Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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純夏へのアンチヘイト的な表現があります。ご注意ください。


洞見の欝積

「失礼します。白銀武、入ります」

 堅苦しいのは止めろとは言われているが、副司令の執務室である。

 基地最下層部ともいえるこの地下19階層ともなると、廊下を誰かが歩いているなどということはなく誰に見られるわけでもないが、入る時くらいはさすがに軍人としての態度となる。

 

 だが今回に限り、その対応は正しかった。珍しいことに、武にしても初見の人間が執務室には居たのだ。

 

 この乱雑な執務室、一応の形としておかれている応接ソファで、国連軍軍装に身を包んだ少女が一人、心から美味そうにコーヒーを飲んでいた。

 霞と同じくらいか、それよりもまだ幼い、少女というよりまだ幼女と言っても通用するような姿だ。おそらくは霞の物を貸し与えたのか、全体的にはサイズが合っていないようで、スカートの丈も長い。

 霞との違いはウサミミの無いことだが、それよりも胸元に着けられた真紅の宝玉が、異様なまでに目を惹く。

 

 

 

(誰だ? 初めて見る顔なんだが……)

 

 そもそもが夕呼が執務室に入室を許可する者は、非常に少ない。

 例外はどうやってか侵入してくる鎧衣課長くらいで、副司令としても第四計画責任者としても、他の要人と会う時にはここを使うことはまずない。基地の他の応接室を利用することが大半だ。

 

 そして幾度かのループを経験している武にして、この部屋にいる人物など、一方的ではあるもののほぼ顔見知りと言ってもいいはずだったのだ。

 

 

 

「白銀。早く入りなさい」

「は、失礼いたします」

 見知らぬ相手を前にその正体を勘ぐっていたが、ドアも締めずに立ち止まっていたからか夕呼から叱責される。夕呼の性格からして、初対面の相手に対する洞察まである種の試験ともいえる。本気で怒っているというよりは、眼前の少女に対する武の対応を観察されている、といったところが真相だろう。

 

「部下が失礼いたしました」

「いや、気にはしておらんよ、香月博士」

 滅多に他人への敬意など表さない夕呼が、少女に頭を下げる。それも自身の失態ではなく、配下の者のを受けて、だ。

 

(背は社よりも低い。子供にしか見えないけど目付きはスゲェし、夕呼先生の対応からしたら、基地司令以上……国連事務次官あたりの人か?)

 

 その表情以外、どう見ても霞よりも幼い。だが普段は表面上の礼節でさえ最低限の夕呼がこれほどまでに丁寧な対応をするのだ。国連事務次官の珠瀬玄丞斎か、もしかすればそれ以上。

 

(いや夕呼先生が相手の地位や階級で敬意を抱くなんてことはねぇから、このガキにしか見えない誰かさんは、間違いなく何らかの能力に秀でている、と考えた方がいいか。見た感じだと社の関係者には思えないが……)

 

 

 

「さて、白銀。こちらはデグレチャフ事務次官補。アンタの事情はほぼすべてご存知よ」

「は、白銀武訓練兵であります」

 事務次官補と言われても、相手の所属も地位も想像できないので、敬礼したままに応える。

 

(って、俺の事情を「ほぼ」知ってる、ってどこまで話したんだよ、夕呼先生)

 武は脳内で相手の立場を訝しんでいたせいで一瞬流してしまいそうになるが、さくっと重要な情報を挿し込まれていた。

 白銀武が「近似した世界の未来情報」を持っているなどと告げても誰も信用しないだろうが、「BETAに関する秘匿情報」がある程度なら動き始める情報機関は多そうだ。

 

 

 

「ここでは楽にしたまえ、白銀。私は国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)局長。ターニャ・デグレチャフだ。下手をすると長い付き合いになるぞ?」

 僅かに口元を歪ませているのは、笑いのつもりなのだろう。整った顔立ちと幼い少女の笑顔と言えば愛らしいはずだが、恫喝されているようにしか感じられない。

 

「私の見た目に関しては、気にはなるだろうが、今はそういうものだと受け入れておけ。そのうち香月博士が解明してくれるやもしれん」

「は、了解いたしました」

 確かに見た目幼女の国連事務次官補という存在は気にはなるが、夕呼が解明するという類の話であれば、武がどうこうして理解できるものではないのだろう。

 

 

 

「ちなみに白銀。デグレチャフ事務次官補は国連軍においては准将待遇よ」

「はぁっ!? は、失礼いたしましたっ!!」

 楽にしたまえどころの話ではない。基地司令と同等だ。訓練兵からしたら正に雲の上の存在である。いくらループしていた記憶があるとはいえ、将官クラスとの直接の会見などそれこそ数えるほどだ。同席することにすら緊張する。

 

「今のところ指揮系統には組み込まれてはおらんよ。いやそもそも、だ。私に指揮権が回ってくるような事態はできれば避けてもらいたいものだがね。まあそれはいい」

 

 

 

「それで白銀。確認するが、君は何周目だ?」

 その質問からして、武がループしているあるいは他世界からの記憶がある、ということは知られているようだ。

 夕呼が「事情を知っている」とまで言うのだ。下手な隠し事や欺瞞など意味はない。

 いや夕呼が冗談めかして「ほぼ」知っていると言ったのだから、つまるところ「ほぼすべて」伝わっていると考えていた方がよさそうだ。

 

「おそらくは三周目、と言えばよいのだと愚考しております」

「ふむ……私としては、いや世界としても一番問題の無い状態、か」

 

 三周目ということはこういうことか、とターニャは席を立ち、ホワイトボードに向かい説明を始める。

 

 

 

「貴様は平和な日本、日本国……だな。そこで生まれ育ち、おそらくは2002年辺りまでの記憶がある」

 左に「EX」と書き、水平線を引く。残念ながら今のターニャが目一杯腕を伸ばしたとしても、届くのはホワイトボードの半分くらいまでなので、引かれた線はちょうどボードを二分するような形だ。

 

「白陵学園でのお気楽な生活の記憶を持ったままに、BETAの存在する世界に現れ、そして死ぬ」

 そのEX線の下に、「UL 01/10/22」と水平線を加える。ホワイトボード右端まで伸び切った線、その途中に「バビロン災害」と、最後は「死亡」だ。

 

「最後にこの知識を踏まえ、二周目が始まる」

 さらに三本目「AL 01/10/22」。UL線の「バビロン災害」の手前に「桜花作戦」が加えられる。

 

「細かなイベントはともかく、大筋はこれで間違いはないか、白銀?」

「……間違いありません、次官補殿」

 ありえねーだろ、と口にしなかった自分を武は褒めてやりたい。

 霞のリーディングでもここまで読み取られてはいなかったはずだ。どうやって自分の記憶と同じ流れが判っているのだという疑問はあれど、武は説明を求められる立場ではない。

 

 

 

「疑問が顔に出ているぞ、白銀。簡単に言えば『原作知識』だ。EX世界線の記憶を持つ貴様なら判るだろうが、『白銀武』が主人公である『恋愛ゲーム』として、私はこれら三つの世界の流れを知っている」

「ゲーム? 何かの勝負事ですか?」

「ああ、逆に香月博士には判りにくいか……『恋愛ゲーム』とは選択肢のある、映画とマンガの中間のような媒体での物語、といったところか」

 とターニャは端的にゲームの解説を済ませる。夕呼は理解しかねているようだが、物語と言えば書籍か演劇、映画、あるいはテレビドラマ程度しか存在しない世界である。科学者としてどれほど柔軟な思考のできる夕呼とはいえ、すぐに想像できるものではないのだろう。

 

「失礼ながら、そのデグレチャフ事務次官補……この世界が仮想の、物語世界であると?」

「いや、世界の外側に立って介入できない限り、我々にとってはここが仮想かどうかなどは問題ではない。あくまで白銀と私の記憶にある、似たような世界が物語の舞台であった、というだけだ」

 デウス・エクス・マキナを気取っての、好き勝手な結末を導くことはできない、と皮肉気にターニャは嗤う。

 

 

 

「とまあ、そういう訳で私は、貴様の先の二度のループにおける行動に関してはおおよそのところは把握している」

 ここまでで何か質問はあるかね、と間を作ってくれる。

 

「次官補殿、失礼ながら世界線とは何でしょうか?」

「……ああ、そうか。貴様の記憶にはない言葉なのか、あ~そういえばアレは2010年くらいの作品だったか。そうだな、まあ平行世界を説明する物語用の仮想の用語だ、『特に意味はない』というヤツだな」

 ターニャから伝えられたゲーム世界という情報に頭が付いて行かず、どうでもいい部分に目が行ってしまう。が、ターニャからすれば何かがツボに嵌ったようでクツクツと笑っている。

 

(2010年って、俺の記憶よりも先かよ。いや今の言葉からすればさらに先の時代まで知っていると見ていいのか?)

 

 だが漏らした言葉は何気に重要な意味が含まれていた。幾分のわざとらしさも含まれているところを見ると、その辺りまでは伝えるのは想定のうちらしい。

 夕呼にしても、別の世界の未来とはいえ興味深げだ。それでいて口を挟まないのは、あとから聞き出す算段でもしているからか。

 

 

 

「落ち着いたかね? 話を戻すぞ。本来であれば、因果導体でなくなったシロガネタケルは元の世界、そうだなEX2とでも言うべき世界線へと、UL及びAL世界線の記憶を消し去られて送り付けられるはずだった。いや送られたのだろうな」

「記憶が消去されるのは因果関係の再定義、の為でしょうね。ですがなぜか今ここには居ないはずの白銀武が存在し、さらには消されるはずの記憶が残っている、と」

 夕呼が補足するのは戻る前に説明されたことと似たような話だ。だが付け加えられた疑問には武としても答えようがない。

 

「さて、白銀。貴様の消し去られた記憶はどうなると思う?」

「え……虚数空間というのがどういうものかまったく想像もできませんが、そこに散らばって消えてしまうのでは?」

「AL世界線での香月博士による解釈か? 確かそんな感じだったのかもしれんが、まあ私も正直判らん」

 自分から問うておきながら、心底どうでもいいという口調でターニャは疑問を棚上げする。

 

「よくある二次創作ネタとしては、AL世界線には白銀武が消えずに残った。あるいはやり直しを誓ったシロガネタケルにカガミスミカが詫びのつもりかあらためてUL世界線へとループさせた、とかもあったな」

 虚数空間に散らばった記憶の欠片、その集合体というネタはなにかと使いやすいからだろうな、と武には理解できない理屈でターニャだけが納得している。

 

 

 

「まあそれはともかく。二つの世界線において『白銀武』はなぜか『鑑純夏』を憎からず思い、AL世界線においては00ユニットと理解していながら、その思いまで受け入れる。不思議とは思わんか? 可能性だけで言えば、鑑純夏を憎み消し去ろうとする『白銀武』が存在してもおかしくないはずなのだがね?」

「いえ……おかしいでしょう? 俺が鑑をそこまで拒絶するような……幼馴染なんですよ?」

 口籠る武に、畳みかけるようにターニャは、問いを突き付ける。

 

「地獄のような戦場に放り込んだ相手を、愛していたはずの女をその手で殺させるような世界に呼び込んだ奴を、なぜ許せる?」

「それはっ!! ……いえ、申し訳ありません。自分のことではありますが、お答えできません」

 心のどこかで感じていた違和感を他者から形にされ、反射的に否定しかけたが、言葉が続かない。今の武からすればどこかおかしいと思いつくのたが、その異常を「二周目」では自覚していなかった。

 

 

 

「理由は推測はできる。カガミスミカによってループの起点に再構築された『白銀武』は、カガミスミカに対する否定的な感情はすべて漂白されている。いやそれどころか否定するような因子は完全に取り除かれて、組み上げられていたと考えた方が自然ではないかね?」

「……つまり、ULとかAL世界線?とかでの俺、いやその世界の『白銀武』には思想の自由なんてものはなかったってことですか?」

「現になかったのではないかね? 貴様は貴様の自由意思によってその行動を選択していたと、断言できるのか?」

 

「お待ちください、デグレチャフ次官補。それは先程おっしゃられた『ゲーム世界』として、上位世界からの観測結果なのではありませんか?」

 武が自分の行動選択に自身が持てずに言い淀んでいると、夕呼がターニャの言葉を世界を外側から俯瞰する神の視点ではないかと指摘する。

 だがその程度はターニャにしてみれば、すでに幾度も推論を重ねた部分だ。

 

「もちろん私の主観としてゲームをしていた時点での観測ではそうなる。その世界の自由度は、プレイヤーが『白銀武』の行動を選択出来る範疇、ゲーム製作者たちが想定していた以上に広がることはない」

 だからゲームの話ではない、とターニャは続ける。

 

 

 

「そんな世界の外側のさらに外側とは別の話だ。カガミスミカと彼女によって構築されたシロガネタケル、この二人の行動はどこまで自由だったのか、と。いや、あくまで世界線移動に留まっているシロガネタケルとは異なり、世界の初期設定さえ変更できるカガミスミカはどこまでできるのだろうな? 香月博士はどう考えるかね?」

「証明のしようはありませんが、最適な未来を選択するといった能力の行き着く先は、なるほど自身の都合のよい世界の選択、最早世界創造と言ってもいいものなのでしょう。そしてお二人の話を聞く限り、BETA反応炉とG弾のエネルギーを流用できたカガミスミカには、望んだ世界を作り上げるだけの能力を持っていた、とは推測できます」

 

「判ったかね、白銀。UL世界線での『白銀武』に与えられていた程度の自由度すら、AL世界線での『シロガネタケル』には、与えられなかったのだろう。カガミスミカが待ち望んだ……いや違うか、カガミスミカが自身の願望に忠実に作り上げたまさに『おとぎばなしのおうじさま』だからな」

 呆然とする武を見て、心底面白そうにターニャは嗤う。

 

「さてさて、白銀も知っているように自分大事なカガミスミカ君だ。元の世界にシロガネタケルを返すと言っても、その通りにしたとは言い切れん。無自覚という言い訳の元に、好き勝手に記憶の取捨選択を行ったことだろう」

 

「で、でもそれは鑑の意思ではなく、因果の流入を防ぐためには、必要な処理のはずで……俺の、白銀武の記憶は消えていなければならないのでは?」

「そうね。因果導体でなくなりかつEX世界線に戻る、という条件を満たすためにはアンタの記憶は消えてる、いえそもそもULおよびAL世界線の記憶を入手するという因果さえも消失させる必要があるわね」

 

「でも、それって無理なんじゃないんですか? 鶏が先か卵かみたいな……あれ?」

 ホワイトボードの描かれた三本の世界線。それを見直すとどこかで矛盾が発生しているように思える。EXからUL、ULからAL。そして最後にALからEXに戻ったのであれば、原因と結果とが噛み合っていない、入れ替わっているように感じられるところがある。

 

 

 

「はっきり言おう。シロガネタケルは元の世界には、結局のところ戻っていないと私は見ている」

「……え?」

 因果導体でなくなった自分は記憶を失い、元の世界に戻る、と言われていたのだ。それをゲームとして外部から眺めていたターニャに否定された。

 

「AL世界線の香月博士も、因果関係がリセットされるのであれば白銀武はEX世界線の2001年10月22日に戻る、いや再構築される可能性が高いと考えていたのだろう」

 もちろん他の可能性を否定したわけではないだろうが、とターニャは夕呼を持ち上げておく。

 

 武自身も、元の世界に戻ると言われてなんとなくそう考えていた。

 因果がリセットされていなければ、二周目の武が逃げ出したことで流入してしまった「重い因果」によって、世界には死が撒き散らされることになる。それを解消するために、武は自身の記憶が消される必要があると、受け入れていたのだ。

 

 

 

「桜花作戦を成功させ、AL世界線から消えたシロガネタケル、それがカガミスミカによって再構築されたのは、極めてEX世界線に近似した別の世界線だ。いってみればEX2世界線だな」

 

「じゃ、じゃあ、俺の、いえその再構築された『シロガネタケル』は因果導体じゃないんですよね? まりもちゃんは死なないんですよね?」

「因果導体ではなくなっていたはずだ。まあEX2世界線と言いたくなる程度には能天気で平和な世界のようだから、神宮司教諭も死なんだろう。そのくらいは安心したまえ」

 

「なら『おとぎばなし』としてはハッピーエンドじゃないですか? まあ俺が直接目にできなかったというのは少しばかり残念ですけど、皆が無事ならそれで、いいです」

「誰も苦しまない夢のような学園生活があらためて始まる。なるほど一見しあわせ、だな」

 ただある意味では最悪だぞ、と言葉とは裏腹にどこか愉快そうにターニャは続けた。

 

 

 

「その世界に本来存在しなかった社霞も送り込み、のみならず社霞にだけAL世界線の記憶を残した」

 

「誰に言っても理解されない、話しても共感されない、語り合うべき相手など誰一人としていない」

 

「しあわせなハッピーエンドだと、そういう者も確かにいた。だがね世界を渡った白銀武。貴様には理解できるのではないか? 同じ顔をして、同じような考えをしているのに、結局のところ自分の知っている者とは決定的に違う別人。そんな中に放り出された社霞は、しあわせなのかね?」

 

 しあわせな世界の、ほんのわずかな軋み。

 だが今の武には最早介入できない。可能なのは、良き思い出を作ってくれと願うくらいだ。

 

 

 

「この世界線の鑑純夏がどういう存在かは知らんがね。00ユニットになるようなカガミスミカが選択するのは、そういった世界だ。もちろん自身が幾多の『白銀武』を巻き込んだという罪さえ、勝手に消し去っておくという自分に優しい世界だな」

 まさに「おとぎばなし」のヒロイン、自己愛の権化だな、とターニャが告げる。

 

「今の貴様は、素人の勝手な予測だけで言えば、カガミスミカにとって不要な要素を纏め上げた存在、とでもいうべきかな。明確にはなっていないかもしれないが、鑑純夏に対してどこか距離があるのではないかね?」

「鑑は幼馴染、ですよ? あ……いや、でも。先日までみたいに何よりも大切なのかと言われると……あれ?」

 自分の感情が自覚できずに、言葉が途切れた。

 桜花作戦のレポートを書いていた時に感じた、カガミスミカへの違和感が形になっていく。

 

 

 

「俺は、いや今の俺は、鑑に……恋愛感情が無い? それどころか、距離を取る……違うな、クソッ」

「自身を救わせようと他人を他世界から呼び出し、その上に他の女と関係しただけで記憶を消し去り、成功するまで繰り返させるような存在だぞ? たとえ自分自身であったとしても、BETAに囚われていないなどという『幸福』を認めるはずが無かろう? 嫉妬から『白銀武』を遠ざけようとしてもおかしくはあるまい? そもそもこの世界の鑑純夏からも白銀武への執着を削り落としていることさえありうる」

 

「えと……つまり、今の俺は?」

「おそらくカガミスミカはこの世界の鑑純夏に対しても嫉妬している。そして幾多の『白銀武』の『鑑純夏』への否定的な記憶の欠片は一カ所に纏めておいた方が影響も少なそうだから、この世界線に全部固めて捨てたのではないかね?」

「なるほど。カガミスミカにとっては不要な、いえむしろ漂っていると有害な記憶の欠片で構成されたのが今の白銀武だと推測されるということ、ですか」

「ははは……不要、ですか。何なんですか、それはっ? あいつらの、皆との戦いの記憶が、要らないっていうんですか……」

 不思議とカガミスミカに捨てられたと言われても、武には悲しみもない。

 ただ今も記憶に残る、共に戦った者たちの記憶が「不要」と言われたことに、怒りではなく悲しみと喪失を覚える。

 

 

 

「さて。長々と話していたが、部下のメンタルケアも上司の仕事だ。違うかね、香月博士?」

「次官補。あたしが対処すべき問題でしたが、白銀の為にありがとうございます」

 うなだれる武を前に、なにやら一仕事終えたとでも言いたげに、晴れやかに笑いあっている。

 

「いや……すいません。正直なところかなりヘコまされているのですが、え? いまの話って、俺の為なんですか?」

 嫌がらせのように人の悪意をぶつけられたとも思えるのだが、二人にとっては今までの問答は武を助けるためだったらしい。

 

「ん? カガミスミカにとって不要な、というだけで今の貴様は幾多の『白銀武』の中ではある意味で一番束縛されていない状態だと推測しているのだがね」

「その通りでしょう。今の白銀の自由意思は尊重されている、と見るべきですわね」

 眼前の二人から現状を肯定するかのような発言を受け、呆けたように顔を上げる。

 

「……え?」

「白銀~アンタもしかししてホントに判ってないの? 今のアンタはカガミスミカ以外の誰に惚れても何をやっても、死んだら起点に戻されるなんて言う縛りはないの。カガミスミカに捨てられたってことは、その呪縛から抜け出せてるってことよ。つまりアンタの思考の自由は保障できる。たぶんEX2世界線に戻ったというか送られた方の『白銀武』は、囚われたままなんでしょうけどね。少なくともこっちよりは平和であるのなら……」

 

 それだけでどっちが幸せかどうかなんてあたしには判らないけどね、と夕呼は付け加える。いや、それは武ではなく、唯一人記憶を持って送り込まれた霞の幸せを願っているのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 




デグさんの推測(という名の妄想)をもとに、状況説明の振りをしたメンタルケアを言い訳にした洗脳? タケルちゃん相変わらず、周囲の大人(?)にすぐに影響されます。ちなみにデグさんパートでこのシーンを書こうかとも思いましたが、あまりにもデグさん一人脳内会議が長くなりすぎるだろうと断念。


あと「確率分布世界(群)」よりは「世界線(群)」表記の方がまあ今となっては判りやすいなぁ、ということで使わせていただきました。

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