Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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諧調の免訴

 

 SW115周辺を制圧した第二次降下部隊が武たち第三次降下部隊を受け入れた時には、SW115の『門』からハイヴ地下茎を北東方向に10kmまでは一応の制圧下にあった。その後、第三次降下部隊の集結と再編とを行う横でわずかずつではあるが制圧区域を広げ、本格的にハイヴ地下茎侵攻を開始する際には15kmまでは確保できていた。

 

 目標とする『あ号標的』までは、残すは直線距離にして70km程度。ここから先は武たち第三次降下部隊が担うべき戦場だった。

 

 

 

 ハイヴ地下茎での戦闘は今まで幾度と考察されてきた。有力視されていたのは、BETAに対して射程と速度とに優れる戦術機であるならば、その長所を生かし可能な限り戦闘を回避し、最低限の交戦のみで制圧目標地点まで突き進むというものだ。

 だが既存の第二世代戦術機では閉所における機動力に絶対的な優位性があるわけでもない。全周囲から襲い掛かってくるBETA群の排除のために、ある程度は脚部走行を主体とし白兵戦を含めた近接密集戦闘によって切り抜けていくというのが基本骨子だった。

 

 敵BETA群の主力たる戦車級は床は当然、壁面にもその爪を突き立てて押し寄せ、場合によっては天井部分から未来位置を予測したかのように飛び降りてくる。大型種の中で最も数が多い要撃級はその巨体から想像できないほど俊敏に走り回り、こちらも時には壁を蹴って飛び掛かってくるのだ。

 突撃級を主体とした地中進行も、地表ほどには警戒する必要はないが、出現した場合のその突進力は侮れない。

 

 これらに対処するには前方だけでなく全周囲への警戒が必要となる。元よりも空間戦闘を考慮しなによりも人体を模した構造の戦術機ではあるが、操るのが衛士ただ一人であるためどうしても死角は発生する。

 そのような状況下ではたとえ光線族種という脅威が無いとはいえ、満足な機動回避など望むべくもない。

 

 加えて通信環境の劣悪なハイヴ地下茎だ。中隊規模ならばまだしも、大隊以上となれば満足な連携も覚束ない。侵攻にしろ撤退にしろ判断が遅れ戦力をすり減らし、作戦失敗だけでなく部隊全滅という悲劇を招く。

 

 結果として、いまだ人類はハイヴ攻略に成功していない。

 

 

 

 

 今回、作戦立案において武がいくつか提出した侵攻計画も、部隊編成にいくらかの差異はあったものの基本は同じだ。第三世代機となによりもXM-OSによって向上した機動性で最短を突き進むべきという考え方だった。

 

 だがターニャは、武の案を含むそれら既存の拙速ともいうべき作戦計画をすべて棄却した。

 

 武が前回経験した『桜花作戦』時の記憶から提供できた物は、ハイヴ地下茎の構造マップだけではない。極めて主観的ではあるが、敵BETA群の出現位置も把握していた。

 

 二か月半という作戦決行日時の遅延や、なによりも人類側の投入戦力の増強によって、BETA側の対応も変化しているはずだが、それでも地下茎の構造上、敵大規模集団との接触予想箇所はある程度限定できる。

 もとより『桜花作戦』において選定された侵攻ルートは、佐渡島ハイヴの頭脳級から得た情報を基にした、接敵予想確率の最も低い経路だ。少しばかりの拡張があったとしても他ルートを選択する意味はない。

 

 その上で、武の記憶する限りの『桜花作戦』をある程度参考にしつつも、ターニャが選んだのは極めて単純な解決方法だ。

 

 火力を集中し押し通る。

 軍人に限らず、暴力を手段として選択肢に入れる人間であれば、誰しもが一度は望む、単純にして究極の解法だった。

 

 

 

 それを可能としたのが、XM3対応型第三世代機ではなく、機動力のある砲兵戦力として艤装されたXG-70dだ。もちろん今まで実施されたハイヴ侵攻作戦に比して数倍の戦術機戦力を用意できたという面も大きい。

 

 第三次降下部隊の戦術機群は移動に主眼を置いた縦壱型隊形のまま、絶え間なく砲撃を続けつつ、脚を止めることなく進む。

 そう、ターニャはハイヴ地下茎において、戦術機に跳躍と飛行とを原則禁止としたのだ。脚部移動それも基本的には歩行で、縦壱型隊形のままに進ませている。

 

 中隊12機の戦術機を縦に6機2列で構成する縦壱型は、本来ならば戦闘を考慮した陣形ではない。前後左右にそれなりの距離を取るとはいえ、全高20mの戦術機が並んで進むのだ。前方への火力投射は当然限定される。

 

 だがしかし、今はハイヴ地下茎という特殊な環境だ。

 前だけでなく前後左右全周から、しかも場合によっては突撃級を主体とした地下からの侵攻さえもあり得る。飛び回りながら下方への警戒もしつつ、味方誤射を避けての射撃など、たとえXM3搭載機といえど射撃精度を大きく欠くことになる。

 ならば無理に跳ばず、安定した射撃姿勢で精度の高い射撃陣を構築し、相互に援護しあう方が確実と言えなくもない。

 

 さらに下手に跳ばれては、それなりに広い空間たるハイヴ地下茎といえど、後方に位置するXG-70dやMk-57を装備した機体からの支援砲撃を阻害する。

 

 

 

 縦壱型に並んだ中隊をさらに横に三列、500機近い戦術機を全長にして4kmほどの陣形に押し込み、合計1000門を超える36mmを全周囲にバラ撒くことで攻防を一体化させていた。ここに地上戦力としては異質なまでの射程と射撃速度を持つ艦載用76mm砲8門による支援が加わる。

 さらにXG-70dの36mm24門のうち半数ほどは一般的なAP弾ではなくHE弾を装填している。携帯本数の少ない戦術機であれは 小型から大型種まで対応できるAP弾が優先されるが、搭載数の多いXG-70dだ。突撃級や要塞級などに対しては76mmを、要撃級などには36mmAP弾を、BETA群の大半を占める戦車級には36mmHE弾をと、使い分けることが可能だった。

 

 なによりもBETAはBETAを攻撃できない。

 活動停止した個体であれば、それを踏みつぶしつつ突き進んでくるが、稼働中ならば律義に迂回するのだ。36mmHE弾で適度に損壊させた戦車級があれば、敵集団の進行速度を大きく削ぐことができた。

 

 ある意味でシールド掘削機や採掘ドリルのように襲い来るBETA群を切り刻みながら、第三次降下部隊は決して速いとは言えないがその速度を殺すことなく、ハイヴ地下茎を進んでいた。

 

 

 

『これは……思ってた以上に圧巻だな』

『ははっ、05の言うとおりだ。シミュレーターじゃ良くて中隊規模でしか試せなかったからな』

 

 思わずといった風に孝之が漏らした言葉に、軽く慎二が返す。

 第一中隊には、XG-70dに搭乗している中隊付きCP将校としてターニャと霞の二人が付いていることもあって、情報と指示の精度が高い。戦車級などを近寄らせることもなく、対処できている。

 

 人類から「空」を奪った光線族種ではあるが、ハイヴ地下茎においては例え重光線級であってしても脅威ではない。

 地下茎内においては光線族種がその光線照射を行わないため、BETA側からの遠距離攻撃というものはない。時折混ざっている要塞級の尾節からの触手攻撃があるとはいえ、それもせいぜいが100m程度の範囲だ。

 

 XG-70bを中核とし、密集陣形での移動式防衛射撃陣地というべきものが構築できている今、側壁や天井さえも足場として接近してくる戦車級といえど、距離を取ったままにただひたすらに36mmで機械的に排除していくだけだった。

 

 XG-70dの直掩としてその直後に配備された武たち第一中隊は間違いなく全部隊の中で最も安全と言える位置ではあるが、あくまで他と比較した場合の話だ。孝之も慎二も軽く笑った顔を見せてはいるが、その機体が持つ87式突撃砲は休むことなく火を噴き続けている。

 

 

 

 第一中隊には現在まで目立った被害はない。そして脚部歩行ゆえに三次元機動ほどの負担は衛士にはないとはいえ、BETAの物量という単純な暴力にじわりじわりと疲労は積み重なっていく。

 

 戦力の逐次投入を愚策と見做す向きは多いが、実のところやられる方からすればこれほどに神経を削られる攻撃もない。BETAにまともな戦略・戦術技術がないからこそ、逆に襲撃のリズムが予測もできず、気を緩めることもできない。

 眼前に敵が居るならば緊張は維持できる。ただそれが時折、まったく何の予兆もなく襲撃が途絶える瞬間が発生するのだ。どうしてもその際に集中力は途切れる。

 

 だからこそ適度に意識を緩めるべく小隊長二人が声を出しているのだが、ムードメーカーともいえる晴子や尊人であっても対応できる余裕がないようだった。

 

「我らが中隊付きCP将校殿の計画通りってことで、今しばらくは楽をさせてもらいましょう」

 

 武も付き合うが、こちらも手を止めることは無い。

 横に並ぶ冥夜の機体に近付くと予想される対象を優先して、両手の87式支援突撃砲二門で潰しているが、自機に近付く相手に関してはむしろ少しばかり距離を詰めさせて背部兵装担架の87式突撃砲で処理していく。

 

 なんといってもまだ先が長いのだ。

 予定進路は直線移動ではなく、『桜花作戦』において武が通過した増援出現率が少ないと予想されるルートだ。単純にあと70kmとは言い難い。

 歩行移動ゆえに身体には負担が少ないが、それは移動に時間がかかるということでもある。20mの巨人たる戦術機の歩行速度であるから、迂回を含めても脚を止めない限りかかったとしても二時間程度だが、その間緊張を維持し続けるのは難しい。

 

(まあどこか補給の際に投薬……ってことになるんだろうな)

 

 初めての軌道降下からのハイヴ侵攻だ。無駄に力を入れるなと言っても、それが聞き入れられるくらいならば緊張などしない。幾度かの実戦を下手とはいえ、今まではターニャや夕呼が用意したかなり余裕のある戦場だったのだ。

 とくに元207Bの面々に至っては、幸運にも部隊員の損失という経験をいまだ経ていない。何かがあった場合、パニックが広がることは考慮しておかねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

『中隊各機ッ、脚を止めるなよッ!』

『跳躍は最小限にッ! 突出するなよッ!!』

『撃ち漏らしは後ろの連中へのお裾分けだッ!!』

『ざまあねぇな、これが人類様の力ってモンだぜッ!!』

 

 密集陣形の恩恵として火力の集中も大きいが、侵攻部隊内での通信・通話への妨害が少ないことも大きい。侵攻部隊全隊でデータリングが成立出来たままに、前線CPたるXG-70dのサラマンダー00からの指示が行き届いている。

 もとよりA-01や斯衛そして在日国連軍の一部において中隊付きCP将校を複座型に搭乗させ、前線での指揮通信を執り行わせているが、今のところは個々の中隊のみで対応しなければならない事態も発生していない。

 

 

 

『ッ!? 中隊規模の所属不明戦術機、前方に発見ッ!! 大破4、中破3を含みますッ!!』

『こちらサラマンダー00だ。こちらで対応する。諸君は脚を止めず土木機械共を排除しつつ、進みたまえ』

 

 部隊最前列を進む中隊からの報告も、即座にターニャに伝わる。

 ただそれは予測はされていたが、出来れば直面したくない事態だった。第三次降下部隊よりも先行している戦力など、先に乱入してきた中ソの合同軍以外に考えられない。それが侵攻ルード上に存在していたということは、それらに誘引されたBETA群が想定以上に早く集まってくることが予測される。

 

 

 

『所属不明の武装勢力に告げる。直ちに武装を解除し、投降せよ』

 要らぬ敵増援を呼び寄せたであろう中ソ合同部隊に、不快感を隠すことなくターニャは告げる。もちろん投げつけるのは到底受け入れられないだろう要求だ。この場で武装を解除などすれば、その直後にBETAに群がられて終わるだけだ。だがターニャにしてみれぎそれが一番簡単に解決だろう。

 

『こちらはCCP中国共産党軍、崔亦菲中尉よ。武装解除なんて冗談じゃない。救援を要請するわ』

 

 どちらの意図かは不明だが、おそらくは状況を知らせるため中国共産党軍衛士とターニャとの通話はオープンチャンネルで交わされる。

 もちろんその間にもBETAが押し寄せて来るので、そちらにだけ意識を割くことは危険ではあるものの、今後の対応にも関わるので他衛士も聞き耳は立てているはずだ。

 

『ふむ……その名は、たしか「プロミネンス計画」の暴風実験小隊隊長でしたか?』

『ええ、アンタたちの御蔭で、暴風は解散。党上層部は代わりにこうして実戦の機会を与えてくださったってワケよ』

 

 どこかで聞いたなと声だと武も頭の片隅で考えていたが、どうやらユーコン基地でのプロミネンス計画に参加していた衛士、それも試験小隊の隊長だったようだ。

 搭乗機は視認できないが、もしかすればユーコンで開発が進められていたJ-10Xかもしれない。元よりも小型で機動性に富むF-16をベースにしたJ-10、その近接能力強化試験機、それを開発衛士が駆っているのであればこの喀什ハイヴ地下茎でもいまだ戦い続けられていることも納得できる。

 

 

 

『なるほど中尉殿が共産党軍軍人であることは、まあ認めましょう。ですが、それと武装してこの場に居ることとはまったくの別問題ですな。本試験作戦は、在日国連軍主導の下、日本帝国とアメリカ合衆国、そして英連邦の協力で進められている。CCP中国共産党からは参加の表明さえ受けていないが?』

 

 計画当初は、第三計画から移行して以来さしたる成果の無い第四計画、その最高責任者たる香月夕呼が自暴自棄となって立案したと嗤われたような話だったのだ。

 中国やソビエトのみならず、合衆国内にもこの攻略計画が成功すると信じている者は極めて少数だったはずだ。むしろ失敗することが確定しているからこそ、本来ならば安保理決議が必要なハイヴ侵攻を「調査機器の実戦試験運用」などというあからさまなまでの言い訳に異議が出されなかったのだ。

 

 XM3がユーコンで公開された時には、期待する向きはあれど、まだ大多数が疑問視していた。

 そしてG弾の複数回多段投射、さらには合衆国主導による予備計画『フラガラッハ作戦』が予定されていると第三国に知れ渡った時には、すでに抗議するにしろ参加を表明するにしろ遅きに失した。

 

 中国共産党は領土内における防衛戦闘という名目で、ソビエトは同盟国の軍事行動を支援するという形で無理矢理に兵力を投入してきただけだ。降下直前に作戦司令部たる横浜基地に一方的に通達してきただけであり、作連総司令官たるラダビノッドが受け入れに同意したわけではない。

 当然、現地で指揮を執るターニャが勝手に受け入れる必要もまた、存在しない。

 

 

 

『この地は我らが国土ッ!! 米帝の威を借る倭奴如きが我が物顔に振舞う場ではないわッ!!』

『く、は、ははははっ!! いやはや共産社会主義ジョークというものは、いつ聞いても嗤わせてくれるものですな。幾度にもわたる提言を党の威信と利益の為だけに断り、無様な敗北を晒しただけでなく、ユーラシアを陥落させ何十億もの人的損害を齎した方々の言葉というものは、本当に面白い』

 

 亦菲ではなく、また暴風小隊の面々でもないのだろう、聞き覚えの無い声が割り込む。ただそれもターニャにしてみれば質の悪い冗談の類だ。叩きつけられた言葉に倍する勢いで煽り立てる。

 

『……くッ』

 嘲笑とともに返されたターニャの言葉に、割り込んだ中国軍衛士は満足に応えられない。もとよりも現時点での中ソの軍事行動には道理もなく、無理を通せるほどの戦力もない。ただ漁夫の利を得るべくこの地に降ろされた彼らには任務のなどさほども期待されてもおらず、ただ参戦したという事実を作るためだけの捨て石に過ぎないのだろう。

 

 

 

『部下が失礼したわ。でも我々がこの場にいるのは正式な命令に従ってのこと。前線のそっちに通じていなかったとしても、拘束される謂れはない』

『なるほど。現場指揮官としては中尉殿の言葉も当然でありましょう。ですが、それはこちらも同様。これほどの大規模作戦において、命令系統の外、それも詳細不明な武装勢力を放置することは、軍人としての責を放棄するに等しい』

『……判ったわ。そちらの監視を受け入れる。ただし武装解除は当然拒否よ』

『では、そちらの残存勢力についての説明くらいはしていただけますな?』

『共産党軍は私たちだけよ。Su-37で編成されたソビエトの連中は、こっちを囮にしたつもりで先に進んでいったけど、それも20と残っていないわ』

 

 場合によっては武力を以って排除すると言わんばかりのターニャの対応に、抵抗できる戦力がない亦菲も強くは出られない。ソビエトに関しての情報は、むしろ吐き捨てるように伝えてくる。

 

 

 

『さて……聞き耳を立てていた諸君。とくに先頭で戦いながらも後ろが気になっているようなウィザードおよびソーサラー中隊の諸君、新たな命を下す。こちらの方々をSW115までお連れし、帝国斯衛軍真壁少佐に状況をお伝えしろ。くれぐれも丁重に、な。以降は真壁少佐殿の指示に従え』

『はッ、ウィザード05了解ッ!!』

『ソーサラー01了解、いやはやもう少しばかりお付き合い従ったのですが、残念です』

 

 侵攻部隊の先頭を進んでいた二個中隊にターニャは護送を兼ねた、撤退に等しい指示を下す。

 

 今地表周辺には在日国連軍は残っていない。そして合衆国軍や帝国軍に管理を任せるよりかは、私設兵に近しく新中派の少ないであろう斯衛に管理して貰う方が今後の対応も容易いとの判断だろう。

 合わせて撤収させる国連軍にしても、所属する軍は違うが、損耗した二個中隊が独自に行動するよりかは、小規模ゆえに小回りの利く斯衛の指揮下にあるほうがまだ使えるはずだ。

 

 

 

 

 

 

『サラマンダー00より全隊へ。今より所属不明戦力を含む三個中隊が地表へと後退する。射線に注意されたし』

 

 細かな打ち合わせはさすがに個別通信でしていたようで、しばらくしてから後方に送られる戦術機部隊への注意が全隊へと下される。先頭の二個中隊と中国軍残存勢力とが射線を遮らぬように、回避は最低限のままに後方へと飛行していく。

 

『……え?』

『二個中隊、いえ共産党軍を含めたら一個大隊の撤退でしょ? 数が……』

『全機中破以上?』

 

 隊の誰かが漏らした声に、千鶴や慧が付け加えていく。

 

 XG-70dの影から飛び出し、第一中隊の上方を飛び越えていく戦術機の数は30を数えられない。しかも万全とえる機体は一機たりとも存在しない。どの機もなにがしらの被害を受けている。

 しかし損耗がひどいのは共産党軍のJ-10系列機だ。在日国連軍の陽炎は比較的に被害が少ない。対BETA戦においては戦闘行動に支障がないと見做されてしまう「損傷軽微」な部隊様相だ。

 

 

 

『思った以上に余裕があるな』

『おいおい小隊各機? 手は止めるなよ』

 

 慎二も孝之も声に感情は乗せないが、わざとらしいまでの軽い声で飛び去って行く機体を一瞥する。悔いるような表情を見せたのは一瞬だけ、死者の数は数えず、まだ問題なく戦闘可能な程度だと笑い飛ばすように断言する。

 

(ああ、そりゃそうだよな。ここは喀什、フェイズ6ハイヴのド真ん中。被害が出るのも当然だ。それでもまだオレたちは戦えてる……)

 

 砲撃の手は休めず、地表へと戻っていく陽炎を見送りながら、武は状況を俯瞰しようと努める。

 

 たしかにまださほど進めていない現時点であれば、第二次降下部隊の制圧区域までは10km程度だ。それも侵攻部隊が通過してから僅かな時間しか経過していないから、大規模なBETA群に遭遇する可能性は低い。

 推進剤残量を気に掛けるほどではなく、連続噴出跳躍で進めば二個中隊程度の兵力であっても踏破することは可能だろう。

 

 

 

(いや、今見てる状況は本当に「現実」か? JIVESとかアクティヴ・ステルスとかで、オレに都合のいい状況を見せられてるだけじゃねぇのか?)

 

 破損し後方へと下がっていく機体を目の当たりにし、その損傷程度が低いとどこか冷徹なまでに判断した自分を振り返り、自身の楽観的願望を顧みる。

 

 『桜花作戦』の際、作戦を成功させるため、武をそしてXG-70d 凄乃皇・四型を前に進ませるために、A-01の皆は身を挺して戦いそして散って逝きながらも、それを隠しきった。

 いまもまた、この投影されている情報は偽りでしかないのではと、疑い始めてしまう

 

(委員長や綾峰、美琴も死んじまったのか……? たまはまさかまた連れ去られたりしてんじゃ? それにオレはまた……冥夜を、撃つ……のか?)

 

 『桜花作戦』は武にとって体感では半年ほど前でしかない。

 そして「カガミスミカ」によって知識の漂白が行われていないこの身では、忘れ去ることなどできようもない記憶なのだ。

 

 

 

「は、はははっ……どこまでが本当なんだよ、コレは」

『ッ!? 02バイタル異常ッ!!』

『タケルちゃん、どうしたのッ!?』

『01より00、投薬の許可を』

 

 自身が呼吸を荒げていることだけは感じ取れる。無線から小隊の皆の声が聞こえるが、もはやそれすらも疑わしい。

 

『……ああ、そういえばPTSDだったか。現時点での投薬は許可できない。こちらから見る限りは戦闘行動にも大きな支障はなさそうなので放置したまえ』

『なっ、それ、はッ!?』

 

 ターニャらしき声まで聞こえてくるが、その言葉通りだ。たとえ映し出されている状況が嘘であっても、BETAを排除する手を止めるつもりはない。いやBETAを撃ち壊せる機会を失するつもりなど、一切ない。

 

 

 

『直接顔を殴り倒せば、落ち着くのであろうがな。重ねて命じる。投薬は現時点では許可しない』

『……04より00、直接であればよろしいのですか?』

『ん? ああ……顔を見せて殴り飛ばせば、意識も安定するであろう』

『04より00へ。追加された緊急時用装備の実働試験を今執り行いたいと愚考いたします』

『ふむ? そういえば、02と04の両機には変更があったか。よかろう。120秒までは許可する』

『04了解。ありがとうございます』

 

 冥夜がターニャに何らかの許可を得たようだが、それすらも今の武には信じがたくまた現実感が無い。

 

 

 

『フェアリー04よりブラッド01へ。120秒間周辺援護を御依頼したい』

『ブラッド01了解。……ブラッド01より中隊各機へ。聞いての通りだ、フェアリー04を中心とした円壱型へ。兵士級一体といえど中に通すなッ!!』

『『『了解ッ!!』』』

 

 冥夜の願いを受け、真那は真壁より預かった兵をも含め、冥夜とそして彼女が近付く武の周辺を強固に防衛する。

 

「……?」

 自然と武の負担は下がるが、それでも手は止めない。

 冥夜の駆る武御雷との距離が詰まり過ぎている気がするが、周囲を真那たち斯衛が囲んでいるために、距離を取り直すことも難しい。

 

『04より02。緊急時解放手続きに入る……白銀、良いな?』

「……どういう、ことだ?」

 

 武が冥夜を撃ったことは間違いもない事実だ。

 たとえそれが彼女自身から乞われたことであり、それ以外の手段がなかったとしても、武自身がそれを受け入れてしまったことを、今は決して認めたくはない

 

 

 

 だが武が無意味に自省に耽る猶予は与えられなかった。

 機体の制御が武の手から離れ、自立歩行は続けたままに、コクピットブロックが開く。

 

「ッ!! 何やってんだよ御剣ッ!?」

 

 ハイヴ地下茎の中、嗅ぎ慣れた機械油と硝煙そしてBETAの残骸方立ち上る臭気とで、意識が覚醒しかけたが、それ以上に眼前の状況が理解できない。

 

 武の駆る黒の武御雷が外部からの制御でコクピットブロックが解放されたことはまだしも理解できる。だが眼前の紫の武御雷までもがコクピットを開き、冥夜が立ち上がってくることまでは意味が分からない。

 

『どうやら殴るまでもなく、目が覚めたようだな、白銀』

「あ、ああ……そんなのことはどうでもいいから早くコクピットを閉めろッ!!」

『ふむ……たしかに運用試験としては、これで完了と言えなくもないな。もう少し間近で確認したいが、時間もさして許されておらぬから、致し方あるまい』

「いやだから、早く締めろってッ!? こんな機能これ以上使うつもりはねぇぞッ!!」

 

 円壱型陣形の中心で護られているとはいえ、周辺では戦術機が36mmを撃ち続けているのだ。衛士強化装備だけで立つ場所では決してない。跳弾はもちろん何らかの破片一つ跳んでくるだけで、死に至る可能性さえある。

 

 

 

「あ~ワリィ。なんかいろいろ手間かけさせた」

『気にするでない。其方が思い悩んでいたことに踏み込むことを怖れていた、我が身の罪だ』

 

 埒が明かないと武も冥夜同様の機能を使い、無理やりな形で双方のコクピットブロックを閉じていく。

 

 武と冥夜との武御雷には、A-01が極東ソビエトで実戦演習を繰り返していた間に、いくつかの改修が加えられていた。

 斯衛での運用を踏まえたXM3のアップデートと、指揮・通信機能の拡張のために複座型のコクピットブロックに換装されたことが主たる項目だったがそれ以外に、この二機にだけ追加された機能があった。

 

 それが先ほど冥夜が試した、機体外部からの強制制御だ。これは武のA型と冥夜のR型双方の間でしか機能しない。

 武の機体を外部制御することは問題はないが、その逆の将軍機と想定されている紫の武御雷に対しては、本来ならばあり得ない話だ。だがそれでも今回の喀什侵攻作戦においてのみ許諾された。

 

 中隊付きCP将校を同行させるための複座式コクピットブロックであったが、今回の第一中隊の任ではXG-70dから離れることは想定されておらず、ターニャと霞の二人は戦術機への搭乗は考えられていない。

 

 ならばと誰が思いついたのか、間違いなく冥夜を護るべく付け加えられたのがこの機能だった。冥夜が負傷した場合や、機体が活動困難に陥った場合に、外部からでも乗り移るあるいは乗り換えさせるためのものだ。

 真那の機体に着けるには立場的にも所属的にも問題があり、結局は単純にポジション的な意味合いで武機が選定されたということにはなっている。ただ、夕呼が嗤いながら話していたことでもあるのでどこまで信じていい話かは分からない。

 

 

 

「フェアリー02よりブラッド01へ。ご迷惑をおかけいたしました」

『こちらブラッド01。言葉は不要だ。以降の行動で示せ』

「フェアリー02、了解」

 

 冥夜を中心に円壱型を組んでいた斯衛の部隊が先ほどまで通りに縦壱型へと陣形を組み直していく。あわせて武と冥夜も走行速度を上げて第一中隊の先頭へと戻る。

 

「あ~フェアリー02よりフェアリー各機へ。御心配をおかけいたしまし、た?」

『何でそこが疑問形なんだよ?』

『いやまあ、お前のことだからと心配はしてなかったからなぁ』

 武の言葉に孝之と慎二がすぐに返してくれる。

 

『白銀だし?』

『タケルだからねぇ……?』

『ホント、そういうところよ、白銀』

 

 続けて他中隊員も適度に緊張を解した様子で、笑って見せる。

 純夏と霞は言葉にはしないが、まだ不安げな様子だ。直接顔を合わせた冥夜とは軽く目を瞑って何も言わないが、どこかやはり不満があるようだ。

 

「まあ月詠中尉殿に言われたとおりですよ。ここからは結果を出して示して見せます」

 

 まだ身近な者たちを失っていないのだ。

 そして今の武には護れるだけの力はあるとは言い切れないが、そのための努力を惜しむつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 




喀什攻略だけで6章にしておけばよかったと思いつつ、ようやく地底を進みます。原作ではわりとハイヴ地下茎内を飛び回っている印象ですし、二次創作系だと少数精鋭での速攻系が多い気もしないではありませんが、ちょっとその流れに逆らってじわりじわりと歩いていく形で。もうちょっと判りやすく射撃型のファランクス陣形っぽくしても良かったかなぁ、と書き終わってから思いついてしまいました。

でタケルちゃんと冥夜さんの武御雷は複座型になってます。腰から上をゴッソリ改修して背中には大量のミサイルを搭載して~と元ネタ機体にさらに寄せるかとも考えましたが、さすがに思いとどまりました。


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