Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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座学という名の世界状況説明回。ちょっと短いです。
が次と繋げるとヘンな長さので一度投稿しておきます。


逸脱の智見 01/10/24

 午前中は座学なのだが、今日は睡魔と闘わなくても良さそうだった。昨夜はレポートに手を付けず、冥夜と別れた後は、この世界で目覚めて以来初めてと言っていいくらいに、夢も見ずに眠り続けた。

 体調が万全とは言い切れないが、座学であれば無理はない。

 

「そうだな復習ということで、BETA大戦の勃発からの極東アジアでの概略を見返してみる」

 

 まりもとしては武が「眠っていた」間の状況を説明するためだろうが、武にとっても願ってもない話だ。

 おそらくはターニャが介入を始めてからは、武の知るBETA大戦とはズレが生じているのだろうが、それがどこから始まりどう変化を与えてきたのかは、予測も付かない。どこに変化があるのか判っていない今、訓練兵の立場で情報が規制されているとはいえ、教えられる知識は非常に重要だ。

 

 

 

 1973年4月19日、中国新疆ウイグル自治区喀什にBETAの着陸ユニットが落下。

 最初期は航空戦力で優勢を保っていた中ソ連合軍だが、二週間ほど後に光線級が現れてからは焦土作戦を展開、実質的には敗走を続ける。

 

 1974年7月6日、カナダ、サスカチュアン州アサバスカにBETAユニット落着。

 喀什の教訓を生かし、合衆国はユニットの着陸から一日と待たずに戦略核を集中運用し、これを破壊する。

 核の投入に伴う被害はともあれ、着陸ユニットによる敵増援の阻止という目標は実現可能だと証明した。

 だが同年10月、旧イラン領マシュハドに喀什と同様の地表構造物が発見。ハイヴが分化するという衝撃の事実が判明する。

 

 以降BETAは、ユーラシアの北西へと侵攻していく。

 

(さすがにこのあたりは俺の知ってる歴史と変化はない。デグレチャフ事務次官補の存在を過大評価してるのか……)

 武とは記憶の持ち方が違うようだが、ターニャも未来知識を有する。AL世界線で武が愚かなまでに渇望した、軍における地位を有するターニャであったならば、もう少しは影響を与えられたのではと考えてしまう。

 

 1990年代に入り、喀什ハイヴから出現した大規模BETA群が東進を開始。ユーラシア北東部、東アジア、東南アジアが主戦場となる。

 

 

 

「我々は国連軍ではあるが、ここは日本だ。周辺地域の状況を理解しておくことは非常に重要である。これらBETAの動きに対し、帝国はどう対応した、鎧衣?」

「はい、翌1991年に日本帝国議会は大陸派兵を決定。帝国軍は大陸派遣軍を創設し、戦術機甲部隊を中心とした兵力を大陸に投入しました」

 

 80年代より帝国海軍はユーロ方面への外征経験があるが、陸軍はこの時点でさえ実戦経験が無かった。第二次大戦からの反省からか、帝国は極端なまでに防衛戦指向であり、大陸派遣が考慮される五年以上前にはすでに陸軍から派生する形で本土防衛軍が創設されている。

 さらに斯衛に至っては、その性質上仕方のない部分もあるが、本土防衛軍以上に日本国内での防衛戦闘にのみ特化している。兵站など含め、運営そのものが日本国内でなければ充足しないような組織体系であり、海外派兵などはそもそもが考慮されていなかった。

 

 だがBETAの東進、さらに91年のボパールハイヴの建設開始などを踏まえて、斯衛も含めて帝国全軍は大陸への派兵へと舵を切っていく。

 

「そうだ。議会決定を受けて大陸派遣軍が創設、台湾国民党軍などと同じく国連軍指揮下の元に東アジア戦線へ参加することとなった」

 ちょうど今から10年前だな、と簡単にまりもは纏めた。

 

 

 

 

 

 

(あれ? 台湾軍まで国連指揮下ってことは、統一中華戦線とは直接的には共闘していないの、か? というかこれって実質的にはアメリカ主導の日台合同軍か?)

 台湾は中国との常任理事国の問題で、国連からは脱退している。国連に属していない台湾、その軍が国連軍指揮下に入るなど、異常な事態といえる。

 

「どうした白銀、何か疑問があるのか?」

「は、統一中華戦線の結成は1986年です。が、その後の中国と台湾との国共合作が企図されていたと記憶していたのですが、どうなったのでしょうか?」

 台湾国民党と中国共産党とが対BETA共闘条約に調印し結ばれた軍事協定が統一中華戦線だ。一応のところは二国の連合軍となっているものの武の記憶では結局名目だけで、台湾軍と共産党軍とは命令系統も装備も作戦地域さえも別れたままだった。

 

「ああ……そうか。その時期に療養に入ったのだったな、貴様は。では御剣、国共合作はどうなった?」

「はい。1997年、台湾総督府が中国共産党政府の台湾受け入れの審議を延期。以来、第三次国共合作は今なお締結されておりません」

「よし。このあたりは軍事ではなく政治なのだが、周辺諸国の政治的背景は、士官としては知っておくべきことの一つではある」

 審議延期とはいうものの、実質的には破棄、それも統一中華戦線自体も分裂させるような形だったようだ。

 

「なぜ台湾総督府は中国共産党政府を受け入れないか判るか? 彩峰」

「はい。……軍事同盟としての統一中華戦線はともかく、政治的受入れに関して台湾総督府の利点があまりにも薄かったからだと考えます」

「そうだ。このあたり我ら国連軍も無関係ではないぞ。一時期は国連の内政干渉だとまで騒がれた案件だったのだ」

 台湾内部に、国共合作しなければならないようなら台湾を常任理事国に戻せという意見や、喀什での無策の責任を台湾に持ち込むなという声が大きかったという。

 そしてその声を後押ししたのはアメリカである。

 

(あ~あの人、ホントに介入はしてるんだな……)

 そこまで聞いて、なぜこの世界で国共合作が成されていないのか、何となくではあるが背景を武は推測できてしまった。

 

「判ったか、白銀?」

「はい。つまりは合衆国と台湾とで、共産党が弱体化するまで『高みの見物』を画策している、ということでしょうか?」

「……白銀? 国連は一部加盟国の利益を誘導する組織ではないぞ」

 まりもから国連軍兵士として言葉を選べ、と一応は注意はされる。が、否定しきれないのが、また現状である。

 

「は、失礼いたしました。申し訳ありませんっ」

 

 

 

「丁度いい。時期が前後するが、とある国連機関からの進言が90年代前半の中国での防衛線には多大な影響を与えている」

 武を含め隊内全員の復習という意味合いからか、まりもの講義はわざと少しずつ脱線させているように思える。

 一度学んだことを多方向から見直させ理解を深めさせる、そういった狙いもあるのだろう。それ以上に、彼女たちの今後を見据えて幅広い知識を与えようとしているのかもしれない。

 

「90年代を通し中国国内で防衛線が維持できたのは、なにも統一中華戦線が精強だったからというわけではない」

 武にも統一中華戦線が強かったという記憶はあまりない。中国戦線にしても中ソが行った核を使った焦土作戦があったという印象程度だ。

 この世界においても、まりもは言葉を濁しているが、テキストを見る限りは共産党軍に関してはさほど違いが無いように思える。

 

 むしろ事前に予想されていた通りに、統一中華戦線内部で中国共産党軍と台湾国民党軍との間では統一した意思決定機関さえなく、個別の軍として動いていた。それどころか、こちらも予想されていたことだが共産党軍内においても軍管区制の関係で統合作戦など展開もできず、各軍区ごとに独立した防衛線を構築しているような有様であった。

 

 

 

「1992年に敦煌ハイヴが建築され、これに対する形で重慶防衛線を構築。帝国の大陸派遣軍もここに展開していた」

 BETAの侵攻がここに至るまでに、成都軍区以西の軍区は何をやっていたのかという声もあったが、結局のところ共産党軍が統一した作戦展開ができていなかったということでしかない。それを証明するかのようにこの時点においても成都以東の軍管区からの増援はなかった。

 

 このような状況下で、国連軍としては命令系統が確立されており、かつそれなりに纏まった戦力として機能している台湾軍と帝国大陸派遣軍を中核とし、半ば独立した防衛線を構築するように動いていた。

 

(いや、これって共産党軍? 成都軍区か? こいつらを囮にしての機動防衛ってヤツじゃねぇのか?)

 砲兵を主軸とした共産党軍を防衛線の主戦力として構築した、とはテキストに書かれている。ただ実際の展開を時系列的に追いかけて行けば、むしろ数だけは多いが纏まりなく動きの遅い共産党軍を積極的に囮として用いることで、自軍の損害を最小限に抑えつつもBETAの侵攻を阻害していたように見える。

 もちろん火力としては間違いなく共産党軍が最大のはずだ。彼らの火力支援が可能となるように位置に、BETAの主力を押し込み、その戦果を献上していると言えなくもない。

 

 

 

「この防衛線構築時に、大陸派遣軍や各国義勇軍だけでなく台湾国民党軍まで含めた国連軍の作戦運用に関してもだが、兵站に関わるいくつもの提言がなされた。現在の帝国陸軍の兵站システムは、ほぼこの時に作り変えられたと言ってもいいほどに、非常に有効だった」

 

 さすがにここまで来ると衛士教育の範疇じゃないだろ、と武にも判る。が、まりもの意図も推測はできる。207Bの中でも千鶴は生き残れば将官への道もありうる。他の者にしても最短とは言えないが佐官までは昇進できるはずだ。その辺りの階級になれば兵站関係を知らずには動けない。

 そもそもがまりもからして、国連軍への出向という形で教官をしていなければ、今頃はほぼ最速で少佐になっていてもおかしくはない。

 

「兵站面で問題になったのが、各種の規格だ。先の話になるが、日本帝国が運用している戦術機用87式突撃砲は、他国で採用されている突撃砲用のマガジンも利用はできるが、基本的には専用の物を用いる。そしてその逆は無理だ」

 まりもが例に挙げたように、同じ西側諸国の兵装それも戦術機という比較的単一兵器ともいえるものであっても、組織ごとの細かな規格の差異というものは存在する。

 

 それが極東アジアの各勢力の合同軍となれば同一の物を探す方が難しい。合同軍などと言えば一見耳触りはいいが、つまるところは雑多な寄せ集めだ。BETA大戦の最初期の、中ソの合同軍のみでの作戦行動であればまだしも、武器に限らず各種機材はそれぞれが別個の物を使用している。

 水や食料、医薬品などは共有もできる。各種の燃料なども何とか可能だ。ただ旧来の装甲戦闘車両や野砲、各種の個人装備に至るまで、西側と東側とで大きく分かれ、双方に互換性は無い。

 

 

 

「どうせ共有できないのであればと、共産党軍の補給は中国が担い、それ以外は米国主導のもとに日台が管理するという方法が取られた」

 ベトナムや韓国からも義勇軍が参戦していたが、兵站管理は常任理事国が担うべきと、安保理経由の指示があったという。安全保障理事会が国連軍当該兵力を指揮する、という原則からしてもこれは比較的スムーズに認められた。

 

「そこで使われた標語がなかなかに秀逸で、現在では兵站を考える上での、一つの指針となっている」

 

 ――Just In Time:JIT 必要な物を、必要な時に、必要な量だけ。

 

 余らさせない余分な物を運ばないことで輸送コストを縮小し、作戦行動を円滑に進める。

 これを実現するために帝国は、国内の流通も含め当時としては破格と言えるほどの情報通信網を構築した。

 輸送においてはさすがに現地の鉄道網を利用するものの、それらを保線業務まで含めて運用する人員さえも帝国国内から徴用。

 物資集積所などの敷設などは当然、物資の管理や保安体制に関しても、共産党軍や中国民兵、現地の人員を一切介入させないという徹底ぶりだ。

 

 もちろんJITというのは、理想だ。常に変化し続ける前線からの要望に、後方が完全に応えられることは、残念ながらありえない。だがそれでも以前の「余裕を持った」補給計画に比べ、前線で破棄されたり集積されたままになる物資は減り、前線で展開する部隊の効率も上がったのは確かだった。

 

 

 

「当然ながらこのような行動の結果、中国国内やその避難民の間では、国連及び国連軍に対して否定的な感情を持つ者が多い。いやむしろ憎まれていると言っても間違いはないな」

 鉄道網の独占的とまで言えるような運用、共産党軍に出血を強いる戦術。さらに重慶周辺住民への早期の大規模疎開の提言や、僅かな賃金でも得ようと基地構築の人足を希望して集まってくる者にも警戒した対応を取るなど、中国から見れば防衛協力というよりは武装占拠に等しかった。

 

 それでも当初の想定より重慶防衛戦は長期間に渡って維持され、結果として避難民の保護は達成されたとも見て取れる。また1994年初頭に重慶ハイヴが建築された後も、日台を主軸とした国連軍は段階的撤退に成功し、結果的には殿軍としての役割を全うした。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき部分で書くようなことか~と言われそうですが、いろいろな変更点まとめ。試験に出ない歴史?


マブラヴ世界状況補足
・現実同様1971年のアルバニア決議はあったっぽい、としてます。中国共産党が常任理事国になっているところを見ると。
・日本帝国及びオーストラリアの常任理事国入りは1988年のまま。


原作と変わっているのは、
・統一中華戦線は結成されたが第三次国共合作はなされていない。
・統一中華戦線は名前だけ。台湾軍が大陸で活動できる根拠程度。
・1992年からの重慶防衛は+1年ほど粘る。重慶ハイヴ建設は93→94年に延期。
・兵站の管理システムが90年代初頭から、2010年代に近しい物に。
・九-六作戦での帝国軍の損耗は最低限。

大東亜連合の話は基本放置……そもそもマブラヴ世界でのWW2の終戦時の状況が謎すぎるので東南アジアはどーなってるの?というかここを絡めるとどーしょーもなくなりそうなので、スルーします。ベトナムとか帝国にならずに独立したの?

兵站の管理システム変更に伴い、メカ本とかで描かれている中国での物資横流しは最低限に抑えています。んがJITでのロジ関係は深くツッコまれると答えられないので、ゆる~く流します。雰囲気だけです。

あと「第二次黄河決壊事件」とかも考えましたが場所的に無理~で「長江決壊事件」にでもしようかと思いましたがさすがにアレすぎので止めました。



そして難民関連の話はまた今度ね~ということに。

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