誰かがやれなければならない。殆どの人が気にもとめないけれど必ず誰かがやっているはず。黒子や舞台裏の照明係。そういう類の人々の話。ちなみに艦娘は出てこない。


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暁の水平線上へ

深海棲艦により世界規模で海上の侵略を受け経済基盤が破壊され、それを取り戻すべく、海岸線を持つ国々はいつ終わるとも知れない抗戦を行っていた。

諸外国と違い、明確な宗教基盤を持たなかった日本は霊的な力場を介さない攻撃に対して強固な防御能力を持つ深海棲艦に対して有効な戦力を用意できず、やむなく人体実験による対深海棲艦専門の兵員の養成に取り掛かる。数年の時を費やし、どうにか一定数の兵員を用意できるようになると、その実戦運用が始まった。

彼ら大本営直轄・特務水上機動大隊は人体改造により霊媒と呼ばれる古代の遺物を敵の残骸などから採取した霊力で稼働させ、それを武器として深海棲艦に対抗する海上歩兵で構成された部隊である。

英国王室直轄の部隊、ローマ・カトリックのエクソシスト。インド・ヒンドゥーのシャーマンのような最低限国土を維持できるだけの戦力化を求められた彼らは実際、単位戦力としては比較的優秀だった。最新の戦闘艦に戦地まで護衛され、海上を駆けて戦う彼らは個体としてようやく相手と同じ土俵に立ち、一応の戦闘を可能にしていた。

だが全土を海に囲まれた日本の立地に部隊の戦力は足りず、戦線は後退していく。兵員は間もなく半数に減り、訓練の終わっていない兵士が出撃しては海中に没することを繰り返し、やがては構成人数は30人を切ることが当然のようになっていた。

 

開戦から50余年、部隊開設から戦場に立ち、前線指揮官を務めるある女性将校は新たな作戦の指令を受け取る。

 

 

 

 

 

 

大隊全体での作戦時間が20万時間を超えた頃、私の心は正常な機能を停止していた。毎月数名の新入りが部隊に入隊し、毎日のように部下が重体や戦死に陥る。陸を望むことは月に数度。上陸となると年単位で間が空くこともあった。例え乗船している船が補給や整備に寄港しても我々はその前に迎えの船に乗船し、また別の戦線へと向かう。敵の砲撃をかいくぐり、刃を突き立て、不運にも被弾してミンチになってしまった戦友の武器を可能なら回収して、水平線いっぱいに広がる敵の待つ次の戦線へ向かう船に、乗る。

我々の装備は国内外から取り寄せた古代の遺物を加工したものだ。素体は刀剣などが殆どで飛び道具などはない。海上に浮かぶのと攻撃するのに霊力をほぼ全て使うので敵のように装甲に流用することもできない。ひとたび遺物を加工した武器から手が離れようものなら浮力を失い海中に沈んでいく。だから最近になって入隊した者は肉体に直接遺物を埋め込むものもしばしば見られた。その埋め込みや遺物の適合にしても手探りであり、毎年何人も手術の失敗で後遺症を残したり死亡したりするものがいるという。部隊内にも適合は成功したが言語能力を失ったり、失明していたりしたものがいたことがある。

お先どころか入隊する段階で闇が目の前に見えているようなものだ。そもそも、誰もこの戦いに勝てるなんて思ってない。そんな夢を語ろうものならそれこそSFや妄想として扱われるだろう。

わかっている。この悪夢のような日常について味方や国内の誰にも責任はない。祖国は今や迫りくる敵に対して有効な矛どころか盾さえ、我々以外に持ちえないのだ。故に我々を馬車馬のごとくこき使って、列島のあちこちで前線を押し留めては、また別の地域へ赴き前線の維持や遅滞戦争に努める。昔は第二隊と称して交代の部隊が編制されたこともあったが、付け焼刃の彼らはすぐにすり潰されて小隊規模にまで人員を減らし最後には我々の第一隊と統合されてしまった。

貴重で消耗の激しい戦力が戦闘以外で数を減らすのを避けるためか、人体実験の連続である遺物との適合のついでに行われるようになったのかは知らないが私を含めて10人以上の部隊のメンバーは肉体年齢の凍結処置が施されていて、うち数人は最初期からずっと一緒に戦い続けている。私や彼らほどになると戦場という死を間近に感じる現場で生活しながらに死を感じなくなっていた。極端に鈍感になっているのだろうか、とにかく味方が死んでも自分が命の危機に陥ってもそれを知覚できない。無論敵の弾に中るのは痛いし、味方が死ぬと仕事が増えるから回避も援護もする。だがいざ戦死した戦友の亡骸を前にすると羨んだり、心穏やかに労ったりするのが精々なのだ。

これをやらねばいけない。やらねば多くの人が死んでしまうから。やらねば今までの損耗を無駄にすることになるから。変化なく、日々惰性で戦う。

そんないつ終わるともしれない戦場生活を何十年も続けたからだろう、その命令が来た時に私は混乱した。

曰く、間もなく我々の代替となる戦力が配備される。それは我々とは違い纏まった数が用意でき、敵に対して十分な抵抗力となりえる。ついては新型海上迎撃ユニット『艦娘』の配備完了まで時間を稼ぎ前線を維持せよ。後、部隊の解体作業に移る。

用済み、取り換え。当然だ。人体実験紛いの方法で養成した兵員など運用する理由がなくなれば政治上のマイナス要因でしかない。艦娘とやらもそのあたりは怪しいものだが、入れ替えられるということは我々よりはマシな代物なのだろう。我々の部隊の解散が決定しているあたり、既に実戦投入に足る準備が完了しつつあるのだろうと予想はできるが。

とにかく。次が最後の任務らしい。私の戦場が終わるのだ。だが、そうしたら私はどうなる。何をすればいいのだろうか。生きている意味はあるのか。

命令書には「全力出撃」「撤退不可」の単語が重くのしかかっていた。加えて今までにない長大な作戦時間。最後の最後ですら、我々には全滅の暗い未来しか見えていない。

潮時なのだろうと思った。私も、部下も長く戦いすぎていたし、一部は人としても長く生きすぎた。前のめりに死ぬ機会が与えられたと考えれば多少は心持ちも変わるだろう。最後に戦場へ赴く意欲らしいものを手にしたと、少し安堵する。

彼はそう言った。だが自慢げなその口から語られる様子と違い、資料として送られてきた映像記録には周りの大人に期待を押し付けられ、戸惑いながらもおうじる子供のようななにかが映っていた。突然誕生し、あつらえたように戦場と力に恵まれた英雄的なにか。見目麗しくまさしく人類の希望のカタチをした人のような人ではないもの。

そこにいた小さな生命体はなぜか突然に発生したが故、状況を理解できず、しかし純粋無垢だからこそ周りが押し付ける役割に疑問を持たずに来るべき戦闘に備え、拙いながらも砲を構えて水上を懸命に駆け抜ける。周りの軍人や学者は彼女が放った砲弾や魚雷が標的を捉えて破壊すると喜んでいるが、私にはその姿が、どうしようもなく頼りなく、とても戦える存在に見えない。

絶望の世紀の中、突然降ってわいた希望に飛びつきたい気持ちは彼と同じだったし、実際そうしなければ人類に未来などないだろう。だが、彼女達が兵器でも戦争奴隷でもないことに気づいた私はここでどうするべきだろう。どうせこれから死ぬから関係ないと彼女達を見捨ててしまってもいいのか。見捨ててしまった場合、次に彼女達を人のように見る人物が現れるのはいつになるのだろう。そんな自問の思考がぐるぐると巡り、胸中に小さなしこりを築いていく。

 

――作戦内容は知っている、だがどうか絶望のまま死なないでほしい。あなた達の戦いは人類の反抗の希望を残していくのだから。

 

内地勤務の人間らしい言葉だったが、彼なりの励ましの激励だったのだろう。普段ならその無責任な物言いにため息の一つでも零して、それで聞き流すだけだっただろうが、その言葉は私の中でまったく見当違いの方向に背中を押した。そう、今までと同じように私たち大隊のこれからには絶望しか待っていない。地獄の常連になりはてたこの身に今更そんなものはへでもないが、地獄のドブ攫いの仕事が終わった時に残るものはなんだろう。亡骸か、墓石か、何十年も戦い続けて使わずにいた給料の山か、祖国の人々へ託す希望か、まだ見ぬ誰かが受け取る今まで自分が散々のたうち回っていた地獄の底への片道切符か。その時、切符を受け取った物に、地獄にはやはり絶望しかなかったと告げる全滅の二文字か。

私の生死にかかわらず、これからの戦場の後に残るのは生まれてきたばかりの子供に今まで我々が背負ってきた重荷を無言で押し付ける行為に他ならない。100歳に手が届きそうなほど生きた大人としてその行いは恥ないものだと言い切れるだろうか。

静かな闘志がふつふつと沸き上がるのを感じた。ついでに、作戦書で臆面もなく「死ね」と叩きつける連中や不躾なセリフを宣う友人への反抗心も生まれた。長く思考停止して戦争なんぞしていて、久方ぶりに火薬の臭いのしない方向へ思考を回したせいで変な感情も生まれたらしい。せっかくだ、これも捨てずに心の内にとどめておこう。

いつもは作戦の内容と新人に注意事項を説明するだけだったブリーフィングで、久方ぶりの訓示でも行ってみる気になった。新人達に余計なことを考える余裕なぞないだろうが、古株達は私の意見に共感してくれるだろうか。温度差を感じるかもしれないが、彼らを信じてみたい衝動にかられた。

 

友人との電話をしているさなかに思いついたこれらの考えをまっさきに語り、相談したのはやはり部隊で最初期から共に戦った戦友たちだった。

先月沈んだ駆逐艦から乗り換えた艦の中を大隊の仲間を探して散策していると目当ての隊員を見つけることができた。陸自の普通科隊員だったところを、遺物との適合適正を見出されて部隊に参加した大尉と、かつては空自のイーグルドライバーだったらしい少佐。二人とも私の顔を見て何やら様子がおかしいということに気づいたようで、話があるといって引き留めるのは簡単だった。閑散とした食堂に連れ込んだ彼らにまず作戦のことを伝えると、大尉はようやくかと呟き、少佐は何も言わずに息を吐いた。

大尉は以前からそういうところがあったが、同年代の私達以上に老け込んだような表情でおそらく感慨のようなものに浸っている。長い戦場生活が終わるのだ。たとえ振り返りたいとも思わない思い出ばかりでも、最後が見えてればこれまで辿ったものが勝手にフラッシュバックすることもあるだろう。

一方の少佐の方は今一ことを理解していないようだ。はるか昔、彼は飛行機に乗り仲間と並んで飛ぶことが生きがいだと語っていた気がする。翼を堕とされ、空さえ失った彼は心に空いた穴を埋めるためにひたすら戦っている節がある。今更戦わなくてもよくなったとして、どうしていいかわからないのかもしれない。

私は彼らがひとまず情報を飲み込むのを待って、続きを、私たちが去った後を継ぐ彼女たちの話をした。彼女達に何か、残せるものはないだろうかという意見を含めて。

大尉は難しいだろうといった。何度も言うようだが、我々が持っているのは地獄の如き戦場くらいだ。少佐は人権でも与えるつもりなのかと問うてきた。その考えはあながち間違っていない。事実、現実的な問題として彼女たちの待遇はすぐにもてあまされていくだろう。大尉が笑った。前提が逆転していると。それもそうだ。我々は今まで死ぬ話をしていたのだから。これを成すには生き残らなければならない。だからそちらは努力目標だ。当座の目標は別にある。

――それでは、まるで次の戦いで生き残ることを前提にするみたいじゃないか。

言ったのは大尉だった。私はそのとおりだと告げた。その時の私は饒舌で、しかも押しが強かった。まるで若い頃に戻ったかのように言葉には活気と自信が乗っていた。だから、なるべく二人との温度差をつくらないように、気持ちを落ち着かせながら私は語った。

これからの場所が死地であることは変わらない。でもどうせ死ぬなら何か遺して死んでいこう。でも、私たちは戦場しか持っていない。使っていない給料はあるかもしれないけれど、100年近く生きて置いていけるのがお金だけなんてなんだか寂しい。だったら、案の一つとしてこの大隊のだれか一人でも生き残って、私たちが全滅しなかったという結果を遺していこう。ついでに、もし生き残った隊員にその気があるなら期待の後輩達の面倒を少しくらい見てもいいだろう。

努めて静かに語っていた筈が、気が付けば机に手をついて熱弁していた。二人は私の前で目を見開いて呆気にとられている。やってしまったかもしれないとおもった。

 

――ふふふ、ふははは。つまり隊長殿はこの後に及んで生き残ることに意味を見出したというんですね。大本営から暗に死んで来いと言われているにもかかわらず、抗命して、しかも人ですらないものに人生最後の遺産を押し付けていくと。

 

違う。いや、違わないが。今まで散々使い倒してきた軍部や今更知り合いの一人もいない国民のために何か残していくのもなんとなく釈然としないだけだ。

 

――それに一応、抗命ではない。別に死んで来いと明記はされていないのだろう?

 

以外にも言ったのは少佐だった。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。その反応が以外だったと言うと、彼は笑みをひっこめて答えた。

 

――まあ、最初のうちこそ復讐とか色々考えてたが、ここ数十年は惰性で戦ってたからな。最後にそれらに意味を付けられるなら悪くないんじゃないかなと思った。

 

――いいでしょう。ぼくも、その誰か生き残らせるという案には賛成です。せっかく貯めた給料が誰とも知らない人間に使われるのもなんだか嫌ですしね。

 

みんな、長く年をとった人間の表情ではなくなっていた。溜まった疲労で人相は相も変わらず老け顔だが、どうやら二人とも私に賛同してくれるらしい。かなり投げやりというか、いいかげんだが。少なくとも死ぬことに安堵する表情ではなくなっていた。だが、まだ二人だけだ。せっかくだから可能な限り多くの隊員に生存することに意味を持ってほしい。そうだ。この部隊で行う最後の作戦なのだ。それが全滅なんてあまりにも恰好がつかない。私達はその場で作戦の開始までに部隊の隊員を説得して回ることを約束した。

 

そうして、突発戦闘で新人が二人と、その新人を助けようとした古参の計三名を失い全部隊の人数を28人にまで減らして、部隊を乗せた船は作戦海域に到達した。

 

 

 

 

 

 

「諸君、聞いてくれ。これが我々の部隊に課せられた最後の任務。この戦友と共に駆け抜ける最後の戦場だ。これより後は我々に代わり艦娘が前線を支え戦うことになるだろう。故、この任務で諸君に求められるのは彼女達の配備が完了するまでの時間稼ぎ、棄て胆役だ。

今回初めて、全滅が許可されている。だが私は諸君の戦死を望まない。長く戦場を彷徨った、或いは生贄とばかりにここに弾き出されて間もなくたった数度目の戦闘を務める我々だが、だからこそ生還を望む。私たちはここで終わらない、終わってはならない。これからを望む後輩に絶望の背中を置いていくわけにもいかんし、若い者も散るには早すぎるしな。

--もう一度言う、死ぬな。生きることに、生還することに意味を見いだせ。ここに訓示を終了し、作戦目標を伝達する。

大本営直轄・特務水上機動大隊は全力出撃にて太平洋上諸島に駐留、展開する敵勢力を限界まで撃滅し、現地到達より32時間の間前線の後退を阻止せよ。なお、敵勢力には通常兵器での対抗が困難なため他戦線からの増援の見込みはない。撤退行動も、大本営からの命ない限りいかなる理由でもそれを許可されない。最後に、大隊各員は生還し未来を望め。以上解散。総員準備にかかれ」

 

 

 

 

 

 

政権へのマイナスイメージを回避するために行われた情報操作は現状では正常に機能している。戦力の交代は無事に成功し、今では他部隊からの引き抜きや民間徴用でかき集めた数百人の提督と、その下について戦場の海を渡り歩く艦娘が今は前線で深海棲艦と拮抗した押し合いをしている。本国の人々の生活も改善し、今では他国への支援の手を回す余裕すら生まれ始めていた。

艦娘が戦線に投入されるまでに誰が国土を守っていたのか知るものは殆どいない。知識人ぶる人々の中には開戦直後から艦娘が限定運用されていたのだろうと根拠のない仮説を並べ立てる者もいる。

だが、地獄のような戦場しか残さなかった彼らの名前を知る存在はゼロではない。特務水上機動大隊の名は知らずとも、ほんの数年前まで人々を守って戦い、命を散らしていた彼らを目撃してその姿を心に刻んだ者は確かにいる。

その鎮守府では、彼らのことを先輩と呼んでいた。

 


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