一瞬だが、意識の空白があった。
今この場にいるのはA-01と真那たち第19独立警護小隊だけだ。XG-70dの搭乗員は当然、衛士に至るまで今回の作戦要綱は、予備プランをも含めて詳細に伝えられている。そしてこの『主広間』に入ってからの対応も当然周知されており、先のターニャの演技が買った攻撃宣言もある程度は予定の通りだった。
だからこそ、知っていたからこそ、射程500kmを誇る1200㎜超水平線砲の至近射ともいえる砲撃を、まさかあのような手段で無効化するなどとは予想もできていなかった。
必中と、何よりも必殺を期した攻撃が、予想もしなかった手段で防がれた。
轟音とともに投射された1200mmの超巨大砲弾。それは武たち侵攻部隊の願いを込めたような一撃であったが、幾重にも衝角触腕を積み重ねて極僅かに軌道を逸らすという方法で、ただ『あ号標的』の背後の壁面を大きく抉り落とすだけの結果となった。
故に、歴戦の選び抜かれた衛士たちであってさえ、ターニャの絶叫ともいえる命を受けながらもほんのわずかな停滞を生み出してしまった。
そのわずかな瞬間に、幾重にも重ねられた『あ号標的』の衝角触腕がXG-70dへと繰り出され、その巨体を護るラザフォード場に削り取られるかのように崩れ去っていく。
『……フェアリー13よりフェアリー各機。敵衝角触腕の反応速度、事前予測値よりも17%の超過が認められます』
各中隊CPの判断に一任という命令とも言えぬターニャからの指示が下りた直後、霞から短い言葉とともに更新された敵情報が転送されてきた。それを一瞥する限りは大質量の地対空ミサイルのような諸元が並んでいる。
もとより『あ号標的』が制御する触手の諸元など、武の体感から想定されただけのものだ。一応は要塞級の尾節衝角触腕と同程度以上と見做し、シミュレーションでも相応のデータとしていたが、どうやらそれ以上の性能を秘めていたようだ。
『フェアリー各機は所定の位置のままに高度を取りつつ、敵衝角触腕群への対応を』
続く霞の指示も、簡単ではあるが具体性には残念ながら欠ける。とはいえ、現状ではそう言うしかない状況だということも、中隊の皆は判っている。
『……死んでたと思ったら、死にそうな状況になった?』
『08、つまらないことを言わないで』
『01よりフェアリー各機へ。貴様ら、死力を尽くし、最善を尽くせとは言い聞かせてきたが、何か忘れているようだな?』
『はははッ、我らが訓練教官殿がお怒りだぞ?』
『ふむ? 09は犬死しない自身があるようでなによりだ』
それでも軽口を叩く態度を見せ、まりもでさえもそこに一枚かむことで隊員の意識を立て直し、第一中隊は初期想定通りにXG-70dの直掩を続ける。
またその程度の会話を交わす程度には、余力もあった。敵『あ号標的』の攻撃が、相手にとっての最重要目標であろうXG-70dに集中しているからの猶予だ。
XG-70dの絶対防壁ともいえるラザフォード場、その境界面に接触した対象を急激な重力偏重に巻き込むことで崩壊させる攻勢の防壁ではあるが、防御にはその場を維持するためにML機関出力を上げる必要がある。そして負荷が一定値を超えてしまえば、ラザフォード場が展開が不可能となり、機体装甲を直接晒すこととなる。
航空機や船舶とは違い、抗重力機関による機動のため機体重量にも余裕があり、装甲も強靭ではあるが絶対ではない。
またXG-70dはその巨体に比して速度はあるが、戦術機のように自在な回避行動を可能とするほどには、この空間は広くない。なによりも今は1200mm超水平線砲の第二射照準のため、機体を固定する必要もあった。
結果としてその巨体は一切動じることがないかのように空中に浮かび続け、襲い掛かる衝角触腕を文字通りに鎧袖一触と言わんばかりに塵へと帰していくのだ。
直掩といえど、口が軽くなるくらいの余裕は生まれてくる。
(やっぱりG弾の影響をわずかながらにでも受けたのか?)
先ほどからぽつぽつと交わされる会話を聞く限り、武だけでなく第一中隊の面々、特に元207B訓練分隊の皆は、別世界線の記憶情報が流入しているようにも受け取れた。ただ、それにしては純夏と冥夜との反応が薄いことは少しばかり気にかかる。
武自身、普段であれば慎二や尊とともに硬くなった隊の面々の意識を解すべく無駄ともいえるほどに口を挟んできた。しかしさすがにおそらくはEX2世界線と呼称されるであろう世界での直近の経験を踏まえてしまうと、笑って流すことは難しい。
こちらに戻ってきたことに一片たりとも後悔は無いとは言い切って見せるが、かと言って以前の戦闘の経験があるからこそ、状況が楽観できるとも思えない。先の『桜花作戦』とは視点も状況も違うとはいえ、眼前に『あ号標的』があるのだ。意識して呼吸を深く取らなければ、歯を食いしばり砕きそうになる。
今更ながら、皆を巻き込んだという自責の念さえも再び巻き上がる。幾度も繰り返し割り切ったつもりであっても、彼女らの口から「死」という言葉が齎される度、何かもっとより良い方法が取れたのではないかと、無駄だと自覚していできたのではないかと思いに耽りそうになる。
かといって今の武にできることは、もはや眼前の脅威を取り除き続ける程度のことだ。
跳躍を繰り返し、XG-70dに向かう対象を優先しながらも、冥夜の武御雷には一切近付かせるつもりはないと、36mmで触腕を牽制し軌道を逸らせる。
『02?』
「あ、ああ……わりぃ、さっき一瞬気を失ってたからか、身体が硬いんだよ」
『まったく其方は……言い訳にしても今少しは尤もらしいことを並べるべきではないか?」
ほぼほぼオープンに使われている中隊内通信ではなく、わざわざ分隊内通信に切り替えて気遣われるほどには、横に並ぶ冥夜からみて武の様子はおかしかったのだろう。自機に向かってきた分は最低限度に銃剣で斬り払っていただけだ。
声を掛けられてわずかながらにも冷静になれば、自殺願望と捉えられてもおかしくない様相だ。
「は、はは、まあマジにヤバくなったら、その時は頼む」
『ふふっ、任されよ』
薄く笑ってくれる冥夜を、小さなフェイスウィンドウ越しとはいえ見てとり、このところ使っていなかったはずの『白銀語』を漏らしてしまう。それくらいには今の短いやり取りで、武の無駄な緊張は解されたようだ。
たしかに今XG-70dは、その攻性そして絶対防壁ともいえるラザフォード場をもって『あ号標的』からの攻撃を一切物ともしていないように見える。
だがラザフォード場を展開しているということは、当然ながらXG-70dからの砲撃も制限されているということだ。事実、原則的に停止することのない機体下面は当然、前後左右の四面にはラザフォード場を展開しているようで、空いているのは衝角触腕が伸びあがってくる本数の少ない機体上面だけと推測できる。そこに設置されている76mm砲以外、沈黙を保っているからだ。
いまこの『主広間』までの侵攻に主力として使われてきた両舷の36mm砲塔群は沈黙したままに、また唯一砲撃を続けている76mmも射角のためにさほど有効な攻撃を行えないでいる。
(再照準ができたとしても、さっきと同じように防がれるだけだ。多分、ほぼ時間差なしでの左右同時砲撃を予定しての諸元を求めようとしての時間なんだろうが、それで撃ち抜けるのか?)
いまも削り続けまた戦術機でも打ち散らしている衝角触腕だが、その数は減っているようには感じられず、BETAの攻勢を体現するかのように無尽蔵に思えるほどだ。
(あの事務次官補殿なら、下手に戦力を温存するようなことは無いだろうから、最低でも左右の連続、おそらくは二射続けての計四発まで予定してそうだけど、それで勝てるのか? ったく、下手な進言をして足引っ張ってるのは俺じゃねぇかよッ)
1200mmの威力を知っており、また本来のXG-70シリーズにおける主砲たる荷電粒子砲の取り回しの悪さも実感していたことから、武は1200mmを本作戦の切り札として提案した。『あ号標的』が固定目標であることからも、まさかそれが先のような手段で防御されるなどとは考えに至らず、第二射以降が必要となる想定はほとんど頭から抜け落ちていた。
1200mm超水平線砲の諸元などは、武はデータ上でしか知らない。ただ戦術機に倍するほどの長大な砲身を持つそれが、本来であれば地表面に固定して運用するものだということくらいは当然判っている。
如何にXG-70dが巨大で、その姿勢制御を抗重力機関によってまかなっているとはいえ、砲撃時に反動が完全にゼロになるわけでもなさそうだ。
『あ号標的』の先の防衛手段を鑑みれば、左右の同時砲撃でも本体を撃ち抜けるかどうか疑問が残る。となれば残弾すべてを使っての連射となろうが、それはそれで少しばかり時間がかかってしまうはずだ。
加えて1200mmは、そのムカデ砲と俗称されるように砲身側面に複数の装薬燃焼室を持つ多薬室砲だ。弾頭だけでなく幾多の燃焼室に対しても再装填が必要とされる。つまりは次弾発射にはそれ相応の時間がかかり、残弾五発を立て続けに撃ち込むということは困難を極めるはずだ。
無論、荷電粒子砲に比べれば再装填の時間は無いに等しいと言えなくもないが、ラザフォード場を再展開するほどの時間ではないために、無防備に機体正面を曝け出すことになる。
『01よりフェアリー各機へ。分隊での相互援護を密としつつ、触腕の対処を進める』
『『『了解ッ!!』』』
『とは言いましても、先端部の破壊は、無理……ですよね?』
『05にしては真っ当な推測かと。また36mmでも腕に当てれば逸らせるのは、間違いないですね』
たしかに想定していた以上に、衝角触腕の速度は速く数も多い。だがそれでもXG-70dは健在で、次射に備えてその威容を誇るように浮かび続けている。だからこそまりもを筆頭に小隊長である貴之と慎二も、いつもの戦闘であるかのように振舞えているようだ。
『サラマンダー00から連隊各機へ。30秒後に1200mmの第二から第五射に入る。衝撃に備えよ』
ターニャからの通達に、衛士の誰もが集中は維持しつつも、それでもやはり意識はどこか浮ついたのか、無線越しにいくつかの安堵の吐息が聞こえた。
次こそ勝てる、とそう思うのも当然だ。
先ほどは無茶苦茶な方法で防がれたが、立て続けにあれを四発も撃てば間違いないと、最悪二発ほどは防がれたとしても、残り二発で地表面ごと抉り潰せると考えられてしまう。
ただ武は、先の『桜花作戦』を経て結果として霞と二人だけ生還した経験を持つ者として、起こりうる最悪の可能性を予感していた。
『10……9……8……前面ラザフォード場、解除』
霞の平坦なまでのカウントダウンが進む中、最終段階として砲撃の妨げとなる前面のラザフォード場が解かれる。
そのタイミングをまるで予想していたかのように、そして今までの攻撃はただのブラフだったと言わんばかりに数倍する量と速度とで敵の衝角触腕がXG-70dを貫こうと伸びかかる。
「ッ! 来るぞ」
『う、そ……多すぎないッ!?』
『ありったけブチ込めッ!!』
直掩を担っていた第一と第九中隊だけでなく、残存する五〇数機の戦術機すべてが自己の防衛をかなぐり捨ててまで触腕の迎撃に架かるが、それで止まるような質量ではなかった。いくつかは36mmで進路を逸らされ側面と底辺に干渉して消えていくが、それでもXG-70dの機体装甲が衝角によって打ち貫かれていく。
『管制ブロック、物理遮断ッ! 連隊全機、IFFを切れッ!!』
「ッ!? 全員ッ、上だッ、ってク、ソッ、XG-70dに注意しとけッ!!」
そして他の「可能性」を知っている武だからこそ、ターニャの逼迫した指示を聞いた瞬間に、状況を理解した。
『え……敵性個体からの回線侵入ッ!?』
(くそッ、早すぎるだろッ!! てか浸食の可能性くらい、ちゃんと伝えてりゃあ良かったってのかよッ!?)
ターニャや霞だけでなく、XG-70dの他オペレーターの声まで流れてくる。それほどまでに想定外の状態のはずだ。BETAが人類製機材に介入するだけでなくその制御を乗っ取るなど、想像できなくて当然なのだ。
『左舷36mm砲塔群、制御不能ッ! 各機回避をッ!!』
「ッ!? 04下がれッ!!」
『冥夜様ッ!?』
下からではなく上、それも『あ号標的』からの攻撃ではない。そんな攻撃があるはずがないという死角からの攻撃。いまだすべての砲座の制御を奪われたわけでもなく、弾幕は薄くそして照準は甘いが、それでも10門近い36mmの砲撃ともなれば狙われた機体はひとたまりもない。
(こっちへの警戒度が高いッ! いや……アッチも他世界線からの情報流入でもあったってのかよッ!?)
まさか色が違うからというだけで狙われているわけではないだろう。XG-70dの直掩という名目を元に、冥夜を護るために最も至近に配置していたことが仇になった形だろう。冥夜の駆る武御雷に対し、制御を奪われたXG-70dからの砲撃が集まる。
真那をはじめ第19独立警護小隊の四機も冥夜を護るべく位置を変えようとするが、脅威は何もXG-70dからの砲撃だけではない。先ほどまではそのXG-70dに集中していた衝角触腕の攻撃が、今は各戦術機へと分散している。近接密集戦闘に特化した武御雷、そしてそれを駆る熟練の衛士である真那たちをして、冥夜の元へと近付くことさえ困難な状況だ。
冥夜の横に並ぶ武だけが、直掩に入ることができた。
「は、はははっ……追加装甲はやっぱり持ってくるべきだったよな」
追加装甲をハイヴ地下茎侵入時の投棄してきたことを悔やむが、文字通りにただの後悔だ。
手持ちの 盾が無かったので、カバーするともなれば今駆っている機体そのものを盾とするくらいしか、咄嗟には思いつけなかった。シミュレーションでは幾度か味わった36mmが機体に着弾する衝撃と、アラートで真っ赤になる視界の中、それでも武は笑うことができた。
冥夜の駆る紫紺の武御雷は、武の機体の背後、一切の損耗もなく健在だった。
『02!? 白銀、其方何をッ!?』
『02、左腕大破ッ、左跳躍ユニットも被害甚大ッ!?』
「あ~まだ、何とか跳べる」
冥夜だけでなく、被害報告をする霞の声にも珍しく動揺が見える。
左腕に抱えていた支援突撃砲はもその腕ともどもにほぼその原型を留めていない。右腕は比較的に損傷は低いが、それでも中破と判定されそうなほどだ。こちらの支援突撃砲にも被害はありそうで、下手に撃てば暴発するだけだろう
報告されるアラートを片隅に見ながらも、背部兵装担架の87式突撃砲でXG-70dの36mm砲座へと向ける。IFFはターニャの指示の前には切ってある。元より命中精度の難のある兵装担架からの砲撃、それもこれほど機体状況が悪化しているとはいえ、目標は至近ともいえる距離だ。適当にこちらを指向している砲座へと36mmを送り返すように畳み込んでいく。
『連隊各機、36mmを優先ッ! こちらの制御ブロックであれば、堪え切れるッ!!』
『了解ッ! 第二大隊全機、艦上方の76mmは後回しで良いッ!!』
『第三大隊ッ、左舷を叩けッ、1200mmは避けろよッ!!』
ターニャの指示と、それにこたえる各大隊からの指示が下る。異常な状況だが、まだターニャを初めとしてA-01は敗北を認めてなどいなかった。
(さて。たしかに一応は跳べるが、跳んだらダメだなこりゃ)
対して武の武御雷は実質的に大破としか言いようがなかった。左の跳躍ユニットはまだ繋がってはいるものの、おそらくは次に点火すれば良くて脱落、場合によっては残存燃料に引火して機体ごと爆発しそうだ。
右の跳躍ユニットは一見損傷は少ないないようだが、片肺での連続跳躍には耐えられそうにない。
一応は脚部での走行はまだできているが左脚にも結構なダメージがあり、触腕を回避しながらの機動は絶望的だ。
時間はさほど残されておらず、思考だけは高速で回る。こうなれば管制ユニットの緊急脱出システムを使用するかとも考えるが、脱出システムたる89式機械化歩兵装甲はあくまで緊急離脱用の物。純粋な戦闘用の87式に比べて稼働時間は長くとも兵装に乏しい。
触腕に対抗できる火力の無い強化外骨格など、ただ邪魔なだけとなりかねない。
『来い、白銀ッ!!』
「え……は、って、何やってんだよッ!?」
武が考え込んでいた時間などほんの数秒だろうが、その間に冥夜は機体を寄せてきていただけでなく、コクピットブロックを開き手を差し伸べてくる。
「ってすぐ閉じろっ、さっきと違ってって中尉殿までかよ……」
『こういう時のための複座化であろう。危険と判断するならば、其方こそ急げ』
冥夜の意図を察したのであろう、真那以下四機の武御雷が、武と冥夜の周囲をカバーしている。おそらくは言いたいことが溜まっていそうな四人の視線が、フェイスウィンドウ越しであっても武にはきつい。
これ以上のやり取りは本当に足を引っ張っているだけだと割り切り、武もコクピットブロックを開き、武御雷の腕を伝って、その先、さし伸ばされた冥夜の手を取る。
「其方は後席に。あと機体制御も任せる」
「了解ッ、ついでに背部兵装担架も、か?」
「ふむ? 教官補佐殿は私の射撃の腕を信用に値してくださる、と?」
「は、ははっ、わかったわかった。そっちは74式の、刀の制御に集中してくれ、後はこっちで合わせる」
タンデムのコクピットといえど、さすがに直接声を交わせたのすれ違った瞬間だけだ。あとは分隊内通信ではなく、機内通話に切り替えてのやり取りとなる。
『You have control.』
「I have control.」
「02よりフェアリーおよびブラッド各機へ。お騒がせいたしましたが、戦線に復帰いたします」
『01より02および04へ。02はロストとして扱う。今後は御剣に代わり白銀を04として命ずる』
「04、白銀了解」
『同じく04、御剣了解』
戦闘途中に衛士が入れ替わることは、BETA大戦においてはこれまでも幾度もあったことだ。混乱を最小限にするためにも、コールサインは衛士ではなく機体ごとに割り振られている。
「さて、と。とはいえやることは変わんねぇ、か?」
XG-70dの36mm砲塔群はほぼ無力化できたが、主目標たる『あ号標的』は健在だ。実質的な連隊指揮官たるターニャからの追加の指示が下されない今は、先ほどまで同様に衝角触腕への対処を続けることとなる。
『そうだな……。ああ、せっかくの機会だ、戦いながらで良いぞ。少し聞いてもらえるか?』
「どうした? 別にいいが、珍しいな?」
冥夜が訓練を含め、戦闘中にこのように言葉を挟んでくることは、武が知る限りは数えられる程度だった。
『言うべきか、いや……伝えるべきかどうか悩んではいたのだが、なッ!!』
話しながらも武は手を止めることなく機体を制御し、背面の突撃砲を最低限に撃ち続けていく。その上で、火器管制をさらに特化した形となるが、冥夜が打ち込むであろう位置に機体を進みいれる。
そして冥夜もそのタイミングが判っていたように触腕へと刃を立て、打ち逸らす。
本来ならば同じ武御雷といえど黒と紫紺では別の機種と言える程度には機体反応に差がある。
ただ武が先ほどまでに乗っていた武御雷は、黒でありながらその実はC型でなく白の譜代用A型であり、さらには本作戦に際して密かに跳躍ユニットのエンジンをAおよびC型のFE108-FHI-223からF型などに採用されている225に換装していた。
さすがにR型に搭載されている227は予備が持ち出せなかったと、斯衛の整備班長から頭を下げられたときは、武としてもどう対応していいのかわからなかったほどだ。
それ故に緊急時に乗り換えたとはいえ、さほどの違和感なく操作できていた。
「で、何かあったか?」
『まずは、そうだな伝言じみた言葉となるが、其方に謝罪と、その上で心からの感謝を』
「詫びられるような記憶は……」
『其方に、撃たせてしまったこと、だ』
「ッ!? 御剣……お前?」
危うく機体操作を失敗するところだった。可能性はあるかもしれないと思いながら、目を瞑っていたことの一つを突きつけられ、どうしても動揺してしまう。
『先ほど。見た、というよりは経験した、というべきか。其方への想いを秘めながらそのままに逝くつもりであったが、要らぬことを口走った上に、自らでは最後を引くこともできなかった愚か者には望外の末期であったよ』
「あれは、あれは、気が付けなかったオレが……」
『其方に責などない。鑑にも、だ。踏み出せなかったにもかかわらず、下がることもできなかった我が身の不甲斐なさが招いた結果を、其方に押し付けてしまっただけだ』
武の言葉を否定し、撃たせた「御剣冥夜」が悪かったと笑ってみせる。
当たり前だが、冥夜は前席から振り返って、直接視線を合わせるようなことはしない。それどころかフェイスウィンドウにすら眼を落とさない。ただ眼前を、断ち切るべき何かを見通しているように、視線を遠くへと送っている。
『その上で、だ。それでいて私はアレが羨ましいとも思ってしまったのだ』
「ん? どういう、ことだ?」
『想うた相手、其方にそれほどの痕を残すことができたのだ。だからこそ羨ましくも、妬ましい。だからこそだ、一つ命じるぞ、良いか?』
「オレができる範疇のことなら、な」
話しながらも二人ともに、周辺の排除を続けていく。
XG-70dの制御を奪いつくしたのか、先ほどまで以上にこちらに向かってくる触腕の数が増えてきた。
『では……冥夜と呼ぶがよいっ!!』
「は? は、はははッ、そうだな、そりゃそうだ」
『代わりにだ。私はこれより其方のことをタケルと呼ぶぞ、タケル、良いな?』
今武の眼前に座り、こちらを見ずとも全幅の信頼を、それどころか文字通りにその生死さえをも委ねてくれているのは、冥夜だった。
名字で呼ぶことで別人だと割り切ろうとするなど、そもそもが武にできるようなことではなかった。ちゃんと正対したその上で、懺悔する対象ではないと、認識するべきだったのだ。
それを本人から突き付けられて、ようやくはっきりと自覚できた。
武がAL世界線で自らその命を奪った者とも、UL世界線で笑って欲しいと願いながらも『煌武院悠陽』であることを強いてしまった者とも、まして先ほど満足に言葉も残せずに別れてきたEX世界線の者でもなく、ただ今この場の「御剣冥夜」が前にいるのだ。
その彼女を「悠陽」の影のような立場に立て、この最前線たる喀什まで連れ出したのは武だけの責ではないが、間違いなく一因ではある。ならばその命を失わぬように、そしていつか心より笑ってもらえるように武の持つすべてを尽くすべきは、当然のことだった。
「判ったよ冥夜、こちらも代わりと言っちゃなんだが、あの邪魔なヤツを叩き潰して、その上で皆で殿下の元に帰って、ちゃんとお前には笑ってもらうぞ」
『ッ!? それは……ふむ。なかなか難題だぞ、タケル」
どうすればいいかなど、武よりも頭のいい連中は周りにたくさんいるのだ。周囲と相談しながら解決していけば、不可能ではないと笑ってみせる。
『まったく……やりたくもなかった次善策の準備だったが、無駄にならずに済んだと喜ぶべきか』
これ以上待つようならば予備計画へと移行するよう進言すべきかと武が考え始めた頃に、ターニャの声が全隊へと響き渡る。
いつも以上にどこか気だるげな厭世的とも皮肉げともいえる声を耳にして、武だけでなくA-01の誰もが勝利への希望がまだ潰えていないと思い起こされた。
『連隊諸君、あと200秒稼ぎたまえ。それで終わらせる』
その声とともに、XG-70dの機体頭部ともいうべき制御ブロック付近のエアロックが弾け飛び、そこから小柄の人影が虚空へと飛び出した。
なぜか投稿予約が通ってなくて慌てて上げ直しましたが、まったりしつつ『あ号標的』対処です。原作だとあの触手攻撃がどれくらいの範囲で規模なのかよく判ってないのでちょっとモリモリしようかとも思いましたが、この程度で。
で、さすがにあと二回あれば終われるはずーっで、次で『あ号標的』潰して最後はエピローグっぽい何かになる予定ですので、あとしばしお付き合いください。
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