Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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詭謀の連繋

 朝鮮半島の鉄原ハイヴ。「この世界」においては建築されたのは今年2001年に入ってからだった。

 昨日実行された半島からの撤退支援の一環としての間引き作戦に際し、合衆国宇宙総軍は国連軍をはじめ大東亜連合などには一切の事前告知なく新型爆弾たる「五次元効果爆弾(Fifth-dimensional effect bomb)」、通称「G弾」を使用した。

 

 その爆発に巻き込まれたターニャは、とある特殊な「症状」を引き起こし意識不明に。治療と検査のためにこの日本帝国軍白陵基地に後送された。

 ターニャが眠りについていたのは一日程度だ。目覚めて以来、いまのところ身体に関しては、間違いなく異常なはずだが、不便は感じていない。

 

 

 

(問題と言えば、私の現状……いや「異常」か)

 香月夕呼博士をして「原因不明」と匙を投げたらしい。ロスアラモスに閉じ込められても解析できまい。

 

 最初の報告が『事務次官補が幼女に化けた、やはり化け物だったか!?』だったと聞かされた時は、その報告を上げた士官を探し出して吊し上げようかとも思ったが、無駄な労力をかけるほどでもあるまいと目を瞑った。「魔女」との会見を前にして、ターニャといえども遊んでいる余裕はない。

 

(しかし一番の問題はコレなのだが、解析されなかったのか?)

 国連軍C型軍装を今の身体に合うように改造した、ロングスカートの黒い装束。その胸元にあるのは真紅の宝玉だ。

 病室で起きたら軍装と共にコレが置かれていて発作的に投げ捨てかけたが、奥歯をかみ砕きかねないほどの我慢の末に、とりあえずは身に着けることにしている。担当医からそれとなく聞き出したところ、身体が縮み衣服が脱げかけていたにも拘らず、この宝珠だけは握りしめたままに搬送されたという。

 

 エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠。

 

 おそらくはこの世界においてターニャだけがその名を知る、そして先日までは「存在しなかった」魔導演算宝珠だ。

 機能するのかどうかはまだ判らない。いつかは試す必要があるが、こんな監視の厳しい場所で、しかもモルモット手前の状態で魔力反応など引き起こしたくはない。いまのところただの装飾品として誤魔化しておく。

 

(コレに関してはさすがに「読まれる」と不味いか……いや欺瞞替わりに読ませてしまうか)

 

 白陵基地の、第四最強の対防諜兵器。第三の最高傑作とも言われる「トリースタ・シェスチナ」がここには居るのだ。下手に表層意識に上げておくと、あっさりと読み取られてしまう。ならば逆にノイズに紛れるほどに垂れ流しておく方がマシかもしれない。

 そう思い至ったターニャは、ちょっとした悪戯心から、脳内の片隅で「この世界」ではない戦場を思い描く。

 

(さーいーた さーいーた まぁあっかな花が なーらんだ なーらんだ あか くろ きいろ どの花見ても きれいだなー)

 ついでとばかりにいつかの戦場で歌っていた童謡モドキを脳内で再生する。

 

 演算宝珠に意識を向けることもなく、ライフルで撃ち抜き、ナイフで切り裂き、シャベルで押し潰した敵兵の姿が浮かび続ける。鉄と硝煙の香りと血の温もり、助けを求める兵の声もそれを打ち消す砲弾の音も、雪の冷たさも砂の熱さも、ターニャにとってはBETA同様に慣れ親しんだ戦場だ。

 ラインで、北方で、アフリカ大陸で、ノルマンディで……わざわざ思い出す必要さえない。ふと意識すればいくらでもあの「日常」は今も眼前に鮮明に描ける。

 

 

 

 

 

 

(しかし、まさかいきなりここまで入り込ませるとはな。何か考えがあるのだろうが……)

 すでに自分の身体と、先の朝鮮半島での間引き作戦に関しての簡単な報告は受けた。そして詳細は副司令からと言われ、副司令付らしい中尉に案内されたのは地下の執務室だった。

 

 鉄原ハイヴの間引きに際して、告知なく使用されたG弾。確かに核をはるかに凌駕するほどの効果だが、それは想定されていたほどではなかった。が、開発陣やG弾推進派にとっての想定未満とはいえ、作戦の予定にはなかった大規模爆撃だ。当然ながら多国籍軍の足並みは揃わず、間引き作戦としては失敗。帝国の大陸派遣軍や国連軍から進言された早期撤収が受け入れられたために、被害が少なかったことだけは評価に値する。

 だがそんな軍事関連の追加報告のためだけに、わざわざ夕呼が自身の執務室に人を招き入れるとは考えられない。

 

 

 

「あらためて香月博士、此度の治療と検査に感謝を」

「いえ。結局のところ原因不明としかお答えできずに、申し訳ありません、デグレチャフ事務次官補」

 簡単な挨拶の後、夕呼から謝罪を受けるが、社交辞令ではなく本心から気にしないようにと流しておく。

 

「いや、こちらこそ。わざわざ制服を用意してもらってすまない。局の方に請求しておいてくれたまえ」

「お気になさらず、とは言えませんね。事務次官補の立場を考慮すれば」

「まったくだ。無意味なことに時間を費やす輩には、なぜか好かれることが多くてね? いや香月博士に比べれば、私の方に来ている数は少なかろう」

 制服の一着と言えど、今のターニャのそれは間違いなく特注品だ。やれ癒着だ贈与だなどと、わざわざ騒がれるネタを作り出すこともない。

 だが国連職員の中には「視察」を名目に、強請集りを繰り返す者がいるのも、また間違いではない。

 

「ですが、これくらいであれば、贈賄には当たりませんわ」

「ああ……天然物か。合衆国に戻らなければ手に入らないと思っていたよ。ありがたく頂こう」

 夕呼がそういってテーブルに置くのは、ティーカップ。香りからしても間違いなく、本物だ。

 

 

 

「お身体の方は、問題ないと聞きましたが?」

「流石に違和感はあるがね? 異常は感じておらんよ。むしろご覧の通り以前よりも肉体的には良好ともいえる。まあしばらくは健康診断という名のモルモットとしての立場は甘んじて享受しよう」

「ご不便をおかけすること、重ねてお詫びいたします」

 

 G弾の影響。

 ターニャの身に起こったことをその言葉で誤魔化しているが、まったく解明の糸口など見えない。

 「若返った」と現象だけ見れば言葉にはできるが、なぜどうしてと理由を問われると「五次元効果の影響」という、説明にもなっていないあやふやな予測しか出てこない。

 

 間違いなく異常事態だ。

 しかも再現性どころか、他に同様の影響を受けた者はまったく居ない。下手に本国に戻ると身動きができなくなるのは明らかだ。

 

「さて。視察予定は本来であれば来週からだったが、こういう事態だ。明日から始めても良いかね?」

 香りを楽しみつつも、本題に移る。

 もともとターニャの予定としては朝鮮半島に展開している国連軍の閲兵の後、この白陵基地に立ち寄り、第四計画の視察が組み込まれていた。むしろターニャ本人としては、既定路線ともいえる半島撤退よりも、第四の視察こそが主題だ。

 

「なんでしたら今からでも構いませんわ、こちらとしては」

「そう言ってもらえると、我々としても助かる。とはいえさすがに局のスタッフが揃わなければ動きようもないうえ、この身体だからな。明日は大人しく報告書にでも目を通していよう」

 

 ターニャの直属スタッフはその多くがまだ朝鮮半島にいる。先日の間引きがG弾の投下も加わり、混乱している前線から移動していないのだ。

 

 

 

「その前に、ただの興味からの、個人的なご質問をよろしいですか?」

「ふむ? 私が答えられる範囲であれば。聞いてみなければ判らんがね」

 最後の一口を飲み干し、リーディング対策に予測される質問のいくつかをわざと思い浮かべておく。

 

「ターニャ・デグレチャフ事務次官補、貴女にとってこの世界は……」

 

 

 

「何周目にあたりますか?」

 

 

 

「っ!? ふ、くははははっ、そうか、そういうことか、昨日が、昨日が『10月22日』だったかっ。白銀武、だな、香月博士?」

「……質問には答えられぬ、ということですか?」

「いや、今のは確実に『読まれた』のだろう? それに最早隠す必要もない」

 

 色々と警戒していたが、さすがに今の問いには虚を突かれた。いくつか対処していたせいで、ターニャは「白銀武」のことをすっかりと記憶の片隅に追いやってしまっていた。

 

「ふむ。そうだな、この私、ターニャ・デグレチャフはいくつかの別世界で複数回の生を受けたいわゆる転生者で、かつこの世界に関して言えば『原作知識持ち』だ。老いさらばえた狂人の戯言だと笑うかね、香月博士?」

「いえ、失礼ながら以前よりもしかしたら……と可能性だけは考慮しておりました。もちろん、ほぼ有りえない、と意識の片隅に押し込んでおりました、が」

 

 先日、白銀武にも伝えたことではあるが、平行世界や未来世界からの情報の流入は「可能性」としてであれば存在する。夕呼の研究する因果律量子論とは、そのほぼ有りえないはずの可能性を押し広げるための理論、と言ってしまうこともできなくはない。

 

「私自身の主観と実経験に限れば、この世界は二周目だ。ついでに言えば、対BETA戦としては……およそ80年ほどになる」

「それでこその、カッサンドラですか」

「予言ではなく、既知の体験からなる忠告といったところだよ、博士」

 カップを持ち上げ、諦めたように言葉を漏らす。無論、今なおターニャにBETAに対しては諦めるという選択肢はない。

 

 

 

「先の話に戻るが、『白銀武』が現れたのかね?」

「はい。現れたというのではなく、以前とは別の意識を持って目覚めた、という形ではありますが、別世界の記憶を持っていると自称しています。デグレチャフ事務次官補は、やはりアレをご存知ですか?」

 

「直接的な知人、というわけではないが知ってはいる。ただ……『この世界の白銀武』は、負傷して廃人になっていたのではなかったのかね?」

「昨日朝方、原因不明ですが意識を取り戻しました」

「なるほど。それで別の意識を持って目覚めた、ということか」

 

(ふむ、結果の収束というヤツか、あるいは介入というべきなのか……気にしてもはじまらんか)

 ターニャとしては、数年前から極秘裏に白銀武に関しては監視していたのだが、訓練中の負傷の時期が別世界での横浜へのBETA侵攻時期と重なったことで、因果の収束の一環として切り捨てていた。この世界の白銀武が負傷とはいえ死んでいないことから、逆説的に「白銀武」はこの世界に現われない、と判断していたのだ。

 そして今更に記憶をもって復活してきたとしても、その記憶に価値はあれども、原因について追及する必要は科学者でもないターニャには感じられない。

 

「であれば、だ。博士の方に問題なければ、ここに連れてきてもらえないか? いくつか直接確認したいこともある。それとも私は接触しない方が良いかね?」

 

 あくまで希望という形ではあるものの、ターニャのそれは命令だ。

 もちろん夕呼が拒否しないであろうことは織り込み済みの命令ではあるものの、それは二人の立場の確認という儀式でもあった。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短いですが久しぶりにデグさん。

ターニャ・デグレチャフ事務次官補(9歳)……いろいろとアレなオルタ世界ですが、さすがにこれは外には出せない?

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