Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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否定の識見

 対BETA戦の主力ともいえるのが少年兵の操る半ば以上に使い捨てのテクニカルだと知らされ、自分たちの立場の意味と価値とを問い直せとも言われた午前の座学。その最後の衝撃に昼食の際には皆言葉もなかった。

 そんな皆の様子を確認した上で、武は個々人が考えを整理する時間も必要だろうと、その時は何も告げなかった。そして午後の教練までの時間を使い、皆とは一旦別れターニャのレポートにだけは目を通しておく。

 

(あ~しかし、こっちの世界でちょこちょこと変化があるのは、やっぱりデグレチャフ事務次官補の影響、か)

 午後の教練中はさすがに考えながら動くことができず、夕食前になってようやく読み込んだレポートの内容に頭が付いて行く。

 

 207Bの皆もさすがに教練の後の夕食となると、表面上は普段のふるまいを取り戻していた。食事を取り走り込みが始まれば、消化すべき情報の一つとして飲み込めてしまう。その程度には207Bの訓練は完成されていた。

 ふと昨夜冥夜に言われたことを思いだし、純夏を目で追ってみると、確かに少しばかり空元気とでも言えるような態度だ。武の編入に集団生活、さらには午前の話、だ。尊人共々に隊のムードメーカーというのを無自覚ながら実践しているようだ。

 

(このままでもどうにかなりそうなんだけど、鑑だけじゃなく鎧衣も珠瀬も空元気だよなぁ。やっぱりちょっとは危ういのか? かと言って俺が今すぐどうこうするってのも……どうなんだろうなぁ)

 自分自身の純夏への対応さえ決めかねているのだ。207B全体の問題を指摘したうえで、改善できるような切っ掛けをいまの武が作れるとは自分でも思えない。

 

 そんな風に煮え切らないままに夕食を取ろうとしていると、昨日の打ち合わせの続きとして呼び出されてしまった。

 武としては少しくらい皆と話しておきたいとも思ったが、今の立場としては相談されるまでは放置するというのも、一つの方法だと割り切る。それに夕呼とターニャとを待たせる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

「遅くなりました。申し訳ございません」

「気にするな、まだ予定時間ではない」

 武よりも先にターニャが執務室にいたため上官二人を待たせてしまったかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 ちょうど夕呼がターニャにコーヒーを出したところから見ても、社交辞令でもなく、ターニャとしても来たばかりなのだろう。

 

「興味深いレポートでしたわ、デグレチャフ事務次官補。ありがとうございました」

「いや、香月博士の役に立てたのであれば、こちらとしても幸いだ。白銀武のレポートも現場からの視点でなかなかに斬新ではあった」

 累計して80年近い対BETA戦の経験があるとはいえ、ターニャ自身は衛士でも無ければハイヴ攻略なども未体験だ。

 横浜ハイヴの無いこの世界においては、どの様な形であれいまだにハイヴ攻略は達成されていない。武の著した桜花作戦のレポートというのは、00ユニットとXG-70dという例外的存在があったとはいえ、間違いなく現存する唯一の成功したハイヴ攻略の情報だ。

 

 

 

「白銀も読んだわよね?」

「は。自分の知らぬ情報も多数あり、今後の参考としたいと思います」

 ターニャから出されたレポートは、武の知っていることも多かったが、それ以上に未知の物も含まれた。また今の武にとってUL世界線の2002年以降の記憶は確率分布が広いためかなにかと不鮮明で、その時期の情報は非常に新鮮でもあった。

 

「私と白銀とのレポートのうち、急ぎ外部に公開すべきは三点。母艦級の存在と、戦術情報伝播モデル、そしてBETAは学習する、この三つだ」

 現時点では未確認ではあるが、BETAが大深度地下を侵攻している事実から、母艦級。

 BETAの戦術情報伝播モデルがピラミッド型ではなく、箒型であること。

 そして何よりもこちらの戦術や兵装に関して学習し対応すること。

 それぞれを「推定」という形で、まずは安保理に上げる。

 

「BETAの生態というと生物扱いしていて語弊を招きますが、頭脳級や上位存在などはいまは伝えるべきではありませんね」

「そのあたりは軍としては正直どうでも良かろう。科学者にとっては重要かもしれんが、それこそなんらかの物証が要求される」

 BETAがただの炭素系土木作業機械であることや、珪素系生物であるという上位存在、反応炉が頭脳級と称すべき通信と補給能力を兼ねた個体だという情報などは、急ぎ知らしめる必要は薄い。

 しかも、いくらJASRAと第四計画の名を使うと言っても、物的証拠が無ければ納得させられない部分も多い。

 

「しかし第三は、こう言っては何ですが、かなり真実に辿り着いていたのね……」

 

 ――BETAは人類を生命体として認めていない

 

 1992年のインド亜大陸反攻作戦、スワラージ作戦。インド亜大陸での勢力挽回を懸けて発動されたボパールハイヴの攻略だ。

 その一角で第三計画配下の特殊戦術情報部隊が地下茎構造に突入、リーディングによる情報収集を試みた。戦闘には一切貢献しないどころかデッドウェイトとなるESP発現体を、わざわざ複座型の戦術機まで用意してのハイヴ侵入。多大な損害を積み上げたうえで、第三計画が入手できたのは、ただこれだけだった。失敗と考えられているが、武とターニャの知識を加えると非常に重要なところまで近付いていたのだ。

 

「つまるところ、人類や地球上の他の生命だけではなくBETAも含め炭素系生物は生命体ではない、とBETAは処理しているということだ」

 入手した情報の解析を間違えたというわけだな、とターニャは自戒するように呟く。

 原作知識のあるターニャからしてみればBETAなどただの数が多いだけの土木機械だ。最初から相手を生物としては考えておらず、出来の悪い自働機械として対処してきた。だがそれを周知することには失敗しているのだ。

 

 

 

「日本語で言えば、言霊による呪いともいえるな、これは」

「名付けによる思い込み、というのは存外無視できません」

「ああ。最初にBETAと呼称する際にも、かなり反対したのだがね……」

 BETAの呼称は「人類に敵対的な(Adversary of human race)」という言葉も入っている。だがそもそもBETAからすれば、別に人類と敵対などしていない。あくまで資源収集という創造主からの命に愚直なまでに従っているだけだ。人類の抵抗などその過程での自然現象程度の認識だと、武やターニャの知識からは推測される。

 

「そこまで……そこまで知っていてなんで、なんで放置してたんですか……」

 軍人としての地位が必要だとガキのように思い込んでいた二周目の「シロガネタケル」を肯定するつもりはないが、「原作知識」とまで言い切ったターニャの知識とその地位があれば、もう少し人類は効率的にBETAへ対処できたのではないかと、言いたくもなる。

 

「もしや白銀? 私がこれまでに未来知識を用いて介入してこなかったとでも考えているのかね?」

「……え?」

 だが武の愚痴にも似た願望はあっさりと否定された。ターニャの介入があった上での現状だと。

 

 

 

「デグレチャフ事務次官補は、当時は大佐でしたか? 着陸ユニットが喀什へ落ちる前から核攻撃を企図していたのよ」

 

 夕呼が補足するように、介入の一例を上げる。

 歴史を振り返れば誰しもが考えるであろう、最初のBETA着陸ユニットが落ちた直後の核攻撃。

 月から帰ってきたターニャは、ありとあらゆる伝手を使い密かに計画を押し進め、あと一歩というところで自らの祖国、合衆国にその計画を阻まれた。

 

「アレが唯一人類が勝利できる最後の瞬間だったかもしれん」

「白銀。判ってるとは思うけど、この件も他言無用。各国の軍上層部ではわりと知られた話だとは思うけど、アメリカにおいてはいまでも国家安全保障委員会による指定機密よ」

 ルナリアン案件、と一部では呼ばれているという。

 月面帰りとはいえ、一介の大佐が独断で核の使用を進めていたのだ。越権行為を超えて叛乱だと見なされるのも当然だ。

 

「了解しました。しかし……そこまでしてもなお事務次官補、ですか」

 他国に情報が流れている、というのはある程度わざと流したものだろう。

 政治に疎い武としても、ターニャを信奉する派閥あるいは人脈というものがいかに強固なものなのか、おぼろげに想像できてしまう。

 合衆国において間違いなく叛乱紛いの事態を引き起こしているのに、それでもなお合衆国主導の国連機関の局長を務めているのだ。月面戦争経験者という肩書以外にも、積み重ねた実績があるに違いない。

 

 

 

「失礼ながらお聞かせ願います、デグレチャフ事務次官補。喀什への核攻撃を止められたことまでご計画の内でしたか?」

 夕呼の行動をいくらか見てきた武にしてみれば、どこまで意図しての行動なのか、確認しなければならない部分もある。

 合衆国の地位向上のために、核攻撃の計画からその中断まで自作自演だったのか、と。

 

 現在から振り返ってみれば、着陸ユニットが落ちた直後に喀什への核攻撃がなされなかったというのは対BETA戦において明らかな失点だ。ただ政治的な意味合いでは「人類全体のために他国への核攻撃までも考慮していた」というのは非常に強力な意思表示となっている。合衆国は他国に核を用いててでもBETAに対抗する立場を取ろうとした、というのはBETA大戦が続くに従い、時間が経てば経つほどに強力な意味合いを持つ。

 逆に、それを常任理事国という立場を盾に押し留めた中ソの立場は、言ってしまえば人類全体の敵と見なされてもおかしくない。

 

「残念ながら、喀什への核攻撃を止められたのは、私としても非常に遺憾だ。コミーどもへの意趣返しのために、世界の七割を支払うのは割に合わん」

「不躾な問いにお答えいただき、ありがとうございます」

 

「いや……そうだな、はっきりさせておこう。喀什に限らん。なにかと気にかかっていたことに対し出せる限りは手を出したものの、正直なところ大きな変化は今までのところ起こせていない」

 これも因果の収束とでもいうのか世界の復元なのかね?と夕呼に尋ねる。

 先程のBETAの呼称などもそうらしい。簡単に変えれそうに思えた事象や、権力を用いてでも変えようと思った事象も変更できないことが多いという。

 確かに武の記憶からすれば極東アジアの防衛戦は三年以上は確実に時間を伸ばしている。だがBETAの駆逐という目標からしてみれば「大きな変化」とまでは言えない上に、第五計画の発動を阻止できるほどの決定的な変化が起こせていないのだ。

 

「他にも半導体技術の進歩を促しても、なかなかに進まん。もちろん変えられた事項も、ある」

 シリコンバレーに注ぎ込んだ損失くらいはシェールオイル関連で回復させて貰ったがね、とターニャは嗤って見せる。武の知る世界線よりは、石油資源関連はまだ良好なはずだという。

 

 

 

 

 

 

 

「こういう状況だ。我々三人は協力できると思うのだが、違うかね?」

「あたしもデグレチャフ事務次官補とは協力できると思いますが、そこの白銀を含む利点は?」

 夕呼からしてみれば、桜花作戦のレポートが手元にあり、またターニャからの情報もある現状、武の価値はさほど高くない。他世界線とは異なり鑑純夏が普通に生きているため、誰を00ユニットにするかどうかさえ不透明なのだ。AL世界線での武に対して重要視された調律役という意味も、この世界においては今のところかなり低い。

 

「先ほど言った世界の復元ではないが、それさえも白銀武であれば打ち破れるのではないか、いや白銀武が打ち破る物として織り込まれているのではないか、という願望じみた期待、だな」

 だが否定的な夕呼に比べて、ターニャとしては武の存在に期待している部分はある。

 自身の無能さを嘲るような自嘲とともに口にするが、ターニャでは変革できなかった事象が、様々に積み重なっているのだ。

 

「実証しようのない話ですね」

「科学、という面で見れば比較もできんし追試もできんからな。まあそれは別に良い」

 あくまでそれは、そういう事もあるかという願望どころか妄想の範疇だ。

 

「そんなオカルトじみた話を除いたとしても白銀武の持つ記憶には価値がある。私が期待するのは、戦術機用新OSの概念とその開発、『桜花作戦』の詳細、BETAに対する追加知識、といったところだな」

 半分くらいはすでに提出してもらっているようなものか、と数えながらターニャは嗤う。

 

 

 

「失礼ながら事務次官補。白銀の言うOSはそれほどの物なのでしょうか?」

「ふむ。科学者としての香月博士には、実感しにくいか。軍人として言えば、必須だ。何よりも衛士の損耗が防げるというのは大きい」

 

 ターニャは嗤いを引き込め、真顔でXM3の必要性を告げる。

 AL世界線のシロガネタケルが何を思ってOSの開発を望んだかは、この際関係が無い。XM3の能力があれば、確実に戦術機の性能は向上し、かつ衛士の死亡率が下がるはずなのだ。

 防衛だけであれば、ロケットを含む火砲の長射程化と威力向上、車両の高機動化などで対応できる部分も大きい。だがことハイヴ攻略においてはXG-70が数を揃えるどころか完成の見込みさえ立たない今、戦術機の量と質どちらも高める必要がある。その為にはXM3がコスト的に最適だった。

 

「そして『未来知識』を持つ者としてとして言わせてもらえば、ハイヴ地下茎のデータがあるという条件の下ではあるが、あのOSといくつかの第三世代戦術機が改修されればハイヴの攻略は可能となる」

 問題となるのは、そのハイヴ地下茎の構造図だがね、とターニャは再び嗤う。

 

 

 

 

 

 

「さてそこで00ユニットの問題だ。昨夜話したカガミスミカとシロガネタケルの『おとぎばなし』に関しては、まあどうでも良かろう。我々には干渉しようのない隣接した世界線の話だ。ただ長々とカガミスミカの性格上の問題点を指摘したのは、それを00ユニットの問題点として考えてもらいたい、ということだ」

 00ユニット脅威論。いまだ形もない00ユニットだが、完成して能力が明らかになれば、間違いなく巻き起こる論争だ。

 

「00ユニットになっている世界線が存在しているのなら、この世界でもあたしがカガミスミカを00ユニットとする、とお考えでしたか」

「何がどう適正なのかは知らんが、鑑純夏がもっとも素体適正が高いらしい。が、BETAへの情報流出は別にしても、あのような人格を持つ者に00ユニットとしての力を授けるというのは、非常に不安を感じる」

 

 鑑純夏という一個人が、00ユニットというこの世界最強の処理能力を与えるにふさわしい人格かと問われれば、本人を詳しく知らない夕呼には判断しきれない。だが「原作知識持ち」のターニャとしてはあれほど不安定な人間に与えてよい能力だとは思えない。

 

「そもそもだ。白銀武からは聞いていないのかね? この世界ではおそらく00ユニットはまだ完成できない。素材が足りんよ」

「脳髄だけで生きている状態の00ユニット適合者、ですか。確かにそのような人材には出会えておりませんわ」

 

 それだけではない、とターニャは続けて否定する。

 

「肝心の部分の発想が出てこないと言われていたが、因果による制限か何かだろう。BETAが存在する世界における『香月夕呼』には絶対に思いつけない、という可能性が高い」

 

 それは科学者としての香月夕呼への死刑宣告だ。夕呼の才能がどれほどのものであれ、この世界に知識の根幹を置く限り、けっして正解には到達しえない預言だった。

 

 

 

「その上で、だ。あらためて確認するが香月博士、貴女の望みは何かね?」

「BETAの根絶と、人類の救済、ですわ」

「そうであれば国連、そしてJASRAとしては協力できる」

 夕呼は躊躇いもなく正論を吐く。ターニャとしては因果律量子論の実証と解析、などと言われたら即座に切り捨てるつもりだったようだが、さすがは「魔女」とまで称される香月夕呼だ。どこまでが建前かはともかく、その建前を表に出し続けるだけの意思がある限りターニャにとっては問題ではない。

 

「ではそれを前提として、香月博士。少しばかり早いが、あらためて第四に関する視察と今後の方針を決めたいのだが、良いかね?」

「さすがに提示できない資料もありますが、構いませんわ」

「そのあたりは私の所のスタッフが揃い次第でいい。今はここの三人で方向性を纏め直すくらいだ」

 

 メモなど残せるはずもない話なので、三人が三人共にコーヒーカップを手にしたままに、間違いなく今後の世界の命運を決定づける話し合いがはじまる。

 

 

 

 

 

 

「まずは確認だ。香月博士自身ではなく、第四計画の目的は?」

「00ユニットを用いてのBETA情報の収集。その情報を基にした対BETA戦略の構築、ですわ」

 横で聞いている武としては何をいまさらとも思ったが、二人にしてみれば目的の確認と認識の共有は何よりも必要な、儀式ともいえる。

 

「ふむ。おめでとう香月博士。第四計画の完遂は眼前だ」

「え?」

「……ええ、やはりそういうこと、ですわね」

 第四が完遂眼前などと言われても、武には信じられない。が、夕呼は納得しているようだ。落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいる。

 

「理解が早くて助かるよ」

「一人判っていないのが居りますが、ご説明願えますか、次官補」

 武としては二人の視線が痛いが、説明される程度には期待されているらしい、と前向きに捉えなおす。鎧衣課長の言葉ではないが、わざわざ説明してくれるということは、それだけにこの二人が武に対して何らかの期待をしてくれている、とも考えられる。

 

「今、香月博士の手元には『あ号標的』と接触した記憶を持つ白銀武がある。そして『原作知識』を持つ私がいる。我々二人から聞き出せば、それで情報の収集という目的は達成できる。あとはその情報をJASRAとの協力の下で、公表していけば終わりだ。理解できたかね、白銀?」

 言外に00ユニットの作成など、第四の、引いてはすべてのオルタネイティヴ計画通しての目的ではないとターニャは切り捨てる。情報収集と、その後の戦略構築こそが本題であり、手段は問われないのだ。

 自身の計画の根幹たる00ユニットの必要性を否定されているにも関わらず、夕呼も反論しようとしない。

 

 

 

「じゃあ、俺が一周目、え~UL世界線では第四は失敗したと言っても、どこか余裕があったのは二周目の成功した世界線があったからじゃなくて……」

「00ユニット使って知りたい情報のうち、結構なモノをアンタが持ってたからよ。それに加えてデグレチャフ事務次官補もおそらくループ経験があると予測したから。当然でしょ?」

 JASRAのレポート読んだら未来知識があることくらい判るでしょ、とまで続けられる。武としてもどこか違和感を感じたものの、さすがにそこまで思考は飛躍できなかった。

 

「第四の情報収集という目的が達成直前だというのは理解は出来ましたが……俺から得られた情報の真偽判定は? だいたい情報源が衛士にもなっていないようなガキの戯言なんて、誰にも相手されませんよ」

「この世界で『あ号標的』の攻略を進めれば、自ずと証明されよう。それにBETAの新種など、どれほど警告していようが眼前にするまで信じるはずもなかろう」

 ターニャとしては「カッサンドラ」とまで自嘲した経験からくる言葉だ。情報の硬度は確かに必要だが、結局のところ人は自身が信じたいものしか信じない。第五計画、とくにG弾の重力異常影響に対する警告など数多く上がってきているのに、推進派が一切の考慮を見せないのも、信じたくない情報には目をやろうとしない者が多いからだ。

 

「それに私は『JASRAとの協力の下で』と言ったぞ? 第四のみからの報告であれば疑惑も出ようが、こちらの補強があればそれも潰せる」

 ソースロンダリング、という言葉はこちらの世界にはまだなかったかな?とターニャは続ける。第四とJASRAとで相互に情報ソースをやり取りして、補強しあう。その途中にいくつか他の組織も経由すれば、最初の出所が武とターニャの記憶だけだったとしても、対外的な信憑性は補強できる。

 

 

 

「いや、だいたいJASRAってなんなんですか? 俺の記憶にはないんですが」

「ん?……ああ、そういえばそうだな」

「次官補? どういうことでしょう?」

「いや、簡単な話だ。私がいない世界線ではJASRAがない、というか結成されないのだろう」

 原作でもそういえばなかったような気がする、とターニャは言う。

 

「JASRAはその名の通りの国連の機関だ。統合代替戦略研究機関、既存の対人類戦戦略では対応できない対BETA戦における戦略を提示するのが仕事だな。ただまあ、私自身がアメリカ人ということもあり、国連軍の戦略方針にアメリカが口を挿むための機関、と捉えている輩も多い」

 事実、そう動いてきたからな、と合成コーヒーに口を付けながら嘯く。

 

 ただ合衆国の為とは言うものの、そもそもが合衆国内部のルナリアン派閥が強大化することを恐れた者たちが、その旗頭たるターニャを国連に放逐するために設立したような部署である。彼ら反対派にしてみればJASRA設立の結果、諸外国により一層ルナリアン信奉者を増やすことになったのは予想外のことだろう。

 

 

 

「そういう組織なので一定の信頼は確立されているし、いくつかの新型BETAに関しての警鐘も可能だ」

 母艦級などは現時点では観測されていないとはいえ、地中侵攻などの実例も多い。それほど違和感なく説明できる。反応炉を頭脳級と再解釈することも、BETAの指揮伝播モデルが箒型だという「推測」の補強としては都合が良い。兵士級の出現状況の推移なども補足としては使える。

 

「Γ標的は?」

「……あれはさすがに信憑性を高めるのは苦しいな。母艦級以上に警戒すべき最大の問題なのだが」

「ねえ白銀? 母艦級はアンタのレポートにもあったけど、Γ標的って何かしら? 名前くらいしか挙げてなかったんだけど?」

「俺にも直接対峙した記憶があるのかどうかアヤシイんですよ。ただ反応炉に要塞級と重光線級を大量に括り付けたようなヤツで、超重光線級と呼ばれています」

 

「……マジ?」

 珍しいことに夕呼が表情も取り繕わずに、「白銀語」を使って疑問を零す。

 サイズと機能くらいしか説明できないが、それでも戦術レベルではなく戦略作戦レベルでの脅威だということは、夕呼にはすぐ想像が付いたのだろう。

 

「Γ標的に関しては私の方の記憶でも、他ハイヴでの発見例がないためエヴェンスクでの局地的災害に対処した特例種、だと思いたい。さすがにアレが全ハイヴから湧き出してくるようならG弾の連続使用も辞さない」

 

 ターニャとしてもΓ標的が複数出現するような事態において、通常戦力で戦線を維持できるなどとは考えない。エヴェンスクなど海岸線近くでの、海軍の協力があってさえあれだけの被害なのだ。内陸部のハイヴに出現した場合は核地雷原への誘導などが成功でもしなければ対処できないだろう。

 

 

 

 

 

 

 




第四計画見直し~その1です。デグさんが話し出すと長い、ので分割しました。あとちょうど良かったので感想欄で頂いた石油関連の話をこそっと差し込んでおきます。

で、とりあえず的にオルタ後タケルちゃんが居れば情報収集としての第4計画は完遂してるよ、やったね夕呼先生、という感じです。

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