【黒い鳥】の羽休め   作:\°∪゜/

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三休み 災厄の鴉とおさな鳥

 

 

 豪快に血飛沫が巻き上がった。

 鈍い真紅の、ドロドロの液体。それは壁縦一直線に塗りたくられ、小さな弧を描いている。

 紛れもない、血液だった。

 夥しい量が流れ出ている。これでは出血した人間はどう考えても出血多量で死に至るだろう。故にその人物は顔を蒼くし、意識が異世界に飛びかけて居た。

 

 この原因を作った生命体、アビスはこの結果を見て最初はニヤリと悪魔の笑みを浮かべるが、やがてそれは驚愕に染まり上がる。

 何故ならそれは彼が叩き潰す筈だった物では無かったからだ。本当ならば今頃真っ二つに斬り裂かれているはずの女は斧の軌道をギリギリの所で避けており、かすり傷を除いて致命傷は免れている。

 

 だとしたらアビスが斬り裂いたのは何なのか。

 

 先ほどの血飛沫はなんだったのか。

 

 それはこの学園という世界でたった一人の、男のモノ。未知の世界で言語を解読し、意欲的に生き残ろうとする一匹の渡り鳥のもの。

 

 それはライグリィを庇った青年のものだった。

 

 

 ——青年は背中に刻み込まれた直線から赤い絵の具を再度吹き出して、意識を失った。

 

 

 

 

 

 青年が意識を失い、ライグリィは目を開けて現実へと視線をやった。

 そしてばたりと何かが倒れ込み、彼女に重たい重量と真紅の液体が流れ込む。

 

 

「……え。うそ……?」

 

 

 庇われたライグリィは目の前の現実を見て、頭が真っ白になった。

 目の前にいるのはさっきと変わらず、例のガーゴイル型アビス。しかしそのアビスは先ほどまで自分を狙い、今しがた斧を振りかざしたはずだ。

 

 なのに何故、自分は生きているのだ?

 

 何故何も関係のない彼が、血を流しているのだ?

 

 二つの情報が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、嫌が応にも答えは出てしまう。認めたくない『答え』を条件反射で、求めてしまう。

 

 嫌だ。これは嘘だ。私は知らない。何も悪くない。こんな考えでは無かった。違う結末のはずだった。嘘だ。嫌だ。どうして。何故彼が。

 

 ライグリィの頭の中で答えの出るはずの無い問答が続く。それは自己防衛と、自己確立のためであった。

 

 しかし、彼女は何故ここまで混乱してしまったのか。彼女は元々、軍人だ。これしきの事では心は折れない筈だ。

 だが、それでも彼女は人間だと言う事を、覚えておかなくてはならない。

 元軍人故に死を決める事は出来ている。だが彼女の場合、他人の死に極端な苦手意識が現れている。

 それもそうだ。彼女は家族を養う為に軍人になった、優しい少女だったのだ。身内が死なないようにと恋を捨ててまで仕事を全うした人物なのだ。

 

 そんな人物が目の前で民間人が殺されしかも、その原因が自分を守る為だとしたら、どうなるだろうか。

 ……自己犠牲精神が確立されているとは言え、それは何も心が強い訳では無い。彼女の場合は自己を犠牲にすると言う隠れ蓑を使う事で、平静を保って居ただけだ。

 

 ライグリィは震える右手を動かして、青年の肩を上げた。

 それに連動するように顔も起き上がる。血濡れた黒髪からポタリと、血滴が溢れるが、彼女は気にしない。彼女が気にしているのは、青年の顔だ。

 

 笑っていた。

 青年は、笑っていた。ただ無邪気に、何かを達成したかのように。力なく、光の消え失せた瞳で笑っていた。

 

 

「——何故君は、そこまで……」

 

 

 彼女の中で、彼に対する感情が動く。

 この世界で彼は何も、求めていない。押し付けられたように任された雑事を淡々と行い、自分の身の扱いすらも勝手に決められ、監禁するように客室の一室に押し込められる。

 そんな雑な扱いをされているのに……何故、自分以上に自己犠牲を出来るのだ。何故、嬉しそうな顔で赤の他人を庇えるのだ……!

 ライグリィの感情が複雑に絡み合う。

 生き残った喜び、目の前の青年への憐れみ、感謝、世の中への理不尽さ、彼の行動に対する困惑、驚き。

 

 

「ああ、あぁ、あぁぁぁああああああ!!!!」

 

 

 それが全部一気に収束した時、ライグリィの感情は爆発した。

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 

 背中が熱い。

 そんな感情を抱きながら青年は静かな世界の中を漂っていた。何も無い、真っ暗な世界。明かり一つすら見当たらない。

 此処は何処なんだろう。

 青年はこの世界にふと、疑問を持った。

 

 確か自分は今まで、言葉の通じない"あの世界"で雑用をこなす日々を送っていた筈だ。それが何故、こんな所にいるんだ?

 青年は記憶を辿って今まで取った行動を再確認する。が、どうやら何も原因が分からなかったらしい。彼の記憶の最後には部屋で赤い紙束の解読をしている事しかない。

 

 暫く暗い世界を歩く事にした。

 ここに留まっていても何も起こらないからだ。この世界を抜けるためにも、行動をおこすべきだろう。

 灯りも何も持たずに青年は適当な方向へと足を進める。なんだか地面がふわふわしていて、変な感じだ。空気も少し、息苦しい。

 

 何時間経っただろうか。青年は歩いていてふと、思った。

 先ほどからずっと歩いているのだが、見渡す景色は一切変わらない。奥の見えない深淵しかない。

 ふむふむ。青年はこの状況を少し整理してみた。

 ふわふわと揺らぐような世界で、周りは全て漆黒の霧が掛かっている。更にどれだけ歩いていても何も起こらない。同じ景色ばかりが続いている。

 

 

 ——どうやらループしているらしい。

 

 

 情景が変わらないだけでそう判断するのは早すぎるかもしれないが、これだけ歩いて何も起こらないのは納得行かない。

 良い加減この情景も飽きた。ならばこの世界を抜けるしかあるまい。

 

 さて、ならば何をすれば出れるだろうか。

 視界が効かないこの世界では何をしても、空気を掴んで終わる。足場も世界も不安定だ。そして今青年には何も、持ち物が無い。

 道具ない以上、青年に出来ることなど何もない。……だが。

 

 青年は地べた思いきり踏みつけ始めた。

 行き場所が無ければ作ればいい。不安定ならば比較的安定している所を突けば良い。

 昔から言うではないか、パンがないならデザートを食べれば良い。専用の物が無ければ汎用のもので、無ければ適当な物で作れと。

 暫く足踏みしているとそこの地面に亀裂が入り始めた。地が固まるどころか、割れ始めたのだ。

 

 

 ——やはりか。

 

 

 青年は何かを悟ったように呟く。

 暗い世界と言うのは本来、あり得ないのだ。今や世界は何処でも灯りが灯されている。そんな場所では暗さなど保つ事はできない。

 出来ることと言えば、密閉空間を作ることだけだ。四角い、箱庭のような世界を。オモチャ箱だ。

 だがそれ故に、壁が薄い。厚かったとしても壁である以上、いつかは破られるのだ。

 

 物事には必ず、長所と短所がある。

 刺すという行動において長い棒は良く刺さるが簡単に折られ、丸い球形は耐久性はあるが刺突能力は皆無。バランスを取って欠点を無くそうとしてもそれは二つの長所を中途半端な物にした欠陥品となり得る。

 今回の場合前後左右上のみは自分が触れれないように霧を掛けていたようだが、土台である地面は最低限の不安定さにするほか無かったらしい。

 

 

 亀裂から光が漏れ出る。

 

 

 さあ、此処を越えればちゃんとした世界に戻れる。言葉は通じないがちゃんと飯も出る良い世界だ。

 まずは、あそこに戻るのだが先決だ、そう思い亀裂に手をかけた。

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 ——!? なんだ、この感覚は……!!

 

 

 青年の頭に不特定多数の情景と、記憶が入り込んでくる。

 

 それは廃墟した世界でジャンクを集めて生計を立てる乞食の姿。

 

 それはヘルメットを被った多数の兵士と、胸部と頭部のみになって砂漠に埋まる鋼鉄の巨人の姿。

 

 それは人間の数倍の大きさで居住区を蹂躙する、二丁の大型重厚な砲身を持つ巨人の姿。

 

 見覚えのない世界。しかし青年にはどうしてもこの光景を自分が知らない世界だとは思えなかった。

 まるで、今まで自分は彼処で生きてきたような、懐かしむような感覚に飲み込まれる。

 

 もっとだ。もっと見せてくれ。

 青年は意欲的にその光景を食い気味に見つめ、目に焼き付ける。

 しかし、漆黒の世界はこの光景を再度見せる事は無かった。逆に青年の意識を強引に奪っていった。

 

 ふらっと青年の姿勢がぐらついた。

 世界が歪む。タダでさえ歪んでいる世界がグニャリと歪んで見える。自分の姿が変わって見える。

 右肩から腹部に掛けて掻き毟りたくなるような熱みに襲われる。

 なんだ、一体なんなんだ。混乱する青年は何かに掴まろうともがく。横腹を抑えて手を伸ばす。

 だが何も掴める筈がない。青年はついにバタリとその場で倒れた。

 

 ああ、意識が揺らいでいく。目の前に光の記憶があると言うのに、その目の前で絶えてしまう。

 彼は力無い呻き声を上げてその光に手を伸ばす。が、届かない。どうやっても、届かない。

 

 くそっ。

 

 ついに世界がいや、青年の視界が漆黒に飲み込まれた。身体が動かない。意識が保てない。

 青年は最後にはもがく事なく……意識を失った。

 

 

 

 

 

 それを遠目に見ている者がいた。

 

 

「……辿りつけなかった、か」

 

 

 それは一人の、30代の男であった。

 すらっと透き通り短く揃えた黒髪に、血のように紅い真紅の瞳。端正な顔立ちは彼よりも若いはずの青年よりも美しく見えた。

 男は片膝をついて、青年の肩を掴み腹を上に向けた。

 青年は胸を……胸に輝く、光を抱き締めていた。

 

 

「それでも、断片的に【力】を取り戻したか。流石は【逆さに吊られた男(ハングドグマン)】を……【能天使(エクスシア)】を倒しただけはある」

 

 

 男は立ち上がって、青年を見下ろして言葉を投げ捨てる。

 

 

「既に幾つもの《ミグラント》がお前をつけ狙って動き出している。それだけでない、お前の噂を聞きつけて多世界の力ある存在がやってきている」

 

 

「その存在に討ち勝てるのは恐らく、お前だけだろう。お前のいる世界は美しく、脆い。力を極限まで求めた世界に対抗できるような力は持っていない」

 

「だからこそ……お前は気高く、強く生きろ。私たち【血濡れた鴉(レイヴン)】の末裔である【渡り鳥(ミグラント)】よ。大空をその汚れた翼で羽ばたくがいい」

 

 

 いつの間にか、男の姿は消えていた。

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 ——カララララァァァアア!!!

 

 

 ガーゴイル型アビスが力強く吼えた。自身を鼓舞し、テンションを上げるように。対峙する敵を威嚇するように。

 そんなアビスの目の前には三体の装甲機竜がいた。シャリス達三和音(トライアド)の三人だ。

 

 

「ねえねえノクっち、幾ら私達が三和音(トライアド)って言う名前で有名だと言っても、このアビスに三人で勝てると思う?」

 

「NO、私達の実力ではアビスの事を退ける事は愚か、時間稼ぎすらも厳しいでしょう。教師ですら太刀打ち出来ないアビスにこの人数で挑むのは、無謀という他ありません」

 

 

 三和音(トライアド)の一人、ノクト・リーフレットがアビスと対峙している中同期のティルファー・リルミットの質問に冷静に答える。

 そんな彼女らの眼差しは真剣そのものだ。下手をすれば死が待っている現状を鑑みれば当然といえよう。

 だが彼女らは決して引かない。後ろに彼女らの守りたいものがあるから。

 

 

「だが私達が引く事はあり得ない。彼にあんな物を見せられて引いてしまっては三和音(トライアド)の名そして、ドラグナイトとしての誇りが廃れてしまうからな」

 

「またまた〜。シャルっちが離れない一番の理由は彼の事を護りからでしょ」

 

「なっ!? そんな事は——」

 

「二人とも気を緩めないで下さい。——来ます」

 

「「……!」」

 

 

 ノクトの声を聞いて残りの二人の手に込める力が強くなる。それと同時に、アビスは翼を大きく広げて天高く飛び上がった。

 このパターンは槍斧叩きつけか雷光吐きだ。厄介な攻撃だが、攻撃後に硬直がある。そこを狙えば傷をつけるくらいは出来るだろう。

 トライアドの三人は先ほどの戦闘での経験を生かして相手の行動パターンを絞り込む。そして予想通り、アビスはその手に持つ槍斧を両手持ちし大きく天に掲げた。

 

 

 槍斧は急降下したアビスと共に地に叩きつけられる。しかし槍斧の刃にはアビスが狙った獲物はいない。アビスはクルッと首を回して索敵する。

 すると一匹の装甲機竜を見つける。先ほど狙っていた搭乗者とは違うが、十分だろう。アビスは楽観的に考え、翼を飛翔させる。

 

 

「——今だ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 ガーゴイルが翼を広げた瞬間、アビスの標的にされたシャリスが声を張り上げた。

 その声を聞いてガーゴイルの両斜め後方にて待機していた残りの二体の装甲機竜が顔を出す。

 そして自らの武器を召喚し、その銃口をアビスに向ける。

 

 瞬間轟く、重なる軽い銃声音。三方向から放たれたエネルギーの弾丸が全て一点に集中砲火され、その一点に黒煙を生み出す。

 暫くして銃声は止んだ。

 

 

「……やったか!?」

 

 

 トライアドの一人がフラグを呟いた。フラグという言葉とその意味を知らない彼女らにしては意味不明の事だろうが、知っているものからすれば相当酷い状態を示す。

 

 

 ——グゥゥ……ガアアアァァァァァ!!!!

 

 

「な、まだ生きて……ゔっ!?」

 

 

 今までとは比にならない位の大声量でアビスが怒りの咆哮を解き放つ。

 鼓膜を突き破るような音量と、脳を揺らぐ超音波。その二つがドラグナイト達に同時に起こり更に、

 

 

「え、うそ……!! どうして動かないの!?」

 

 

 装甲機竜にも異常をきたした。

 動作を受け付けない自分の手足に彼女らは危機感を抱きプログラムの再起を願う。

 装甲機竜達は自身の身に起きたエラーを検査。復旧へ持って行こうと奮闘するが……それよりも速く、敵が搭乗者を潰してしまうだろう。

 

 アビスは片手で槍斧を持ってのそのそと、笑いながら一番近くにいた装甲機竜……シャリスに近付く。

 その光景は彼女も先ほど見たものと全く同じ状況だ。恐らく同じ方法で殺そうと、ギリギリの位置で手に持つ凶器を振り上げるのだろう。

 

 シャリスは怖気付いて装甲機竜の操縦桿をガシャガシャと焦ったように動かす。額には汗も流れている。

 絶体絶命のピンチとはこの事だ。シャリスは同じ状況下に置かれることで初めて、ライグリィの味わった苦汁の味を思い知った。

 

 

「(だ、ダメだ直らない! このままでは奴に殺されてしまう!!)」

 

 

 シャリスは自身に降り掛かるであろう災厄から逃れようとやけに働く思考を回して模索する。

 装甲機竜を解除する。逃げれずミンチにされるだけだ。

 仲間に助けを……ダメだ、他の皆も自分と同じ状態だ。

 反撃して……そもそも機竜が動かない。

 応援を待つ……どう考えても間に合わない。

 

 彼女は絶望した。

 この状況から生き延びる術はないのだと。自らの尊敬する父と同じ道を歩むことは出来ないのだと。

 抵抗する術すら思いつかないとは、もはら抗いようがない。

 

 

「(……嫌だ。死にたくない)」

 

 

 それは誰しもが得たい『答え』だ。生きて、生き延びて何かを成したい。全ての生物の本能にそれは刻み込まれている。

 だからこそ思考も働いたのだ。しかし、抗いようのない事実も、同時にある。

 ズシン、ズシンと重い足音が響く。

 

 

「(私は死にたくない。生きて、父のような立派な軍人になるんだ。だから死にたくない……死にたく、ないんだ!!)」

 

 

 彼女は叫ぶ。故も知らない何者かに。

 それは神に。

 それは竜に。

 超常的存在にでも、人でもいい。白馬の王子でもいい。誰かに助けて欲しかった。

 

 

「(頼む……誰か、誰か——!!)」

 

 

 ——カララララァァァアア!!!

 

 

  それでも、現実は非情だったらしい。

 

 

 悪魔の処刑具は少女の頭に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 まさか二連続で同じ終わり方になるとは思わなかった。文字数が嵩張るのがいけないんじゃ……!!
 
 
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