Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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座学継続~今回は兵器関連(戦術機除く)の説明です。


感得の欠如

「さて以上のように1990年代からユーラシア北東部も主戦場の一つとなったのだが、人類の努力によるいくつかの要因が加わり、それ以前よりは間違いなく頑強に抵抗が可能となった」

 207Bの座学は、武という格好の「言い訳」を与えられて単なる復習ではなく、任官後に必要になるであろう様々な知識に波及していた。そして1992年からの重慶防衛戦の話の流れで、まりもはふと思いついたような態度を取りつつも、おそらくは予定していた話に持っていく。

 

 

 

「例えば、この時期に戦車の世代交代が進み、機甲師団の対BETA対応能力が向上したことも大きい。戦術機とは世代の概念が異なるが、西側の戦車の第二世代と第三世代の大きな違いは何だ、榊?」

「はい。単純な区別としては、第二世代は105mmライフル砲を、第三世代は120mm滑腔砲を搭載しています」

「そうだ。詳しい説明は貴様らが衛士訓練課程に入ってからとなるが、120mm滑腔砲であれば大型種にも十分に対処できる」

 

 BETA大戦最初期の主力戦車は第一世代がまだ多くを占めており、90mm程度の口径が主流で、当然ながら突撃級の前面外殻を撃ち貫くには非常に接近する必要があった。

 70年代から配備が始まった第二世代戦車でも、まだ火力が足りなかった。改良が進んでいる現在の105mm APFSDS弾であれば問題もないが、第二世代が登場した当時では侵徹力不足が指摘されていた。

 90年代に入り、120mm滑腔砲を主兵装とする第三世代戦車が揃い始めてようやく戦車部隊が対BETA戦において実効的な能力を有するようになった。

 

 

 

「無論、第三世代戦車と言えど装弾数の問題などから、対BETA戦においては主力足りえない。ふむ……帝国陸軍の現在の主力戦車、90式戦車の装弾数はいくつだ、鑑?」

「え、えぇっ……と。戦車の主砲の、装弾数……ですか」

 いきなりの質問の上にまったくもって知識にないようで、純夏は起立したままであたふたとするという器用な真似をしている。

 

(昨日のデグレチャフ事務次官補の推察?というか妄想が本当だったら、ある意味ではコイツが一番の被害者ってことなのか)

 教師に当てられて慌てふためくという純夏の姿を目にして、武はふと「よく見知った」他世界線の鑑純夏を思いだし、比較してしまいそうになる。だが「被害者」と思い浮かんだもののいかなる「害」を与えられたのかが今の武には理解しにくい。

 鑑純夏はこの世界においても、まあ間違いなくそれなりの美少女、と言えるはずだ。今後BETAの日本侵攻が本格化して男が減ったからと言って、相手を選ぶのに苦労することはないはずだ。幼馴染だからと白銀武に拘る必要も、ない。

 

(ま、だいたい幼馴染ってそんなに特別な物か?とか、今の俺がそう考えてしまうってことこそ「カガミスミカ」の選択の結果だとしても、こっちの鑑もそう考えてくれるんなら実は問題ないんじゃねぇの?)

 半ば以上に投げやりだが、理屈で恋愛感情が芽生えるはずもなく、かと言って憎むということもなく、純夏に対する感情にはいまだ結論が出せないでいる。

 そもそも問われて慌てふためく姿を見て可愛らしいと思う前に、陸軍としての知識くらいは自習しておけよと考えてしまう時点で、同僚とは見ているものの女性としては感知していないともいえる。

 

 

 

 

「あの……200発、でしょうか? ……いえ、申し訳ありません、知りませんっ!!」

 武がそんなことを考えている横で、純夏のほうといえば考えても答えの出ない、知っているかどうかだけの問いに対し諦めたようですっぱりと言い切っていた。

 

「多すぎだ。で、白銀、何やら余裕そうだな。答えてみろ」

「ぅえっ、はいっ、90式戦車の装弾数は18発であります」

 少しばかり別のことを考えていたのは、まりもにはお見通しだったようで、純夏の次に問われる。だがどこかで聞いたことがある話だったので、慌てつつも数字は答えられた。

 

「……残念ながら、それはマガジンに装填されている数だ、白銀。まあそれを『装弾数』と言う場合もある。ただ車内にある総数としては予備を含め40発だ。分速15発を誇る最新鋭といって差し支えない砲だが、それを撃ちきってしまえば、後方に下がるしか無くなる。継戦能力という面では戦術機には比肩できん」

 武がうろ覚えではあるものの、あながち間違いとは言い切れない数を答えてしまったせいで、感心されたような呆れられたような中途半端な顔で、まりもが説明を続ける。

 

「このあたりの知識は、衛士訓練には必須ではないが、友軍の兵装くらいには興味を持っておけ。まあ腕立て伏せは免除してやる」

 

 

 

 

 

 

「ふむ……いい機会だ。貴様らは戦術機に乗るために衛士を目指しているが、対BETA戦において有効な兵科とは何だと考える、彩峰? 理由も合わせて延べよ」

 衛士訓練における座学の内容としては脱線に次ぐ脱線だが、今日の座学の本題はここだろうと思わせる物が、まりもの声にはあった。

 

「……はい。航空戦力が利用できない現状では、戦術機、と考えます。先の教官のお話にもあるように、機動力と携帯弾薬数などの面から持続的な戦線構築にもっとも適した兵科だというのがその理由であります」

「なるほど。個々の耐久性ではなく、機動火力による戦線維持能力、ということか。では、榊は?」

 慧の答えに直接的な正否は告げず、次に移る。

 

「作戦立案と、それを実行に移す兵站……などということでなければ、やはり戦術機だと考えます。彩峰に付け加えますと、移動速度が速い、そして行動半径が広いことから、防衛時においても前線を重要拠点から遠く離すことが可能だと推測します」

 先程までの座学の内容を踏まえ、千鶴は補給面なども考慮するが、答えとしてはやはり戦術機を推す。これに対してもまりもは正否を告げない。

 

「御剣は……。ふむ? 面白そうな顔をしているな。せっかくなので、貴様には最後に聞いてやろう。では珠瀬?」

 どこか思い悩むような顔で、それでいて答えが判っていそうな冥夜を、わざと抜かす。

 

 

 

「砲兵だと考えます。戦術機では面制圧能力に欠けるために、長射程と高い面制圧能力を持つ榴弾砲やMLRSなどのロケット砲がもっとも有効だと考えます」

「なるほどな。ある意味でもっとも単純な火力、というわけだ。では鑑は?」

 

「海軍になりますが、戦艦を筆頭とする各種艦艇と考えます。戦車は、先ほどの話を含め弾数に制限があるからこそ主力でないとするならば、豊富な弾薬積載量と、長い射程を誇る艦砲こそが主力足りうると考えます」

 壬姫の陸軍における火力の要ともいえる各種砲兵力に対し、純夏は判りやすいまでの大艦巨砲主義を主張する。

 

「珠瀬と鑑とは似たような意見か。鎧衣はどうだ?」

「火力及び投入場所を選ばないという点から見て、戦術機再突入殻を含む軌道爆撃だと考えます」

「ああ、米軍の戦略軌道軍などだな。さて。では白銀はどうだ?」

 

「地表での防衛戦や間引きなどに関しては、戦術機では殲滅能力に欠けます」

 武としては戦術機の有用性とその脆弱性、そして結局のところの火力不足などは身に沁みている。そして、まりもの話の先は理解しつつも「戦術機だけ」を使わなければならない場面の話を、207Bに説明しておく。

 

「ただ対BETA戦を、ハイヴ攻略という点にのみ注目すれば、戦術機です。消去法的ではありますが、現状では戦術機以外ではハイヴ内戦闘を満足に行えません」

 ハイヴ内は巨大なアリの巣、と言ってもいい。立体的に交差する巨大迷路のようなその中で、戦闘行動が可能なのは戦術機くらいだ。中に入ってしまえばなぜか光線級がレーザー照射をしてこないとはいえ、ハイヴにヘリなどで侵入しようとすれば、それまでに間違いなく撃ち落される。

 ハイヴ内の機動という面だけで言えば、次点では機械化歩兵となるかもしれないが、こちらの場合は単純に火力も機動性も低すぎる。

 

 

 

「よし、では、御剣は?」

「はい……教官の問いに関する答えといたしましては、今まで皆が上げたものを含む、人類の『全軍』だと考慮いたします。理由としてはそのどれもが単独では持てる能力のすべてを発揮することができないからであります」

 どこか煮え切らない口調で冥夜が言う。昨夜の武との会話や、今までのまりもの問いの流れからそう答えるしかない。

 答えの正しさには自信を持ちつつも、そう答えるように誘導されたことに、少しばかりの悔しさがあるのだろう。自身で考えて導いたものではないのが歯痒いようだ。

 

「その通りだ。さて御剣に言わせるような形になったが、今皆が上げたものはそのどれが欠けたとしても対BETA戦においては万全とは言えない」

 先陣を斬る軌道爆撃に、戦線を構築する前衛たる戦術機、後衛として最大火力を投射する火砲や艦艇。そしてそれらを援護する機械化歩兵に各種の戦闘車両など。

 

「結局のところは統合運用されてこそ、各兵科はその力を如何なく発揮できるということだ」

 

 

 

 

 

 

「なにやら協力と団結こそが人類の力だ、などと綺麗に終わらせるのも良いが、少しばかり時間があるな」

 午前の座学の最後の締めに何か予定しているようで、にやりとわざとらしいまでに偽悪的にまりもが嗤い、映写機を設定し一枚の写真を映し出す。

 

「これこそが重慶防衛からほぼ10年、東アジアだけでなくユーラシア全域で最も対BETA戦において活用されている『主力兵器』だ」

 

「……え?」

 誰かが言葉を漏らした、いや全員が声を出してしまった。それはその「主力兵器」に驚いたのか、それともそれを操る「兵士」へのものか。

 

 砂にまみれ、元の塗装など判別もできないようなピックアップトラック、その荷台には二門の砲を備える対空砲らしきものが設置されていた。そしてドライバーも砲手らしき者も、助手席で突撃銃を構えている者も誰もが、襤褸切れのようになったシャツとズボンだけしか身に着けていない。

 そして彼らは、まだ10才を少しばかり過ぎた程度にしか見えない少年兵とも呼べないような「子供」だった。

 

 

 

「ある面において、陸上戦力の中核と言えるものが、これら武装ピックアップトラック、通称テクニカルと呼ばれるものだ。ああ、これは搭載しているのがおそらくはZU-23-2だと思われるから、まだ良い装備だな」

 ZU-23-2はその形番が表わすようにソ連製の23mm連装機関砲で、対空機関砲として設計された。旧式ではあるが安価で扱いやすく耐久性が高いという特徴から、共産圏を中心に多数の国で使用されている。

 

 BETAは光線級以外は遠距離攻撃手段を持たない。

 戦術機もそうだが、戦闘車両においても装甲による防御性能の向上は、対BETA戦においてさほどの意味が無い。そうなれば装軌式の高価で鈍重な自走対空砲ではなく、装甲もないトラックに対空砲や重機関銃を備え付けただけの物の方が「効率的」なのは確かだ。

 

(主力戦車でも戦車級にバリバリ噛み砕かれてたからなぁ……)

 一早くショックから立ち戻った武だが、それでも落ち着けたわけでもなく、どこで見たのか定かですらない、助けられなかった者たちの記憶を掘り起こしていく。

 

(それにまあ、たしかに23mmの連装なら戦車級くらいは相手できるけどよ……)

 機械化歩兵の兵装にもあるが重機関銃の12.7mm以上であれば、小型種はもちろん中型種も撃ち抜ける。

 そしてまたBETAも大型種であったとしても、全身を外殻で覆っているわけではない。距離にもよるが20mm砲弾であれば、それなりの効果を発揮できる。それに相手が勝手に近づいてきてくれるのだから、多少射手が下手でも弾をばら撒けば当たることもあるのだろう。

 

「ピックアップ自体はただの市販車だからな。不整地走破能力は間違いなく装軌式に劣るが、その分整備性も高ければ運転性も良好だ。適当に走らせるだけなら一日もあれば教え込める。無理矢理荷台などに括り付けた『銃砲』も、撃って弾薬交換する程度なら簡単だ。なによりも『人的資源』を含めて考えても非常に安価というのが良いそうだ」

 

 ご覧のとおり、使っているのは10を過ぎた程度のガキどもも多い、と続ける。あとは崩壊した国家から逃げ出してきた軍人崩れの民兵や、避難民キャンプから一縷の望みを抱えて出てきた志願兵だという。なるほど衛士を教育することと比較すれば、それは確かに「安い」のだろう。

 

 機械化歩兵用の強化装備どころか、正面防盾さえない機関砲が「程度の良い」装備なのだ。少年兵が操るそんな即席兵器が、これが主力装備だと言われてしまうような現状こそが、現在の対BETA戦の実態だった。

 

 

 

「さて。貴様らがいかに恵まれた、選ばれた存在か理解したところで、その期待に応えられるように一層の努力を期待する。以上だ」

 まりもに促され、自動的になされた号令と敬礼。

 おそらくは訓練小隊結成以来最も揃っていないそれをもって、午前の座学は終了した。

 

 

 

 

 

 

 




前回に続き座学~で、結論「TOY○TA SUGEEE!!!」
……マブラヴ原作では影薄いというか、存在するよね?

さすがにマブラヴ世界ではトヨタ戦争(チャド内戦)はなかったでしょうが、概念的にはWW2のイギリスL.R.D.G.のデザートシボレーあたり、テクニカル自体はまあ70年代末には出てきますし、対空戦車の対BETA戦転用よりは便利なんじゃね?という感じです。106mm無反動砲とか積んでたら要撃級くらいまでは相手にできそう(ただし生き残れるとは言っていない)

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