Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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梏桎の携挙

 

 我らが中隊付きCP将校にして、実質的には連隊指揮官。いやもはや本進攻作戦を統括する最高司令官。本来ならば夕呼同様に横浜基地最深部にて全軍を総括すべき人物が、なぜかXG-70dに搭乗したのみならず、単身の最前線どころか最重要目標たる『あ号標的』の前へとその身を曝け出している。

 その身長に合わせて専用に誂えられた衛士強化装備の上に、同じく専用の国連軍コートを羽織り、帝国軍の自動小銃を構えた姿で、だ。

 

 それだけでも異常な事態だが、先ほどのターニャの動きはさらにおかしい。

 

 

 

「は? ……いや、ちょっと、さすがに無茶苦茶だろッ!?」

 

 武の視界に映ったのは、XG-70dの頭部とも言うべき管制ブロック付近の耐圧壁を噴き飛ばし、そこから1200mm超水平線砲を収納する右腕部へと飛び降りたかのようなターニャの姿だった。

 

 XG-70dの全高は200m近い。加えて今は飛行移動ということで地表面からはそれなりの高度を取っている。頭部とも言うべき管制ブロックは最も高い位置にあり、下手をすれば300mほどの位置だ。

 そこから降下において牽引用ワイヤーを用いたとも思えぬ動きで、ターニャは30mほどを飛び降りたかのように武には見えたのだ。

 

 

 

『ん? どうしたタケル?』

「どうしたって……ああ、見えなかったのか。まあ、いいや……たぶん」

『ふむ? 集中は切らさぬようにな、パイロット殿?』

「りよーかい、だ」

 

 36mm砲塔群を無力化が完了したことでXG-70dに注視していた者が少なかったようで、直掩という任務上もっとも近い位置取りをしていた武以外にはターニャの行動を視認した様子が無い。

 

 XG-70dの制御を奪ったからか、『あ号標的』からの衝角触腕による攻撃は各戦術機へ向けても分散される様になっている。周辺視界を広く取るようにと訓練されている衛士であっても、そこまでの余裕があるわけではない。

 武とて、近接戦闘を冥夜に一任しするためより広く見渡していたから目に入った程度だ。

 

 

 

(いや、たしかに跳んで降りたって感じじゃなくて、飛んでたよ、な? まあ今は普通に立ってるようには見えるが、それはそれで異常だよな)

 

 冥夜からは呆れたかのような口調で流されたものの、やはり先ほどの印象は気になってしまい、あらためてXG-70dと、おそらくはその外壁に立っているであろうターニャを探してしまう。

 武御雷の光学センサを用いれば、その外壁上にコートを棚引かせながら立っているターニャの姿は見つけられた。

 

 一応は水平が保たれてはいるのだろうが、XG-70dの外壁面は水上艦などと違い、航空機の設計に近く、クルーが移動するようには想定されていない。整備などの都合もあり、ある程度は歩けるようにはなってはいるとはいえ、あくまで停止状態でかつ作業スタッフも安全索などを用いた上でのことのはずだ。

 なによりも周辺を衝角触腕や36mmの砲弾が飛び交う戦場の中、強化装備にコート姿という、無防備ともいえる姿で立っていれるという精神性に驚くしかない。

 

 とはいえ『あ号標的』からの干渉を受けている以上、下手に電子機器を間に挟んだ処理では介入される可能性が高い。可能か不可能かは武には判断できないが、1200mm超水平線砲を機械的な手段で直接に制御するしかないのだろう。

 

 

 

 そしてそんなターニャをただ観察して続けるような余裕もない。1200mmの再砲撃とを想定している限りこれ以上の被害をXG-70dには許容できようもなく、迎撃の手を緩めることなく武は半ば無意識的に機体を最適な位置へと移動させ続けた。

 

 自機に向かってくる衝角触腕は最低限の機動で回避し、触腕部分を冥夜の精密な操作でもって一刀に断つ。周辺の小隊機へと向かうものは、武が背部に懸架されたままの突撃砲で牽制し、その軌道を妨げる。

 時間を限られているとはいえ、些細なミスが先ほどのように致命的な事態を招くことは明白だ。意図して軽口でも叩かなければ、むしろ緊張から操作を過つ。

 

 

 

『200秒稼げとのお言葉ですが、それに合わせて意見具申宜しいですかな?』

 

 武だけでなく第一中隊の他の動きを見る限りは、時間を稼ぐだけならば何とか可能かとも思われたが、それはあくまで小隊副長程度の視界からでしかなかったようだ。

 楽観視しそうになっていた武とは異なり、第二大隊隊長からターニャへの提言が無線に流れる。やはり部隊全隊で見れば状況は押されているようだ。

 

(って当たり前か。XG-70dからの支援砲撃が完全に止まってるんだ。単純に投射量だけでも二割減、といったところなんだよな)

 

 制御を奪われたXG-70dの36mm砲塔群はすべて無力化した。本来ならばそれは『あ号標的』に向けられる戦力であり、当然それらが失われた分の制圧能力は減少している。

 

 

 

『何かね? 可能なことならば採用しよう』

『第二大隊全隊を用いての、予備の第二計画への移行を進言いたします』

 

 それでも第二大隊隊長の進言は、武の予想を超えた。

 

(予備の第二計画……って、残余戦力すべてを使っての吶喊かよッ!?)

 

 1200mmが無効化された場合の計画を、まったく立案していなかったわけではない。ただそれがほとんど現実味の無い、成功率の極めて低い計画だったというだけだ。

 1200mmを超える破壊力のある兵装など戦術機が携帯可能な中では実質一つだけだ。以前より企図されており、そしていまだ一切の成功例の無い計画、それがS-11の多重起爆による反応炉、頭脳級に対処できる唯一のプランだった。

 

 実のところそれさえも失敗した場合の最終計画としては、XG-70dのML機関を暴走させることで、巨大なG弾として運用するというものもあるが、それはさすがに本当の意味での最終手段だった。

 

 

 

『……ふむ。許可しよう。ただしあくまで時間稼ぎの陽動として、だ。無理をしてのS-11設置までは求めん。加えてこちらからの投射直前には射線上からの退避を優先せよ』

『ありがとうございます。大隊員諸君、聞いての通りだ、これより第二大隊全隊は「あ号標的」に向け、吶喊する。各員の奮闘に期待する』

『『『了解ッ!!』』』

 

 ターニャとしても成功確率の極めて低い部隊運用に躊躇ったのか、あるいはただ判断のための時間だったのか、返答はわずかに遅れたが結局は第二大隊の突撃を許可した。

 

 第二大隊全隊といえど、ここまでの侵攻での損耗もあり大隊36機が揃っているわけではなく、よく言って増強中隊、それも全機何らかの損傷を受けているような状態だ。目標たる『あ号標的』までは2kmと無いとはいえ、闇雲に突撃して成果を出せるはずもない。

 

 だからこそ、本来ならば後衛であるはずの制圧支援や砲撃支援装備の者たちまでもが一丸となって推し進む。そしてそれを受けてか、『あ号標的』の対応にも変化が出た。

 

 

 

 戦術機は陸戦兵器ではあるものの、瞬間的であれば700km/hを超える速度を叩き出せる。 『あ号標的』本体までなど文字通りに一足飛びの距離ではあるが、それは被害を度外視すれば、という条件が付く。陽動を兼ねつつ、また場合によってはS-11の敷設までをも見込めば、闇雲に進むだけでは即座に磨り潰されるだけだ。

 

 BETAの対応は極めて単純だが、それ故に正確だ。

 より脅威度の高い対象を優先して排除しようと、対処してくる。先ほどまでは間違いなくXG-70dが最優先であったが、今は接近しつつある第二大隊の排除を企図した動きに切り替わりつつある。

 

 超頭脳級といえど、どこまでの判断能力があるのかは定かではないが、陽動と判ったとしても対応しなければならないだけの圧力が第二大隊の動きにはあった。

 

 

 

『01よりフェアリー各機。敵の圧力は下がったが、気は抜くな。これ以上の損耗は決して認められん』

『『『了解ッ!!』』』

 

 一瞬の揺らぎを嗜めるように、まりもは指示を下す。たしかにXG-70dへの攻撃はわずかに緩んだかのように見えるが、ターニャはもちろん、切り札ともいえる1200mmへの被害は許容できようもない。

 第一中隊の皆はそれぞれに損傷を受けてはいるが、武以外にはまだ中破以上の損傷を受けている機体はない。残りの時間を稼ぎ出す程度は、不可能ではなかった。

 

 

 

 

 

 

『まったく……これでは何のために荷電粒子砲を外して1200mmを積んできたのか分からんな』

 

 第二大隊と、それに対応するかのような『あ号標的』の動きを踏まえ、いつも通りに淡々とターニャが愚痴を零してみせる。ある程度は戦闘指揮官としての余裕を見せるためのポーズなのだろうが、半ば以上に本心が漏れ出ているようだ。

 

 たしかに初弾を外し、再装填しながらの連射ともなれば、即応性というべき1200mmの利点は無いに等しい。むしろ荷電粒子砲であれば先の砲撃で終わらせていたかもしれなかった。

 

『さて。友軍に次ぐ、衝撃に備えよ』

 

 内心に後悔はあるやもしれぬが、それでもターニャは普段通り、ただ眼前に積み上げられた書類を整理するかのような単調さで、命を下す。

 

 

 

 ――主よ、我が祈りを聞き 我が願いに耳を傾けよ。

 ――天上の世界から鉄槌を下したまえ。

 

「……は?」

 

 普段同様だったはずのターニャの退避命令に従い武はXG-70dの側方へと位置を取るが、続いて漏れ聞こえた言葉に意識が取られてしまう。

 ターニャの人となりを僅かばかりとは言え知っているからこそ、今の行動の異常さに対応が遅れる。あのターニャが神に祈るなど、けっして付き合いが長いとは言えない武であっても、普段耳にすれば笑い飛ばしてしまうような話なのだ。

 

 

 

 ――去ね。不逞の輩よ。ここは、我らが星、我らが空、我らが故郷。

 ――汝らが、祖国に不逞を為すというならば、我ら神に祈らん。

 ――主よ、祖国を救い給え。主よ、我に祖国の敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ。

 

 その異常さゆえに、全周から伸びてくる衝角触腕の対処を続けつつも、ターニャの動きを目で追う。そしてその言葉以上に異様な光景に、今度こそ手が止まってしまった。

 

「飛んで、る?」

 

 XG-70dの右腕、その上に立っているのではなく、その横にターニャは浮かんでいる。帝国陸軍の正式採用ライフルを綺麗な姿勢で構えつつ、その足はただ何もないはずの空間を踏みつけていた。

 先の制御ブロックから飛び降りたのならば、また牽引用ワイヤーでも使ったのだろうと思い込めたが、今は文字通りに「飛んで」いるように見える。

 

 

 

 ――信心なき輩に、その僕らが侵されるのを救い給え。

 ――神よ、我が敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ。

 

 『主縦坑』からわずかに覗いていた青空が、今は目に入らない。その『主縦坑』から届くはずの光は、しかしただこの狂い始めた空間において、ターニャだけを、照らし出す。

 

 無線機を通して聞こえてくるターニャの声。幼い声音で謳い上げられるのは、「神」への真摯な祈りと賛歌だ。だが武には、そこから敬虔さではなく、どこか暗く濁ったかのような呪詛じみた想いを感じ取ってしまう。

 そして連隊内のオープンチャンネルで流れるそれを聞くのは武だけではない。隊内の誰もがターニャの呪詛にも似た祈りに聞き入っている。

 

 

 

『壁面……いや空間に歯車?』

『光の、翼?』

『……御使い』

 

 ギチリ、ギチリと、ありえざる巨大な歯車が廻り、ひと歯進むごとに世界が書き換えられていく。

 

(世界間の移動とかじゃねぇ……これは世界そのものが、書き変えられてる?)

 

 幾度か世界の壁を渡ったことのある武だからこそ気が付けたのか、いま眼前で行われているのは、そういった個体レベルの移動ではない。世界自体を動かしているのか、あるいは世界の理そのものに干渉し、書き換えているかのように感じられる。

 

 むしろ「カガミスミカ」が幾度も成し遂げたという、世界の再構築の一環なのではないかとも思える。

 

 

 

 ――聖徒よ、主の恵みを信じよ。我ら、恐れを知らぬものなり。

 ――運命を嘆くなかれ。おお、主は我々をお見捨てにならず!!」

 

 恍惚と。ほとんど悦ばし気にターニャは謳い上げる。怨敵ともいえるはずの『あ号標的』を目の当たりにしているはずが、むしろ相見えたことに感謝の祈りをささげているかのようだ。

 

「……いや、なんだ、なんなんだよ、アレは?」

 

 魔法、あるいは魔術。

 EX世界線での知識から、このありえざる物として言葉は脳裏に浮かび上がるが、口に出してしまえばそれが確定してしまいそうで、恐ろしい。絡み合い刻み続ける存在するはずのない巨大な歯車は、かつての世界でゲームやアニメで見ていた「魔法陣」というものを武の脳裏に想起させる

 

 

 

 ――遥か道の果て、我らは約束された地に至らん。

 

 普段の無表情とも、作った嗤いともまた別だ。

 綺麗な澄んだ瞳、一片の狂気すら感じさせないその目で、真摯に信仰を告白する。

 

 静かに、聖唱されたその言葉が終わりを迎える。

 その直後、膨大な光量が1200mmの砲身から迸る。砲身から漏れ出す、黄金とも白銀とも言える煌めいた膨大な粒子が『あ号標的』を貫き、直後に戦術機の機体さえも叩き付けるかのような轟音と爆風とが『主広間』に響き渡った。

 

 先のG弾にさえ比較できぬほどの衝撃の後、復調した視界の先には荷電粒子砲とはまた違った、何か純粋にただただ熱量でも押し加えたかのような砲撃の痕跡だけがあった。壁面もガラス状に変質しており、どう見ても1200mmの着弾には思えない。

 だが、事実として、そこに存在していたはずの『あ号標的』は消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

『……ああ、神よ。次は貴様を切り刻んで豚の餌にでもしてやろう』

 誰もが声一つ漏らせず指先さえ動かせないような緊張の中、先ほどまでは神を讃えていたとは思えぬほどに怨嗟に満ちた声音で、忌々しげにターニャが呟く。

 

『ッ!? 「あ号標的」、し、消失していますッ!!』

『残存BETA群、急激に進攻中ッ!! っ、いえっ、ただ、移動していますッ!?』

 それに続き、皆が今まさに目覚めたかのように報告を上げ始めた。

 

『落ち着きたまえ。事前想定の範囲内だ。全軍に通達、排除よりも防衛……いや生存者の救出を急がせよ』

 

 先ほどの怒りなど一切感じさせぬ、普段通りに淡々とした声で、ターニャが指示を下す。反応炉たる頭脳級の停止とともに残存BETA群が隣接するハイヴへと移動することは武とターニャにとっては既知の事実だが、この世界においては初めて観測される事象だ。

 敵の損耗を図るためにその逃走を妨害することよりも、それに伴って齎される損害を憂慮すべきだ。いまは下手に対抗せずに、防衛に徹する時だった。

 

 

 

『第一目標たる「あ号標的」との接触、およびその排除に成功した。作戦は完了だ』

 

 喜びも感動もなく、ただ与えられた職務を遂行したと言わんばかりに、ターニャは事実となることだけを述べる。

 こうして、この世界における初のハイヴ攻略は成功を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょいと短め、かつあっさりと『あ号標的』撃破~でぬるっと喀什攻略完了です。デグさんの詠唱パートをどうしようかとアレコレやっていたらこういう感じになってしまいました。

間に『あ号標的』さんとの会話?も淹れるべきかなぁ……とも思いましたが、お話用端末(?)を用意するのがアレでナニだったので、無かったことに。そもそもこのお話だとただの現場管理端末の『あ号標的』から対話で引き出すような情報は、さほどの価値が無いのでは、とも?

一応次回の事後報告的な回で完結するはずーですので、お付き合いよろしくお願いいたします。


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