Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

127 / 133
変造の寓話 01/xx/xx

 

「ッ!?」

 切り裂かれたように覚醒し、一気に眠りから目覚める。

 そしてその武の意識とは異なり、右腕に掛る心地良い重みと温もりとが、恐ろしいまでの違和感を齎す。

 

「……ぅ、ん? どうしたのだ、タケル?」

「え、あ……御剣?」

「ふふふ……何をまた改まってそのように呼ぶのだ? まだ日も開けてあらぬであろう。今しばし眠るぞ」

 

 眼も開けることなくそう告げた冥夜は、武に身をよせながらまた眠りに落ちたようだ。一瞬その温もりとかすかな汗の匂いにつられ、冥夜の白い夜着の胸元に目が行きそうになる。

 

 

 

 だがそれよりも、武は状況の理解が追い付かず、あらためて周囲を見渡す。

 

(オレの部屋だ。オレが育った、オレの、部屋だ……)

 

 窓から入るわずかな星明りで照らされる室内は、薄らいでいた記憶の中にあったそのままだった。さほど物のある部屋ではなかったが、それでも男子学園生らしく雑然とした部屋だ。いつの間にか慣れ親しんでいた、私物がほとんどない宿舎の士官室とは比較にならぬほど、乱雑で生活感のある空間だ。

 

(ああ……いや違うか? 御剣が来た後の部屋だ。こんなに綺麗だったはずがねぇ、よな?)

 

 記憶通りだと思ったが、よくよく見れば、差異がある。

 壁には真新しく取り付けられた扉がある。そして白陵大付属柊学園の制服にもアイロンがかけられ、机の上どころかかなり丁寧に掃除されている。

 

 整理整頓を徹底されていた宿舎の印象に引きずられているが、元々の武の部屋はこれほど整えられてなどいなかった。さすがに制服をベッドの上に脱ぎっぱなしにするほどではなかったが、もっと散らかっていたはずだ。

 

 

 

(まさか、夢……だったってのか、ははっ、は……今までのがただの夢だったってか?)

 

 意識して口を閉じていないと、狂ったように嗤い出してしまいそうになる。

 冥夜はまた再び眠りに付いたのだろう、幽かな寝息を立てている。彼女を起こさぬように注意しながら、武は静かにベッドから降りた。

 

(『広間』の制圧は無事に完了したはずだ……)

 

 夢とは考えられぬほどに、記憶は鮮明だ。落ち着くためにも状況を整理するためにも、少し前から正確に思い出していく。

 

 ――『フェアリー12から00へ。電磁投射砲、最終調整完了、いつでも撃てますッ!!』

 ――『掃射のタイミングは一任する。なに、気負うほどのことはあるまい。10からの観測情報に従えば良い』

 ――『は、はいっ、フェアリー12了解ッ!!』

 

 『広間」の制圧は予定通り、S-11の連続投射とXG-70dからの砲撃、そして壬姫による電磁投射砲の掃射という火力に任せた半ばごり押しじみた方法で完遂させた。もちろんハイヴ内部それも最深部ということもあり、すぐさまに敵BETA群の増援は予測されたが、武たち侵攻部隊にも余剰戦力はわずかながらに残っていたのだ。

 

 ――『合衆国陸軍の諸君、諸君らは今より作戦終了までこの場を死守だ。パーティへの招待状を諸君らに送ることを忘れていた者がいたようで、申し訳ない』

 ――『はははっ、お気になさらず我らが作戦指揮官殿。パーティ会場へと乱入しようとする不届き者の対処はお任せください』

 

 残ったのはここにまで付いて来てくれた、臨時編成という言い訳の下に投入された合衆国陸軍の衛士たちだ。『い号標的』を合衆国が抑えようとしている今、『あ号標的』までをも彼らの手を駆りて排除するような結果となってしまえば、たとえ作戦に成功したとしても、その後の帝国の発言力に陰りが出る。

 あくまで『あ号標的』までの到達という言い訳と、それを「偶然にも撃破してしまう」のは第四計画を中核とした帝国の勢力によってなされなければならない。

 

 

 

(はっ、はははっ、まあたしかに? 夢ならあんなに都合よく侵攻できたことにも納得は……できるわけねぇだろっ!!)

 

 かつて武が経験した『桜花作戦』に比較すれば、問題なく作戦は遂行しているようには見えた。しかしそこに犠牲が無かったわけではない。むしろ投入戦力が増大した結果、戦死者の数は増えている可能性すらある。現に武が知らされている範疇であっても、第一次降下部隊は実質的に全滅に近いほどに損耗したいた。

 

 それを都合よく突き進めたなどとは、たとえ口にしないとしても、考えたくもない。

 

(ああ……いや、皆の挺身を嘆いてる場合じゃねぇ。少なくとも『広間』は超えて、『あ号標的』には接触、したよな?)

 

 ――『軌道上との通信、繋がりましたッ! あ……これはッ!?』

 ――『報告など後にしたまえ。連隊残存各機、地面からの触手に注意しつつ……なんだッ!?』

 ――『いえッ、軌道爆撃、それもG弾の追加投射警告がッ!!』

 ――『……は? はぁッ!? いまだこちらは作戦中、それも規定時間以内だぞッ!?』

 ――『すでにG弾第一射は軌道投射されていますッ! 着弾まで60秒もありませんッ!!』

 ――『中隊各機ッ、即座に脚を下ろし衝撃に備えッ』

 

 武が記憶できていたのは、そこまでだった。

 ターニャの警告を聞き終わるまでもなく意識が刈り取られるように失われた。気が付くと自宅、それもおそらくは生まれ育ったEX世界線の自室のベッドで冥夜と並んで眠っていたのだ。

 

 

 

 思い返せる限りは間違いなく実体験なのだろうが、なぜ今自分の意識がこのような場にあるのかが判らない。

 

(可能性としてはG弾ってか第五次現効果?の影響で「確率の霧」実験みたいな状況に陥ったってことなんだろうけど……)

 

 夢でないとすれば、考えられるのはその程度だ。そして原因が分かったとして、それでどうするのかと、再び思考が空回りしそうになる。

 顔でも洗ってしっかりと目を覚ましてから考えようと、自室のドアをできる限り静かに開き、階段を降りる。

 

「ッ!? 月詠……っと真那、さん?」

「如何されましたか、武様? このような時間に」

 

 リビングに明かりが付いていることに違和感を覚える間もなく、そこにメイド服姿の真那がいることに驚いてしまう。だが冥夜が今武の自室で眠っているのだ。真那がこの白銀家にいるのも当然と言えた。

 中尉と呼びかけつつ敬礼しそうになるのを何とか押し留めたことで挙動不審となってしまったが、真那は寝起きゆえのことと流してくれたようだ。

 

「あ~ちょっとヘンな夢を見てしまいまして……」

「それで少しばかり早くお目覚めになられたと? でしたらコーヒーでもご用意いたしましょうか?」

「そう……ですね、頂きます。寝直すというのもヘンな時間ですし」

 

 顔を洗えぱ少しばかりは考えが纏まるだろうと降りてきたが、コーヒーを用意してもらえるならばむしろ助かる。カフェインに頼るという考えに至らないほどに混乱していたようだ。

 

 

 

「っと、そういえば木刀ってあります? 目が覚めたついでに身体動かしてみたくなって」

「はい、こちらに」

 

 ふと思い至り、一応聞いてみればあっさりと何処からともなく一本の木刀が武の眼前に差し出される。

 あるのかよッ!?と聞いた武の方が叫びだしたくなるが、この真那ならばそういうことができてもおかしくないと思い出し、早朝に大声を上げることはなんとか避ける。

 

「じゃ、じゃあ、いってきます」

「はい、まだ暗いのでお葉をつけてくださいませ、武様」

 

 真那に深く頭を下げられるという事態に武はどこか気まずい思いを抱え、逃げるように玄関へと向かう。そして鏡家と白銀家との隙間に身を潜り込ませ、深く息を吸う。

 冬場の、まだ明けきらぬ時間帯だ。パジャマ姿で外に出るなど風邪を引いてもおかしくはないが、ただその冷気のおかげで残っていた眠気は消え去り、自分の身体にかすかな違和感を感じ取れる。

 

 

 

(少しばかり、身体が重い?)

 

 身体の違和感に意識を配りつつもゆっくりと木刀を握り、冥夜から教わり何度も繰り返した型を取るべく木刀を構える。

 思っていた以上に身体が硬く、構えそして振り上げて振り下ろすという一連の流れを一度なぞっただけで、冬の早朝だというのに汗が噴き出てきた。

 

「ははっ、なんでこんなことになってるんだよ……まったく。今更なんなんだよ」

 

 寝起きで身体の動きが鈍いだけではない。もとよりこの身体は剣を振るうだけの肉が付いていないのだ。しかしそれでいて痛みはあれど思ったとおりに木刀を握った身体が動く、動いてしまう。つまりは動かされる肉体の方は作られていないのに、動かす意識の方は見よう見まねの仮弟子程度であったが刀の振り方を知っているということだ。

 

 ある意味で、先に病室で目覚めたときの繰り返しのようだ。病床で過ごした結果、筋肉は衰えていたが、その身に積み重ねた経験までもを失ったわけではない。そしてそれはそれほどまでに武は鍛え上げてきたということであり、今までの体験が夢などではなかったということに他ならない。

 

 

 

 細かな理屈は判らないが、やはり再度投射されたG弾の影響だろう。間違いなく武は「元の世界」、EX世界線と仮称していた世界へと移動してしまっていた。

 

「身体が思った通りに動かせるってことは、時間の余裕もないってことかよ」

 

 最初の実験の際には、感覚はともかく身体は一切動かせなかったことを思い出す。いま、これほどまでに自由に動けているということこそ、問題だ。

 

(下手すれば、というかこのままだと戻れないままに、こっちの世界に重い因果を撒き散らしちまうな)

 

 今回に限っては、身近な人物の死には直面はしていない。が、それでも以前のことを踏まえれば、喀什から始まる謎の伝染病などで人類の半数以上が死に至る可能性も否定は出来ない。

 

 

 

 今すぐに無意味に走り出してしまいそうになるが、まずは状況を整理する必要がある。自身を制御するために、意識して一度大きく息を吸う。

 

「武様?」

「ッ!?」

 

 身体が動くという衝撃に、周囲への警戒を完全に怠っていた。声を掛けられてようやく、玄関からこちらを伺っていた真那に気が付いた。

 その目つきは、いつの間にか慣れてしまった「不審者」を見つめる視線だ。

 

 ただそれも当然だろうと、どこか冷めた頭で武は思う。

 真那からすれば無現鬼道流に連なる型を、武がいきなり再現していることになるのだ。不審に思うのも当然だ。身体の様子を鑑みても、この世界線で武が冥夜に限らず剣を教わっていることなどありえないのだから。

 

「あ~少しばかり説明しにくい事情がありまして……夕呼先生に連絡お願いできますか? 急いで相談することが出来てしまいました」

「……承りました、武様」

 

 納得はできていないのだろう。警戒を解くことは無いままであったが、それでも疑問を口にすることなく、真那は武の願いを聞き入れてくれる。

 

 

 

 時間的な余裕がどれほど残されているのか予想もできないが、武だけでできることなど実のところ何もない。まずは夕呼にすべての状況を説明して協力してもらう以外に、武が戻れる方法など思いも付かない。

 以前にあの世界へと戻るために使った原子力研究施設など、場所の記憶もなければそもそもが何をどうすればいいのかさえ判っていない。

 

 夕呼への連絡は真那に任せて、用意されていたコーヒーを貰う。そしてもう一度だけ自室に戻り、冥夜を起こさぬように静かに制服に着替えた。

 

「香月教授には連絡いたしました。準備室で待てとのことです。一文字を呼びましょうか?」

「ああ……いえ、少し考えたいこともありますし、歩いていきます」

 

 鷹嘴に送らせるかとの真那の問いに、武は時間短縮のために頼むかべきかと一瞬悩んだものの、結局は断った。彼の運転ならばすぐに白陵へと着くだろうが、まだ何を話せばいいのか纏まってもいない。自分の頭の中を整理するため時間も欲しく、何よりも武を知る者たちとの接触は控えるべきだと、以前の経験を思い出したからだ。

 

 

 

「あと。こちらが各種のカギとなります」

「何から何まで、ありがとうございます」

 

 当然のように学園で使われているであろう鍵の束を渡されるが、御剣財閥の力だ。これもあって当然と言えるのだろう。

 つい先ほどまで戦闘を続けていた状況こそがこの世界においては異常なのだろうが、こちらの状況はこれはこれで今の武には異常に思えてしまう。とはいえこんな早朝に学園に入るには、この鍵が必要なことも確かだ。武は簡単に礼を述べつつ、受け取る。

 

「いろいろとお手数をおかけいたしました。では、行ってきます」

「武様も、お気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

 

 かつての状況通りならば、武との接触は記憶の欠落などの影響を齎す可能性もある。また今の状況では説明できることもない。真那の疑問には一切答えることができないことに心苦しくは思うが、それらはすべて飲み込んで簡単な挨拶だけを残し家を出る。

 

 

 

 

 

 

 武は柊学園へと、まだ暗い早朝の柊町を歩く。

 

(記憶の流出はたしか……俺との接触、のはずだ。その上、下手に接触すれば因果の流れも出来ちまいかねない。夕呼先生には悪いが、先生以外との接触は可能な限り避けて、さっさと戻りたいんだが……)

 

 世界線ごとに時間の流れが違うことは、武のかつての経験からも判っている。こちらで費やした時間が短ければ、それに応じて戻った際の時間消費も少なくなるだろうと予測はするが、それが正しいのかどうか武には判断する材料すらない。

 

 こちらに滞在した時間と同様にあちらでも時間が経過していれば、武には戻る場所がない可能性もある。『あ号標的』の眼前にいたはずなのだ。武一人が欠けたとしても投射火力に大きな影響はないだろうが、あの場で回避もできない時間があれば機体ごと武の身体までもが浸食されていてもおかしくはない。

 

 またなによりも、こちらでの滞在時間が延びることで、以前のように重い因果を巻き散らかす可能性もあるのだ。

 

(因果導体としての「シロガネタケル」は消えたんじゃねぇのかよ? まあそれも実証できるような話じゃなかったから仕方がないんだけど)

 

 「カガミスミカ」が不要とした要素の積み重ねが今の武ではないかと、その結果として因果導体ではありえないはずだと、ターニャとそして夕呼とが予測していたがそれは確定した事実ではない。あくまで状況から推測しただけだ。

 もし仮に以前同様に武が因果導体のままであれば、要らぬ事態をまき散らしかねない。

 

 

 

「って、そうか……御剣が来てるってことは、そりゃこうなるよな」

 

 家を出て歩き出した時はまだ暗く、そして無駄ともいえる思考に陥っていたから気付き損ねたが、いまわずかに明るみ始めた今、周囲の状況に目が行ってしまう。

 

 そこにはただ、整地された空間だけが広がっている。

 BETAの侵攻を受け、さらにG弾を投下された柊町の惨状には比べられないが、今武の眼前にあるのは、それともまた別の寂寥とした光景だった。

 

「ウチと鑑んとこと、あとは新築の御剣邸宅……それにあの公園だけ、か」

 

 冥夜が引越してくるということで、白銀家周辺は御剣財団が買い上げ、そして整地しつくしたのだ。

 薄れていた記憶とを思い返せば、たしか近所の誰かは想像以上の金額を提示されたかなにかでして喜んで立ち去って行ったようだったが、この広さを見ると全員が本当にそうだったのかと疑いたくもなる。

 

 

 

 

 

 

「あのばあさんみたいな人もいたんじゃねぇかな……」

 

 思わず声を漏らしてしまったが、それがただの根拠のない愚痴じみた誹謗だと思い至り、顔をしかめる。だがそれは今の武には真実がどうかは知りようもない可能性の一つだ。

 

 たとえ巨額の額面を提示されたとしても、思い出の詰まっていたであろう家屋から離れることを厭うのは、当たり前の感情だろう。しかし御剣の名の下、さらにありえないほどの金銭を積み上げられては、首を横に触れる庶民など居なかったのかもしれない、とは考えられてしまう。

 

「まったく……公園だけぽつりと残しても、仕方ねぇだろう」

 

 冥夜にとってはただ一つの思い出の縁なのかもしれないが、それが残されているからこそ、状況の異常さが極まってしまっている。

 

 

 

 もちろん先ほどまで共に眠っていた冥夜自らが、この周辺の整地を自ら指示したとは、武も思わない。なによりもそういった範疇は、あくまで実務面のこととされ、真那あたりが手を回して済ませているのだろう。

 

「御剣なら、どうするんだろうな……?」

 

 こちらの冥夜ではない、共に並び戦い続けてきたあの武家に連なる少女がどう反応するのか、ふと武は気になってしまった。

 武からしたら一度目、UL世界線においては災害救助でありながらも立ち退かなかった老婆の意思を尊重した彼女。それが自身の警護のために周辺住民を立ち退かすなどと知ったら、どれほど悩むことになるのかと埒もないことを考える。

 

「護るべき民草に負担を強いるとは何事かって、それこそ皆琉神威を抜き払ってもおかしくねぇな」

 あちらの冥夜が皆琉神威を抜いた姿などそれほど目にしたわけでもないが、ふと思い至ったのは、そういう態度だ。

 

 

 

 それでも自身とその立場の意味を護るために尽力する配下の者たちを慮ってか、あるいは悲しみながらも必要な犠牲として受け入れるのか。逆に、護るべき民草を疑うなど何事かと一喝して立ち退き要求そのものを排除するのか。

 

「あ~いや? 帝都城とかもそうだけど、結構あっちでも警護のためにそれなりに措置は取られてた、よなぁ?」

 

 悠陽と冥夜、それぞれに対場と違うが、二人ともに護られるべき身としての自覚は明確に持っている。そして必要とあらば、本来ならば護るべき民草から徴収することをも、その立場ゆえに自身の感情は押し潰しても受け入れてしまうはずだ。

 

 

 

 

 

 

 少しずつ明けていく街並みを、そこで生活している人々の気配を感じながら、武はゆっくりと足を進める。いまだ早すぎるため学生の姿は見受けられないが、始発電車へと急いでいる様子の会社員など、おそらくは当たり前の日常を過ごしている人々の姿を目に焼き付けつつ、学園へと向かう。

 

 落ち着くためにも話すべき内容を纏めるためにも、かなりゆっくりと歩いたつもりではあったが、桜並木の坂道を通りぬけ校門前に着いたのは思っていたよりも早かった。焦って出てきてしまったが、知人に出会わないという条件はクリアできそうだったと、そこだけは納得しておく。

 

「判ってはいたけど、通信機器のアンテナも無けりゃあ、歩哨とかもいねぇよな」

 

 校門前から見える柊学園の様子は、武が知る学園としての姿だった。もしかしたらまた別の世界線かもしれないなどとも妄想はしたが、そういうことはなさそうだった。

 

 そして当然、校門が開いてる時間でもなく、真那から渡された鍵の束を使って門を開く。

 

 

 

 夕呼には連絡を付けたと真那からは聞いているが、待ち合わせの時間などは指定されていない。まだ早いかもしれないが再度施錠しながら校舎に入り、人目を避けるためにも足早に準備室へ向かう。

 自分の教室などにどこか望郷じみた想いが無いとは言い切れない。だが、今はそのような感情は抑えておくべきだと割り切る。

 

「はっ、まあ変わってねぇ……よなぁ」

 

 夕呼の巣ともいうべき物理準備室は、武の記憶通りに乱雑なままだった。学園での授業の為とは絶対に考えられない、おそらくは何らかの学術論文らしきコピーなどが乱雑に積み上げられ、その横には申し訳程度にが行事予定の書類などが放り出されている。

 

 記憶通りで助かったのは、コーヒーやカップなどの場所が変わっていなかったことだ。部屋の主は不在だが、豆には手を出さずだと判ったので、この世界ではよくあるはずのインスタントを用意する。

 

「月詠、さんの淹れてくれたコーヒー、ちゃんと飲んでおくべきだったな」

 

 今、自分のために淹れたのも、けっして不味くはない。むしろ最近飲み慣れていた代替コーヒーなどとは比べ物にならぬほどに旨い。それでも先ほど真那が用意してくれた物をゆっくりと味わえなかったのは残念だ。

 

 そんなどうでもいいことをわざと声にしながら、夕呼に何をどのように説明すべきかを組み上げていく。

 

 

 

「朝っぱらどころか、こんな時間にアタシを……」

 ただ、考えがまとまる前に、ガラリと準備室のドアが開いた。

 

「あ、おはようございます、夕呼先生。朝早くからお呼び立てして申し訳ありません」

 まずは詫びねばと、手にしていたコーヒーカップを置き、頭を下げる。叱責くらいは覚悟していたが、夕呼からの言葉がなく、少しして頭を上げた。

 

 武の眼前、準備室のドアを開けたままに立っているのは当然香月夕呼だったが、武を見る目はただその正体を暴こうと観察するかのように鋭かった。

 

「……アンタ、誰?」

 

 そして掛けられたのは、誰何の一言だった。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで唐突に別世界線です。
実のところかなり初期の想定からここに持ってくる予定だったいいますか、喀什いくよーから一気にここに飛ばすのもありかなぁなどと無茶なプロットのバージョンもありましたが、ようやく元?の世界に戻ってきました。

御剣邸とその周辺領域とか引越しした近隣住人とかはBETAの(タイトル的にも)オルタナティブなんでしょうが、EXルートのギャグに任せてかなりさらっと流されてるのが結構残念だったりで、こういう感じに。


TwitterというかXやってます、あまり呟いてませんがよろしければフォローお願いします。いつの間にか避難先が本家になってしまってます。
https://twitter.com/Honda2TT (避難先)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。