Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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位地の事理

「さて。せっかくだ、白銀。演習に対して、我らが為すべきことを教授願えないか?」

「あ~一番簡単なやつは、昨日神宮寺教官とも話していた時に却下されたんだが……それでもいいか?」

 

「……一応聞いておくわ」

 千鶴は想像できたようで顔が強張っている。

 長引かせてもいい話ではないので、武としても簡潔に答える。

 

「榊を分隊長から外して、御剣を分隊長に据える」

「……」

「ま、そうなるでしょうね」

 予想していた答えに納得した千鶴とは逆に、ある面では一番賛成しそうな慧が無言で武を睨み付ける。

 壬姫などは周囲の反応を窺うように、キョロキョロと視線を彷徨わせている。

 

「む……それは難しいな。榊の判断には私も信を置いている」

「だからだよ。御剣を分隊長にして、榊を副隊長。彩峰と鎧衣には、違和感を感じたらすぐ様に意見具申させる」

 指揮官が作戦を立案し、副官がその補佐をするというのは、あくまで一つの形であり絶対ではない。

 作戦立案をするのは参謀たちに任せ、指揮官は提言された中から最適と思われるものを選択する、というのも組織の形としては有りえる。

 

「ただし。これは神宮寺教官から却下されているから、他の方法を考えろよ?」

 分隊長の変更は却下されている、ともう一度釘を刺しておく。武はともかくまりもの方針としては、千鶴と慧との反撥をカギにして分隊全体の協調性を高めようとしているように見える。

 

 

 

「聞いて良いかしら、白銀。さっきの案では珠瀬と鑑とはどうするの?」

 名前が出ていなかったからか一歩引いていた二人が、緊張からか肩を強張らせる。

 

「珠瀬と鑑は簡単だ。『命じられたことのみを実行する』だけだ。特に珠瀬? 上から命じられたことを自分じゃ無理だととか思い込んで、勝手に逃げるんじゃないぞ?」

 

「え? でも私じゃできないことも……」

「指揮官が部下に命じたことは、その部下ができると判断したから命令してるんだ。お前の弱気に見せかけた態度は、指揮官の判断能力を信用していないとも取れる」

 当たり前だが、有能な指揮官であれば、部下が実行可能なことしか命令しない。

 もちろん無能な指揮官であれば、意味の薄い命令や、より上位からの命令を繰り返すだけのこともある。

 が、この207B訓練分隊の場合や、その後に配属されるA-01では、そんな無能の下に付くことはないと断言できる。

 

「だから珠瀬の場合は、下手に考え込まずに、まずは命じられたとおりに実行するように心がけること。判ったか?」

「はい、珠瀬訓練兵っ頑張りますっ!!」

 

 

 

「で、鑑は?」

「鑑はなぁ……無駄に考えるなというよりも、ちゃんと考えてるのか心配になる。というか、だ。二年寝ぼけてた俺より座学が不味いってのは、正直なところどうなんだ?」

「タケルちゃんにバカにされてる気がする。バカっていう方がバカなんだぞっ」

 

 武は一応は座学の点を指摘しておく。

 純夏の座学の成績は、まりもの教え方が上手いからか、問題視されるほどに悪いということはない。帝国軍訓練兵の平均以上はあるのだが、比較対象がA-01に入れるような連中ばかりなのでどうしても低く見える。

 

「俺がバカなのはまあ否定はしないが、だ。鑑、繰り返しになるが、お前ヘンなところで考えすぎだ。勘は良い方なんだから、自分の直感は信じろ。行動の理論付けは、榊とかに補習してもらえ」

「う~タケルちゃんに何か言い包められてる」

 

 純夏の場合、座学と実技とが噛み合っていないのが一番の問題なのだ。

 直観的な反応は時には隊内随一なこともあるのだが、安定しない。そして作戦指示などを聞いた時の対応がわずかに遅い。指示の意図やその先を考えようとはしているのだろうが、座学での知識理解の薄さからかそこで遅れが生じている。

 結果としては、考えられないのならば言われたことのみを実行しろ、ということになってしまう。

 

 

 

「皆ちょっと良いかしら。白銀の意見を全面的に取り入れるという話じゃなくて、少しは参考にしようとは思うの」

 武の個別の対応案を聞いたうえで、千鶴は心を決めたようだ。

 

「指示は私が出す。ただし決定権は御剣、あなたに任せるわ」

「む? それは、どうなのだ?」

「副官からの同意が無ければ隊を動かさない、というのはおかしな話じゃないでしょう?」

 認めてしまっても良い物なのか、と冥夜は他の分隊員を見渡す。が、反対意見はないようだ。

 

「……承った。決定権という形ではなく、隊長の方針に疑問がある場合には、できる限り具体的な意見を差し挟もう。ただし命令はせぬぞ? あくまで副隊長としての提言に止める。皆もそれで良いか?」

 冥夜は、暫しの間目を瞑っていたが、千鶴の案を自分なりに解釈して受け入れた。

 

(マズイ……御剣の場合いままで口を挟まなかったのは、自分の言葉が階級に関わらず常に「命令」になるからか? 嫌な立場に押し出してしまったか)

 冥夜の自身を律するかのような言葉を聞いて、武が予測していなかったことに思い至ってしまう。

 千鶴や慧は冥夜の立場を、間違いなく理解し尊重している。その立ち位置から何らかの意見を出されれば、たとえ分隊長であったとしても、完全に否定することは難しい。そのことを冥夜自身が理解しているからこそ、今までは口を出そうとしていなかったのかもしれない。

 

(あ~いや? そもそも御剣自身は自覚はないかもしれないが、榊の指示に従っているのではなく「指示」を「進言」「提言」程度に受け入れてるだけっぽい?)

 おそらくは本人たちも言葉できるほどには突き詰めていないであろうことを、武は答えの出ないままにグルグルと頭の中で考え込んでしまう。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そういう形で纏まったということで……」

「待ちなさい白銀」

 今度こそ、それこそ逃げ出すように席を立とうとするが、再び千鶴に呼び止められる。

 

「神宮寺教官は、あなたの紹介の時に『むしろ経験者としての教えを請え』とおっしゃってたわ。」

「ん? ああ、そういえばそんなことも言ってたな」

「出来れば今、あらためて総戦術演習に向けて私たちができることを教えてくれない?」

 半ば命令のような言葉だが、千鶴にしてみれば演習までの余裕が無いのだ。

 分隊の意思決定を少し変えた程度では、演習に合格できるとは考えられないのだろう。尊人や壬姫も縋るような目線を送ってくる。

 

 

 

(あ~榊は性格的な部分もあるが、他の全員も基礎訓練やりすぎて歩兵的に頭が固まってるのか。いや自分たちの特別性から、逆に委縮してるのか?)

 千鶴は以前にも感じたことだが、分隊長つまりは指揮官というものを絶対視しすぎ、逆に他の者たちは命令される側とだけ勘違いしてるところがある。帝国は他の前線国家に比べればまだ時間をかけている方だが、やはり即席の衛士訓練の弊害が出ていることに今更ながら気が付く。武から見て、考え方の基本が歩兵として固定されているように思えた。

 

「そうだな……演習の想定は『戦闘中戦術機を破棄せざるをえなくなり、強化外骨格も使用不可能という状況下での戦闘区域からの脱出』だったか?」

「ええ、そうよ。第一目標が回収ポイントへの移動、第二目標が後方攪乱のために三カ所の目標破壊」

 

(しまった……回収ポイントって指定されてたか? もしかして回収ポイントの発見まで含めて第二目標だったか?)

 もともとこの話をするために準備していたわけでもないので、細かな部分までは覚えていない。とりあえず相手がどこまで知っているのか確認するかのように質問しながら、自分の記憶を掘り起こしていく。

 

「だよな? お前らなんで第二目標達成しようとしたんだ? 戦術機の無い衛士が、後方攪乱? バカじゃねーの?」

 武としては伝えたいことはそこではないので、とりあえず勢いで誤魔化すことに切り替える。

 

「というか彩峰、なんでこんなバカげた命令、無視しねーんだ?」

「……」

「答えられねぇのかよ、まったく」

 目を瞑り口籠った慧に畳みかけるように、どう考えても演習の想定自体がおかしいだろ、と続ける。

 

「どーもお前ら、自分たちが訓練兵だと思い込んで勘違いしまくってるぞ? 想定ちゃんと読めよ」

 実のところ無理矢理に「判っている」風を装っているが、武自身二度の演習とその後の実務経験から言える話なので、あまり偉そうなことは言いにくい。すくなくとも最初に演習を受けた時は何も理解できていなかったことは確かだ。

 

 

 

「最初に『戦闘中戦術機を破棄』ってあるだろ、つまりは想定としては衛士にして少尉サマだってことだ。判るか?」

 判って無さそうだなとは思いながら、一応は聞いてみる。もちろん当時の武も判っていなかった。

 

「……パス」

「え、と。ごめんなさい」

「すまぬ白銀。そなたが何を言いたいのが判らん」

 質問の意味と意図に気が付けないようで、皆が怪訝な顔をしている。

 

「まさかタケルちゃん、少尉だから偉いっとかアホなこと言わないよね?」

「……鑑にアホとまでは言われたくなかったが、その通りだ。少尉だから偉いんだよ」

 

「は?」

 何を言っているのだ、と言わんばかりに千鶴が睨み付けてくる。だが、その程度で武が揺らぐことはない。

 

 

 

「お前らなぁ……衛士になって任官したら、国連軍少尉。これはいいな?」

「もちろんよ」

 衛士の階級は各国で細かな差異はあれ、基本的に最初に戦術機を配備運用を始めたアメリカに準じている。

 最初期は戦術機パイロットが空軍航空機パイロットからの配置転換が多くを占めたこともあり、戦術機の運用が陸軍主体となった今でも、空軍に準じた階級となっている。当時からの慣習ともいえるが、衛士にはそれだけの高い判断能力が必要とされるのだ。

 帝国軍や国連軍も同様で、衛士になるということはすなわち士官となることでもある。

 

「じゃあ、そうだな……帝国本土防衛軍で少尉ってどれくらいの階級か、ホントに判ってるか?」

「え、だから新任の衛士でしょ?」

「……しろがねホントにバカ?」

 すぐに噛みついてくる千鶴と慧。このあたりそりが合わないのか無暗に合いすぎているのか判断に困る。

 

「……ふむ」

 冥夜は何かに気が付いたのか、納得しつつも眉を顰めている。自身の立場からは言うべきでないと判断したようだ。

 

「あ~タケルの言いたいことって、もしかして歩兵科とか砲兵科とかのこと?」

「そのとおりだ鎧衣。そこで少尉ってのはどういう仕事だと思ってる?」

「えと、小隊長くらい、だよね」

 衛士訓練校とはいえ、総合演習に合格するまでは基本的には歩兵と同様の訓練をこなしているので、そのあたりのことは座学でも教えられる。

 

「そうだ。まあ大隊副官の場合もあるかもしれんが、普通は小隊長だな。衛士は空軍的な編成の感覚があるから、少尉と言えばエレメントの下っ端と思いがちだが、陸だと小隊長つまりは部下が30人とか50人とかいるわけだ」

 小隊の構成は国や兵科によって異なるが、おおよそは10人程度の分隊を三~四個で小隊だ。少尉はその人数を指揮することになる。

 

 

 

「で、だな。そんな少尉サマたちが前線で孤立無援の脱出行。そんな最中に後方攪乱させる必要があるのか? 絶対に必要な破壊工作なら、歩兵呼ぶに決まってるだろ?」

 一応のところ質問の振りをするが、武としては断定してしまう。

 

「それに、だ。第一目標に無かったか? 『ヘリの離陸をもって状況終了』とかの付帯条件が?」

「……あ」

 ちゃんと読めという先程の発言に思い至ったのか、千鶴が悔しそうに顔をしかめる。読んではいたが、十全に理解していなかったことに気付かされたのだ。

 

「だからさっさと回収地点に行ってヘリ呼んで、後方攪乱が必要なら、そのヘリの無線機で追加の歩兵を呼ぶなり、中隊か大隊本部へ支援要請出せばいいんだよ」

 どうせ第二目標の方にも「手段は任意」とかあるはずだ、と武は付け加えておく。

 

「……うらわざ?」

「そんなご立派なもんじゃねーよ。想定された状況から最善の行動を導けって、座学でも何度もやったろ?」

 敵レーダー基地をどうにかしろ、といったような条件の講義を先日も受けたところだ。

 それを思い出したのか、皆が一様に眼を逸らす。

 

 

 

「というかもっと酷いやり方もいくつかあるぞ?」

「一応、聞いておくわ」

 レーダー基地の問題解決法を思い出したようで、千鶴は問い詰めるように身を乗り出す。どういう無茶を言い出すのかと呆れそうになるのをこらえ、武の柔軟な発想に期待しているのだ。

 

「その想定状況が与えられた瞬間から、一応は『臨時少尉』と扱われるはずだ。機材使用許諾の関係も場合によってはあるからな。で、だ。神宮寺教官の『演習同行時』の階級はなんだ?」

「……軍曹ね。呆れた、白銀あなた、まさか神宮寺教官に私たちの同行を『命じろ』っていうの?」

 

「いや榊。白銀の言う方法は演習の解法としては正しくはないかもしれぬが、事態の解決方法としては間違っておるまい。先程の『少尉』の立場を考えろ、という点を鑑みるべきだ」

 今まで黙っていが、冥夜が口を挿む。

 常に「護られる」べき立場だった冥夜には「少尉」という立場の重みが、少しは推測できるようだ。

 

「我らが想定されたような状況に陥った場合、つまりはもし本当に戦場で敵後方に取り残されたならば、だ。隣で共に戦っていた衛士ではなく、付近の兵らが救出を命じられるのではないか?」

「でも……それはっ!?」

 冥夜は昨日の座学を思い出せ、と続ける。テクニカルに乗せられる少年兵と、自分たち衛士訓練兵とは、そもそもの価値が違うのだと。受け入れたくはないのであろうが、認めざるを得ないその事実に冥夜は絞り出すかのように言葉を吐く。

 

「……そう、御剣の言うとおりだ、榊。そして、それは機械化歩兵の連中であったとしても『死んで来い』と言われるにも等しい」

 戦術機教練課程に入っていない207Bの皆はBETAの姿を知らない。だが、その脅威は教えられている。

 戦術機が墜ちて、その衛士が孤立無援になるような場所だ。間違いなくBETAの群れの中に押し入って来い、という「命令」なのだ。つまるところ下士官でしかない歩兵の命を使い捨ててでも、士官たる戦術機衛士は救い出さねばならない、そういうコスト判断だ。

 

 

 

「ま、一度この話を神宮寺教官にしてみろ? 演習内容変えられるかもしれんがな」

 話は終わり、と温くなった合成玉露を飲み干す。

 

「待て白銀。もっと酷いのが、いくつもあるのではなかったか?」

「……ぜんぶ吐くべき」

 中途半端に言い逃げするのではなく、全部吐き出してから行けと冥夜と慧に押し留められる。

 他の四人もそれぞれに気にはなる様で、期待の籠った視線を送られる。

 

「あ~細かいところだと、だ。今のうちにブーツやベルト裏側にマルチツールやマッチに水質浄化剤、チョコバーとか仕込めるようにしておくとか……ああそれとゴムは絶対に持っていけ」

 演習で使えるナイフが私物であれば、ナイフシースに入る限りの小物を持ち込めるのだが、私物のナイフが認められていたたかどうかが武の記憶では怪しい。支給品のナイフであれば、他の場所に隠してどうにか誤魔化してでも持ち込むべき物もある。

 

「ゴムって、白銀……」

「輪ゴムじゃないぞ? コンドーム、避妊具のアレな?」

「……やっぱりヘンタイ?」

 千鶴が何か勘違いしているのか顔を赤らめる。慧も顔色は変えないものの、目線が鋭い。

 

「そこの鎧衣に使ってもらえってことじゃないぞ? 水筒や手袋代わりにもなるし、銃口の先に着けるとか、パチンコにするとか使い勝手がいい割に嵩張らないんで必須なんだよ」

 細かな使い方は教官に教えてもらえ、と丸投げしておく。

 

 

 

「それにしても、いきなり不正行為ね」

「タケルちゃん、それって見つかったら怒られるよ」

 確かに不正と言われれば不正かもしれないが、蛇避けのためのタバコと同じような物だ。

 それにお仕着せのサバイバルキットとは別に、任務地に応じて何かと追加するのも衛士の仕事の一つだ。そこまで考えられているかも、試験の一環である。もちろん見つかれば没収されるのだが、ある程度は「見つけられなかった」という形で目こぼしされるはずだ。

 

 あとは思いつく限り、簡単にできる準備を述べていく。その中で繰り返すのは、気になったことは他の分隊員とも話し合って情報を共有するように、と話し合いの重要性を説いておくことだった。

 そして何よりも事前の健康管理だ。武の経験したように、演習前に風邪を引いていたなどというのは、最悪に近い。せっかくの大部屋に移ったことだし、相互に健康管理しておけと注意する。

 

 

 

「……他は?」

「判ってて聞くなよ御剣。いつかは使うことになるかもしれないって話だ」

 当たり前のことで誤魔化しながらそれ以上は、武は口にしない。

 冥夜の立場からすれば、最悪本当にどうしようもなくなれば、帝国斯衛軍第19独立警護小隊を頼るという手段はある。もちろん総戦技演習程度で真那たちの手を煩わせるようなことはないだろう。だが頼るのではなく「冥夜」として命じる必要が今後も訪れないとは言えない。

 

 「演習」の「想定」ではない状況に直面した時に、冥夜自身の命を軽んじることが無いようにと、ただそれだけを武は祈る。

 

 

 

 

 

 

 




パイロットが脱出してからの逃亡劇と言えば『エネミー・ライン』で、『エネミー・ライン』といえばジャージ男なんですが、それはともかくあれくらい極端な状況下でなければパイロットの救出には部隊動くよね?と言う感じです。まあ対BETAせんが、その「極端な状況下」なのですが。

で動いていないというと、気のせいかPXから動いていない……事件は現場ではなくPXで起こっているのだ~くらいの感じで次もPXのままです。で明日も何とか更新予定です。

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