Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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悵恨の減数

 

「……アンタ、誰?」

 

 簡単に挨拶し頭を下げた武に、夕呼は不信感を隠しもせずに簡潔に問い詰めてくる。

 

「あ~っと、一応は白銀武、です。少しばかり記憶と経験とが夕呼先生が知ってるオレとは違ってるかもしれませんが、そのあたりも含め、説明させていただけますか?」

「へぇ……? こんな朝っぱらにアタシを呼び出したからには、ちゃんと面白い話を聞かせてくれるんでしょうね?」

「たぶん、下手なクソゲーよりかは嗤ってもらえる……とは思ってはいるんですが、ちょっと長くなるかもしれませんのでコーヒーのお代わりを貰ってもいいですか? 先生の分ももちろんご用意いたしますよ?」

 

 武は夕呼の緊張を察し、意識しながらわざと砕けた態度を取った。ただ話し始める切っ掛けとして、いつの間にか慣れてしまっている給仕を買って出てしまう。

 

「すでに勝手に飲んでる人間の言うセリフじゃないわね。まあ良いわ、話の内容次第じゃそっちの豆を使う許可も与えてもいいけどね」

「はははっ、ご期待に沿えるよう、努力はしますよ」

 

 あらためてポットで湯を沸かしながら、武はわざと夕呼から視線を逸らしてコーヒーの準備を進める。

 

 

 

(警戒されたままだけど、少なくとも興味は引けた、か? まあこっちの世界じゃあ、いきなり撃たれるとかMPに拘束されるっていう危険性はないけど、下手に時間は使いたくないしな)

 

 夕呼の様子を視界の隅で捕らえながら、武は話の切り出し方を考える。

 普段の夕呼であればすぐさまに自分のデスクに向かい、武の存在など気にもせず立たせたままに、自分ひとり椅子に座っているはずだ。それがいまだ扉付近に立ち止まっているということは、武に対してはっきりと警戒している、そしてそのことをわざと伝えているとは言える。

 

「えっと、さっきも言ったようにオレは白銀武ではありますが、この世界の『白銀武』とは少しばかり違った経験を経てます」

 

 言葉は紡ぐものの、どう説明すべきか悩む。以前にあちらの世界の夕呼に説明した時のような興味を引けるような要因が、今の夕呼相手には存在しないのだ。この場にいる香月夕呼は確かに天才ではあるが、ただの一教諭だ。因果律量子論を研究している物理学者でもなければ、国連主導の極秘計画に携わっている計画責任者でもない。

 

 ただ普通に面白おかしいことにはすぐに首を突っ込んでくるどこか享楽主義的な人物だ。複数の並列世界を経験してきたと言えば、それだけで話は聞いてもらえそうでもある。

 

 

 

「世界線移動……ああいや、並行世界じゃなくて、え~確率分布世界、でしたっけ? こことは違う世界から記憶だけが今のこの白銀武の身体に転写されてるような状態、なんだと思います」

 結果として実証しようのない与太話のようなところから話始めてしまった。

 

「世界線?」

「あ~そっか。物理とか科学用語の世界線、ワールドラインでしたっけ? それとは違って、アドベンチャーゲームとかのルート分岐なんかの感じでの、平行とか並列世界とか、そういうアレです」

 

 世界線とはターニャが言い出した言葉だったが、なにやらゲーム用語だったらしい。説明に便利なためにあちらの夕呼もいつの間にか使うようになっていたので忘れていたが、本来は別の意味を持つ言葉のはずだ。

 

「判ったわ、続けなさい」

 夕呼の反応は薄いが少なくとも止めようとはしてこない。武は話しつつコーヒーを用意し、少し離れた場所にカップを置く。

 

 

 

「っと、そうだ。ちょっとこのホワイトボードをお借りしますね」

 

 ちょうどそのターニャを思い出したので、以前に自身が受けた説明を模していこうと思った。。

 今の武自身の記憶としては、三つの世界線を経てこの場に居るような形になっている。それを口頭で説明するのは難しい。ならばと、以前ターニャがしていたように、ホワイトボードにEXと記した横に線を引いていく。

 

「もともとはここと似たような、というかもしかしたらこの世界かもしれませんが、そこの柊町で生まれ育ち、ここ白陵大付属柊学園に入学して、まあ平凡と言えるような学園生活を過ごしていました」

 

 事細かな説明は不要だろう。二次大戦の経過などはざっくりと流しただけで、BETAの侵攻を受けた世界線群での「日本帝国」と、今いるような平和と言える「日本国」との違いも簡単に済ませる。

 重要なのは、確率分布世界間の移動と、それを成しえた要因、そして因果導体という概念だ。BETAの存在の有無ですら、今この場においては優先度が下がる。

 

 

 

「ふぅん。つまりアンタは少なくとも二つの大きく違う世界で生き、そして幾度も死んでいる。いえ……違うわね。幾度も殺されて、そして鑑が望む世界が実現されるまでやり直しをさせられていた、と」

「……まあ今のオレ自身には直接死んだっていう記憶はないんですけどね」

 

 武の拙い説明を口を挟まずに聞いていた夕呼だったが、ループの要因とそのトリガーとなる武の死、それを繰り返す原因たる純夏に対して僅かに嫌悪を抱いたように言葉を紡いだ。

 

 その夕呼に苦笑気味に武は答える。この世界にいるであろう「鑑純夏」には当然、先ほどまで同じ中隊員として戦っていたフェアリー03たる鑑純夏に対しても、何ら悪感情は持っていない。ただ、どうしても横浜ハイヴに囚われていたそもそもの要因たる「カガミスミカ」、そしてその後00ユニットとして再生された彼女に対しては、複雑な思いがある。

 かつてターニャに言われたようにも憎しみを抱くほどではないが、かといって全身全霊、幾度の世界を繰り返してまでも救うべき最愛の存在だとも思えない。

 

(正直に言っちまえば、もう勘弁してくれってくらいか? まあそう思えるってことは本当に今この場にいるオレは「カガミスミカ」から何も望まれていないから、なんだろうな)

 

 ただ「カガミスミカ」の意向が無いのならば、今武がこの世界に現れたかのも、ただの偶然、G弾の影響による事故のようなものだと言えなくもない。

 

 

 

「てか、なに? 今のアンタっていい齢なの?」

「は、ははっ、別の夕呼先生から似たようなことを問われましたが、そうですね……主観時間としては20代半ばか、30までは行けてない……って感じなんですよね」

 

 武の複雑な思いを汲み取ったのか、コーヒーのお代わりを要求しながら、夕呼はどうでもいいような話に切り替えてくれる。そしてそれは以前別の世界線、この準備室で交わされたような話だ。

 あの時からどれほど成長できているのか、そんな益体もないことさえ脳裏に浮かぶ。むしろ停滞しているのか、あるいは意志もなにもが衰えてしまったのか、とさえ似たような状況に対面すると考えてしまう。

 

 今の武自身の記憶としては、明確に連続しているのは一周目UL世界線と仮称する世界でのクリスマス前後第四計画が破棄されたあたりから、二周目AL世界線で再び目覚め『桜花作戦』を完遂し世界から消えるまで。そして三周目といえる世界で病棟で目覚めて以降のことだけだ。

 EX世界線、この柊学園に冥夜が転校して以降のことは分岐可能性が高いのか明確な記憶が乏しい。そしてUL世界線に2002年以降、それも2004年の『バビロン作戦』前後ともなれば所属部隊さえ不明瞭に思える。

 時折思い出してしまうのは、護ると誓った相手に笑ってもらえることもなく、ただあの塩焼けた大地で戦術機を駆り、BETAのみならず人さえも無感情に斬り伏せている自分の姿だ。

 

 

 

(っと。そういや自覚できてねぇが、今のオレの感覚からすれば前回ってことになる二周目のAL世界線も、何度も繰り返してたって可能性もあり得る、のか?)

 

 一周目を繰り返していたであろうことは、朧気な記憶からも理解も実感もできている。加えて証明はできないが、「原作知識」持ちと自称するターニャからも確約されている。だが二周目は繰り返さなかったのかどうかは未確定だった。

 今回の世界線では喀什攻略を念頭に、夕呼とターニャとの協力もあって前回となるAL世界線の経験を念入りに思い出したりもしていた。そして思い返せば、武は幾度も死んでいてもおかしくないような状況にいたのだ。

 

 まりもが居なければトライアルの際に死んでいたのは武であっただろうし、佐渡島攻略にしても横浜基地防衛にしても、死に瀕した瞬間は幾度もある。そしてそこで死んで二周目の2001年10月22日に再構築されていたとしても、武には自覚しようがない。

 

「ただまあ……やり直しのたびに記憶が漂白されてたみたいで、実際ちゃんと覚えているのは最初に世界線を移動してからの一年程度。さしたる経験もない20前後の若造ですよ」

 

 浮かんだ疑問は横にやり、武は軽く笑いつつ前と似たような言葉を述べつつ、今自分が実感している状況を述べる。結局のところ年を経て責任ある対場に立った記憶もなく、ただ命じられるままに衛士としてBETAと戦っていただけだと、我がことながらに自嘲してしまう。

 

 

 

「その若造が、主観時間……ねえ?」

「この世界の白銀武からは出ない言葉、ですか?」

「……他のあたしに説明した時に、そう言われたってわけね? これは確かに面白いわね。いいわ、ちゃんと豆を使ってコーヒー淹れ直しなさい」

 

 夕呼の反応を先取りしてしまった武に、夕呼はどこか悪戯を思いついたかのように、ニヤリと笑う。

 そして警戒を解いたのか、いつものように自分の机に座る。本格的に話を聞くつもりになったようで、さらにコーヒーを要求してきた。

 

「あ~ついでに、本題からズレるどうでもいい話ですから先に言っておきますが、男女間のアレコレは隊の……じゃねえな、クラスの連中とはあった世界線も経験はしてますよ。夕呼先生含めて、です」

「へぇ。あたしが……」

「先生が年下は性別認識外ってのも踏まえてもです。可能性がゼロでなければ、それが実現している世界も存在するっていう感じらしいですよ」

 

 武としては夕呼の興味を引くことは重要だが、世界線間の時間差がどれほどのものか想像もできない現状、あまり脱線しているわけにもいかない。あちらの夕呼とは違い、情勢が切迫しているわけでない眼前の夕呼に付き合っていると、どこまで話がズレていくのか判らないので無理やりにでも話を閉じる。

 

 

 

「はいはい、それで? 前提状況は最低限説明できたみたいだけど、それだけを話すためにあたしをこんな朝早くに呼び出したわけじゃないでしょう?」

「オレが先ほどまで居た世界へと戻れる手伝いをしていただきたいんです。お願いします」

 

 武は姿勢を正し、できる限り丁寧に頭を下げる。

 願うことは単純、先の戦場に戻ることだけだ。

 

「……頭、上げなさい。宇宙怪獣に侵略されてる世界でロボットに乗って戦ってる……それも人類の滅亡が眼前に迫ってるなんて、戻っても楽しそうな状況じゃないって感じだけど、それでも戻りたいのね?」

 夕呼も武の願いの内容など、当然予測していたのだろう。驚くようなこともなく、武の言葉を受け入れる。

 

「オレがこっちに居ると、良くない状況を招き入れそうだというのが、理由の一つですね」

「因果導体だったっけ? 今のアンタはそうじゃないってそっちのあたしは予測してたみたいだけど、比較観測して証明できるようなものでもない、ってことね」

「観測自体はできるかもしれませんが……その場合、こちらにどれほどの悪影響が及ぶのか、あまり考えたくはないんですよね」

 

 観測することは簡単だろう。以前武がまりもを失ったことから逃げ出して、世界を渡った時のことは覚えている。あの時、純夏に対しての感情などは今となっては実感が沸かないものだが、いくつかの特徴的な出来事は明確に記憶している。

 もちろん正確な時刻などは不明だが、こちらのまりもの殺害事件や、純夏の事故などがどれくらいの日時で起こったかは思い出せる。少なくとも武が今の状況のままに、一週間も過ごしてしまえば、何らかの結果は見えてきてしまうだろう。

 

「オレに関する記憶の欠落とかもありましたが、これ自体はまあ大きな問題ではないんですけど……」

「世界における白銀武の存在が希薄化し、その結果他者の記憶から抹消されてく。いえ、元から存在しなかったと上書きされていき、最終的にはアンタの存在そのものが消え失せるってところかしら?」

「ええ、おそらくはそういう感じかと」

 

 世界から消えるというのがどういう状態かは不明だが、以前に逃げ込んだあの世界に居座り続けたならば、そうなっていたかもしれない。

 

 

 

「で? 自分が消えるかもってことよりも、大きな問題があるって口ぶりね?」

「こっちにBETAが侵攻してくるってのはなかったんですが、その代わりなのか中国から謎の病気が広まっていきます」

 

 重い因果を持ち込んだ結果を今の武は知っている。身の回りの皆への影響もあるが、BETA侵攻の代替なのか、謎の伝染病の存在もあるのだ。もちろんそれがどれほどの被害を齎すことになるのかまでは武は知らないが、最悪BETAと同規模ともなればユーラシアから人類が消滅することとなる。

 

「それだけじゃないって感じね? 何を隠してるの?」

「正直、夕呼先生にはあまりお伝えしたい事じゃないんですけど……ああ、違うか。オレが向き合いたくないだけ、ですね、コレは」

 

 隠していることなど、夕呼にはお見通しだったのだろう。全部話せと言わんばかりに圧をかけてくる。それを受けて何を躊躇っていたのかが自覚できてしまい、自身を叱責する。

 

 

 

「今回は大丈夫かもしれませんが、以前オレがこちらと似たような世界に逃げ出した時は、鑑が体育館で事故にあって半身不随に」

「……そっちでの状態が反映されたってことね」

「はい。そして、神宮司教官、いえ神宮司先生は……殺害されました」

「ッ!? まりもが?」

 

 できる限り感情を出さず、事実だけを告げる。

 そして告げられた夕呼も、一瞬は感情を揺らすが、即座に表情をあらためる。

 

「はい。ここと似た世界では神宮司先生はストーカーに襲われ、結果として殺されます」

「……そのストーカーがキレた要因に、アンタが関係してるってことね?」

「そう、ですね。あちらでも俺のミスで神宮司教官を……」

 

 先立った者たちを笑って語り合うという衛士の流儀など、いまだ体現できようもない。二度繰り返されたまりもの死を思い返すたび、のうのうと繰り返している己の存在を消したりたいという暗い欲求が身を焦がす。

 

「それはたしかに観測をして事態を究明するってわけにはいかないわね」

「あとまあ、どちらにせよ神宮司先生の身辺には注意を払ってもらうべきかと」

「そのあたりは御剣に頭を下げるわ」

 

 武が関与しようがしまいが、まりもにストーカーがいることはほぼ確定している。そしてこの世界であれば、下手に警察権力に頼るよりかは、私人ではあるが御剣財閥の持てる力にすがるほうが実効性が高い。

 

 

 

 

 

「しかし、異なる確率分布世界間の、意図的な移動……ね」

 

 ユーラシアに住む人類の危機に対してか、あるいは親友の死の可能性があるという点にか、武の帰還というべきか送還というべき方向に、夕呼はある程度は乗り気になったらしい。

 武としても、どのように協力できるのかとあらためて考え始める。

 

 ――コンコン

 

 だがその思考は、纏まるよりも先に外部から中断された。

 

「……失礼、します」

 ノックはあったがこちらの応えを待たずに、囁くような声とともに準備室の扉が開かれる。そこからこちらを窺っているのは、学園の制服に身を包んだ小柄な少女。

 

 

 

 社霞が、暗い廊下に一人立っていた。

 

 

 

 

 

 




で仮称EX2世界線、今回で終わらせられるかな~と思ってましたが、ちょっと微妙な文字数になりそうだったので、霞さん登場で以下次号。年内完結はちょっと無理そうな……となってしまいました。

半ば以上に以前の説明回と似たような感じですが、EX世界線の夕呼先生とのやり取りは一度くらいは入れたかったので、割と無理矢理にここに。で、以下次号でタケルちゃん最後の所信表明?の予定です。

でで、まったくこの作品とは別に、『その着せ替え人形は恋をする』と『2.5次元の誘惑』との謎クロスオーバーとか考えてしまいましたが、多分実現しそうにないです。


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