Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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透察の闕乏 01/10/25

 訓練再開から三日もすれば、身体の痛みにも慣れてくる。

 いまだ書き終わらないレポートのため睡眠時間は十分とは言えないが、訓練に無理が出ない程度には寝ている。

 ただ喀什攻略計画がまったく考え付けないままに、いつもどこか頭の片隅を占拠している。長距離ランニングの際など、無駄に考え込んでいてペースを乱したほどだ。

 

「まったく……どうしろっていうんだよ」

「タケルちゃん、なんでご飯前にしてため息なんかついてるのさ?」

「煩い鑑、少しはゆっくり考えさせろ」

 食事中に考えたくらいで思い浮かぶものではないが、かといって考えるのも止めることも難しい。

 

 

 

 武の知る桜花作戦が、甚大な損害を出しながらも「あ号標的」たる喀什の重頭脳級を破壊できたのは、作戦の参加した数多くの将兵の挺身の賜物というだけではない。一兵器に意味を与えすぎるのは問題だと判るものの、00ユニットが制御していたXG-70d 凄乃皇四型が無ければ破壊は不可能だったはずだ。

 破壊だけであれば10発程度のS-11があれば可能かもしれない。しかし、そもそも武たちのXG-70dと冥夜の武御雷とが「あ号標的」にまで到達できたのは、XG-70dのラザフォード場による防衛力と、そこまで到達するための予備燃料や弾薬などをXG-70dに搭載していたからだ。

 

 現状この世界では00ユニットは作れない。なにか他の手段でもってXG-70系列が稼働できるかも知れないが、その手がかりを武は知らない。

 しかも喀什はユーラシア大陸の内部。周辺は完全にBETA支配地域であり、兵力の陸上輸送は困難を極め、海上戦力からの支援は受けられない。使えるのは軌道降下だけだ。つまるところ、XG-70が無ければ戦術機のみでの攻略となる。

 

(初期の軌道爆撃を密にしてもらうくらいしか思いつかん。それでもXG-70もG弾も無しとか、軌道降下で大半が死ぬよな……)

 

 ターニャにしてもXG-70かG弾抜きでの喀什攻略は不可能だと考えているという。武が何か思いつかなければ、G弾を使用したプランが準備されるのだろう。

 あの柊町の姿を知る者としては、G弾の使用を認めたくはない。だがそれ以外に有効な方法が思い浮かばない。そして「仕方がない」という諦めから、武も他世界線での明星作戦でのG弾使用は認めてしまっている。

 

 そして喀什攻略は、例え成功したとしても帰還が恐ろしく困難だ。単純距離であればパキスタンからアラビア海に出るルートだが、カシミールを超える必要がある。西のカスピ海に逃げようにもそちらにはマシュハドとウラリスクのハイヴがある。

 

(マジで無理ゲーってヤツだな、これは)

 

「白銀、溜息をつくと幸せは逃げる、と鑑から聞いたぞ?」

「いやまあ……うん、これは深呼吸、深呼吸なのだ。身体には良いんだよな、鎧衣もそう言ってたっ」

 純夏に続き、正面の冥夜からも言われると、さすがに気不味い。ふとどこかで聞いた言い訳の材料に尊人の名前を出してしまう。

 

 

 

 

 

 

「白銀、隣は良いかね?」

「っ!?」

 そんな風に意識がふらついていたからか、座っていた武のちょうど頭の上から声が掛けられるまで、その存在にまったく気が付いていなかった。

 こちらに顔を出すということは考えてもなかったので対応が遅れ、立ち上がり敬礼しようとする。

 

「ああ、楽にしろ。PXでの食事中までは煩く言わんよ」

 それで何か思いついたかね、と武の返答も待たずに、ターニャは横に座る。

 

「……(へにょん)」

 遅れてきた霞はどこか残念そうに耳を俯かせ、武の斜め向かい、冥夜の横に座った。

 

 社霞の存在は基地内でそれなりに認知されている。具体的な配属先や階級などは不明なままであろうが、帝国軍白陵基地の中で国連軍に貸し出されているエリアでは、夕呼直属のスタッフとして扱われている。

 207Bの者たちも霞の存在は知っているのだが、もちろんその立場や能力は伝えられていない。その霞の横に並ぶターニャに至っては、さすがにどういう人物か推測もできないようで、誰も口を挿めない。

 

 

 

「……豚汁と卵かけご飯、ですか」

「せっかくの日本、それもまだ天然の新米だぞ? 今のうちに食べておかずにどうしろというのだ」

 何か話があるのだろうと武としては警戒していたのだが、トレーの上に載っている夕食を見ると、まずはそちらに意識が持っていかれてしまう。武の言葉通り、トレーに並ぶのはご飯に豚汁そして生卵と、豆腐とひじきの小鉢が二つ。

 

 ターニャも霞も手慣れた様子で卵を割り、箸で器用に混ぜている。二人ともに周囲の緊張には気にもかけていない様子だ。

 国連軍という多国籍組織だが、BETAの侵攻によって武の知るEX世界線ほどには各国の文化は拡散していない。箸を使うのは東アジア圏にとどまっている。非アジア圏の兵士の多くは、フォークとスプーンが主体だった。

 

 霞とターニャが並ぶと、見た目だけであればロシア系の美少女が二人。それが無表情で卵かけご飯を混ぜているのは、どこかしらシュールだ。

 

「まあそれに、こちらの社は寝起きのはずだ。朝定にはこれか納豆だろう?」

 満足げに卵かけご飯を食べながら、武にとっては驚きの言葉を告げる。

 

「社が寝起き? そうなのか?」

「…………(コクリ)」

 なるほど言われてみれば、起き抜けなのか少しばかり眠そうにも見える。普段よりも俯き気味だ。

 

「もしかして……俺が無理させてる、いやもしかしなくても無理させてるか……悪い、じゃねえな。ありがとう。これからもよろしく頼む」

「……(ふるふる)……(コクリ)」

 謝ることではないとあらため、感謝を言葉にしつつも罪悪感は残る。霞もその言葉を受けて、少しばかり笑ったような形で、耳を動かす。

 昨夜は寝てしまったとはいえ、武が以前の世界線での経験をレポートとして纏めている時には、霞はその横でリーディングを使いながら武が取りこぼした情報を書き留めている。そしてそれ以外の時間はおそらくはXM3の開発に携わっているはずだ。そうなれば確かに寝れるのは、武をリーディング出来ない訓練中の時間になるのだろう。

 

「でも社。ニンジンは食べなきゃだめだぞ」

「っ!? …………(ふるふる)」

 寝起きの理由も気にはなるが、ニンジンを避けようとくるくると豚汁を椀の中で混ぜていたのを軽く注意しておく。

 どこか悲しそうな目で武を見てくるが、好き嫌いは良くない。

 

 

 

「それで失礼ながら、その髪の色は?」

「ああ、これかね。偽装の一環だ」

 恐る恐るといった様子でニンジンを摘まむ霞を横目に、聞いておかねばと武は口にする。

 ターニャの髪は、元の金髪からいつのまにか染めたのか、霞と似たような僅かに青味がかった銀髪になっているのだ。

 

「もう少しばかり色の調整をしておけばよかったやもしれんが……こうしておけば第三の遺産に見えなくもなかろう?」

 おそらくは冗談なのだろうが、表情を変えないままに誰の耳があるか判らないようなPXで、堂々と言ってのける。が、残念ながら武としては同意しにくい。霞以外のESP発現体を詳しく知っているわけではないが、霞の横にいると一見似たように見える無表情でも、まったく違った意味合いに見えてくる。

 

「ん? 正直な感想を言っても良いのだぞ、白銀?」

「であれば……髪の色はともかく、立ち居振る舞いもなにもかも、社と違い過ぎませんか?」

「そのあたりは気にするな、ちょっとした欺瞞程度であり、私を第三の遺産だと信じさせたいわけではない」

 誰に対するどういう意味での偽装なのか、気にならないと言えば嘘になるが、説明されないのであれば仕方がないと割り切っておく。今この場でターニャが名を名乗らないのと同様に、必要となれば伝えられるはずだ。

 

 

 

「それで白銀? 演習の方はクリアできそうなのかね?」

 雑談は終わり、とばかりに斬り込んできた。ターニャの問いには主語が無い。

 

「自分としては神宮寺軍曹殿の教導には満足しております。問題は解消されるかと愚考いたします」

 二日ほどしか様子を見ていないが、武の目からすればギリギリ何とか隊は纏まっているように思えている。逆に言えば何かあれば一気に瓦解する程度の纏まりでしかない。

 

 むしろ武からすれば、ターニャが207Bの動揺を誘うためにこのような行動に出ているのは判るものの、出来ればちょっかいは出さんでくれと言いたい。207Bは周囲の視線に敏感すぎるところがある。間違いなく、今のターニャのように値踏みするように観察されれば、反発することは目に見えている。

 今も全員が緊張しており、直接的には視線は向けては来ていないが、武とターニャの言葉に注意しているのは、いやでも判る。

 

 

 

「……白銀聞いて良いかしら、そちらの方は?」

「榊っ!」

 冥夜が止めるが、もう遅い。

 やはり来たかと武はなかば諦めつつも嘆息する。

 

「白銀? これが衛士として有望な者たちの態度だと貴様は言うのかね? 特別扱いも度が過ぎるぞ?」

「申し訳ありません、榊訓練兵には後で叱責しておきます」

 口を挿もうとした千鶴は完全に無視したままに、ターニャもわざとらしく大きなため息をついて、武を睨み付ける。

 ここで自分が先任ではない、などとターニャに申し立てても言い訳にもならない。短い付き合いだが、ターニャに対して汚名を返上するには、実績で証明する以外にない。

 

 

 

「ふむ……では、一応挨拶はしておこうか」

 少しばかり考え込んだ振りをしつつ呟き、207Bの面々を視界に収める。

 

「わたしはターシャ・ティクレティウスですっ、軍人さんのことはよく判らないことも多いので、よろしくお願いしますね、お姉さま方っ」

「っ!!(びくぅっん!!)」

 ターニャのわざとらしいまでに可愛らしく作り上げた笑顔に、霞が飛び跳ねるように耳を立てる。

 

「……失礼ながら、ター、シャ? テレテ、ス?さん? 申し訳ありません、が、なんなんですかそれ」

「ターシャ・ティクレティウス、だ。いや、さすがにこの身体だからな、偽装せねばということで試してみたが、駄目か?」

「とりあえずターシャ……さん。社が怖がっているので止めてください。俺も怖いです」

 作った笑顔と声を一瞬で普段の無表情に戻し、他の者の反応を一切考慮せずに、ターニャは席を立つ。

 

 

 

「あまりの卵かけご飯の美味さに、恥ずかしいことに気が動転しておりました。前線に比べれば、後方のなんと快適なことか。ああ、申し訳ないご挨拶が申しあげるのが遅れてしました、あらためましてターシャ・ティクレティウスです。ご覧の通りの階級も定まらぬ若輩者ですが、何分ただいま絶賛所属不明の正体不明。言葉を飾らずに申し上げますと無職でありまして、身の置き所の無い故の無作法とお許しください。

 ではキャンパスライフを満喫中の皆さま、これよりよろしくお願いしたく存じる所存です。さあ、机を並べて楽しく平和に、たくさんのBETAを排除し、明るい帝国の未来を確立するべく共に学びましょう」

 

「え、まさか、そのター、ターシャさん? 我ら訓練兵に混ざる、とかおっしゃるのでしょうか?」

 妙に慣れたテンポで挨拶らしき口上をターニャは滔々と語り上げる。前半はともかく、武としては後半の最後が気になり問いを発してしまう。

 

「言葉の綾だ。衛士の訓練などには参加せぬよ。さて冗談はこれくらい位にしておこう。訓練後の語らいを妨げるのも気が引ける上に、我々にも仕事が残っている。では、な。訓練兵諸君、邪魔をしたな」

「は、お騒がせして申し訳ありませんでしたっ!!」

 言うだけ言い切って、返答を受けるつもりが無いと態度で示しつつ、ターニャは踵を返す。

 今度は止められなかったために立ち上がり、武も敬礼して見送ろうとする。

 

 その武を真下から、本人はその意図があるのかどうか判らないが、見られる方からすれば射殺されそうな睨み付けるような視線を送り付けて、言葉を残す。

 

「ああ……最後に、白銀訓練兵。自身の欠点を晒すようでいささかに恥ずべきことなのだが、私は香月大佐ほどには人間が出来ていなくてね。少々我慢が出来ない質なのだ」

 

 

 

 ――実力をもってして自らの価値を証明せよ、できなば去ね。それすらもできねば、今死ね。

 

 

 

 その後は振り返ることなど一切なく、ターニャはPXから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 




少々短いですが、次との絡みでここで切っておきます。卵かけご飯美味しいです、ということでターシャ・ティクレティウス(無所属新人9歳?)登場です。髪の色は染めたのか、アレでナニしたのか、それとも謎の医療技術で変更したのかは、またかなり先にでも判明するかもしれません。

ちなみにタケルちゃんを脅すくらいには、ダグさん期待をかけています。

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