Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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意企の惑乱

 

 高度500km 地球周回低軌道。

 第三次降下部隊、その中核となる武たちA-01の面々が、軌道上に上がってすでに一時間は経過していた。

 

 降下まで無重量状態で待機せねばならない衛士の負担を考慮して、軌道上に滞在する時間は可能な限りは短縮したとはいえ、横浜基地から見れば西に位置する喀什へと向かうにはどうしても地球を一周する形となる。

 

 負担は無重量状態だけではない。再突入型駆逐艦の上面、戦術機用カーゴの中とはいえ、当然周囲は真空の宇宙だ。

 戦術機はハーディマンから始まるFeedback Protector兵器の系譜ではあるものの、月面戦争で用いられたそれと同様に気密性は最低限のものだ。そのため今回の作戦に際しては、軌道に上がる前から簡易ヘルメットたる気密装甲兜の着用が義務付けられた。

 場合によっては訓練で一度装着しただけという者もさえもいるらしい気密装甲兜。慣れぬ装備からの負担もあるが、気楽に水分補給をすることも難しい。

 

 そしてハーディマンに比べれば、もとより地上での運用しか想定されていない現在の戦術機は酸素無しでは主機さえ回せない。「下」に位置するHSSTから再突入殻を経由して供給される最低限の電力で、通信・生命維持系を稼働させているだけだ。

 コクピット内の照明も空調も最低限、吐息が白く見えるほどだ。

 

 

 

 加えて降下までは戦術機衛士がすることなど特にない。作戦内容の再確認などこの場でできることなどすでに終わらせている。

 各中隊内に限ってではあるが無線使用も自由とされていたが、むしろ新任の少尉たちにとっては緊張を高める要因でもあった。このような大規模作戦、それも生還の見込みが極めて薄いそれを前にすれば、横に並ぶ戦友とは二度と見えることができぬかもしれぬと思えてしまう。そうなれば今までは簡単だった言葉を口に乗せることさえも難しい。

 

 武たち第一中隊の面々は特に実戦経験の薄い者が多い。隊内のムードメーカーと言える慎二がどれほど気を配り、また武もそれなりに乗ってはみていたものの、半時も待たずに沈黙が続くようになった。

 なによりも低軌道という環境だ。同じHSSTに背負われている分隊員同士ならばともかくも、距離のある他中隊員とはわずかとはいえ通信にタイムラグが発生する。それがどうしても茫漠たる距離を感じさせ、より一層の不安を齎す。

 

 

 

 ハイヴ攻略、それも目標は地球上最大規模、フェイズ6に至った喀什だ。

 さらに元207B訓練分隊の六名にとっては、初陣たる九州防衛戦と、訓練と称された極東ソビエトに続き、ようやく三度目の実戦である。戦場に慣れる間もなく、これほどの大規模作戦を前にして緊張しないはずもない。

 

(皆緊張はしているが、無理に力んでるってことはなさそうなのが救いか?)

 

 ただ会話が途切れているとはいえ、フェイスウィンドウがあるため、各員の様子はそれなりに伺える。中隊内では千鶴や壬姫は緊張が顔に出てしまってはいるが、尊人や晴子、純夏などはカラ元気かもしれないがそれなりに振舞えている。

 慧や冥夜に至っては静かに目を瞑ったままではあるが、二人ともに普段から口数が多い方でもない。平常を保っているとさえ思える。

 

 中隊の面々を観察している武自身、落ち着けているかと言えば疑問だ。突撃前衛長という立ち位置から、普段であれば後ろを気に掛ける余裕があったわけではない。それが今は、皆の顔色を窺うかのように注意を払っている。

 

 結局、巻き込んでしまったという自責の念をぬぐえぬまま、作戦開始を迎えてしまった。

 XM-OSの教導部隊として第一中隊の方向を形作り、身近な彼女たちだけでもこのような決死の作戦から遠ざけようと身勝手にも足掻いた結果、それすらも失敗した形だ。詫びの言葉を口にすることもできず、かといって普段通りにカラ元気を見せる余裕もなく、降下までの時間を悶々と過ごしてしまう。

 

 しかし武の葛藤や、周囲の緊張がいかようであれ、時は過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

『さて、諸君……待たせたな、戦争だ。戦争の時間だ』

 降下まで600秒を切ったころ、中隊内の無線使用は自由と言いつつ、今まで一切発言がなかったターニャからの通信が入った。

 

(って、これ中隊内じゃねぇ……参加全部隊向けじゃねぇか?)

 

 当たり前だが、中隊付きCP将校が師団規模を超える三次降下部隊全隊、それどころか周辺軌道に位置する予備戦力にまで向けての通信を送るなど、通常であればありえるはずがない。加えて、いきなりの発言がこれだ。

 総司令官たるラダビノッド准将が作戦最終段階、その降下前に訓示をあらためて述べるのならば理解できる。出てくるはずはないだろうが、計画総責任者たる夕呼が作戦の意図と意味とを語ったとしてもおかしくはない。

 

 だが、いま通信から流れてくるのは、疑いようもなくターニャの声だ。

 

 

 

『少しばかり先走った連中もいるようではあるが、なに細かなことは構うまい。我らが待ちかねた戦争の時間だ』

 武の戸惑いなど考慮されるはずもなく、ターニャは淡々と、それでいて愉しんでいるのが判るまでに喜色に満ちた声で続ける。

 

『月面に始まり、我らは敗走を、そう言葉を繕わずに言えば、ただただあの土木機械共に押しやられ、無様にも逃げ惑い続けてきた。喀什では後ろから刺され、ミンスクでは泥を啜り、スカンジナビアに限らず護るべき大地を核で焼き払い、それらの敗北を重ねて、ようやく、ようやくだ諸君』

 

 作戦前の訓示ということもあっての演技かもしれないが、普段の感情を抑えた声とは違い、怨嗟の念を混ぜつつも、ターニャは朗らかなまでに話し続ける。

 

『せっかくのパーティの前だ。長々と詰まらぬ話をするつもりはない。現在のところ、いくつかのイレギュラーはあれど、作戦は事前想定範囲内で進行している。つまりは我々第三次降下部隊は、所定通りに降下を行い、これまた所定通りにハイヴ地下茎へと侵攻することとなる』

 

 問題は発生していると、どこか悦ぶように告げるターニャ。

 そしてターニャがそういう風に嗤うということは、作戦立案から関わっていた武にしても想像しにくいほどの事態になっている可能性が高い。それでいて作戦が続行できると判断された程度には、解決可能な事態には収まっているのだろう。

 

 

 

『まずは簡単に地表の現状だが、そうだな……吉報と言えるぞ? 第二次降下部隊は予定通りにSW115周辺の制圧に成功。『門』は確保できている。ただ第一次降下部隊はS92制圧は一応は成功したものの、母艦級の出現もあって前線CPたるXG-70cは先ほど軌道退避を完了、残存戦力はSW115へと再集結中だ』

『ッ!?』

 

 ターニャの簡潔な間での説明に、中隊内のチャンネルで誰かが息を飲むような気配があった。具体的な数値は言ってはいないが、XG-70cが撤退し残存部隊が制圧地点を放棄するなど、第一次降下部隊は全滅に等しい被害を被っているのだろう。

 

 この時点で、それも地表に母艦級の出現が確認されたということは楽観視できる材料ではない。だが、なるほど確かにこれは「事前想定範囲内」だ。

 かなりひどい想定では、G弾をはじめ軌道爆撃の効果が薄く、また複数体の母艦級の出現で第一次第二次ともに『門』の制圧が完了せず、第三次降下部隊は後方の安全を確保できないままにハイヴ地下茎へと侵入しなければならないという状況もあった。もちろんこの場合は作戦成功率も、参加将兵の帰還率も目を覆うばかりの数値だったが、そういう事態もありうるとは予想はされていたのだ。

 

 異国の地で散っていった者たちには心からの哀悼を、そして今もまだ戦い続けてくれている衛士には深い感謝を捧げはするが、『桜花作戦』の参加者でありまた接戦立案に関わった武としてはこれならばまだ作戦成功の可能性は高いとどこか冷徹に判断できてしまう。

 

 そもそも『桜花作戦』においては地表での誘引部隊など存在せず、なによりも単純に投入戦力が本作戦の方が多い。第一次を除いても、第二と第三降下部隊だけで『桜花作戦』と同程度だ。

 さらにXM-OSをはじめ、A-01は不知火・弐型に、在日国連軍もACTV仕様へと換装した陽炎と、参加戦術機の機体性能も向上している。合衆国に至っては、虎の子ともいえるF-22を連隊規模での投入だ。

 

 

 

『さてイレギュラーというのは、だ。むしろ招かざる客というべきか、いや客などという上等なものではないな。ただの不届き者が乱入してきている。当作戦を指揮する国連太平洋方面第11軍に一切の事前連絡なく、ソビエトと中国共産党軍の戦術機群が連隊規模で先ほど喀什周辺へと降下した』

「……? ……はあっ!?」

 

 ターニャの言葉の意味が一瞬理解しきれず反応が遅れたが、意味が分かった瞬間に武は声を出してしまう。

 

 中隊内の通信では武だけでなく声を漏らすものもいる。声を上げた少尉連中はただ意図を計り知れることからくる戸惑いだが、慎二や孝之そしてまりもはその二国の意図を類推してか僅かに眉を顰める。

 戦争とは外交の一環であり軍事力とはそのための道具ではあるが、さすがに人類の存亡をかけてこの一戦に際し、無作法なまでの介入に思えた。

 

 

 

『正直に言ってただただ邪魔なだけではあるが、我らは国際の平和及び安全を維持することを目的とする国連、そこに属する軍人、いやなによりも理性ある文明人であるからには、これらを積極的に排除することは能わない。ではあるが、第11軍が指揮しかつまた作戦の意味と重要性を理解し協力すべく集っていただいた諸国の将兵の皆様方へ、ホストとしては最低限度の秩序は整えるべきだな? よって先方が作戦の妨害を意図したと見られる行動を取らぬ限りは、原則として存在しないものとして扱う』

 

 抑えているのだろうが、実のところほぼ意味のない言葉を並べるターニャの声音は、憎しみに満ちている。全力を以って排除しろと言いたげではあるが、それが政治的にだけでなく、戦力的に困難であることは、ターニャが誰よりも理解している。

 

 第三次降下には合衆国からはF-22で構成された一個連隊も含まれている。彼らであれば対人類戦は想定しているであろうし、A-01の古参もまた戦えるはずだ。

 作戦の妨害を意図しているとしか見えない共産・社会主義勢力の排除に対して、士気が下がるということは無くむしろ高揚するかもしれないが、それでもハイヴを前にして無駄な戦闘をさせられるという思いを抱いてもおかしくはない。

 

 なによりも今から現地に降りた後に、排除行動に移っても遅すぎる。

 

 

 

『だが諸君らの中にも少しは頭の回る者もいよう。そしてこう考えるはずだ。多大な犠牲を払いながらも第二次、そして第三次降下のために誘引を担い、尽力してくださった第一次降下部隊の合衆国将兵の献身を無に帰するかのような行動は、明確に国連軍に対する妨害的軍事行動ではないか、と』

 

 ターニャは自分の意見ではないという風に語ってはいるが、事実武であってもそういう考えてしまう。

 

 中ソの連合部隊が、第三次降下部隊よりも先にSW115の『門』からハイヴ地下茎へと侵攻するのであれば、作戦当初に実行したS92への誘引が無駄になる可能性が高い。連隊規模の戦術機が侵入するとなれば、それに応じた数のBETA群が侵攻予定ルート上に終結を始めていてもおかしくない。

 

 戦略・戦術的行動をほぼとらないというBETAの対応というのは単純にして反射的だ。

 これがBETAからの侵攻であれば平野部の人口密集地などおそらくは資源的価値が高いと判断した場所へと殺到する。が、今回のようにこちらがハイヴへの侵入を企図した際の防衛などでは戦力が大きく集結している箇所へと、これまた単純に行動してくる。

 

 つまるところ第二次降下部隊がSW115周辺を制圧してくれていたとしても、中ソの部隊が先にハイヴ地下茎へと侵入してしまえば、それを迎撃すべくさらなるBETA群が集まってくることに間違いはない。

 

 

 

『SW115周辺に留まり、制圧に協力してくれるようであれば、歓迎はせぬが目を瞑ろう。ハイヴ地下茎へと侵攻するようであれば、明確な作戦妨害と見做せなくはないが、偽装横坑の一つでも焙り出してくれることくらいは期待しよう』

 

 まあ、それよりも先に全滅してもおかしくはないがね?とターニャは愉しげに嗤って見せる。

 

 そしてターニャは口にはしないが、このタイミングで、それも国連軍が制圧を始めているSW115に降下したというのだ。作戦内容の詳細が中ソに流れていることは明白だ。そしてそうであれば、武が提供し、参加衛士のシミュレーション素材として採用されてきた地下茎のマップさえも、知られていてもおかしくはない。

 当然、中ソが狙うのも、合衆国同様にG元素貯蔵施設である「イ号標的」だと推測もできる。

 

 合衆国軍に先行して先んじて占拠していたという実績を作りたいのだろうが、そもそも到達することすら困難だ。たとえ連隊規模の戦術機部隊と言えど、XG-70の支援なくハイヴ地下茎、それもフェイズ6の喀什を水平距離にして80km近くを侵攻することは、以前であれば不可能と判断されたはずだ。

 

(XM3と専用CPUが横流しされてるのか? いやさすがに連隊全部を賄えるほどは無理か。XM2でも十分と思われたか、あるいは参加したっていう実績だけでゴリ押すつもりか)

 

 攻略の可能性がゼロに等しかったからこそ、中ソはこの作戦計画に反対を表明しなかったと予想されている。しかしXM-OSの性能やいくつかの実績、そしてXG-70のデータを見て、成功の可能性があると考え直し、慌てての対応なのかもしれない。

 

 

 

『それとは逆に、今我らが降下前に、合衆国陸軍から更なる追加投入がなされたようだ。なにやら時計を見誤ったという話ではあるが、すでに降下シークエンスに入っているため、こちらの指揮下に入っていただけるようなので、このまま侵攻部隊に組み込むものとする』

 

 中ソに関しては無視しておけと、どこか投げやりな対応になってしまうようだが、続いて述べられた内容も理解に苦しむ。

 

(この時点でアメリカから追加投入……予備作戦の方から無理矢理前倒しでの投入か? いやそれはそれでありえねぇだろ。それに指揮権をこっち渡すって……どう考えても事務次官補の差し金だよなぁ)

 

 中国共産党軍がいきなり乱入してくるというのは予想外だったが、それ以上に第五計画派が推進していた予備作戦から合衆国陸軍が、この時点で戦力を割譲するというのは俄かには信じがたい。

 これがターニャの言葉でなければ、参加将兵の戦意高揚を狙った欺瞞だと疑う方がまだしも可能性がありそうだ。

 

 もとより極秘裏に予定していた戦略的予備だと、そう考えるのが妥当だろう。

 

 

 

『最後に、本作戦の目的をあらためて告げる。此度の作戦は、来るハイヴ攻略に向けての事前調査だ。詳細は伝えられないが、対BETA偵察任務に関わる重要機材、それを無事ハイヴ最深部にまで送り届けることができるのか、また改修が可能なのかを試験することこそを第一義とする。つまるところは新規偵察機器の実戦運用試験、それを装備するハイヴ地下茎侵攻部隊が最深部に位置する重頭脳級にまで到達し、そこから帰還できれば良しとされているのだ」

 

 武など今更かとも思ってしまうが、この作戦の表向きの理由はそれだ。

 1992年インド亜大陸ボパールハイヴにて実施された『スワラージ作戦』。第三計画が企図しそして失敗に終わったとされるハイヴ内情報収集、その失敗を繰り返さないために事前の運用試験をする。偵察機器たる00ユニットとその外部機能拡張機材であるXG-70シリーズを『主広間』に持ち込めるかどうかを試す、というのが公的に提示されている作戦目的だ。

 

『だが、諸君。ここはこう聞いておくべきではないかね? 「別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」と。では、各員。降下に備えたまえ』

 

 

 

 

 

 




ようやく武ちゃんパートにして喀什攻略~なのですが、また降下シークエンスに入るその直前でした。

再突入殻とか戦術機用カーゴとか確認してみましたが、どこまで気密されてるのかわからねーっといいますか、再突入殻は真空暴露されてて、戦術機のコクピットは気密されてるという感じで誤魔化しています。
で、軌道降下というとマブラヴにおいてはチキン・ダイバーズですが、そのあたりは以下次号っ、という感じです。


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