の扉を開けて青年の寝顔を覗き見る。
優しそうな寝顔だ。何も警戒していないようにグッスリと眠っている。まるで飼い犬が自分の家で寛いでいるようだ。
シャリスはふと、彼の枕にされた赤本に目が行った。開かれてるページは言葉の発音の基礎と、それに対応する文字が描かれている。
そう、これはシャリスが彼に貸し与えた、言葉のイロハを学ぶ為の書物である。所謂お子様用。
言語が分からない彼にとってはこんな書物は読めさえしないので無用の品なのだが、暫くここに滞在する気なら簡単な読み書きぐらい出来なくてはならないだろう。
なのでシャリスは読み書きを教えようとこうやって青年の部屋を訪れたのだが……どうやら既に、言葉の規則性を見つける事に成功したらしい。
彼が開いているのは文字が一文字ずつ大きく書かれているページと単語が書かれているページ、物語文のページの計3カ所である。紙を千切って作った付箋で場所を分かりやすくしているらしい。
今開かれているページは物語文のページだ。一文一文に書かれている同じ単語に線が引かれている所を見るに、意味は分からなくとも規則性は見つけたと思われる。
「……凄いな。これだけの資料を事前知識なしに自力で解読しようとするとは」
シャリスは無意識のうちに息を呑んだ。
幾ら何でも彼は、凄すぎる。スキルや学習能力だけでなく、思考までもこうだと、驚いてしまう。
シャリスは自分を彼の立場に置き換えて考えてみる。自分以外の異性しかも、言葉が通じない世界で一人黙々と雑用を任せられ、意味も分からず一冊の読めない本を渡される。
私だったらこの時点で本を読み解こうなどとは思わない。一体何なんだこの世界はと絶望する筈だ。
それなのに彼は仕事を淡々とこなし、嫌な顔一つせず続けて……言葉が、出ない。
「——なんだか、考えていると彼と実際に言葉を交わしてみたくなるな。なんでだろう、初めてだよこんな気持ちは」
それは恐らく、好奇心という奴だろう。女学園だという事から男自体に興味があるのかもしれないが彼女の場合はもっとこう、本質的な部分にある気がした。彼女はモヤモヤを感じながらも密かにヤル気を出し始める。
出すヤル気とは勿論、
「それじゃ、明日からはちゃんと彼に言葉を教えていくとするかな。今日はゆっくり休んでくれ」
青年に頰に優しく触れた少女は、彼が目を覚ます前に部屋を去った。
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朝になった。
小鳥の囀りと窓辺から差し込める朝日。この二つを受けて青年の思考は自動的にクリアになって、しっかりと目を見開く。
青年は机から降りて軽く準備体操する。屈伸、脚伸ばし、腰回し、腕のストレッチ。最低限身体を柔らかくして青年の朝は始まる。
次にやる事は、部屋の片付けである。とは言っても彼の部屋は全くと言っていいほど汚れていない。せいぜい埃が部屋の隅っこにぽつんぽつんと点在しているくらいだ。
伸ばして柔らかくした身体を動かしてふさふさ棒を手に取る。紙束広場に置いてあった物と同じ物だ。
彼はそれをベッドの上、机の上、窓の側と掃いていき、2本目のふさふさ棒(ロング)を取り出して床を拭く。
暫くそうやって掃除すれば後はもう、お終いだ。後はあの藍髪少女が来るのを待てば良い。
青年は椅子に座って数十分、赤い本の解読に従事した。
そうして数刻の時が流れた。時の流れというのは恐ろしい物で、物事に集中しているとあっという間に過ぎ去ってしまうらしい。
青年はその手に持つ赤本片手にチラリと丸時計を見た。短い方の針が数刻進んでいる。結構な時間が掛かってしまったらしい。
今回の解読は結構、順調に進んだ。青年は今回の(解読)遠征を良質な物だったと評価して、少しだけ満足した。
前回は長文に散らばるフレーズを数個見つけただけで終わったが、今回は違う。前回見つけた以外のフレーズを発見するだけでなく、その組み合わせの規則性まで発見したのだ。
しかし、見つけたものと言えばそれくらいだ。発音は分からないし、作文も出来ない。まだまだやらなくてはならないことは多いが、この調子で行けば不明言語習得までの道のりはそう遠くないだろう。
それはそうと、随分と遅いものである。
何がと言うと、あの藍髪少女の登場の事だ。彼女は青年が起きて掃除が終わった頃を見計らったようなタイミングで現れる。そして、いつもの業務へと連れて行くのだ。
最近は仕事量も何故か増えたせいで青年の自由時間が減りやや不満気だったのだが、一体どうしたと言うのだろう。青年は個人的に彼女は時間をキッチリ守るような人間だと評価していたのだが。
青年はもう少しだけ、待つ事にした。
いくらいつもと違うと言えども、それは些細な事に違いない。後少しすれば、いつも通りの日常に戻る筈だ。
そう思い込む事で気を紛らわせようとした——が、ついにその拘束は意味をなくしたらしい。
青年は我慢を解き、やけに重々しく見える扉を開けた。いつもならばそこに、澄まし顔のあの少女がいるはず。
しかし、そこにあったのはただの空虚だった。何もない、ただ広いだけの空間。それには少しだけ、儚さを感じた。
胸騒ぎがする。何かが起こる、起こっている。
青年にはそう思えてならなかった。別に根拠などありはしない。だが——あの少女が、時間を間違える、遅れるなどと言う事があるのだろうか。
勿論、自分と彼女の中はそれほど深くない。性別も歳も違ければ、言語ですら通じ合わない。過ごした期間だって一ヶ月にも満たない。
それでも、彼には何か、悪い事が起こるのではないかと思えてならないのだ。——いや、訂正しよう。
彼が感じているのは危機感などではない。嬉々感だ。
そう、彼は身の危険などは案じていない。いつもと違う空気だと言うその感覚だけで、何か変化が訪れるのを、エサを待つ雛鳥のように待っているのだ。
彼は歩みを進める。それは身の危険を感じて。それは変化の匂いを嗅ぎ取って。それは——本能と言う名の、直感に従って。
青年は走り出した。
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鈍打音が響いた。
鋼鉄を叩き潰す、破壊の鉄槌の音だ。ひしゃげた装甲が捲れ、電磁ケーブルなどの中身が飛び出し、スパークが起こっている。多数の装甲機竜が似たような症状を起こしており、マトモに戦える者は残っていない。
それは学園庭園内で起こっていた。
「くっ、これ以上は厳しいか………
『了解!!』
シャリスを含む三人の
負傷するドラグナイトに、それを守るように睨みを効かせる女性教師。彼女らをここまで追い込んだのは、一匹の機甲生物だ。
その名も……
遺跡と呼ばれる装甲機竜が発見された場所にのみ生息する竜の姿を取る超生物だ。ただし竜と言っても全てのアビスがその特徴に当てはまるとは言えない。
その証拠に今目の前に佇むアビスの姿も、竜とは形容しがたい姿をしている。
強靭な肉体と、それを包み込む青銅の鎧鱗。
巨大な拳に持ちし全てを叩き潰す斧槍。それを補うように尻尾にも高い薙ぎ払い能力を持つ巨斧。
そして瞳を覗かせる事のない青銅の兜と、兜の届かない下顎部に見える巨大な大口。
それは一般的に知られているアビスである、ガーゴイル型に類似していた。が、その戦闘力は並の物では無かった。
極限まで鍛えられた腕部で振るわれた斧槍は装甲機竜の装甲を叩き潰し。
身体をグルッと回して振るわれた尻尾斧は装甲機竜の腕脚を斬り裂き。
空高く飛び上がったアビスが吐く雷光はドラグナイト全体に強力な痺れを響き渡す。
普通のガーゴイルではない。教師はその未知のアビスに警戒を抱き、王都に応援を呼んで時間を持たせる指示を出した。
しかし……それすらも、叶わなかったらしい。幾ら遠征で騎士団三年生がいないとは言え、此れほどまでに叩き潰されてしまっては、ぐうの音も出ない。
女性教師……ライグリィ・バルハートは自身の機竜での抵抗を目論む。
出来るのは足止めだけだ。大きさも、力量も違いすぎる。生徒達が撤退する時間さえ稼げれば十分だろう。
ライグリィはアビスへ向けてスラスターを吹かし、一気に近付いた。
しかし、アビスが反応する気配は無い。隙を見せて誘っているのか、それとも違う者に注目が入っているのか。
だがそんなものは関係ないとライグリィはガーゴイルの肩に長剣を叩き込む。青銅の鎧は剥がれ、生身にグチャリと裂き入った。
そこで、やっとガーゴイルが反応した。いや、それ以前から反応していたと言うべきだろう。
彼は自身の肩に長剣が刺される事を狙っていた。その理由は相手の自由を奪う事だ。
具体的には、長剣を握っていた腕部をしっかりと握って。
「自身の肉を裂かせて相手を拘束するだと!? コイツ本当にアビスか!?」
ガーゴイルはライグリィの驚きを聞いてかその口をグラリと開き、
——カララララァァァアア!!!
まるでライグリィを挑発するように吠えた。
しかし挑発程度の咆哮だとは言え、装甲機竜より一回り大きいアビスに至近距離で吠えられてしまっては、無事である筈がない。一回の咆哮だけで彼女の意識の半分を持っていった。
ライグリィから力が抜けて行く。
もう何もしたくないとばかりに、意識も飛んで行く。残されたわずかな意識には生徒達を護ろうとする教師としての責任感と、生きたいという生物としての本能が鳴っていた。
不意にガーゴイルがライグリィを投げ飛ばした。
投げ飛ばされた先の壁に衝突した装甲機竜はそのままめり込んで陥没し、身動きが取れなくなる。
ライグリィは逃げようと装甲機竜を解除する。——が、制御が効かない。
どうやら幾度と重なる損傷が原因で暴走してしまったらしい。動力部の発熱が強くなっていく。
「——終わり、か」
まさかここで終わるとはな。ライグリィは自身と戦場の状態を見て、数刻の未来を予測した。
恐らく自分はこのまま、ガーゴイルの斧槍に叩き潰されて終わる。ミンチより酷いことになるだろう。
ライグリィはチラリと生徒陣の方を見やる。負傷した生徒達は皆、校舎内にまで撤退していた。
——良かった。
最低限の仕事は果たせたと、ライグリィは絶望の中で安心した。生徒達さえ生き残っていてくれれば、ひとまず安心だ。
後は王都からの増援まで持てばいい。自分がどうなろうとも、この国の未来を担う彼女らさえ無事ならば——。
ガーゴイルがのそのそと近付いてくる。
ほぼ仕留めた獲物を甚振るつもりなのだろう。胸糞の悪い話だ。
ガーゴイルは斧を振り上げた。丁度切っ先が彼女の頭に付き刺さる距離だ。先ほど肩を切り裂かれたお礼という意味なのか、彼は笑っていた。
そして——斧は振り下ろされた。
ぐちゃり。
何かが潰れる音がした。
※ ※ ※ ※
ガーゴイル型アビス(?):鐘のガーゴイル