「軌道爆撃、それもG弾の追加投射警告がッ!!」
「……は? はぁッ!? いまだこちらは作戦中、それも規定時間以内だぞッ!?」
いまターニャが乗るXG-70dは、ラザフォード場によって半ば空間から切り離されているようなものではあったが、周辺空間に対して無秩序な重力異変を起こしつつ崩壊を招くG弾の直接反応範囲に入ってしまえば耐えられるかどうかは未知数だ。
ただ軌道投射によるG弾の運用はICBMによる核弾頭に近しいものであり、今回もまた想定起爆位置は最大効率を求めるためにハイヴモニュメント直上高度1000mとされている。
いまターニャ達のいる『主広間』は、最大深度4000mと言われていた喀什ハイヴ、その最深部。G弾の直接的効果範囲ではない。
『門』を潜り『主広間』に入った直後ともいえるこの状況。主砲ともいえる1200mm超水平線砲の照準修正も満足に完了していない。
莫大な運動エネルギーでハイヴを直接砲撃することを想定された馬鹿げた規模の砲だ。至近弾であろうがそれなりの効果はあるだろう。ただ片門3発左右合わせても6発という限定された弾頭だ。今、闇雲に撃ってしまうのはあまりに成功率の低い賭けだ。
今しばらくの時間があれば、とターニャの頭に浮かぶが、それさえも無駄な思考だ。
「第一射は軌道投射されていますッ! 着弾まで60秒もありませんッ!!」
満足に悩む時間さえもない。
今部隊が展開しているこの『主広間』からは直線状に『主縦坑』が直上に伸びている。それはハイヴが集積した物資を軌道上に送り上げるため、その名の通りのシャフトとして使われているとされる構造だ。直接的な影響はなくとも、副次効果たる気圧の急激な変動による爆風などの影響は間違いなく到達する。
ラザフォード場のあるXG-70dならばともかくも、戦術機それも空間機動中ともなれば、場合によっては致命的だ。最低でも両脚を地表面に固定、できれば人間同様に対爆姿勢を取らせたい。
こうなると、ハイヴ構造壁の複雑さと強靭さに期待するしかない。最重要目標を眼前にして、それなりに有用な肉壁を活用する前に味方誤射などという唾棄すべき要因で無為に失うことなどターニャには耐えがたい。
「連隊各機ッ、即座に脚を下ろし衝撃に備え……ッ!?」
オペレーターからの報告を遮るかのように、配下の戦術機部隊へと指揮を飛ばしたが、それさえも言い切れぬ間に、衝撃が来る。
至近でのG弾、その第五次現効果というものを身に受けたのはこれで通算して三度目になるのか、人類史上公式には認められぬもののけっして塗り替えられぬ記録だろうなと、役にも立たぬことが脳裏を過った。
どれほどの意味があるかは判らないが続く衝撃に備え、シートに深く座り込み合わせてアームレストを力強く握る。だが予想とは異なり、ターニャが受けた衝撃はまったくと言っていいほどに軽かった。
ラザフォード場の恩恵かと、周囲の状況を把握すべく見渡すが他乗員の動きはなく、また驚くほどに音もない。
いつか体験した違和感を覚えつつ、静かにシートから立ち上がりあらためて周りを見るが、やはり時が止まったかのように、誰もが動かない。
なによりも異質なのは、今立ち上がったターニャの視点だ。半年ほど前にG弾の影響か「若返った」身体からの視点ではない。それ以前、白人女性としては比較的小柄だった時の物でもない。
21世紀冒頭の日本人男性としては平均よりも少しばかり高い背丈からの視野だ。そして身に着けているのは、かつては着慣れたいや着慣れていたスーツと、付けていることさえ意識しなかった眼鏡。
「クソったれな存在Xめ……貴様を撃ち滅ぼすのはいましばらく先のつもりだったが……」
まったく受け入れがたいが、この場は存在Xが用意した時空間から隔離された一時的な状況なのだろう。ただ以前と違いお喋りな存在が現れない。その代わりと言わんばかりに、視線が『あ号標的』の方へと誘導されている感覚がある。
なによりもこの姿で持っていたはずのない自動小銃が、それもサバイバルキットの一環として準備した物ではない、19世紀に造られたであろうライフルが右手にはいつのまにか握らされている。そしてなによりもスーツの胸元には禍々しくも赤く輝くエレニウム工廠製九五式演算宝珠が下げられていた。
「はッ!! 貴様が用意する奇蹟を持ってしてあの土木機械共を討ち果たせとでも? まったく無用な申し出だな。我々人類は妄信の代償としての奇跡などではなく、自らの理性と知性その結晶をもってしてあの程度は排除する。金輪際この星には、貴様ら神を僭称する存在に出番は無い」
眼前に何か依り代でも浮かび上がれば撃ち貫きかねないが、さすがにこの場はXG-70dのコクピットブロックであり、他乗員も今は止まっているとはいえ存在している。むやみに感情に任せての発砲など、理性ある人の振る舞いではないと、落ち着いてみせる。
銃弾の代わりに、せめてもと罵詈雑言を費やしたくなるが、最低限に留めておく。
なによりも眼前の『あ号標的』を排除し、月を奪還さらには火星を制圧すれば、あの土木機械共が『創造主』などと嘯く存在と接触することもできるはずだ。無駄なまでに時間を積み重ね生存権を拡大しているような知性体だ。場合によっては存在Xに対応できるような情報を保有している可能性もある。
そこに至るまであと半世紀ほどは時間が必要だろうが、無能な土木機械の排除の先に、少しばかり楽しみがあるかもしれないと思えば、今は少しばかり我慢もできる。
「連隊各位ッ! 状況知らせッ!!」
意識を留められていたのは極僅かだったのか、あるいは文字通りに時が止まっていたのか、それを探る必要性をターニャは感じない。なによりも今倒すべきは眼前の『あ号標的』だ。そしてそれを成すにはある程度自由に動いてくれる軍事的資源の確認こそが重要だった。
『フェアリー01より00、当機は損害軽微。中隊各位ッ! 呆けている間は無いぞ、急ぎ報告せよッ!!』
即座に返答があったのはまりもからだ。音声だけでなく中隊各機の状況も合わせてデータで転送してくる。麾下の人員を叱責しつつ復帰を促しているあたり、やはり部隊指揮官として優秀なのだろう。
そしてデータで見る限り、衛士の一時的な失神はあれど、第一中隊の機体には大きな損傷は今のところ見受けられない。
『こちら06……私、生きてる、の?』
『08、生きてる……なんでだろ?』
『09、なんか偉そうなことを口走ってたから知れませんが、健在です』
『あ、ははは……なんか死んだ気になってましたが、10、行けます』
『12、電磁投射砲、残弾二割ですが接続に不備発生。申し訳ありませんッ!! 』
『……11、問題ありません。なんで死んだ気になってるのよ?』
まりもの指示に従って中隊の少尉たちから、即座に報告が上がってくる。機体から転送されるデータ通りではあるが、口頭での確認もまた重要だ。
『09より12。投射砲の投棄を許可する。まあさっきの状況だ、気にするな。っと、09より01。お聞きの通りでしょうが、第三中隊全四機、損害軽微。何故か死んだつもりの連中ばかりでありますが、新人ども含め皆無事でありますッ!!』
『同じく第二中隊四機、損害軽微。柊町で慎二に格好つけてたつもりでしたが、こちらも健在であります』
慎二が軽く笑って見せつつ、報告を上げる。続けて孝之からも同様の連絡が来る。ただまりもの直下たる第一小隊の報告が遅い。
『こちら03、え~っと、大丈夫、です?』
『……04、機体、身体共に問題なし。ですが、02からの返答がありません』
第一小隊の中、武の機体だけが無反応のままだった。一応は機体は動いており、また武の生命反応もある。
(バイタルデータからは、今は失神しているように見える。が、データでは一瞬生命反応どころか管制ユニット内から存在が消えていたようにも見受けられる)
他中隊からの報告も横目で確認しつつ、ターニャは黙考する。武の現状にも疑問が残るが、他の隊員たちの反応も微妙だ。このまま運用してしまえば、無駄な損耗を重ねてしまうかもしれない。
(他の連中もそうだが、並行世界間での記憶転写でも行われたのか? G弾の、というよりかは『第五次現効果』とやらの影響か? いや原因はこの際どうでも良いが、無理やりに『白銀武』を目覚めさせて、使い物になるのか?)
投薬での覚醒を指示すべきかとも思うが、世界線移動の影響で意識を失っているならば、下手に起こせば場合によってはまったく別の記憶を持つ「白銀武」が目覚めるかもしれない。元よりPTSDに関わらず投薬によって豹変しやすい「主人公」サマだ。
ある意味このまま放置しておくのが最も有効そうではあるが、それをそのまま指示するのも隊の士気に関わりかねないと、ターニャは僅かに思い悩む。
『02ッ! 其方このようなところでッ!? 目を覚ませ、白銀ッ!!』
『……ッ!? え、あ……もどった、のか?』
『02、気が付いたか? 状況は把握できているか?』
『あ、ああ……っと、こちら02、機体状況、問題なし。戻ってきた……のか?』
ターニャが答えを出すまでもなく、武が目覚めた。状況を理解しきれていないようで怪しげな言葉を漏らしてはいるが、中身が変わっているわけでもなさそうだった。やはり放置が正解だったようだと、ひそかに安堵する。
『02、白銀? 其方、本当に問題ないのか?』
『あ、ああ……ちょっと意識が飛んでたみたいだ。思ってた以上に、時間が進んでなくて助かったよ……』
『……ふむ? まあ、良い。少しばかり確認したいこともできたが……後にすべきようだ』
武のバイタルは平常に戻りつつある。他中隊員の状況も、許容の範囲内だ。これでXG-70dの直掩たる第一中隊は、さしたる損耗の無いままに戦闘行動を継続できるはずだ。
第二第三大隊の面々もいくつか損害はあれど、すでに再編を完了し、防衛戦闘を再開している。そして受け入れたくはないがG弾の御蔭で、後方から追随してきたBETA群はフリーズしたかのように停滞している。
『あ号標的』に対するには、現状望みうる最良の状況とも言えた。
「さて、連隊員諸君。本作戦目標は、只今をもって完遂された」
ターニャとしては今すぐに1200mmを投射してすべてを終わらせたいが、これはあくまで国連主導による軍事的行動だ。ここで必要とされる手続きを取らずにいて、後から要らぬ詮索を受けるつもりなどない。
夕呼にしろターニャにしろ、その目的は『あ号標的』の排除ではあるが、今回の作戦目標はあくまで第四計画が開発を進めている調査用ユニット、その支援装備たるXG-70dの現地試験である。調査機器本体たる00ユニットをこの『主広間』まで安全に持ち込むことが最低限達成すべき目標だった。
つまりは今この場に到達したことで、それは果たされてしまっている。
公式に許諾された作戦計画に厳密に則るのであれば、このまま撤退行動に入らねばならないが、必要最低限の現場判断は許されてしかるべきだ。
「だが残念ながら、今我らが眼前に位置する敵性固体、仮称『あ号標的』の脅威を放置したまま後ろを見せることは、侵攻部隊すべてを全滅の危機に晒すことと同義と言える。幾多の協力と挺身によって成功に至った本作戦、今なお後方にて我らがためにその身を削りつつ陽動にあたっている彼らに、これ以上の脅威を齎すことを許容すべきか? 国連軍に所属する一軍人としてそのような危機を坐視することなど赦されようか? そう、軍命に従うべき身にては非常に心苦しいことではあるが、これよりは必要最低限の防衛戦闘として眼前の脅威に抵抗する」
わざとらしいまでに長々と、それも平文にて通知する。通信状況にもよるが、軌道上にも伝わっている可能性は高い。これで『あ号標的』をこのまま排除したとしても、一応の道理は通したと言える。
「さて。このような状況だ。軌道上に展開する部隊に対し、平文で流せ。『我ラ之ヨリ敵首魁ニ対シ近接密集戦闘ヲ企図ス。支援ハ御無用』と」
「了解ッ! 繰り返し送信いたしますッ!!」
軌道上にいまだ残る予備作戦用の兵力、そこからの妨害にしかならない「支援」砲撃を止めさせるべく、通信士に連絡を頼む。これで止まるかどうか、さほど分の良い賭けではないが、最低限の準備はできた。なによりもG弾投射間隔は600から900秒を想定している。次の投射まではそれなりの時間的余裕がある。
一応、可能であれば『あ号標的』との会話も選択肢としては残ってはいる。
だが武とターニャからの情報を得た夕呼は、そこに意味を見出していない。ターニャ自身も、対話が可能であっても得る物はなく、ただの無駄だと判断している。
「創造主」が珪素系知的生命体であることはターニャの持つ「原作知識」からも確定している。だがその末端の、ただの資材収集ユニットの統括個体でしかない『あ号標的』とどれほど言葉を交わしても意味は無いと思われる。
そしてターニャにも確信はなく多分に想像いや妄想と言っても良い範疇ではあるが、「創造主」と呼ばれる珪素系知的生命体は炭素系の知的生命体の存在は認識していながら、その上でBETAに対しては「炭素系知的生命体は存在しない」と定義していると考えている。
誕生してから長く見積もっても200万年程度の人類が、珪素系の知性体を想定できるのだ。おそらくはそれ以上の時を経ている「創造主」とやらが、炭素系知性体の可能性に思い至らないと考える方が難しい。
光速を超越し、銀河規模で作業機械を展開できるほどの生産能力、それを維持展開し続ける知性と経験を持つのだ。炭素系生物の存在可能性を考慮していないというほうがおかしい。
なによりも、「有る」ことの証明ならばともかく、「無い」ことを証明することは不可能だということさえも思いつかないようならば、それはもはや対話すべき知性体と捉える必要さえなくなる。
BETAは「絶対に生命体には手を出すな」と厳しく命じられているのだが、BETAにとって生命体とは、自分らの創造主である珪素系生命体のみであり、自分たちと同じ炭素で構成された人類を生命体とは認識していない。
これは単純に、BETAへの命令がコンフリクト起こす可能性を抑止するためだろうと思われる。
重頭脳級に限定はされるが、BETAにも知性ともいえる程度の判断・推論能力はある。
「創造主」への反乱などどいう三流SF紛いの危惧も無きにしもとは言い切れないが、「生命体には手を出すな」という至上命令が何故かあるのだ。推論能力が何らかの要因で拡大すれば、炭素系生命体の存在を認識し、炭素系工作機械である自身らも生命体であると認識してしまう可能性を排除するためにも、「炭素系知的生命体は存在しない」と定義することはシンプルな解決ともいえる。
そして資源の獲得を優先するために、炭素系生命には知性が無いと定義しているとも考えられる。
結局のところ、「創造主」と話すならばいくつかの疑問も解消できるだろうが、末端の作業用機械、それも設計上で幾重にも制限がかけられているようなものを相手にする意味は薄いと判断している。
さほど意味のない思考をターニャは打ち切り、あらためて状況を俯瞰する。
軌道上の部隊に通信が届いているかどうかは不透明ではあるが、こちら側の通話ログには残っている。これでもし装甲連絡艇で逃げ出すこととなっても、むしろ作戦失敗の責を予備作戦たる『フラガラッハ計画』作戦本部へと転化することさえできるだろう。
十全とは言い切れぬが、それでもいまだ二個大隊規模の戦術機部隊が、このXG-70dには随伴している。目標たる『あ号標的』の攻撃手段たる衝角触腕は脅威ではあるものの、対処できるだけの戦力だ。さらに相手側の増援は、G弾による停滞状態で、いましばらくは無視しても良いはずだ。
その影響は『あ号標的』にも出ているのか、衝角触腕の動きも遅い。破壊しきることは困難なようだが、連隊各機は個々に対処しているだけで目立った損害は今のところ少ない。
「主砲諸元、すべて入力完了。いつでも撃てます」
「よろしい。射撃のタイミングは任せる。いつでも撃ちたまえ」
砲撃手からの報告を受け、ターニャは即座に射撃の許可を与える。
時間を取っていたのはこのためだ。
『門』解放直後に投射するという案もあったが、本来1200mm超水平線砲は地面に固定して運用するものだ。この砲にとっては超至近距離ともいえる距離だが、XG-70dというある意味では不安定な場からの、それも今はG弾による重力偏差の可能性もある状況下での射撃だ。
弾数の制限も厳しい中、初弾は余裕をもって射撃することを選んだのだ。
武の指摘もあったが、対『あ号標的』の主兵装をこの1200mmにしたことにターニャも否はない。
元来XG-70の主兵装とされた荷電粒子砲は、現在の技術力ではML機関の出力をもってしても連射もできず、再チャージにも時間がかかる。またその際に絶対防壁ともいえるラザフォード場の展開も不安定となる。
それ故に単純に照準さえ合わせれば射撃可能な1200㎜超水平線砲を搭載したのだ。
なによりも荷電粒子砲は巨大な構造だ。それだけの設備を内装するよりも、既存の36mmを増設する方がはるかに簡単に打撃力を確保できる。その正否は、ここまでは大きな問題なく進攻できたことこそが証明している。
1200㎜超水平線砲は、本来はその名の通りに水平線を越した極超長距離からハイヴを直接砲撃するものだ。砲身に多薬室を採用し砲弾を極超音速まで加速させる、俗にムカデ砲とも呼ばれる機構だが、ただXG-70に採用されたのはその長大な射程故ではない。
もとよりも地平線下より、その長射程をもって光線族種の有効射程範囲外からハイヴ・モニュメントへの直接攻撃を想定していたという常識外の兵器だ。求められたのは口径1200mmという巨大な砲弾に、500kmを超えるほどの長射程を与えられる膨大な運動エネルギーだ。
MBTに採用される120mmAPFSDSに比較すれば、口径において10倍ということは質量においては1000倍、その加速度が120mm砲弾同様と考えれば運動エネルギーもまた1000倍に達する。
もちろんそこまで単純に比較することは不可能だが、せいぜいが数kmオーダーの戦車砲に比して、1200㎜超水平線砲の有効射程はその100倍にも至る。その長射程とマッハ45に近い極超音速とをロケット等の推進力で補うのではなく、ただ砲身内での加速でのみ賄うと考えれば、如何ほどの運動エネルギーを有しているのか想像することは容易い。
元々の運用計画では、砲弾側面に設置された炸薬を制御爆破することで二度までは弾道補正を行い、その名の通り水平線を超えての砲撃を可能とする。ただ今回の作戦においては、現状のように直接視認可能な距離での砲撃を想定していたために、弾道補正は予定されていなかった。
「……、ッ!!」
砲撃手の静かな呼吸の後、ML機関による重力制御でも消しきれぬ振動が管制ブロックにまで伝わってきた。直後、『あ号標的』の左上方、ハイヴ壁面の構造物が大きくえぐり落ちていく。
「……は?」
ラザフォード場をして、ある意味では外部とは隔絶した空間内に存在するXG-70d、しかもその重厚な装甲に守られた管制ブロックの中であっても、映し出された映像だけからでも想像を絶するほどの轟音を感じされるその破壊力は、しかし攻撃の失敗を意味していた。
必殺を期して放たれた砲撃、それが想定外の方法で防がれたことで、ターニャにしても意識の空白を齎した。
砲撃手は間違いなく、その任を十全に果たしていた。集められた周辺状況を基に正しく諸元を割り出し、間違いなく直撃に至るはずの射撃をやり遂げていた。
一射目で片が付くはずはないという常識的な思いはあったにせよ、それでも持てる限りの最大規模の攻撃だ。そしてそれは間違いなく想像以上の破壊を生み出している。
「極超音速の、それもあの巨大な弾頭の進路を、逸らした、だと?」
1200mmの、それも極超音速で飛翔する砲弾が、幾重にも重ねられた衝角触腕によって、逸らされた。理屈は判る。言ってしまえば古典的ともいえる傾斜装甲の概念だ。
必中の一撃だと誰もが確信していたその砲撃が無効化されたことで、指揮官としては失態ともいえるが、ターニャは思わず見たままの状況を口にしてしまう。
ターニャのみならず霞やウォーケンをも含め、XG-70dのブリッジ要員の誰もが提示された情報の意味を読み取った瞬間、彼らはその頭脳の優秀さ故にあまりの異常な状況を受け入れるための時間が必要となってしまった。
『あ号標的』は未来予測じみた反応と、文字通りに機械のような正確さで射線上に幾重にも衝角触腕の先端を並べることで砲弾の軌跡をずらしたのだ。投射から着弾までの、秒にも満たない瞬間に展開し、対処していた。
衝角触腕のその動きは、先ほどまでのどこか緩慢としたものではなかった。末端の速度は音速をはるかに超えているほどの動きで、しかも完全に統制が取れた軌道を描いている。
もちろん、『あ号標的』にしても無傷ではないだろう。
直撃を免れたようだったが、それはそのまま衝角触腕の損耗を意味する。
一見無尽蔵なまでに突き出されてくる衝角触腕ではあったが、攻撃の粗密がありまた各戦術機で対処・防衛ができている現状からみても、その数には限りがあるようだ。時間を経れば再生するのかもしれないが、さすがに即座に生え直してくるようなことは無いだろう。
問題は、投射から衝角触腕が展開するまでの時間だ。
間違いなく、先ほどの射撃は読まれていた。いやむしろ誘われたと言ってもいい。
(BETA側も並列事象からの知識流入があるのか? いやあるかどうかはこの際問題ではないか。こちらの手の内を知ったうえで対処していると見なすべきだ)
BETAが戦術を用いないというのは、最初期の状況だ。光線族種を生み出したように、それなりに状況対応能力はある。そしてその状況への対処を判断しているのは、眼前にある『あ号標的』だ。
通常ならば二週間ほどかかかる対処時間も、この距離ならばゼロに等しいのかもしれないし、あるいはターニャや武のように他世界線の記憶を持っているから対処できるのかもしれない。
「第二射準備ッ!! 合わせて周辺警戒を厳にッ!!」
どちらにせよ急ぎ対応しなければならないことは、衝角触腕の速度だ。先ほど見せた動きが可能ならば、搭載する36mmすべての銃身を焼き尽くす勢いで掃射し続けても、防ぎきることが難しい。
ならばできるのは、こちらが落ちる前に、相手の首を堕とすことだけだ。
「連隊各機、高度を取れッ! 各中隊は進攻時同様の位置を取り、目標の選定は各中隊CPに一任するッ!!」
こうなれば具体的な対処まで伝えることはできない。1200mmの二射目までの時間を稼げるよう、ざっくりとした指示だけを下す。
(場合によってはこのXG-70dの自壊と、その後の単独退避も考慮に入れねばならん……か?)
胸元にターニャは意識を割けば、演算宝珠が先ほど以上に紅く輝きを放っていた。
あけましておめでとうございます。
そろそろ終わる~でおそらくデグさんパートはこれが最後となるはずです。なので創造主の考察とか、存在Xとか割と無理矢理に押し込んでみました。
予定としてはたぶんあと二回で完結するつもりなのですが、ちょっと予定は未定ですので、いましばらくお付き合いください。
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