Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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循環の覚醒

 

 

 ――アンタはこの世界を救ったのよ

 ――ずっと見ています

 

 

 どこかで聞いた言葉が消えていくに連れて、うっすらと意識が目覚めはじめる。

 

 カーテンで仕切られた狭いスペース。

 手摺の付いたベッドと横のスタンドにぶら下げられたクリップボード、周囲に漂う薬品臭からして病室だとは思うが、自分が寝かされている状況とが繋がらない。

 

(俺は……何をしようとしていたんだろう……)

 

「おはようございます、白銀さん。朝食ですよ」

 纏まらない思考は、しかしカーテンを開けた看護師によって遮られた。

 

「あ、ああ……おはよう、ございます」

(ああ、そうか。俺は白銀武、だ)

 名を呼ばれ、発作的に挨拶をすると、少しは頭が動くようなった。

 

「って、え? ええっ? 白銀さん、意識がっ!? すいません、香月先生をお呼びしますねっ」

 だが看護師の方は返事が返ってくるとは予想していなかったようで、らしからぬ慌てぶりで部屋を出ていく。

 

 残された武としては、起き抜けのせいか、いまいち上手く状況が掴めない。

 再び閉じられたカーテンの中で、ぬぼ~っと周囲を見渡すだけだ。

 

 

 

「とりあえず……食べるか」

 サイドテーブルに置かれたトレーが、朝食なのだろう。

 病人用らしく食べやすいようになのか、お粥に汁物とあとは何かのペーストのみと、簡素だが量はそれなりにある。

 

 もそもそもと口を動かしている間に、少しずつ頭も醒めてくる。

 

(「桜花作戦」が成功して、俺は戦いの記憶を失い、元の世界に戻るはずだったが……)

 「桜花作戦」という言葉が出てくるあたり、記憶が失われているようには思えない。いやそれどころか平和な日常を繰り返していた日々も、それがいきなり見知らぬ世界に放り出された「一周目」ともいえる記憶も、そして一度は死んだはずがもう一度巻き戻された「二周目」のことも覚えている。

 いやそもそも、基地正門前の桜の下で夕呼先生と霞とに見送られたのが、つい先程のような感じられる。

 

 

 

(だいたいここはどこだ? どっちの世界の何時なんだ?)

 一人用ベッドと椅子が一脚ギリギリ入る程度の狭い狭い空間には、その答えがありそうにはない。今食べている食事にしても、不味さからすれば合成食材と言えなくもないが、元の世界で病人食を食べたことが無い武にすれば、比較できないのだ。

 

(元の世界なら、まあ……とくに問題はないな)

 食べ終わり、茶で口を濯ぎながら、考えを纏めていく。

 

 別世界で戦っていた記憶があるといっても、人に話さなければ済む。身を挺して戦い続けた人たちのことを、生き残った皆と語り継げないのは口惜しいが、それでも白銀武が忘れなければ、それでいい。

 また、たとえ話したとしても「武だから」で済まされてしまいそうだ。

 

(それに「香月先生」ってことは夕呼先生が副司令じゃない、あるいはBETAなんて存在しないってことか?)

 元の世界なら、家族や担任のまりもでなくなぜ夕呼を呼びに行くか判らないが、夕呼先生のことだからで説明が付く。付いてしまう。それこそ武が脳改造手術を受けて昏睡していた、と言われても信じてしまう。

 

 

 

(問題なのは、BETAがいる世界の場合、か)

 この場合は、逆に問題が山積みだ。

 先程看護師が「白銀さん」と呼んでいたことからして、身元不明の死人扱いでないことは明らかだが、現在の身分がまったく判らない。階級無しで呼ばれたのも、その疑惑に拍車をかける。

 

 病室に入れられているところを見るに、何らかの負傷があったのかもしれないが、狭いベッドの上でゴソゴソと身体を動かす限りは、どこにも違和感はない。病院用の簡素なパジャマ姿だが、包帯なども巻かれていない。少しばかり怠さが残っている感じもあるが、これは寝起き直後に物を食べたせいだろう。

 

 周囲から切り離されているとはいえ、最前線という雰囲気は感じられず、先の看護師にしても後方のどこか生ぬるさが漂っている。

 

 

 

(BETAとの戦いがあるとしても、どうするかだよなぁ……いや俺は結局衛士でしかない、か)

 白銀武としての日本での身分が保証されれば国連軍に所属すれば良いし、されずとも衛士として大東亜連合に義勇兵として参加という形でも戦うことはできる。一周目とでもいうべき記憶から推測するに、白銀武であれば衛士にさえなってしまえば、生活するだけならなんとでもなる。

 

(俺自身の身分はともかく、状況が判らないのが辛いな)

 戦うにしても、もう一度桜花作戦を成功させろ、というのは難しい。

 

 オリジナルハイヴ。甲1号目標と呼ばれる、喀什に最初に作られた地球最大のハイヴ。その最深部に存在する超大型反応炉「あ号標的」の完全破壊を目的とした作戦は、ユーラシア全域での陽動作戦まで含めた文字通りに「史上最大の作戦」だった。

 00ユニットをはじめとして、あれだけの機材が揃うのは個人の努力や運だけでは、到底足りない。いやそもそもが全世界規模での大規模陽動があった上での桜花作戦の成功だ。各国の足並みが揃わなければ、第一段階の降下さえ困難だろう。

 

「ふふっ……」

 そこまで考え始めて、ようやく武は自分の想いに気が付き、笑いが零れてしまった。

 何のことはない、白銀武は地球からBETAをどうやって排除すべきか、考えていたのだ。

 

(BETAに侵略され、明日をも知れぬ世界だとしても、俺は戦い抜く)

 逃げ出して、隠れ潜むなどというのはBETAには通用しない。それこそ以前のように、世界を渡って逃げ出すくらいしか方法はないだろう。

 

 そして武には、逃げるという選択肢を選ぶつもりは、もう二度と無かった。

 

 

 

 

 

 

「失礼するよ、白銀武君」

「はい? どうぞ」

 身の回りの状況をどうやって調べるかと悩み始めていたが、そんな時間はないようだ。武の返事と共に、再びカーテンが開かれた。

 先程の看護師を後ろに控えさせた、白衣の女医らしき人物が挨拶もそこそこにベッド横の椅子に座る。

 

「私は君の担当医の香月モトコだ。はじめまして、ということになるかな」

「……香月先生?ですか」

「どうした、何か残念そうだな?」

 

 いえそういう訳では……と武としては口籠るしかない。「香月先生」と聞いて夕呼のことしか思い浮かばなかったが、香月姓の人間が夕呼だけな訳もない。

 ただ、どこか夕呼と似た雰囲気のある女性なので、血縁者なのかもしれない。

 

 

 

「さて、白銀武君。目が覚めたということだが、気分はどうかね?」

「少しばかりボーっとしていますが、身体の方は特に異常はなさそうです。俺はいったいどういう状態なんですか? いえそれよりもここはどこなんですか?」

 

 焦ってはいけない、と頭の片隅で思いながらも、説明してくれそうな人が現れた瞬間、歯止めが利かなくなった。声を荒げることだけは押さえたが、それでも疑問に思っていたことを一気にぶちまけてしまう。

 

「ここは白陵基地に付属する病棟で、君は訓練中の事故で意識喪失。なぜか不思議なことに、自律的な反応は返さないが食事や排泄などの日常生活は続けられる、という状態が続いていたのだが……記憶にはなさそうだな?」

「白陵基地で訓練中……ということは衛士訓練ですか?」

「事故のことを覚えているのか?」

「自分の名前くらいは判っていますが、事故どころかここ数年の記憶があやふやなんですが……というか今日は何時なんですか?」

 

「今日は2001年の10月22日だ。君が事故にあってから二年ほど経っている」

「……そうですか」

 2001年10月22日。

 やはりそうか、という感想しか出てこない。自宅から場所がズレているが、前回や前々回と時間は同じだった。

 

 

 

「すいません、水を頂いても?」

「ああ、無理に思い出そうとする必要はない。事故の後は、多かれ少なかれ記憶の混乱はよくあることだ」

「ありがとうございます」

 後ろに看護師がいるが、モトコ自らグラスに水を注いでくれ、手渡される。口調は荒いが、その動作には武への気遣いが感じられた。

 

(時間は判った。場所も判った。そして衛士訓練ということを否定しなかったということは、BETAとの戦いが続いている。ここはやはり夕呼先生と接触して状況を整理するしかないか)

 意図してゆっくりと水を飲みながら、その上で今後の行動を考える。

 

 このまま武が何もしなければおそらくは以前に経験した一周目と同じことが再現される。香月夕呼が進めるオルタネイティヴ第四計画は成果を出せずに破棄され、第五が動き出してしまえばあとは滅びへの一直線だ。

 

(結局のところ、夕呼先生頼りか)

 しかし頼り切ってはダメだ。香月夕呼を相手にして対等な交渉というのは武には荷が重いが、少なくとも役に立つ駒の一人くらいの価値を示さねば、交渉の足掛かりにもならない。

 

 

 

 

 

 

「そういえば二年も意識が無かったという割には、普通に身体が動くんですが……」

「先ほども言ったが、君は自律的に何かしようとはしないが、食事や着替えなどはこちらが指示するとその通りに動いてくれてな。訓練とまではいかないが、簡単な運動は続けてもらっていた。身体が動くのはそのためだ」

「……なるほど?」

 聞くからに異常な事態だ。よく基地においておかれたものだと思う。普通であれば、傷痍軍人扱いで地元の病院に放り込まれているのでは、と思ってしまう。

 

(いや間違いなく素体用の観察か、下手すると記憶転写の実験用に生かされていた、と見た方がいいな。白陵基地での訓練兵ってことは、00ユニット素体候補者にすでに選ばれている可能性も高い)

 

「あまりに珍しい症例でね、観察の目的もあって、一般の病院に移すことなく、こちらで診察を続けていた」

 正直なところ意識が戻るとは考えていなかったよ、と続けられるのも、武としては納得してしまう。モトコが口にすることは決してなさそうだが、00ユニット素体候補が無意識で生存しているとなれば、重要な観察対象だろう。

 

 

 

「身体的にはほぼ健常者と同じ、と思ってもらっても構わない。もちろん体力などは落ちてはいるだろうがね。ここ最近の検査でも意識以外には問題が無かった」

「了解しました。ですが、今後の俺の立場はどうなるのでしょう?」

「さすがに今すぐ原隊復帰、いや君の場合は訓練小隊か……それは無理だ。しばらくは検査入院が続くとは思うが、そこは我慢してくれ」

「……判りました」

 そう答えるものの、素直に入院するつもりなど武にはない。

 以前の経験とどこまで同じ状況かはいまだ判断できないが、同じであるとすればあと二ヵ月程度で第四計画が何らかの成果を上げなければ、人類は終わりだ。何を始めるにしても、ベッドで寝ているような時間の余裕はない。

 

 

 

「あ、え~っと。何か書く物ってありますか?」

「どうかしたか?」

「身体が動くと言っても、名前とかは書けるのかな、っと思いまして」

 そうか……と、カルテとは別に持っていた問診票と共にペンを、武に差し出してくれる。

 

「そういえば、香月先生って……副司令とはご家族なのでしょうか?」

 白銀武、と紙に書きながら、一番気になっていたことを尋ねる。この答えによっては、動き方を考えなければならない。

 

「ん? ああ、香月夕呼副司令は、私の妹に当たる。こちらに配属されたのも縁故採用と言われてしまえば、それまでだな」

 よく聞かれているのだろう、苦笑未満の顔で、そう肯定してくれる。

 

「あの方が縁故だけで人材を選ぶとは思えませんが……っと、字は書けますね。本当に俺って二年も寝てたんですか?」

 わずかな時間しか接していないがどことなく武の知る夕呼と同じ強さを感じさせる。そしてこの人なら信用できそうだと、一気に書いた物を見せる。後ろの看護師には気付かれていないはずだ。

 

 

 

『白銀武⇔因果律量子論の証明サンプル 第四の問題解決のために、夕呼先生への取次ぎをお願いします』

 

 

 

「っ……後で鏡を見てみるがいい。少しばかりは背も伸びていたはずだ。少し待て。ちょうどいい。君の体調には問題が無さそうなので、報告のついでに連れて行かねばな」

 渡した問診票は自然な動きで白衣のポケットに忍ばせ、壁際の電話へと手を伸ばす。

 

「ああ、香月副司令? こちら特別病棟だ。そちら直属のサンプルが目覚めたんだが、直接見てもらいたいので連れて行ってもいいか? ……了解。すぐに向かう」

 武が顔に出してしまうくらいになにやら至極あっさりと、基地副司令との面談予定が組まれたようだ。

 

「さて、君の所属予定部隊の関係で、その副司令に対面することとなったが、拘束着を着て貰わねばならん。良いな」

「あ~……いきなり暴れ出すかもしれないっていう、予防ですか」

「目覚めたばかりで身体の反応が予測できないだろ? 皆の安全のためと諦めろ」

「了解」

 

 身体の反応が予測できないなどというのは、後ろにいる看護師に聞かせるための、咄嗟の筋書だろう。本質は、不審人物への警戒だ。

 武としては、溜息の一つでもつきたくなるが、仕方がないのも判る。我が事ながら今の白銀武という人物は、これほど怪しい者もない。第四計画総責任者たる香月夕呼の前に連れて行くのならば、拘束着程度は当たり前だ。

 以前と違い、病室からの移動ということで、身体検査などが省略させるだけでもありがたい。

 

(ま、思った以上に好都合だな。ここまで警戒してくれるということは、間に人を介さずにすぐに夕呼先生と話せるか)

 パジャマを脱がされ、ミイラのように拘束着で手足を固定され、車椅子にも括り付けられる。最後にご丁寧なことに目隠しだ。

 

「到着するまで何もしゃべるな」

 了解、と言いかけたが、頷くだけで肯定しておく。

 

 

 

 

 

 

(車椅子で移動させられているせいか、距離がまったく判んねぇ……が、エレベーターの感覚からして、地下4階程度か)

 さすがにいきなり19階層に連れて行ってはくれないか、と少しばかり落胆するも、以前のように営倉の鉄格子越しなどよりはよっぽどマシだ。背後でドアの閉まる音が聞こえたということは、営倉ではなく普通にどこかの執務室だろう。

 

「さて、と。アンタが何か面白い話があるって聞いたけど、本当?」

 

(声からして夕呼先生本人だな、見えねぇのは仕方ないが、いきなり出てきてくれたのは本当に助かる。あとは後ろに二人いそうなんだが……)

 いまだに目隠しされたままなので、周囲が判らない。それでも自分以外に三人ほど人が居るのは確実だ。今ここでペラペラと話しはじめるのは、誰にとっても不味い。

 

「面白いかどうかは夕呼先生の気分次第ですけど……」

「先生ねぇ……あたしは」

「『アンタみたいな生徒を持った覚えはない』ですか?」

 

 以前に言われた言葉で、夕呼を遮る。ある程度はこれで牽制にはなるはずだ。あとは移動中に考えていた説明を伝えられれば、何とかなるかもしれない。

 

 

 

「それはともかく、第四と第五に関わることですから、自分にはこの場で話しはじめていいのか判断できません」

「……へぇ? ホントに面白いことを言いそうね。ちなみに第四の何を知っているのかしら?」

 

 興味はありそうだが、いまだに信じていなさそうな、普段以上に投げやりな口調だった。

 武としては後ろにいる二人に聞かれていいのか判断ができないが、有耶無耶にしていては夕呼に切り捨てられる。

 

「オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、VFA-01の本来の目的と、そのために取られている手段……なんかは、後ろのお二人の精神安定のためにも言わない方がよさそうですね?」

 これだけで背後の緊張感が高まる。A-01が常に死地に赴かされているのは部隊内であれば実感していようが、その本来の目的などは予測できるものではない。まして第三者から、00ユニット素体候補選定のためにただ幸運を掴みとれる者を振るいにかけているなど、聞かされたい話ではないだろう。

 

(やっぱり後ろの二人は伊隅大尉と神宮寺教官か? そうなると本当に聞かせられないな)

 A-01第9中隊隊長の伊隅みちる大尉に、第207衛士訓練部隊教導官の神宮寺まりも軍曹。

 この二人は武の知る限り、夕呼にとっての両手のようなものだ。下手なことを知らせて計画から距離を取らせるのは問題だ。

 

「わかったわ。まりも、そいつの腕の拘束を解きなさい。字を書く程度ならいいでしょ」

「……了解」

 不承不承というのが良く分かる反応だが、それでも丁寧に右腕の拘束が解かれる。肘は動かせないが字を書くだけならできそうだ。

 

「これでいいかしら?」

「ありがとうございます。では、夕呼先生。細かい話は後で散々絞られると思いますから、簡単でいいですか? ぶっちゃけ見えないのでちゃんと書けるかどうかアヤシイんですけど」

「目隠しも外すから、さっさと書きなさい。長引くと後ろから二人が殴りつけるわよ?」

 

 はいはいっと軽く答えながら、武は書き始める。とはいっても簡単なものだ。

 

 

 

『世界1では01/12/25に第四は凍結、第五に即時移行。G弾の集中運用は大規模重力偏差を誘発、地球規模での災害が発生。人類の大半が死滅。恒星間移民の正否は不明』

『世界2では量子電導脳の開発に成功、00ユニットが完成。XG-70dを用いて「あ号標的」と接触し、これと会話、後に撃破。BETAは生物ではなく作業工作機械である』

 

 

 

「冗談……ではなさそうね」

 夕呼はメモを読んだ瞬間どころか、目にした瞬間にライターで燃やし、こちらを睨み付けてくる。量子電導脳も00ユニットも、間違いなく最高機密であり、第四計画の中心たるこの基地でもその言葉を知っている者はほとんどいないはずだ。工作員に知らせるにしても危険度が高すぎる。

 

「冗談であればよいのですが、因果律量子論の実体サンプルとしての『俺の記憶』では、そんな感じです」

「いいわ。アンタの言う通りここでする話じゃないわね、下へ行くわ」

 

 

 

 

 

 

 




ここからしばらくは白銀武パート。三周目タケルちゃんテンプレをある程度はこなしつつ~の予定です。あと原作マブラヴのストーリーや設定などの説明は最小限で済まそうかと。

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